いない北嶋

 朝起きたら勇さんの姿が見えなかった。

 そして私の携帯にメールが一通入っていた。

 それを見ると…


【今日パチンコ屋でイベントらしいから行ってくらぁ。】


「何なのよおおおおおお!!!」

 流石に腹が立った。仕事放棄もいいところだ。

 梓が言った言葉を思い出す。

「北嶋さんは、うまく誘導しないと仕事サボって遊びに行くから気を付けてね」

「誘導ったって、どんな導きすりゃいいのよっ!!」

 先ずは、呼び戻す為に電話をする。

【おかけになった電話番号は電波の届かない場所にあるか、電源が入っておりません。おかけになった電話番号は……】


 ブツッ!


「……やるじゃない勇さん……!」

 電話に出る気が無い事をアピールしている。

 もの凄く腹が立つが、連絡が取れないなら仕方がない。

 私は一人で調査する事にした。

 事件現場の鉱山跡地にタクシーで向かう。

 終始、タクシーの中でボヤいていたので、タクシーの運転手さんが哀れんで、飴をサービスでくれた。

「どうもありがとうございますっ!!」

 八つ当たり気味にタクシーの運転手さんに強い語気でお礼を言ってしまった。流石に反省しなければならない。

 そして鉱山跡地に到着した私は、運転手さんにちゃんとお礼を言い、タクシーから降りた。

「……誰も居ないわね」

 観光地化した鉱山跡地には、お客の姿など見えなかった。働いているスタッフの姿しか見えない。

 取り敢えず入場券を買い、中に入る。

 事件現場に一目散に向かう。幸いにそれは直ぐ見つかった。

 カラーコーンでバリケードを作り、立ち入り禁止の看板を立てているブルーシートで隠している横穴。

「ここで死んだ…のよね…」

 妙だ…死者の念が全く感じられない…

「ここじゃないのかな…?」

 兎に角調査だ。先ずは鉱山跡地を歩く。

 隈無く歩いた。霊視をしながら、隈無く…

「…駄目!!」

 殺された被害者の念など感じられない。

「心臓を内側から刺されたのよね…」

 ならば呪術師が関与している筈だ。ウチに依頼が来たのだから、それは確定だ。

 念すら残さず、痕跡すら残さず、殺した…?

「生半可な相手じゃないみたいね……」

 背中に冷たい汗が走る。

 大抵は殺された人の念が、殺人現場にある筈なのに、それを感じさせないとは……

 考え事をしながら歩く私は、何時の間にか、あのバリケードに囲われた横穴に辿り着いていた。

 横穴に入るか?

 考えている私に、働いているスタッフらしき人が声を掛けて来た。

「申し訳ありませんが、ここは大変危険ですので、見学は控えさせて頂いております」

 少し顔色が悪い細身の男の人だ。

「あ、解りました。すみません」

 私は足早に退散した。また後で来てみようと思いながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 駆け足で女が去って行く。

