第3話 ミラのお願いと脱出

 武器屋での買い物を済ませ、路地裏で少女に説明が終わったところだった。


「へぇ~。それで今は逃げる算段をしてるんだ。でも城から逃げるなんてお兄さんやるね」


「まぁ、職業が盗賊だからな。逃げるのはうまいんだ」


「またまた謙遜しちゃってぇ。城の兵士って今は数少ないけど結構熟練度は高いはずだよ。兵士もそうだけど、近衛魔法団なんてエリート揃いなんだし逃げるだけでもすごいよ」


「あのフード野郎、そんな強かったのか。戦うじゃなくて逃げる選んで良かった。

それで説明はしてやったぞ。これで問題ないな。俺は忙しいんだもう行くぞ」


「いやいや、用件はこれからだよ。お兄さんにはミラからのお願いを聞いて欲しいな」


「なんで俺がお前のお願いを聞かないといけないんだよ」


「どうしてもだめ?」


「聞く必要はないな。じゃあな」


話は終わりだというように少女に背を向け歩き出そうとする。


「兵士さーーん! ここに泥棒がいますよーー!」


「わ! わかった。話だけでも聞こう」


慌てて振り返り、少女が叫ぶのを止める。さすがに大声で叫ばれるのはまずい。

いくら路地裏といっても少し歩けば大通りについてしまう、兵士がここまで来てしまうかもしれないのだ。


「ほんと? 良かった、そのまま行っちゃうんじゃないかと思ったよ」


(はぁ~。話すんじゃなかった)

「それで、お願いってなんだよ」


「お願いって言うのはね。ミラの事を西にある里まで連れて行って欲しいの。

お兄さんなら余裕でしょ?」


「なんで俺がお前を連れて行かなきゃならん。一人で行けるだろ」


「えー、こんな幼い子ひとりじゃ無理だよぉ。途中で悪い人たちにつかまっちゃうよぉ」


「100歳越えがよく言うよ」(このロリババアが!)


