第21話『 追憶への失踪 』4、暴かれる事実

 五木氏からの情報では、飯島氏は仕事で、よく上海に行っていたらしい。 家具に使う生地の仕入れ、安い金具の買い付けなど、製造工程における関連分野のコネクション開拓業務が主な出張内容だったらしいが、どうも女性と同伴だったようだ。 この辺りも、調べてみる必要がある。


 翌日。

 郵便物の転送を開始した途端、局止まりになっていたものも含め、山のような郵便物が送られて来た。 大き目な段ボール箱に、ほぼ1箱分はある。

 ブロック本部の1室を借りると、葉山は、その郵便物のすべてを開封し、行方につながりそうな情報の入手調査を、小島と共に開始した。


「 ほとんど、金融業者からの督促状ねえ… 借りまくってる、って感じ 」

「 債務も、全額を積算して報告書に明記しよう。 金融関係は、コッチだ。 …ん? 何だこりゃ? 料亭からの請求書だぞ? 」

「 さっきも、あったわよ? 海鮮料理屋からの請求書。 2万8千円だって 」

 小島が、区分けした郵便物の中から請求書を出し、葉山に見せた。

「 コッチは、割烹料亭だ。 豪勢な生活、してくれてるじゃないか 」

「 経済観念が無いんじゃないの? この、飯島 義和って人 」

 小島は、呆れた表情で葉山に言った。

「 上野さんの話しでは、飯島氏は、ボンボンだそうだからな 」

「 一度、実家も見に行った方が、良さそうね。 もしかしたら、親戚とかが、かくまってるかもよ? 」

「 そうだね… この郵便物の山の検分と、整理が終ったら行ってみるか 」

 1人の若い男が、葉山たちがいる部屋に入って来た。

「 お疲れ様です。 …うっひゃ~! これ全部、転送郵便ですか? 」

「 あ、吉野君、ご苦労様。 どうだった? 」

 今回の案件に協力してもらっている、本部スタッフの調査員、吉野である。 歳は、確か25才。 国立大学の法学部を中退し、この業界に入って来た、変わり者だ。

「 請求書にあった旅行代理店を、いつも使っていたようですね。 航空券は、やはり2人分で、ホテルはダブルです 」

 テーブルに置いたナップザックの中から、ペットボトルを出し、ミネラルウォーターをラッパ飲みしながら、吉野は報告した。

「 ダブルか…… 」

 郵便物を仕分けしながら呟いた葉山に、吉野は言った。

「 秘書としても、ヘンですよね。 大体、仕事で出張してるのに、知人同伴ってのは、おかしいですよ。 やはり、愛人ですかね? 」

「 その線は濃厚だな。 飯島氏には、愛人がいたんだ。 五木さんの言う通り、かなり貢いでたんだろうな。 見ろ、これ… ブランドの女性用バッグを購入してる。 カードじゃなくて、現金ってトコが泣けるぜ 」

 購入後に郵送されて来たらしい保証書を見せながら、葉山は言った。

 もう1人、男性が部屋に入って来た。

「 小島さん、飯島 義和の信販関係、出ましたよ? 見事なブラックですね。 先月、街金からも借りてます 」

 小島の相棒の、大澤という男だ。 元、カード会社に勤務しており、その道の情報収集は、お手の物らしい。 いつも、本部情報室のPC前に1日中座り、幾つものモニターと、にらめっこをしている。 電子工学の専門学校出身、との事だが、以前はハッカーのような事もしていたと聞く。

 大澤は続けた。

「 150万を借りてますが、担保は車ですよ? 」

「 車? 」

 先日、五木氏らと行ったマンションの駐車場には、飯島氏の所有する国産セダンが置き去りにされていた。 車検は、まだ1年あるが、すでに11年乗っており、売却しても買い取りは不可能だろう。 そんな車を担保にしたとは、到底考えられない。 もう1台、所有していたのだろうか? 葉山は、腑に落ちなかった。

「 …あ、多分、コレですよ! 」

 吉野が、1通の郵便物をカバンから出した。

「 今日の朝イチ、少量の転送郵便の第1便が届いていたんですが、外車ディーラーからのDMがあったんです。 旅行代理店に、聞き込みに行く道すがらだったので、寄って聞き込みして来ました。 ベンツ、買ってます。 先月 」

「 はあァ~? ベンツ~? 」

 小島が、呆れながら言った。

 その後も、次々と請求書が見つかり、飯島氏の派手な生活が、浮き彫りとなって来た。 会社の破綻は、自身にも、目に見えていたと思われる。 開き直ったように連日、料亭に繰り出し、借りた金を使っていた。

「 …こりゃ、上海高飛びも、あり得るな…! 」

 葉山が言った。

 仕事で、よく出張していたのであれば、現地の地理や、生活水準も熟知していた事であろう。 貨幣価値の違いから、ある程度の金を持ち出せば、現地での長期滞在は可能になる。

 小島は、隣の部屋でパソコンを操作していた女性を呼んだ。

「 みっちゃん、この手紙の束、全部読んで。 おかしな文章や、愛人、失踪先につながりそうな情報があったら、抜き出して欲しいの 」

 スタッフ内では、通称、みっちゃんと呼ばれている彼女。 夜間部の大学に通う学生であり、小島とは、親戚関係にある。 名前は、緒方 美津子。 体型は小柄だが、趣味はテニスと聞いている。 最近は、陶芸にもハマっているとの事だ。