 後ろ姿を見ながら、それを見送る。

「北嶋、神崎の他に動いている奴がいるのか?」

 横穴から離れてスタッフルームに向かう。

 スタッフルームは俺の他誰もいない。安堵して制服を脱ぎ捨てる。

「神崎が『視ている』から、下手な真似はできないからな」

 俺はより近くで北嶋や神崎を監視するべく、鉱山跡地のスタッフに紛れ込んだ。

 尤も、スタッフ全員に術を仕掛けているから、俺の姿はスタッフには見えない。

 もっと派手に、例えば亜空間に部屋を作り監視しようとも考えたが、相手は並の技量じゃない。

 気付かれないように、限界まで術を抑える必要がある。

 椅子にどっかと座り、ペットボトルの茶を飲み込む。

 ふと、脳裏に過ぎる。

「あの女は誰だ?」

 先程横穴付近で何か迷っていた女の事だ。一応仕込んでおいた術を発動させるか。

 その為に、一体ここから離れる事にする。

 神崎も横穴付近を『監視』している筈だ。

 万が一、スタッフルームから『覗いている』事がバレないよう、慎重に事を運ぶ必要がある。

 鉱山跡地から離れ、隣町まで電車で向かう。

 移動にも気を遣うのは面倒だが仕方無い。

 隣街は鉱山の街よりは少しだけ栄えているようだが、毛が生えた程度だ。

 そこにあるビジネスホテルが、当面の間、俺の塒になる。とは言え、寝る為に戻る程度だが。

 俺は部屋に入るや否や、呪印を書いた紙を部屋に貼る。

 八方向に貼り付けた呪印の中心に座る俺。

「どれ、さっきの女は…」

 静かに目を閉じる。

 頭の中に映像が流れ出した。

 神崎に仕掛けた術と同じ物だが、あの女は神崎と違い隙がある。比較的簡単に仕掛ける事ができた。

 あの女の目を介して映像を見る。

 女は丁度携帯を取り出している最中だった。

 んんっ?

 発信履歴からそのまま電話を掛けようとしているが…

 北嶋 勇だと!?

 心臓の鼓動が激しくなった。

「あの女は北嶋の新しいパートナーなのか!!」

 思いもよらずに北嶋に辿り着いた。思わず握った拳の手のひらが汗ばむ。

 北嶋に繋げ!!

 祈るように食い入って盗み見る。

「ん?タマ?」

 女の視点が歩いてきた小動物に向く。

――勇の着替えのバックを取りに来たのだ

 小動物が北嶋のバックを?

 犬か……いや、仔狐?

 !!もしかしたら、あれが白面金毛九尾狐か!!

 急に背筋が寒くなった。

 他人の目を介しているとはいえ、俺は伝説の大妖を見ているのだ。

 九尾狐は女の前を悠揚と通り過ぎ、バックを咥えた。

「ち、ちょっと!!勇さんはどこにいるのよ!仕事はどうするの!?」

 流石に慌てて九尾狐を止める女。

――昔鉱山で仕事をしていた者と知り合いになってな。色々聞き出す為に暫く張り付くようだ。貴様は引き続き鉱山跡地で調査しろ、との事だ。何か解った時にのみ連絡し合う事にする。確かに伝えたぞ

 九尾狐はつまらなそうに、女の前を通り過ぎる。

「じ、じゃあ勇さんはここに帰って来ないの?」

――案じなくとも、勇はちゃんと仕事をしておる。せっかく二人いるのだ。二手に分かれて調査した方が効率が良かろう?

 九尾狐の正論に、黙るしかない様子の女。北嶋に連絡をしない女に苛立つ俺は、握り拳で床を叩きつけた。

「せ、せめて毎日連絡取らせてよ!!」

――それはそうなるだろう?貴様がちゃんと仕事をしていればな

 九尾狐の目が鋭さを増す。

 凄い妖気だ…女の目を介しているだけでも解る……!!

「…つまり、ちゃんと仕事をしていれば、毎日情報は勇さんに渡す事になる、と言っているのね…」

――そう言う事だ。理解できたな?

 これ以上は言わせないとばかりに睨み付ける九尾狐。

 完全に飲まれている女は、その場にへたり込むように座る。

――解ったのならば、少しばかり褒美をやろう

 九尾狐は大妖に変化した。

「うおっ!?」

 俺は思わず叫んだ。

「な、何!?」

 女も怯んで後退る。

 九尾狐は九つの尾を女に振るった。

「きゃあ!!」


 ボウッ


「何ぃ!?」

 女が叫んだと同時に呪印を書いた紙が燃え上がった!!

――本来ならばこの女は知らぬ。だが、貴様が勇の邪魔をする敵ならば、先ずは貴様から葬られると心得よ!!

 女…いや、女の向こうに『居る』俺に対しての警告…!!

