第4話『 身上調査の女 』1、愛人
女が、シャワールームから出て来た。 一糸まとわぬ姿で、男の待つベッドへ向かう。 長いキスと抱擁の後、お互いの愛を確認するかの様に、2人は愛撫を始めた。
…愛は、あるのか…?
そんな無粋な疑問に、葉山は、自分を笑った。
回り続けているビデオカメラのビュー・パネルを閉じ、仰向けに寝転びながら、葉山は、タバコに火をつける。 ここは、ビルの屋上だ。 向かい側にあるマンションの一室で、今現在、不貞行為( 浮気 )が、進行中である。
探偵とは言え、日常の依頼は、ほとんどがこうした内容の仕事だ。 いい加減、ヤになる。いきなり殺人事件に遭遇したり、怪盗が現われたりなどはしない。 ましてや、黒シャツに白のネクタイを締めてキメたり、サングラスをかけたりなどもしない。
社会の裏側… 人生の裏道を垣間見ながら、泥水の中を這いずり回るようにして情報を集める。
…まあ、ほとんどの案件が、今、携わっているような、男女の問題に絡んでいるものばかりだ。 推理小説に出て来る『 探偵 』がこなしている業務は、あくまで創作であり、『 妄想 』と表現しても間違いは無いだろう。 実際は複雑な人間関係が交錯し、個人的なエゴに満ちた案件が多い。 想像とは、程遠い業務であるのが実情だ。
( 最近、特に、行動調査の依頼が増えたなあ・・・ )
タバコの煙を、空に向けて、ふう~っと吐き出しながら、葉山は思った。
「 葉山さん、交代の時間っス! ちょっと遅れて、すいません 」
20代の調査員が、低く腰をかがめながら、やって来た。 この案件は、他の事務所と合同である。 葉山は、増員を依頼され、ここに居る。
「 どうっスか…? その後 」
調査員が尋ねた。 葉山は仰向けのまま何も言わず、くわえタバコをふかしながら、親指でカメラを差した。 調査員が、ビュー・パネルを開ける。
「 うおっ…! ヤってんじゃないっスか! お~お~、ハゲしく動いてら…! どう見ても、仕事の打ち合わせにゃ、見えませんねえ~ まさに、ヒトとして… 欲望の赴くまま、悦楽の境地を行く、てか? 」
むっくり起き上がると、葉山は言った。
「 文学的表現したって、浮気は浮気だぜ… 野郎、これで先週から、3回目の不貞行為だ。 家裁の調停でも、裁判官は間違いなく不貞行為と認めるだろうな。 調査は終了だ。 もう1度、ダンナのまぬけ顔、ズームしといてくれ。 先、アガるよ。 後は、よろしく 」
階段を降り、路地に出た葉山は、マンションを見上げた。
「 だいたい、自分勝手でアホな男が多過ぎるんだよ……! 」
くわえていたタバコを、近くにあったバスの停留所の灰皿に捨てると、葉山は駐車場へ向かった。
携帯が鳴る。 着信を確認すると、事務所からの転送電話だ。 葉山は、応対に出た。
「 はい、葉山探偵社です 」
『 女性の身上調査を、お願いしたいんだがね 』
「 はあ 」
いきなりの依頼。 年配の、男性の声だ。 車に乗り込み、メモを取りながら、依頼内容を聞く。
『 実は、私には愛人がおるのだが… その彼女の素性が、イマイチ判らん。 お願い出来るかね? 』
また男女絡みの案件のようである。 しかし、何とも理解し難い依頼だ。 そもそも、お互いの素性を知らないところに、不倫の魅力とやらが、あるのではないのか?
