第12話『 1枚のフォトグラフ 』3、事実

「 この家が、そうか… 」

 木造2階建て。 シャッターの付いたガレージがある。

 葉山は、お得意のデータ調査で、名前から割り出した住所を頼りに、都心からやや離れた新興住宅地に来ていた。 近隣の生活水準は、やや高めと見受けられる。


 婚約者の、杉田 浩二氏…… 離婚した後、実家に戻っているのかどうかは、依頼人からも情報は無い。 娘さんからは、何も聞かされていないからだ。 奥さんも実家に戻った可能性があるが、杉田氏の台帳データでこの住所が判明したと言う事は、杉田氏… もしくは、別れた奥さんが住んでいる事を示唆する。 どちらが居住していたとしても、離婚理由など、誰だって語りたくは無いものだ。 触れたくない過去の情報を、どうやって聞き出すか、である。

 小さなため息をした後、葉山は、玄関の方に回った。

「 ? 」

 玄関に回った葉山は、ある事に気付いた。 表札には、『 鈴井 』とある。

( どういう事だ? 何で、杉田じゃないんだ? データ調査のミスか? )

 そんなはずは無い。 誕生日が一致する同姓同名者は、県下には、いなかったはずだ。 2つのキーワード検索の一致から得られた情報だけに、間違う可能性は、限りなくゼロに近い。

( 住所の読み違いか? )

 葉山は、もう一度、住所を確かめた。 だが、何度確認しても、この住所である。

( …変だな )

 普通なら『 所在確認不明 』で引き返すところだが、葉山は、いつも『 ダメ元 』を心掛けている。

( 空振りかもしれんが… せっかく来たんだから、1件くらい聞き込みをしてから帰るか )

 隣の敷地で、小さな畑を耕している初老の女性がいた。 家庭菜園の延長のような畑だ。葉山は、その女性に声を掛けた。

「 すみませ~ん。 この辺りに杉田さんというお宅、ありませんか? 」

 女性は、小さな大根を抜き取ると、葉山の方は振り返らず、大根の土を払いながら答えた。

「 んん? 杉田…? 」

「 ええ。 確か、この辺りと聞いてたんですが 」

「 お宅… その、杉田さんと知り合いかい? 」

 彼女は大根を、ポンと畑の脇に投げると、葉山に言った。 相変わらず、葉山の方は見ない。 …だが、何かを知っているような口調である。

 葉山は答えた。

「 学生時代の知人です。 僕の後輩が、浩二君と友人でして… 以前、住所だけは聞いてたんですが、来た事が無くって… 今日は、僕、代休で休みなんですけど、浩二君も時々、平日休みになる事があるって聞いてたもんですから 」

 彼女は、もう1本、大根を抜くと、『 鈴井 』の表札が掛かっている家を見ながら、吐き捨てるように答えた。

「 …前は、そこに住んでたけどね。 今は、もういないよ 」

「 え? 」

 やはり、この家は杉田氏の家だったのだ。 しかし… どういう事なのだろうか? 表札が…

 彼女は、初めて葉山の方に向き直り、言った。

「 お宅、何も聞かされてないみたいだね。 離婚したんだよ 」

「 …離婚… 」

 離婚の事実を知っている葉山ではあるが、初めて聞いたような素振りを見せた。

( もしかして… )

 葉山は、直感した。 対象者の杉田は、婿に来たのかもしれない。

 困惑の表情の葉山に、彼女は、少し歩み寄ると言った。

「 真面目な婿だったんだがねえ… あんな人だとは、思わなかったよ。 まあ、友達のお宅を前に言うのも何だケドね 」

 愚痴っぽい言い方の彼女。

 …やはり対象者は、婿に来ていたようだ。 新たな真実である。 想像もしていなかった展開だ。 これは少々、予定のシチュエーションにも、注意する必要がある。

( しかし、ダメ元で聞き込みをして良かった…! どうやら、別れた奥さんの母親らしいな )

 葉山は、対象者の義母と思わしき女性に言った。

「 …そうなんですか… 全然、知りませんでした。 あいつ、何かしたんですか? いいヤツだったんですがねえ…… 」

 彼女は、少し曲がった腰に両手を当て、言った。

「 まあ、仕事は、真面目さね… だけど、他で女、作っちまってね。 ウチの主人も、きっぱり別れるなら水に流す、って言ったんだけど、ガンとして譲らないのさ 」

 引き抜いた大根をまとめ、コンビニのビニール袋に入れながら、彼女は続ける。

「 お宅も知り合いなら、今度会ったら言っておいておくれよ。 子供を勝手に作っておいて、大切な人がいるからソッチに行く、ってのは、あまりに身勝手過ぎるだろ? ってね 」