「女性に年齢の事をいうのは、失礼だと思うな。

でもこの話、お兄さんにとっても悪い話じゃないと思うよ」


「なんでだ? 俺がお前を連れていく事になんの得がある?」


高校生が少女を連れて歩く。絵面だけでも犯罪臭がしてくる。

むしろ逆に目立つのでは? などと思う悠であった。


「お兄さんどうやって城下町から出るつもり? お兄さんの事情を聞くとたぶん門からは出られないよね」


「それは……。ほら無理やりとか?」


少女に言われたとおり、そこまでは考えていなかった。

最悪スキルを使い無理やり出ることは出来るだろう。しかし、昨日の今日である一筋縄で行くわけがない。


「無理やりとか無理だと思うな。だってすごい警備が強化されてたもん」


「じゃあ、お前には良い方法があるのか?」


「あるよ! でも協力するかわりにミラを連れていく事。良い?」


「ああ、分かった。お前を連れて行くのは里まででいいんだな?」


門の警備が強化されている状況で、門から出るのは大変だろう。

少女に案があるならそれに乗っかった方が楽だと判断した悠は少女の案に乗ることにした。


「うん、里まででいいよ。ところでそのお前って言うのをやめてくれると嬉しいな」


「えーと、ミランダさん」


「さんは、いらないよ。ミランダって呼び捨てかミラでいいよ。もしくはミラちゃんで」


「ミラで。その方が呼びやすい。

ミラもお兄さんはやめてくれ。正直年上に言われたくない。俺は敷島 悠(しきしま ゆう)、悠でいいぞ」


「わかったよ。悠お兄ちゃん」


「マジでどつくぞ、ババア」


「ごめんごめん。もう最近の若者はすぐ怒るんだから。じゃあ悠って呼ぶね」


すごく簡単な自己紹介が終わり、名前で呼び合うようになる二人。


「じゃあ悠、まずはその服どうにかしないとね。それじゃ目立って見つかっちゃうもん」


「服か。それもそうだな」


「私に付いて来て服売ってるお店に連れっていってあげる。もちろん目立たない道でね」


ミラは、そう言うと歩き始める。

どうやら大通りに戻らないで路地裏から行くようだ。

路地裏は入り組んでおり、今から元の場所へ戻れと言われても悠には無理だろう。

進んでいく事しばらくすると、大通りの店がある一角に出る。


「あったあった。あのお店、服なら安く売ってるから」


ミラは一つの店を指差す。悠は、指差した先に目を向ける。

そこにはこじんまりした小さい店があった。どうやらその店が、ミラのおすすめらしい。


「時間も惜しいし、すぐに済ますか」


「そうだね。まだまだ準備しなきゃいけない事もあるしね」


「準備? なんの準備をするんだ?」


「旅に出るんだもん。旅の準備がいろいろあるでしょ……。

そっか、異世界から来たもんね。旅って言っても初心者?」


「いや、そうじゃない。一応旅は死ぬほどゲームの時にやってきた」


「ゲーム? それが何なのかわかんないけど、とりあえず旅はした事あるってことだね。

じゃあ分かるんじゃないの?」


「いや、現実での旅は初めてだ。何が必要になるかわからん」


「なにそれ変なのぉ」


ゲーム時代に冒険者として毎日のように旅には出ていた。しかし現実となった今、旅に何が必要かがわからない。

ゲームでは、眠くなれば帰還の羽というアイテムで町まで戻ってログアウトすればいい。

意識を飛ばしてプレイするので腹は減らない。万が一死んでも、近くの神殿で生き返る。(もちろんデスペナはあるが)

その状況を旅と呼べるなら旅の熟練者だ。


「しょうがないな、ミラが教えてあげる。

まず移動は歩いて行くとすっごい時間かかるから馬か従魔でしょ。

夜までに街とか村に着かなかったら夜営しなきゃだし、お腹すくから食料も必要でしょ。食料の調理用の道具もあった方が良いかな。

あとは夜営してる間だって、魔物が寄ってくるかもしれないからそれの対処をどうするか考えなきゃいけないし。これは人を雇うか従魔がいれば従魔に見張らせばいいんだけどね。

ざっと、こんなもんかな」


「なるほど結構大変なんだな」


「そうだよ。むしろ今までどうやって旅してたのか気になるよ」


「それについては聞かないでくれ。それより従魔ってなんだ?」


「従魔って言うのは、召喚していろいろ頼み事が出来る魔物の事だよ。

その人によって召喚できる魔物は違うんだけど、背中に乗って移動したり馬車を引かせたりする事が出来るの」


「ほう、それは便利そうだな。どうやったら従魔が手に入るんだ?」


「従魔を召喚するには、召喚のリングってマジックアイテムが必要なの。

さっきのお店でも売ってたけど、マジックアイテム売ってるお店なら大抵置いてあるよ。値段は高いけど」


「よし、従魔を手に入れよう。従魔が居れば旅も楽になりそうだ」


「従魔のリングって高いよ。そんなお金あるの?」


「マジックアイテムを買うほどの金はない! しかし職業盗賊をなめるなよ」


「あ、そうか! 悠のスキルで、召喚のリングのスキルだけ盗むんだね」


「そのとおり! インプラァカァブル・シーフなら好きなスキルが取り放題だ」


「そのスキルって常識外れすぎだよね……」


「褒めるな褒めるな」


「褒めてないよ。むしろ呆れてるよ」


ミラはジト目でため息までついている。悠なりの冗談だったのだが逆に、呆れてしまったようだ。


「うっ…………」


「…………」


悠は言い返せないでいるので妙な沈黙が続いてしまった。

ミラがその空気を紛らわせるために早口気味に声を出す。


「じゃあ、悠は服と従魔をお願いね!その間に私は他の準備をしておくからちょっと行ってくるよ。

召喚のリングは、あの服のお店の二つ隣にマジックアイテム売ってるお店あるからそこに行けばあるはずだよ。目立たないように気を付けてね。終わったらまたここに集合にしましょ」


「あぁ、分かった」


悠もばつが悪いので、ミラの言葉に素直に従い、二人は別々の方向に歩き出すのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


悠は上下黒っぽい色の服を着て武器屋で買った装備を付けながら路地裏でミラを待っていた。

目立たない服で、盗賊ぽいっ服を選んだつもりらしいがやはり少し浮いてしまっている。

装備も黒の胸当てに、黒の額あて、籠手に腰には一本の短刀、外見だけなら盗賊と一発で分かるだろう。


「またそんなわかりやすい格好して、悠は見つかりたいの?」


籠手の位置を調整していた悠にミラの声が掛かる。


「戻って来たか。見つかりたいわけじゃないけど、見つかってもどうにかなると思っている」


「さすがと言うかなんというか……。

まぁいいや。こっち準備は完璧だよ。そっちは?」


ミラは背負っていた大きめなのバックを悠に見えるように動かしながら聞いてくる。


「ああこっちも完璧だ。スキルもゲットしたぞ」


「じゃあ早く行こ。ぐずぐずしてると外に出た後、すぐ暗くなっちゃうよ」


「結局脱出ってどうやってやるんだ?」


「それは行けば分かるよ。まずは付いて来て」


それだけ言うとミラは歩き出す。結構な速足なので付いて行くだけで一苦労だ。

城下町の外への門からは、逆方向に進んでいる。

歩く事しばし、一軒の古びた洋館の前に着いた。そこは悠が、お金を求めてやって来た洋館だった。


「こんな所来てどうするんだ? 門はあっちだぞ」


門の方を指差しながら悠は問う。


「この洋館ね。実は地下に外に繋がる隠し通路があるの。

もともとは貴族の脱出用の通路だったみたいだけど今は誰も住んでないから誰も知らないんだよ」


「なんでお前がそんな事知ってるんだ?」


「それは乙女の秘密」


(なにが乙女だよ。そんな歳じゃないだろ)


