第22話『 追憶への失踪 』5、過去への探索
国道脇にあるコンビニの駐車場で、タバコをふかす葉山。
県境を越え、山間部に入った辺りである。 緩やかにカーブした国道の脇には、綺麗な水が流れている小川があり、山肌に見える段々畑が美しい。
コンビニの店内からペットボトルを持って、小島が出て来た。
「 お茶で良かった? 」
緑茶のペットボトルを葉山に渡しながら、小島が言った。
「 ああ、有難う。 …いいトコだね、ここ。 静かだし 」
「 そうねえ~ 私、ずっとマンション暮らしだったから、こういう緑が見える風景って、憧れなのよねえ~ 」
紅茶のペットボトルの蓋を開けながら、小島は言った。
国道とは言え、都心から離れた山間部である。 そんなに車も走ってはいない。 静かな風景を眺めながら、ペットボトルの紅茶を、ひと口飲む。
「 対象者の実家があるトコって、もうすぐだよね? 」
葉山も、緑茶を飲みながら尋ねた。 車に戻りつつ、小島が答える。
「 あと、4・5キロ、ってとこかしら。 確か、材木商だったわね? 」
「 うん。 対象者の兄が経営してるって話しだ。 …シチュエーション、どうする? 」
「 卸なんでしょ? そこ。 う~ん… やっぱり、業者を装うのが一番じゃない? 」
助手席に乗り込みながら、小島は答えた。 葉山も、運転席に乗り込み、エンジンキーを回す。
「 じゃあ、僕が対象者の知り合いで、小島さんは… 僕の経営する、システム家具のショールーム主任、ってコトにするか。 仕入れの新規開拓に来た、ってコトでどう? 」
車を発進させながら、葉山が提案した。
「 OK 」
これも、一種の『 潜入調査 』である。 単なる聞き込みではなく、誘導会話を使用して、対象者とつながりがあるかどうかを探るのだ。 もしかしたら、対象者をかくまっている可能性もある為、かなり突っ込んだ内容の話しまで到達しなくてはならない。 せめて、失踪先につながるヒントだけでも欲しいところだ。
「 甲田町、宮井手って言うと… この辺だぞ? 」
車を運転しながら、五木から聞いた住所のメモを確認する、葉山。
「 あ、あれよ! 」
国道の脇に、飯島製材所の看板を見つけた小島が言った。 次の信号を左折、とある。
左折し、しばらく行くと、平屋の工場らしき建物が現われた。 フェンスで囲われた敷地に、大小、色んな木材が野積みされている。 規模は、かなり大きなようだ。
コンクリートブロックで組まれた門柱に、社名を入れたプレートが掛かっている。
「 …飯島製材所。 ここだ…! 」
車を乗り入れ、来客用駐車場に車を止める。
車外に出た葉山は、辺りを見渡した。 尋ねて来た外来者、としての演出である。
駐車場の横には、工場とつながった事務所らしき2階建ての建物があった。
「 事務所らしいわ。 行きましょう…! 」
小島が、その建物を小さく指差し、言った。
窓を開け放した1階。 広さは、大きな会議室くらいだろうか。 室内には、書類を山積みにした事務机が3つ。 壁には、在庫状況や、出荷先を書き込んだホワイトボードが掛けてある。 中年の女性が1人、事務をしていた。
葉山がドアを開け、尋ねた。
「 こんにちは。 すみません、加藤と申しますが、飯島 和樹さん、いらっしゃいますでしょうか? 」
帳簿らしきものを書き込んでいた事務員と思われる女性が、顔を上げて答える。
「 加藤さん…? 社長は、工場ですが… 呼びましょうか? 」
「 すみません。 突然、お伺いしまして申し訳ありませんが、お願い出来ませんか? 」
「 ちょっと、お待ち下さい 」
そう言うと、彼女は立ち上がり、奥のドアを開け、隣の部屋に向かって言った。
「 浅田さぁ~ん、社長にお客さんだってぇ~、伝えてくれるう~? 」
隣の部屋は作業室らしい。 木材を加工する機械の音が、ドアの向こうから聞こえて来る。
「 こちらでお待ち下さい。 すぐ来ますので 」
ドアを閉めた事務員は、来客用の応接セットが置いてある一角に、葉山と小島を案内した。
「 失礼します 」
ソファーに腰を降ろす、2人。 使い込んだ、古いソファーだ。 テーブルの上には、陶器製の大きな灰皿があり、傍らにあるテレビの上には、鷹の剥製が置いてある。
小島が、鷹の剥製の顔をしげしげと眺めながら、事務机に戻った女性に聞こえないように、小声で言った。
