第20話『 追憶への失踪 』3、風雲、急を告げる

 翌日、上野からの返事は来た。 契約をしたいので来て欲しい、との事である。

 葉山は、連絡されて来たシティホテルのラウンジへ出掛けた。 上野の会社から、そう遠くない所にあるホテルだ。

( さて… 受件したからには、気を引き締めて掛からないと… 見積りが低いからな。 初動調査の、人員が多い時点で一気にカタを付けんと、赤字だぞ…! )

 ホテルへ向かう道すがら、葉山は、調査のスケジュールなどを考えながら、そう考えた。


 ホテルの玄関ホールに入る。

 上野が電話で連絡してきた通りに、ラウンジがあった。 レジカウンターを横目に、ラウンジに入る葉山。 奥の方の席から、上野が声を掛けて来た。

「 葉山さん、ここだ 」

 上野の他に、もう1人、男性がいる。 面長でヤセており、白のポロシャツにスラックス。 ノンフレームのメガネを掛けていた。

「 連日で、すみませんな。 …五木、こちら、探偵の葉山さんだ。 …友人の、五木です 」

 上野が、交互に、葉山と五木を紹介した。 どうやら、この男性が、本来の依頼人の五木氏らしい。

「 初めまして。 葉山です 」

 名刺を渡す、葉山。

「 この度は、宜しくお願いします。 五木です 」

 イスから立ち上がり、五木が挨拶を返した。

「 早速ですが、手続きの方を済ませておきましょう 」

 あらかじめ、金額を書き込んでおいた契約書を出し、必要事項を書き込んでもらう。

「 契約金の半金、130万ですが、振込みでいいですか? 3日後になりますが… 」

 書類を書きながら、五木が聞いた。

「 結構ですよ。 入金が確認出来次第、調査に入ります。 …まあ、信用の問題ですからね。 実際には、明日からもう、予備調査に入ります 」

 葉山は、五木が書き込んだ書類を回収しながら答えた。

「 葉山さん、コーヒーでいいかね? 」

 上野が、葉山に聞く。

「 あ、有難うございます。 頂きます 」

 近くにいたウエイトレスに注文をする、上野。 五木は、ブリーフケースの中から数枚の紙を出し、葉山に渡しながら言った。

「 葉山さん。 これは、私個人で調べた、今回の件の資料です。 これ以上は、素人の私では限界でしてね… 後は、葉山さんにお願いします 」

 数枚のメモ書きした紙や、昨日、見せてもらった遺書と共に、マンションのものらしき謄本があった。 おそらく、飯島 義和という、今回の案件の対象者となる人物が住んでいた所のものだろう。

 葉山は聞いた。

「 これ、対象者の、飯島 義和さんのマンションの登記ですね? 五木さんが取ってこられたのですか? 法務局から… 」

「 ええ。 …普通は、本人か委任者しか取れませんよね? でも、事情を話したら、裁判所やら警察やらに確認して出してくれました。 売ってもいい、と置き手紙にはありましたが、権利書も何もないんです。 債務に当てるにも、時価を見積もってもらわなくてはならないし…… それ以前に、譲渡権は私にあることを証明するにも、まず、謄本が必要だと思いまして 」

 葉山は、軽く会釈をしながら言った。

「 これは助かります。 まあ、今回の行方調査は秘密にする必要はないので、データ関連の取得は、やり易いかもしれませんね 」

 一通り、目を通す葉山。

 やはり、抵当権が付いている。 しかも、根抵当だ。

「 …根抵当権が付いてますね。 権利者は、株式会社 三鷹興業… 不動産屋だな。 ここで金を借りたか… 」

 葉山は、ある項目に注目した。

「 これによると… つい最近ですが、根抵当権仮登記と… 賃借権設定の仮登記が、同日に行なわれています。 ほら、ここ 」

 指先で謄本を指しながら、葉山は続けた。

「 これは、おかしいですね。 極度額、100万円か… 債権の範囲、金銭消費賃借取引… う~ん… 借賃、1ヶ月、1平方メートル当たり50円、ですか。 …こりゃ、この三鷹、って不動産屋も… 調べた方が、良さそうですね。 譲渡・転貸が出来ますから、五木さんの意志に関係なく、このマンション、売られてしまいますよ? 」

「 そんな! 手紙には、売ってもいいって… 」

「 義和さんは、亡くなった訳ではありませんから、遺書としての効力は無いでしょう。 単なる置手紙です。 鍵は、ありますか? 」

「 え? あ… ええ、ここにあります 」

 うろたえた表情の、五木。 手元にあったセカンドバッグの中から鍵を1つ出し、葉山に見せた。

 葉山は、コーヒーを口に流し込むと、立ち上がって言った。

「 今からすぐ、そのマンションに行きましょう。 失踪先の手掛かりは、ほとんどが、そこにあるはずです。 早くしないと、入れなくなるかもしれません…! 」

「 え? 入れなくなるとは……? 」

「 転売される、という事だよ…! 」

 事情を飲み込めない五木に、上野が答えた。

 携帯を出し、急ぎ、ダイヤルする葉山。

「 …あ、小島さん? ガサ入れするから、すぐ来てくれない? そう、対象者の住んでたマンション。 東区3の2 フォレスト・ヒル 803号だ。 根抵当付きだよ。 怪しげな不動産屋を相手にしてる。 ヤバイよ…! 今から行く。 多分、そっちの方が一足早いと思うから、1階のホールで待ってて…! 」