「今なんか変な事考えなかった?」


「いや、考えてない。マジで」


「なんかすっごい怪しい。女の勘をなめちゃダメだよ。特に年齢の事は敏感なんだから」


「マジで考えてないから、いいから早く行こうぜ」


悠は誤魔化すように早口で言って洋館に入っていく。

後ろではミラが何かしらの文句を言っていたが無視した。

洋館に入ると、ミラも納得がいかないと言いたげな顔で追って来た。


「もう、置いて行かないでよ。話はまだ終わってないんだから!」


頬を膨らませてプンプン怒っている。

その見た目だけなら可愛いのだが年齢を知っている悠にとっては、あざとさが先に来るのであまり見たくない物だった。


「落ち着けって今はそれより早く行こうぜ。その隠し通路ってどこにあるんだ?」


「階段裏に扉があるからそこから行くの!」


そう言うと先に歩いて行ってしまった。まだ少し怒っているようだ。

悠は慌てて後を追いかける。


(まったく何がそんなに気に触ったのやら、女心はさっぱり分からん)


内心ぼやきながらミラを追って階段裏の扉に入っていく。

中は物置として使われていたようだ。いまだに木箱などが残っている。


「あの一番端っこの木箱の下に隠し扉があるから、悠あの木箱どかして」


「はいはい、わかりましたよ」


積み重ねてある木箱を無造作にどけていく。木箱の中身は空だが、木箱自体は結構重い。

どけ終わった頃には、額に薄っすら汗が浮かんでいた。

空いたスペースにミラが入る。


「ありがと。たしかここに……あった!」


お礼を言いながら床を調べ、隠し扉を開く。

開いた先は階段になっており、暗くて下まで見ることが出来ない。


「この通路を通れば外まで出られるから、付いて来て」


いまだに怒っているのか口調がすこしきつめだ。

バックから取り出したランタンを火魔法で付け、ズンズン進んでいく。


「ちょっと待てって、暗いんだから置いていくなよ。それに何をそんな怒ってるんだよ」


「別に~乙女心が分かってない。悠に怒ってなんかいませんよーーだ」


「悪かったって、謝るから。だから置いていくなよ」


ミラに置いて行かれそうになりながら、なんとか後を付いていく事40分。

最初は怒っていたミラだったが、悠のなだめになんとか機嫌をなおす事が出来ていた。

機嫌がなおった頃ようやく通路が終わるのだろう。外の光が見え始めた。


「お、やっと外か。この通路意外と長かったな」


通路から出ようと出口に駆け寄る悠。

しかし出口は、鉄の柵ふさがれていた。


「あ、その柵は魔物侵入防止用だから触らない方がいいよ」


「じゃあ、どうやって出るんだよ! せっかくここまで歩いて来たのに」


「まぁまぁ、ちょっとどいてくれるかな」


ミラはそう言うと呪文の詠唱を始める。

それを見るや転がるように逃げだした悠のすぐ後ろで爆発が起こった。


「ミラさん、実はまだ怒ってますか?」


「うーんうーん、怒ってないよ」


顔は満面の笑みを浮かべているが、目が笑ってない。

ある程度は、機嫌もなおってきたがまだ完璧回復とはいってないようだ。


「さ、いつまでもこんな所に居ないで先に進もうか」


「は、はい!」


二人で通路の外に出る。

どうやら出た先は、街道近くの森だった。この森には基本ボブリンなどの低級な魔物しか生息していない。

だから鉄の柵でも侵入を防げていたのだろう。その柵も今はミラの魔法で見るも無残な姿をしているが。


「やった! やっと城下町から出られた」


鼻息荒く興奮して叫ぶ悠。さすがに慣れない事の連続でストレスが溜まっていたのだろう。

そんな調子を見ながらミラは言う。


「悠、改めてこれからの旅よろしくお願いするね」


ミラは真剣な顔を悠に向け、右手を差し出す。


「こほん、ああこちらこそよろしく頼むな」


悠は咳を一つしてからミラの右手を握り返す。

その時、悠は決意するのだった。


ミラの事は怒らせないようにしなくては、と。

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