「………何故解った…」

 俺は漸く、その言葉だけ絞り出す事ができた…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「な、何何何何?」

 女が怯えながら首を横に振る。その様子は実に滑稽で愉快だが、兎も角ネタばらしをしようか。

――貴様は憑かれていたのだ。正確には共有されていた、と言った方が正しいか

 この女の瞳の奥に、長い髪をした青白い男が居た。此方の動向を探ろうとしている男だ。

「私に?共有?」

 女は信じられないと言わんばかりに呆けている。

 この女もなかなかの術者ではあるが、瞳の奥の男の方が技量は上だ。

 妾でなくば解らなかったであろう、天晴れな気配の消し方。

――安心せい。妾が追い払ったが故、大事には至らぬ。恐らく、貴様に憑いていた男が事件の鍵だ

 事件の鍵と聞いて、女の表情が凛々しくなる。

「……特徴は?」

 ふん、負けん気だけは尚美に勝る女よ。

 この女は気に入らぬが、これは勇の案件に関わる事。妾も協力は惜しまぬ。

――髪の長い、やつれた感じの青白い顔の男だ。呪術を生業としておる様子。心して掛かれ

「…解ったわ…ありがとうタマ」

 女は素直に妾に礼を言う。

 妾は変化を解き、カバンを咥えて、女の前から立ち去った。


 仔狐の身で鞄を咥えての移動かなりの労力だ。

 変化をしたら楽に運ぶ事ができるのだが、勇との約束がそれを拒絶する。

――なんで…ゼェゼェ…妾がこんな目に…ゼェゼェ…

 途中、人間に可愛い可愛いと纏わり付かれたり、妾を連れ去らおうとする輩に沢山出会うも、それを悉く退け、妾は勇の待つ家に辿り着いた。

「おー。タマご苦労」

 この男は、妾に荷物を運ばせている間、パチンコ屋にて知り合った男の家にて酒を呑んで寛いでいた。

 妾は両腕を自分の目に何度も当てる。

「鏡を、掛けろ?」

 コクコクと頷く妾。勇は面倒そうに鏡を掛ける。

――言われた通り…着替えと、女に伝言をしたぞ!!

「だからご苦労っつったろ」

 ゴクゴクとビールを呑みながら、労いや気遣いなどまっっっったく見せぬ勇!妾が憤慨するのは当然と言えよう!

――貴様!この妾に使いを頼んだ分際で!少しは労ったらどうだ!!

 カッと牙を剥く妾。

 勇は面倒臭そうに、パックのいなり寿司を妾の前に出した。

――貴様!こんな物を妾の労いとするつもりか!!

「いらないのか?」

 パックのいなり寿司をスス~ッと下げる勇。

――要らぬとは言っておらぬ!!

 妾はいなり寿司に飛び込む。

「ちゃんと感謝はしてんだからさ。ほら、これも食え」

 今度は焼き鳥を妾に出す。ちゃんと串を抜いていて、勇にしては心遣いを表している。

――ネギは要らぬのだが…

 イヌ科の妾にネギを食わせようとは、鬼畜にも勝る所業ではあるまいか?