 小島は、手紙の束を緒方に渡しながら言った。

「 中国語の手紙なんだけど… みっちゃん、確か大学で… 」

「 うん。 選択科目で広東語、勉強してるの。 丁度いい教材ね! 」

 ひと抱えの郵便物を受け取ると、緒方は、手紙の内容を調べ始めた。

「 これ… 女性の名前で郵送されて来てますよ? 」

 早速、緒方は、女性名で上海から発送されて来た手紙を見つけた。

「 多分、バイヤーか、仕入先の人間だろう。 問題は、手紙の内容だ。 対象者の飯島氏は、ある程度、中国語が出来る、と五木さんから聞いてる。 他人に知られたくない事柄は、中国語で書いてあるとも考えられるからな 」

 葉山が、緒方に言った。

 その手紙の内容は、買い付けに関する事柄だったが、過剰とも思える現地での接待、ブランド物の購入に関してのお礼文などが、緒方によって確認された。

「 接待は良しとしても… 何で、ヴィトンのバッグ、買ってもらうんですか? ヘンですよ? この女性 」

 緒方が少し、うらめしそうに、葉山に言った。

「 こりゃ… 現地での、愛人存在の可能性までもが、浮上して来たな…! 」

 葉山が、腕組みをしながら呟く。 緒方は、便箋の中程を指しながら、説明を続けた。

「 それと、ここ… 対象者の個人口座からの送金を受理した、とあるんですが… どうして会社の口座から送金しなかったんでしょう? …何か、怪しいですよね。 次回の送金はいつになるのか、とも聞いています 」

 どうやら飯島氏は、何回かに分けて、かなりの額の送金をしていたらしい。

「 おそらく対象者は、計画的に失踪の準備をしていたんじゃないかしら 」

 小島が推理した。

「 その可能性は、大だね 」

 葉山が答える。

「 となると… 置き手紙にあった、自殺をほのめかす内容は、失踪を偽装する芝居だった、という事ですかねえ? 」

 吉野も、転送郵便の仕分けを手伝いながら、推理して言った。

 …その見解も、有力となって来たようだ。 借りた金を、湯水のように使い、返済は一切していない。 派手な生活からは、返済の意志など全く感じられず、とにかく、借りれるだけ借りまくっている感がある。 後は、野となれ山となれ…… こうなると、経営者とは言い難い。 単なる、浪費家だ。

 葉山が答えた。

「 多分な。 逃げられるところまで、逃げようってハラなんだろ 」

「 今の所、上海に飛んだ形跡はないけど… ヤバそうね。 いつ、国外脱出してもおかしくないわ 」

 小島が言う。

 まさに、その通りである。 債務を踏み倒して国外逃亡しようとしている、と推察するのが妥当な線だ。

 葉山は言った。

「 死ぬ気なら、もう死んでいる。 一般的に、金銭苦の自殺場所は、失踪先から、そう遠くない場所を選ぶそうだ。 対人関係や、人生苦の場合は、遠くへ旅をして自殺するか、遺体が見つからないような場所で自殺する場合が多いらしい 」

「 なるほどね。 その気持ち、何となく分かるわ… 」

 葉山の言葉に、緒方は、少し感心しながら答えた。

 仕分けた請求書の束を、机の上に投げ、葉山は言った。

「 全てが、それに当てはまる訳じゃないけど… 今回の対象者である飯島氏は、自殺出来るような度胸、無いと思うんだ。 本来なら、債務の1部でもいいから、返済する努力を必死にすべきだろう? それをせずに毎晩、豪遊しててさ… 現実を直視しないヤツに、自殺なんて出来やしない。 置手紙は、追っ手をかく乱させる為の偽装だ 」

 小島が、大きく頷く。

 吉野も、仕分けした郵便物の束を、ポン、と机の上に置き、ため息をつくと言った。

「 どこかで、じっと、状況を見守っているって事ですか…… 」

 葉山が、小さく苦笑いをしながら答えた。

「 そんなとこだろう。 ナンとかなる、とでも思ってんじゃないのか? やっぱ、世間知らずなのさ、この対象者 」

 緒方・吉野も、頷いた。

 開封したDMを、小分けした山の上に置き、小島が言った。

「 そういう人って、悪知恵、って言うか… ヘンな計画性だけは、あるのよねえ 」

 小島も、対象者の生存・逃亡説に賛成のようだ。 債務には、時効が存在する。 おそらく、ほとぼりが冷めるまで、物価の安い国で過ごそうという事なのだろう。

「 葉山さん。 クラブ雅に行って来ましょうか? 」

 吉野が提案した。

「 …そうだな。 今晩、行ってくれるか? 1人じゃ、不自然だ。 大澤さんと行ってくれ。 もしかしたら、愛人や失踪先の情報が掴めるかもしれない 」

 選出された大澤が、数枚のDMを手に、葉山を見ながら尋ねる。

「 一般客を装います? それとも… 」

「 警察を騙るのは、ダメよ? 大澤さん。 立派な偽証罪よ? 手っ取り早く、有益な情報を手にしたい気持ちはわかるケドね」

 小島が、クギを刺した。

( どうやら、一刻を争う事になって来たようだな……! )

 対象者の早期発見の重大さを、再認識した葉山であった。

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