…気の乗らない仕事である。
しかし、相手の女性の名前・住所は判っているし、1日だけの調査で良いとの事なので、葉山は、その依頼を受ける事にした。
市内の喫茶店で依頼人と落ち合い、詳しい状況を聞き取る。
相手の女性の名前は『 可知 優子 』。 37歳。 知り合ったのは、携帯電話による出会い系サイト。 交際を始めて、約2ヶ月。 人妻との事だ。
依頼人は、50代の会社役員。 数年前に離婚し、現在は1人暮らしである。
コーヒーカップを片手に、依頼人は言った。
「 物静かな人でね。 いつも、寂しげな表情をするんだ。 私としては、彼女にその気があるのならば、一緒になりたいと思っている。 その為には、彼女の素性が知りたいのだ 」
1人暮らしをする依頼人の寂しい気持ちも、分からないではない。 しかし、彼女にも、それなりの訳があって、現在に至っていると思われる。 余計な詮索はしない方が良いと思うが、それが依頼人の希望とあれば、致し方ない……
葉山は、情報にあった、彼女の住むマンションに向かった。
30世帯くらいが入居していると思われる、8階建てのマンション。 その5階に、彼女の部屋はあった。 このマンションの家賃は、依頼人が出している。 世帯主も、依頼人名義だ。 表札には、依頼人の名前が掛けてある。 郵便受けを覗いてみたが、何も郵便物は来ていない。
( まだ、新しいマンションだな。 両隣は、空室だ )
隣の様子を聞き込もうと思ったが、誰も住んでないようでは、どうしようもない。 1階の管理人室へも行ったが、ここにも誰もいなかった。
( ふむ… 依頼人は、携帯の出会い系サイトで知り合った、と言っていたな… と言う事は、彼女の携帯は、自分名義ってワケか )
それなら、葉山お得意のデータ検索の方が有効だ。 おそらく、本籍が判明する。
調査の『 点 』に気付いた葉山は、急ぎ、事務所に戻った。
案の定、本籍の住所が判明した。 本名を依頼人に名乗っていたのが幸いしていた。
「 西区4―151か… こりゃ、1軒屋だな。 よし、聞き込みで、一気にカタをつけるぞ 」
早速、葉山は、現地に向かった。
閑静な住宅街に、彼女の家はあった。
2階建ての寄せ棟屋根で、比較的に新しい。 駐車場ポーチには、1台のミニバンが駐車してあり、表札には『 可知 』とあった。
( ここに、間違いないな )
しかし、人の気配が無い。 彼女の旦那と子供たちが住んでいるはずなのだが、家は、あまりにひっそりとしている。 葉山は、何かおかしいと感じた。
郵便受けには、新聞や折込チラシが押し込められ、閉ざされた門扉の周りには、枯葉が溜まっている。 駐車してある、ミニバンのタイヤと地面の接地部分にも、うっすらとホコリが溜まっていた。
明らかに、空家だ。 おそらく、2~3ヶ月近くは、住まわれていないと推察される。
( 何か、変だぞ? )
引っ越したなら、表札は、外すはずである。 だが、車は、置きっ放しだ。 新聞が配達されているのも変である……
葉山は、何部かある新聞の日付を確認した。 最新日のもので、2ヶ月前だ。 屋内に回収されないので、その後は、配達を止めたのだろう。
葉山は、隣人に様子を聞く事にした。
家屋に荷かって、右側の家の呼び鈴を押す。 しばらくして、中年の女性が玄関に現われた。
「 あ、すいませ~ん。 ちょっと、おうかがいしたいのですが 」
「 はい? 何でしょう 」
「 あの… 私、武田と申します。 お隣の可知さんの、古い知人なんですが… 可知さん、引っ越しちゃったんですか? 誰も、いないようで… 私、久しくこちらに寄ってませんでしたから、何も聞かされてないんですよ 」
女性は、可知宅にチラッと目をやると、答えた。
「 ああ、可知さんトコ? ダンナさん、亡くなられたのよ…! 事故でねえ。 奥さんも、病気で入院してるらしいの。 お葬式にも、出られなかったみたいよ? 」
病気? そんな話は聞いていない。 本人は健在で、現在、会社役員と不倫絶好調だ。
葉山は答えた。
「 えっ! 可知さん、亡くなられたんですか? いつ? 」
「 もう、3ヶ月くらい前だったかしら。 そこの国道の、出会い頭でね。 即死だったらしいわよ? 奥さんが入院して、すぐね。 お子さんは、奥さんの実家で、預かってもらってるらしいわ 」
「 …はあ… そうなんですか 」
「 ご存知なかったの? 」
「 ええ。 可知さんとは、友人の紹介で知り合った、仕事仲間だったんですけどね… 」
「 ああ、そうなの 」
「 あの車は? 」
葉山は、駐車してある、ミニバンを指して尋ねた。
「 奥さんのよ。 もう、バッテリーも、上がっちゃったんじゃないかしら 」
「 そうですか… いや、お手間とらせました。 失礼します 」
近所には、病気で入院している事になっている対象者。 どういう事なのだろうか? また、誰がそんな設定にしたのか……?
不可思議な情報を入手し、困惑する、葉山。
( ダンナが亡くなっているのか… 情報としては有益かもしれんが、これじゃ、解決にならないな。 他を、もう少し当たるか… )
新聞を包んでいたビニール袋に、販売店の住所が印刷してある。 毎日、配達をしていたのであれば居住者の姿・行動も、わずかではあるが垣間見ているはずだ。 闇雲に聞き込みをして周るのも、近所の『 ネットワーク 』に載る可能性がある……
葉山は、その新聞販売店へと向かった。
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