「 …こういうのって、成金っぽい家には、必ずあるのよね~ 」
「 この、陶器製のデカい灰皿もね 」
テーブル上の灰皿を指差し、小さく苦笑いしながら、葉山も言った。
しばらくすると、60代と思われる男性が、先程のドアから現われた。 事務をしていた女性に尋ねる。
「 お客さん? 誰? 」
「 加藤さんって、おっしゃる方。 そちらに… 」
葉山は、ソファーから立ち上がると、挨拶をした。
「 …あ、お忙しいところ、申し訳ありません。 私、飯島 義和さんの知人で、加藤と申します。 システム家具を製造しているのですが、以前、飯島さんから、ご実家がこちらの方で、製材所を経営なさっていると伺った事がありまして… 」
「 ほう、ほう。 義和の知人の方… それはどうも。 私、兄の和樹と申します。 ま、どうぞ 」
飯島は、葉山に腰掛けるよう勧め、自分も向かい側のソファーに腰を降ろした。
葉山は続けた。
「 実は、商品に使う材料の、仕入れ先開拓の為に参ったのですが… ふと、飯島さんの事を思い出しましてね。 そう言えば、この辺りだったなあって思っていたら、御社の案内看板を見つけまして… 突然で、名刺も切らしておりますが、伺わせて頂いた次第です 」
設定した事情を理解出来たらしく、飯島は答えた。
「 それは、それは。 義和は、元気でやってますか? たまには帰って来いと、伝えて下さい。 最近は電話すら、よこさん。 小さい頃から、のほほんとしたヤツでしたからなあ~ 」
飯島の言葉に、葉山は注目した。
『 しばらく会っていない 』
その状況に、ウソはなさそうだ。 ごく自然に返答している。 …と言う事は、対象者をかくまっている訳では、なさそうである。
葉山は尋ねた。
「 いやあ、実は、私も最近、飯島さんには、お会いしてないんですよ。 また、上海にでも行かれたのかな? 」
飯島は、ポケットからタバコを出すと、苦笑いしながら答えた。
「 相変わらず行ってるのかね? 上海。 まったく… 支払いも溜め込んでるクセに… 仕事なのか、遊びなのか…… いい気なモンだ 」
タバコに火を付ける、飯島。
葉山は続けた。
「 飯島さんは、お兄さんの所から、製材を頂いていたのですか? 」
ふうっと、煙を出しながら、飯島は答える。
「 他から仕入れた話は聞いた事が無いから、そうだと思うよ。 オレの従兄弟が山を持っていてね。 オレが製材して販売してんだ。 義和が製造して販売店に卸してるんだが、アイツは、ここんところ、安い輸入家具の販売を始めてね。 まあ、それを販売するショップが要る、ってんで、従兄弟の兄弟たちが立ち上げたんだが… 入金したのに、品モンが届かんのさ。 連中、怒っちまって… まあ、誰でも怒るわな、そんなの 」
「 はあ… そうなんですか 」
飯島は、タバコの灰を灰皿に落とすと、葉山に聞いた。
「 お宅… 加藤さん、って言ったけ? どんな木が要るのかね? 」
「 そうですね… やはり、ヒノキです。 そんなに大きなものは要りませんが、厚さは30ミリくらいで、70ミリ×1500ミリに裁断し、表面を仕上げたものを納品して頂ける方を探しております 」
「 そりゃ、家具の部品かね? 」
「 はい。 まだ試作の段階ですが… 」
「 ふ~ん… まあ、お安い御用だ。 数が決まれば、一度、見積りを出させて欲しいね 」
「 有難うございます。 制作とも話し合って、決定寸が出ましたら、お知らせ致します。 …あ、こっちは、ショールームの主任で、田中と申します。 見積りは、彼女からご連絡差し上げるかもしれませんので、宜しくお願い致します 」
葉山は、小島を田中として紹介した。
「 ご紹介、遅れました。 田中と申します 」
小島が挨拶をする。
「 こちらこそ、宜しく。 義和も、輸入家具なんぞ扱わんと、お宅らみたいに国産製品、売りゃいいモンを…… 昔っからアイツは、飽きっぽくてイカン 」
タバコを灰皿で揉み消しながら、飯島は言った。
葉山が尋ねる。
「 義和さんの携帯電話か何か… ご連絡先、分かりませんか? 以前、教えて頂いたのですが、つながらなくて… 会社にご連絡しても、出張中の時が多いんです 」
「 アイツは、しょっちゅう、番号を変えるからなあ。 オレも、古い番号しか、分からんよ 」