「 ……はあ 」

 尚も、彼女は独り言のように続けた。

「 辛い結婚生活送ってる人だから、放っておけない… なんて言い訳、通じるとでも思ってんのかねえ。 ウチの娘だって、おかげで辛い生活、送らされてるよ、まったく。 確かに、払うモンは毎月、停滞無く振り込んでもらってるケド… 金さえ払えば済む、ってモンじゃないよ 」

 積もった鬱憤を、一気に吐き出したような彼女。 かなり、込み入った内容までを暴露している。 普通は他人に、ここまで話す事は無いだろう。 感情的になっているのが、幸いしている。

 葉山は言った。

「 何にも、聞いてなかったなあ… 久しく、浩二君にも会ってないし… その、浮気相手の女性ってのは、まさか、僕らの知ってる仲の人… じゃ、ないでしょうね? 」

「 さあ、どうかね。 市内の人だって聞いてるよ。 確か、東区辺りに住んでて… 佐伯って人だよ 」

( は…? 佐伯? )

「 実は、その人も、出来ちゃった結婚らしいさね。 ダンナさんは、ヤクザらしくてさ…! 何で、最近の若いモンは、こうなんだろうね。 ウチの娘もそうだから大きなコト言えないけど、もうちっと節操を持たなくちゃいけないよ、ホント 」


 参った……!

 こんな展開、誰が予想しただろうか。


 葉山は、車に戻り、タバコをふかしながら、知り得た情報の収拾を始めた。

 導き出された結果に、葉山は苦慮する。

( …つまり、対象者の杉田氏の離婚理由は、依頼者の娘さん、ってコトか…! )

 東区の佐伯。 ヤクザ関係者らしき男と、出来ちゃった結婚……

 この情報に当てはまるのは、依頼者の娘さんだ。 絶対であるとは言い切れないが、その確率は極めて高い。

 その女性と浮気をし、対象者は、離婚した…… 少なくとも、鈴井家では、そういう経緯となっている。

( 報告書に、何て書きゃいいんだよ…! ドコを、どう遠回りして書いたって、まんまじゃないか )

 真実を追究し、依頼者の希望に則する情報を入手するのが、我々、探偵の仕事だ。 報告書には、ありのままを書くしかない。 対象者である杉田氏の離婚理由は、市内東区に住む『 佐伯 』という女性と一緒になる為、だったのだ。

( …まてよ? 対象者の杉田氏と依頼者の娘さんは、以前から顔見知り… いや、付き合っていたのかもしれないぞ? 杉田氏は、若気の至りで妊娠させてしまった鈴井さんの娘さんと、結婚はしたが… やはり、佐伯さんの娘さんと暮らしたいと考えて…… )

 杉田氏の、離婚に関わる理由・行動が、それなら理解出来なくもない。 もっとも、最善の選択だったとは言えないが……


 では、依頼者である佐伯さんの娘さんについてはどうか? 働きもしない男性、と見抜く前に、どうして関係を結んでしまったのか・・・?

 葉山は、とある仮説を立ててみた。

( 杉田氏と、佐伯さんの娘さんが付き合っていた、とするならば… 好意を持っていた杉田氏が結婚してしまい、自暴自棄になって、ヤクザとは知らずに、行きずりの関係を結んでしまった…? )

 煙をくゆらせながら、思案を続ける葉山。

( 依頼者の家で見た、あの写真立ての中に、杉田氏も写っていたんじゃないだろうか? そんな予感がする )

 短くなったタバコを、車内の灰皿で揉み消す葉山。 想像は限りなく膨らみ、行き着く先は見当すらつかない。

( こりゃ、依頼者である佐伯さんの娘さんの身辺調査もしなくちゃならんな… )

 葉山はエンジンを掛けると、市内にある事務所へと向かった。


『 葉山さん、さっき、娘の友人が自宅に来まして… 2時間ほど、娘と話をしていましたが、今、帰って行きました。 娘も、コンビニのバイトに出掛けました 』

 数日後の夜、依頼者から連絡があった。

「 分かりました。 すぐにそちらへ向かいますので、この電話を切った後、元通りに発信機のスイッチは戻しておいて下さい 」

 先日の聞き込み調査で判明した杉田氏の情報は、あえて伝えなかった。 変に動かれても困る。 どのみち、報告書で知る事となるのだ。 今は、盗聴器の電波発信確認の方が優先課題である。


 依頼者の家の前に着くと、葉山は受信機のスイッチを入れた。

( チューナーのレベルが反応している…! )

 アンテナを、依頼者の家の方角とは反対の方へ外すと、レベルは落ちた。 今度は、アンテナを家の方へ向ける。 レベルは、振り切れてしまった。 間違いない。 盗聴電波が、依頼者の家から再発信されている……!