「野菜も食わなきゃ駄目だ。食え」

 スス~ッと妾の前に伸ばしてくる。

 妾は仕方なしにそれを食う。イヌ科であろうが妾は大妖。ネギ如きに敗れはせん。

「やっぱり憑いていただろ?」

 ビールを呑みながら勇が聞いてくる。

――モグモグ…始めから…モグモグ…鏡で視れば…モグモグ…こんな案件など一瞬だろうに…モグモグ…

「鏡を使うと要らん事まで視えちまうからな。なるべくなら必要な時以外は使いたくないんだよ」

 勇は横で倒れる様に寝ている男に目をやる。

 この男が、勇と妾がこの家に来た理由なのだ。

 パチンコ屋のイベントとやらに朝早く出かけた勇と妾は、予定通りに狙っていた台を確保した。

「鏡で視たら、この台が一番良いみたいなんだよ」

――そんな事に神器を使いおって…

 ブツブツ零す妾だが、勇には通じぬ。

 道具は必要な時に必要なだけ使う物。勇が常々口にしている言葉だ。

 勇は賢者の石で土を金にしたり、皇刀草薙で不必要な命を切り捨てたり、万界の鏡で他人の弱味を握ったりしない。

 人間が如何にもやりそうな事を全くしないのだ。

 その代わり、こんなくだらない事に平気で使う。

――まぁ、貴様の好きにすると良い

 妾は欠伸をして勇の足元に丸くなる。

 その時、勇の隣にこの男、丸本まるもとが、やつれた表情をしながら座った。

「オッサン、この台は全く出ないからやめた方がいい」

 普段そのような助言(?)を全くしない勇がと、耳を疑った。

「そんな事、解らないだろ!黙ってろよ小僧!」

 男は勇の忠告を聞く事もなく、打ち始める。

 結果、ひたすら金をつぎ込む事になった。

「だから言ったろうオッサン。もう金を入れるのはやめろ」

 丸本なる者は勇をギロッと睨み付けた。

「だからお前にとやかく言われる事は無いんだよ!!俺はこのイベントに掛けてんだよ!!」

 金をサンドに入れようとする丸本。

「だから金が尽きたら自殺する、か?」

 手がピタリと止まる。そしてゆっくりと勇に顔を向ける。

「………なんで………?」

 顔色が真っ青になり、手がカタカタと震え出す。

「聞いたからだ」

「……だ、誰に………?」

「オッサンの女房にだ」

 勢いよく立ち上がる丸本。勇に指差して怒鳴った。

「俺の女房は去年脳梗塞で死んじまったんだよ!!その女房に何故聞けるんだ!!」

 周りがざわめき、勇等に視線を注ぐ。

 勇はぐるんと周りを睨み付けた。

 視線を注いた連中は、その視線を外して知らぬ顔をする。

 勇云々ではない、丸本と関わらないようにと視線を外したようだ。

「オッサンの背中に泣きながら張り付いているんだ」

 蒼白になり、足がガクガクと震える丸本。立っていられず、そのまま椅子に座り込んだ。

「オッサンは負け込み過ぎて、かなりの借金があるようだな。女房は案じて成仏できない状態だ」

「………あ、案じて………」

 俯いて譫言のようにオウム返しをする丸本。

「まぁ、自分の命。好きに使うがいいさ」

 確かに女房の伝言はした、と言わんばかりに、勇は丸本から視線を外した。

「……この台、駄目なんだよな?」

「そう言った筈だ」

 丸本は静かに立ち上がり、今度は勇の二つ隣に座る。

「……ここは?」

「さっきのよりはマシだ」

「どこがいいのか教えてくれないか?もちろん礼はする。コーヒーでも…」

 丸本は打って変わって下手に出る。

「オッサン、俺はオッサンの仲間じゃない。いちいちオッサンの為に助言する義理は無い。調子に乗るな」

 勇はこれ以上は関わるな、と言わんばかりに突っぱねる。

「今日!!今日だけでいい!!今日乗り切ったら、俺は変われるかもしれない!!だから今日だけ助けてくれ!!」

 丸本は周りの目など意にも介さずに、その場に土下座をした。

「オッサンが変わろうが変わるまいが、俺の知った事か」

 手で追い払う仕草をする勇。確かに丸本の今後は勇には興味に無い事だ。

「そ、そこを何とか!!」

 勇の足元にすり寄り、更に土下座をした。

「しつけーなぁ……ん?ふーん…繋がっちまったか…だから鏡を掛けた儘ってのは面倒になるんだよなぁ…」

 勇は頭を掻きながら渋い顔をした。

 周りから見れば独り言を言っているように映るだろうが、この時勇は丸本の女房と会話をしていたのだ。