 3人は、急ぎ、飯島 義和氏が住んでいたマンションに向かった。


 それは、13階建ての、大きなマンションだった。 築年数は古いが、中心街の1等地にある。

 小島は、もう着いており、葉山たちの姿を見て、駆け寄って来た。

「 イキナリGO、で申しわけない 」

 足早に、エレベーターに向かいながら、葉山は言った。

「 構わないわよ。 チンタラやるより、早い展開の方が、性に合ってるわ 」

 エレベーターに乗り、上へ上がる。

「 ここです 」

 五木が案内した部屋は、8階の隅にあった。

 鍵を出し、扉を開錠する。

「 …あれっ? 変だな、開かないぞ 」

 五木が何度も鍵を差し込み、回したが、扉は開かない。

 葉山は気付いた。

「 …やりやがったな…! 」

「 どう言う事かね? 葉山さん 」

 上野が、心配そうな顔で葉山に尋ねる。

「 不動産屋の連中が、鍵を替えたんです。 …小島さん、管理人室へ行って、管理人から合鍵をもらって来て! 手段は、任せるよ 」

「 OK! 任せて 」

 小島は、エレベーターで降りて行った。

 おそらく、このマンションは、不動産屋の手に廻ったのだろう。 飯島氏の意志による譲渡主 五木氏を差し置き、物件証書の担保を理由に、強制執行して差し押さえたのだ。 多分、正規の手続きはしていないだろう。

( 今なら、まだ入れる。 部屋の中も、そのままのはずだ )

 法的には不法侵入に相当するが、この際、構ってなどいられない。 処分屋を呼ばれ、家具類の持ち出しが始まってしまってからでは、手も足も出せないのだ。

 しばらくすると小島が、管理人と共に戻って来た。

「 鍵が、替わってるって? そんな事、聞いとりゃせんぞ? 」

 管理人は、合鍵で開けようとしたが、やはり、ドアは開かなかった。

 管理人が持っていた鍵と、五木の持っていた鍵を照合すると、それらは全く同じものだった。

「 管理人に断りも無く、替えたのか…! やりたい放題だな。 そういう連中、って事か 」

 葉山は腕組みをしながら、呟くように言った。

 …これは、由々しき問題だ。 室内に入れない、と言う現実以前の話である。

 火災などの緊急時を考慮し、入居世帯数の多い集合住宅の場合、鍵を変える際は、必ず管理会社か管理人への届出の義務が存在する。 飯島氏へ融資を実行した不動産屋は、そんな基本的義務すら履行していないのだ。

「 だったら、コッチも替えちゃいましょうよ…! 」

 そう言うと、小島は、ポーチからスマートフォンを取り出した。 おそらく、鍵屋に依頼し、開けさせたついでに、シリンダーごと鍵を替えるつもりなのだろう。

 葉山は言った。

「 …ちょい待ち、小島さん…! まだ初動だし、そこまでやるのは、ちょっと…! 」

 早く部屋の中の資料を押さえたいのは、葉山も同じだ。 しかし、相手の不動産屋の正体は、まだ不明である。 こんな、手続きを無視した違法行為を平気でやる連中だ。 余計な面倒に巻き込まれたら、こちらの調査もやり難くなる。

 …イヤな予感を感じた葉山は、躊躇し、小島の行動を制した。

「 警察に訴えましょうか? 」

 五木が、葉山に提案した。

「 まだ、事件に発展していません。 日本の警察は、民主警察ですから、民事に関しては、民事不介入という大原則があります。 傷害や、損害などといった刑事事件に発展しない事には、何も動けません 」

 葉山の言葉を聞き、上野が五木に言った。

「 前に、オレと2人でこの部屋に入った時、警察に立ち会ってもらっただろ? その時に、警官も言ってたじゃないか。 何かあったら、言って下さいって。 何か、とは、暴力沙汰や脅迫・恐喝の事だ。 そういう意味だよ、五木 」

「 もう、オレたちは… 入れないって事か。 くそうっ…! 」

 悔しがる五木に、葉山は言った。

「 直接的な情報は取れなくても、飯島氏の足取りを追跡する手段はあります 」

 小島が、玄関のポストの中に手を入れ、配達されていた郵便物を物色している。 これもまた少々、違法ではあるが、『 手段 その1』を実践している、小島。

「 何か、あったかい? 」

 葉山の問い掛けに、壁側の右目をつぶり、ドア内側の、郵便受けの中に入れた右手をまさぐりながら、小島は答えた。

「 電気代の請求書、らしいケド…… もう1通、ナンか来てるの。 あ、取れた…! 」

 会員制クラブのDMらしい。

「 …クラブ、雅? 」

「 会員制の、高級クラブですよ 」

 五木が、小島に言った。

「 こういう所へは、よく行っていたのかしら? 」

 DMにある住所を、メモに書き写しながら、小島は聞いた。

 五木が答える。

「 接待に使っていたらしいです。 あと、離婚した後、どこかのスナックか何か分かりませんが、接客業に従事している愛人がいまして… かなり貢いでいたようです 」

 葉山は、管理人に言った。

「 お手間を取らして、申し訳ありませんでした。 少々、立て込んでおりまして… 」

「 飯島さん、どっかへ行っちまったのかね? 」

 管理人が、葉山に聞いた。

「 まあ… そんな感じです。 個人のプライバシーも関係しますので、この件はひとつ、内密に… あ、あと、飯島さん宛ての郵便物は、すべて転送しますので。 転送先は、私の事務所です 」

 そう言いながら、名刺を管理人に渡す、葉山。

 葉山は、いくつもの名刺を持っている。 行政書士の資格を持っている知人もいる為、業務内容に行政書士代行、と入っている名刺を渡した。

「 …ほう、弁護士の先生かね。 分かりました。 もし、誰かが尋ねて来たら、連絡させてもらいますわ 」

 管理人は、葉山を勝手に弁護士と思い込んだようである。

「 宜しくお願い致します 」

 葉山は、何も訂正はせず、管理人に挨拶をした。

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