 葉山は携帯を出すと、依頼者宅に電話を掛けた。

『 はい、佐伯です 』

 ほどなくして、依頼者が電話口に出た。

「 葉山です。 はい、いいえ、のみで答えて下さい。 ご主人は、仕事からお帰りですか? 」

『 いいえ 』

「 奥様以外、どなたかご在宅ですか? 」

『 いいえ 』

「 今から、ご自宅に上がらせて頂きますが、一言も喋らないで下さい。 呼び鈴も押しません。 この電話は『 どうも 』と言って、お切り下さい 」

『 どうも 』

 玄関を開ける、葉山。 依頼者の婦人が、心配顔で出迎えた。 葉山は、片手で軽く会釈をすると、まっすぐ応接室に向かい、ラック下の発信機を外すと、電源を切った。

「 もう、喋っても大丈夫ですよ 」

 葉山が、婦人に言った。

「 …どうでしたか…? 」

「 電波が、発信されています……! 」

 裏蓋を開け、電池を確認する。

「 絶縁のゴムがない… やっぱり新品に換えてあるな…! 」

 携帯を出し、先日、撮影した電池の映像を、パネルに再生する。

「 傷が無い… 違う電池ですね…! ほら、見て下さい 」

 盗聴器に入っていた電池を取り出し、映像の電池と比べる葉山。

 婦人は、口元を両手で押さえ、言った。

「 …と言う事は、さっき来ていた娘の友人の子が…! 」

「 そうなりますね…… 」

 新たに入れられていた電池を、携帯のカメラで撮影しながら、葉山は続けた。

「 この発信機は、撤収しましょう。もう必要ありませんしね。 来ていたのは、娘さんの友達に間違いありませんか? 」

「 ええ、そうです…… でも… あの、大人しそうな子が、まさか…… 」

「 名前は、判りますか? 」

「 はい。 確か、横井… 君です。 下の名前は知らないですが、娘は、ケンイチって呼んでます。この子ですよ…! 」

 婦人はそう言うと、幾つかある写真立ての中から1つを手にとり、葉山に指差して見せた。 依頼者の娘さんを中心に、校庭らしき場所で写っている写真だ。 婦人が指差した人物は、写真に向かって一番右端に立っている、大人しそうな雰囲気の男性だった。

「 高校時代からの友人ですが… どうしてあの子が……! 」

 婦人は、思いがけない事実に、困惑しているようだ。

 葉山は尋ねた。

「 その、横井って子の連絡先は、ご存知ないですか? 」

「 電話帳に確か… 娘の携帯がつながらないと、よくこの電話にかけて来るので、返信用に聞いていまして…… 」

 ソファー横の、テーブルの上に備え付けてあるアドレス帳をめくる婦人。

「 あ、これです 」

 自宅らしき電話番号の他に、携帯電話の番号も書いてある。 葉山は、それらを自分の携帯にメモリーすると、婦人に言った。

「 彼には、何も聞かないで下さい。 こんな事をする裏には、何か必ず、事情があるはずです。 私が接触して聞いてみますので、問い詰めるような事は、差し控えて下さい。 すべては、報告書にてご説明致します 」

 葉山は、依頼者宅を後にした。


 車を走らせ、思案する。

( 犯人は、横井ケンイチという、高校時代からの親友か…… 動機は、何だろうな。 やっぱり、男女間の絡みかな? あの写真は、仲良さそうな友達とのスナップ、という感じだ。 友情が愛情に変わり、それに独占欲が生じたか…… )

 軽率な想像は、調査の基本を邪魔する。 しかし葉山には、そんな雰囲気を感じ取る事が出来た。 男女のしがらみは、嫌と言う程、見て来ている。 つくづく、探偵とは因果な商売なのである……

 本案件の主調査は、もう終了していると言っても過言ではないだろう。 たった1人からの聞き込み証言のみだが、実の母親からの情報である。 まず、間違いないだろう。 後は、盗聴器を仕掛けた横井という青年の対処だけだ。

( …コッチの方が、難しいかもな…! )

 ため息をつく、葉山。

 現実は、ドラマのようにはいかないものだ。

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