「オッサン。仕方ないから教えてやろう」

 顔を上げた丸本。その表情が明るくなっている。

「ただし、だ。オッサンが以前勤めていた鉱山からかっぱらった物を俺にくれ」

「か、かっぱらった物?」

 本当に心当たりが無いように、首を捻る。

「かっぱらったと言う自覚はないか。まぁ、そうだろうな。オッサンの家にある置き物だが、オッサンは要らないだろ。それをくれたら教えてやる」

「解った、何の事か解らないが、欲しいならやる!!」

 丸本と取引成立となり、丸本は自殺を思い留まる程大勝ちを収め、妾達は丸本の『盗んだ物』を回収する為に丸本の自宅に招かれた。

「さて、オッサン、出して貰おうか」

 部屋に招かれ、ビールを注がれ、それをあおりながら本題を切り出す勇。

「あ、ああ。ちょっと待ってな」

 奥に引っ込み、ゴソゴソとやった後、それを持って戻ってきた丸本。

 勇は無造作にそれをヒョイと持つ。

「胡桃大の大きさだな…予想より小さすぎる」

「俺が持ってきたのはそれだけだよ」

 鏡越しで丸本を視る勇。嘘を言っているのか調べる為だ。

「…そのようだ」

 勇はそれをポケットにねじ込む。嘘を言っていないと言う事だ。

「なぁ?そりゃ何だい?長年鉱山に勤めていたが、そんな鉱石や鉱物は見た事がないんだ」

 だから持ち帰った、と言う訳だ。金になるかも、と期待して。

「これはヒヒイロカネって言う金属だ。まぁ、オッサンには無用の長物だ。俺にも使い方は解らんがな」

 解らないじゃなく、興味を持てないから知るつもりが無い勇。

 まぁ、あの金属の価値をどれ程言っても、勇の興味を引き付ける物では無い事は確かだが。

「ふ~ん…まぁ、今日はアンタのおかげで大勝ちできた。今日は呑もう!!」

 空になったグラスにビールを注ぐ丸本。

「俺は仕事があるんだがな」

 そう言いながらも、注がれたビールを一気にあおる。

「ん?んんん?」

 いきなり勇が渋い顔をした。

「どうしたい?」

「……オッサン、悪いが今日泊めてくれ」

「そりゃ勿論さ!!そら、いっぱい呑もうぜ!!」

 上機嫌になる丸本。

――勇、どうしてだ?

 妾は勇の顔を覗き込んだ。

「タマ、悪いが民宿に行って着替えを持ってきてくれ」

――おい、妾を荷物運びに使うなどと…

 勇の表情が険しい。妾はそれ以上言うのをやめる。

――仕方ない、行ってくるか……

 立ち上がる妾に注文を出す。

「千堂が憑かれたようだ。お前なら祓えるよな」

――何故貴様が行かぬ?

 勇の技量なら憑き物など、一瞬だろうが、妾に頼む意味が解らぬ。

「どうやら敵は俺の姿を視たいらしい、視たいなら後で直接見て貰おうと思ってな」

 そう言って鏡を外す。

「せっかく繋がったんだ。トコトン焦らして苛々させてやるぜ」

 勇が鼻で笑いながらビールをあおる。

「どうせ後で返す時にぶつかる事になるんだしな」

 勇はポケットのヒヒイロカネをパンパン叩きながら笑う。相変わらず意地が悪いと思いながらも、妾はお使いに行った訳だ。


――それで、ヒヒイロカネの持ち主は解ったのか?

 妾はいなり寿司をムシャムシャと食べながら聞く。

「途中で視るのやめたから知らね」

――何故だ?

「だから鏡を使うと情報多過ぎるんだよ。余計な手前増えるだろ」

 そう言いながら丸本の女房を睨み付ける勇。女房はひたすら土下座をしている。

「今日はあれで済んだがな、このオッサンは働く気が無いんだ。いずれまた、自殺まで追い込まれるぞ」

 女房は泣きながら何度も何度も頭を下げた。

「だからぁ!俺の管轄外だってば!仕事は自分で探すものだ。勤労意欲は自分で絞り出すものだよ!!」

 自分が死んでから、全く働かずに自堕落になっている夫を案じて成仏できぬ女房。何とか働かせるよう、勇に頼んでいるのだ。

「ヒヒイロカネと引き換えに、今日は助けたが、本当ならヒヒイロカネも要らないんだよ俺は!!」

 そう言って鼾を掻きながら寝入っている丸本にビールの空き缶を投げ付ける。

「俺は職安でもボランティアでも無いんだよ!!」

 それでも此処に留まる決意をした勇。何だかんだと言って、甘い所がある。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 朝っぱらから俺を叩き起こす丸本のオッサン。