そう言いながら、ポケットから手帳を出すと、葉山に言った。
「 よく行ってる、喫茶店の人に聞いてみたらどうかね? 会社の近くにあるらしいんだが、オレも一度、掛けた事がある。 ええっと… ドコだっけ…… 」
「 喫茶店… ですか? 」
「 ああ、知り合いがやってるらしくてね… あ、あった、ここだ 」
葉山も手帳を出し、聞き取る。
「 喫茶ドルフィン。 番号は、528の… 」
そんな喫茶店の存在は、初めて聞く事実だった。
「 経営者の女の人が知り合いだ、とか言っとったなあ。 何回か、上海にも同行したらしい。 義和と再婚するとか、しないとか… 」
葉山は、ピンと来た。 …この女性が、愛人なのかもしれない。 ただの知り合いなら、仕事の出張にまで付いて来るはずがない。
「 有難うございます。 ヒマを見つけて連絡させて頂きます 」
( あまり義和氏の事ばかりを尋ねると、怪しまれるな… そろそろ、違う話題を… )
小島も、そう思ったらしい。 タイムリーな合間で、話題を変えて尋ねた。
「 こちらのご商売は、先代の方から続いてらっしゃるのですか? 」
「 ああ、3代前からだよ。 オヤジは、博士号を取った学者肌の人間でね。 一時は、家業を継ぐのを嫌ったんだが、結局は、継いだね。 オレの代は、8年前からだ 」
「 博士号…! それは凄いですね。 やはり林業に関する研究か、何かですか? 」
尋ねる葉山に、笑いながら飯島は答えた。
「 それが、漁業なんだ。 おかしいでしょ? 材木屋の息子なのに。 何でも、子供の頃から釣りが好きだったらしいんだ。 オレも小さい頃、よく近くの川へ連れて行かれたよ。 オレは、じっとしてるのが性に合わなくてイカン。 イヤだったなあ… 」
小島が言う。
「 でも、もう、会社を譲られたんですから、思う存分、釣り三昧ですね 」
「 そうだろうね…… 」
少し、表情を曇らせながら、飯島は、あやふやな答えをした。 同居してないのであろうか…? プライベートな事でもある為、それ以上の質問をする事を、葉山は避けた。 しかし、飯島からは、意外な言葉が返って来た。
「 …実は、オヤジとお袋… 音信不通なんだよ 」
「 音信不通? それは一体、どういう事なんですか? 」
葉山が尋ねる。
「 家業をオレに継がせた途端、お袋と、どっかへ行っちまったのさ 」
飯島は、再びタバコに火を付けながら言った。
…意外な事実であった。
動揺を隠せない、葉山と小島。 何と、親子共々で失踪し、行方不明という事になる……!
葉山は、心情を悟られないように、落ち着いて答えた。
「 それはまた… 飯島さんも、大変ですね。 ご心配でしょう……! 」
タバコをふかしながら、飯島は答えた。
「 まあ、どこかで元気に暮らしてるとは思うんだが… 歳も歳だしね。 昔から、こうと決めたら、1人で何でもやっちまう人だったからなあ… 変わり者だったよ、オヤジは 」
その性格は少なからず、対象者にも似た所があるのだろうか。
「 学生の頃にやってた、研究の続きをしたいと、よく言ってたからね。 多分、ソッチの方にいるんじゃないかな…… 」
遠くを見るような目をし、呟くように、飯島は言った。
小島が尋ねる。
「 研究の続き… ですか。 行き先は、判らないのですか? 」
「 学生時代、瀬戸内海かどっかで、漁業の事を研究していた、としか聞いてないから… まあ、多分そっち方面だろうな 」
タバコの灰を、灰皿に落としながら飯島は続けた。
「 ウチの前の道を南に下った所に、お袋の幼なじみのバアちゃんがいてね。 駅前で、果物屋をやってる人なんだけど… 時々、お袋から、公衆電話で連絡が来るらしい。 海の見えるトコにいる、って話しだ。 どこにいるかは、そのバアちゃんにも話さないみたいだけどね 」
今回の案件には、直接に関係しない情報ではあると思われるが、家庭事情の根は深そうである。
「 込み入ったお話をしちまって、申し訳ない。 まあ、見積りの件に関しては、また連絡下さい。 お恥ずかしい話をしちまって… 」
タバコを揉み消しながら、飯島は腰を浮かせ、言った。
「 おちらこそ、お忙しいところ失礼致しました 」
葉山は、立ち上がると挨拶をした。
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