 死んだ女房に請われた形で留まっている俺は、正直言って起こされるのは迷惑だ。

「なんだよオッサン?」

 軽く伸びをし、オッサンを睨み付ける。

「起きたか!さぁ行こう!間に合わないぞ!!」

 満面の笑みをし、俺の腕をグイグイ引っ張るオッサン。

 俺はその手を払い退ける。非常に鬱陶しいからに他ならないからだ。

「行くって、どこにだよ?」

「パチンコ屋にだよ!早くしないと開店に間に合わないぞ!」

 全く意味が解らない。行きたいなら勝手に行けばいい。俺も行きたいなら勝手に行くし。

「俺は行くつもりは無いんだがな。普通に用事があるし」

 オッサンは仰天した。何故だ?一応仕事でこの町に来ている事は承知だろうに?

 しかし俺に縋り付いて懇願する。

「俺とアンタが組めば無敵だろ!?これからはパチプロとして、のしていこうぜ!!」

 オッサンのクソふざけた提案にムカついてしまい、オッサンの残り少ない髪の毛をグイっと引っ張って顔を近付けた。

「俺とオッサンが組めば?調子乗るなよオッサン。お前は何もやってねーだろう?全て俺の力だ。甘ったれんな」

 そのままオッサンを床にへばり付かせるよう、腕を下に降ろした。

 オッサンは「ぐえっ!」と言いながら床に転がる。

「お前は俺を利用したいだけだオッサン。生憎と利用される程お人好しじゃないんでな」

 這いつくばっているオッサンを無視して着替えをする俺。

「ま、待ってくれ!今日!今日だけ!」

 足に纏わりつくオッサン。

 俺はオッサンを睨み付け、そのまま膝を顔面に叩き込んだ。

「ぐあ!」

 足から手を離し、そのまま鼻を押さえる。

「昨日も今日だけ、と言った筈だがな。その分の対価は貰った。今日の分の対価は何だオッサン?」

「た、対価?」

 涙目になりながら俺に聞いてくる。

「仕事をしたら報酬を貰うのは当然だろう?」

「な、仲間に報酬を…ぎゃっ!!」

 最後まで言わせずに顎を蹴りで跳ね上げる。

「仲間とは対等の関係の事を言うんだよ。お前は俺を利用したいだけだろ。利用されてやる代わりに対価をよこせ、と言っているだけだ」

 尤も、オッサンが用意できる対価など、俺には必要がない。要らない物なら突っぱねる。ただそれだけだ。

「お、お前はこの町に仕事をしに来た、と言っていたな?」

「じゃなきゃ、来るような町じゃないだろ?」

「そ、その仕事は案内が必要か?」

 案内か…

 タマが言うには、千堂に憑いていた男が事件の鍵だ。

 千堂はそいつをどうにかして調べるだろう。

 そしてあの鉱山。

 このオッサンは元鉱山勤めだ。

 そして長年、この町で暮らしている。おかしな噂くらいは耳にしている筈だ。

「案内も確かに必要だ。そしてこの町の情報もな」

 オッサンはニカリと笑う。

「俺はこう見えて顔が広いぜ。勿論、地元だから隅から隅まで案内もできる」

「顔が広いって、いい歳こいて、毎日パチンコで負けて借金まみれだ。オッサンが知らなくても、オッサンを知っている奴は沢山いるだろうさ」

 下手な自慢で自爆し、項垂れるオッサン。

 まあいいや、自堕落なオヤジは兎も角、対価はまあまあ及第点だし。そもそも鏡を頼ればそれすらも必要ないんだが。

 俺は鏡を掛ける。

「352番台だ」

「え?」

 顔を上げるオッサン。

「閉店したら、直ぐ帰ってこい。オッサンの案内を対価としてやる」

 オッサンはパアアアアっと明るくなった表情をし、そのままダッシュで家を出た。

 やれやれ、あの様じゃ、女房の願いは永久に叶わないな。だが、確かに伝えたからな。その後どうなるのかは俺の与り知らん事だ。

 実質ただ働きに若干苛立ち、着替えを始める。

 さっきも言ったが、一応仕事で来たのだ。朝飯食ったらそれなりに動かなければな。

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