弱み

 教団施設から逃げるように、ポルシェのアクセルを思い切り踏む。

 北嶋 勇の名を聞いてから、汗が尋常じゃ無い。

 噂でしか聞いた事は無いが、その噂が常軌を逸している。

 奴は霊感が全く無いにも関わらず、悪霊をぶん殴り、それにダメージを与えるという。それだけでも信じられない事だが、問題はそれじゃない。

 奴の名が知れ渡った事件に、サン・ジェルマン伯爵を倒した事が挙げられる。

 サン・ジェルマンは数千年生きていた錬金術師で、無敵無敗を誇っていた。それを奴は生身でぶん殴り、倒したと言うのだ。

 その戦いの引き金になった賢者の石は、今は北嶋が所有し、それを意のままに扱えるらしい。

 そして、洞鳴村の目無しという厄介な悪霊絡みの事件。

 俺は贄とするべく、目無しを調査していた。俺の呪は強力な悪霊ならそれに越した事は無い。

 だが、目無しの力は巨大。あれを捕える事など、俺には出来ない。

 諦めていた俺の耳に、とんでもない噂が入る。

 目無しを全く寄せ付けず、倒さずに還した奴がいる、と。

 そいつの名も北嶋だった。

 噂を確かめるべく調べた俺だが、とんでもない事実が解った。

 目無しを還した北嶋は、その直後現れた片目という化け物を、たった一つの傷も負わずに倒したらしいのだ。

 片目を倒した時に使っていたのは皇刀草薙。

 賢者の石と並ぶ、三種の神器の一つ。

 所有者を選ぶ三種の神器が、何の抵抗も無く北嶋に『使われた』。

 俺もそうだが、この業界の連中は腰が抜けるかと思う程たまげた。

 もっとも、俺は目無しを追っていて偶然に北嶋に辿り着いただけだ。

 嫌な予感がして、それ以上調べる事をやめた。しかし、噂は勝手に聞こえてくる。

 それから北嶋は祟り神となった龍神を従えたり、古の大妖、白面金毛九尾狐を飼ったりと、およそ信じられない事ばかりをやってのけたらしい。

 そして今年の頭、この業界の重鎮、水谷のババァが死んでから、北嶋は遂に三種の神器全てを揃え、それを苦もなく扱い、あまつさえ死と再生の神、決して世に現れる事が無いという神を従える事に成功したという。

「そんな化け物中の化け物が…こんなチンケな事件の依頼を請けるとは…」

 確かに俺は証拠を残さず人を殺せる。

 病院の突然死に関与したり、依頼を請けて呪い殺したりしていれば、足は付かなかったものを…

 健寿教にこだわった事を少しばかり後悔した。

 新興宗教には良い噂は流れる事は無い。それを逆手に取って、贄を提供して貰う代わりに金塊をくれてやっていたのだが…

「後悔しても後の祭りか……!!」

 ならば先手を打って殺す事を考えるしかない。

 俺もこの業界では多少名の知れた呪術師だ。策を立てれば、五分以上に持ち込める自信はある。

「折角集めた贄を全て使う事になるかもな…」

 俺はある事情により、人間の霊魂を集めている。贄とは霊魂の事だ。

 地の王の棲む場所の遥か先に、俺の求める物がある。それは生身の俺には行ける場所ではない。だから代わりに霊魂を使って取りに行かせている訳だが、地の王が邪魔をして、未だに其処には辿り着けない。

 いや、地の王が支配する領域だからこそ、俺が求める物がある訳だが。

「地の王と北嶋…両方は無理か…」

 両方?

 何の気無しに呟いた自分の一言に我に返る。

「もしかしたら…いけるか?」

 俺の頭に、一つの案が浮かんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私は早速事件現場の鉱山に向かった。

 やはり殺人現場(?)なだけあって、警察官の姿がちらほらと目に入る。

 観光地として機能している鉱山跡地は、無理やり営業を開始したようだが、元々観光客などあまり来ない場所だ。

 加えて人がかなり死んだ場所。

 観光客は愚か、地元の人さえもあまり寄り付かなくなっている様子だ。

 それは私にとっては好都合と言える。

「流石に事件のあった場所は立ち入り禁止になっているわ」

 セーフティーコーンを置いてバリケードを作り、立ち入り禁止の看板を立てて、人が入れないようにしている。

 そこは人一人が入れるような横穴。

 それなりに整備はしているが、元々開放はしていない感じだ。

「何故ここに入るの?何故ここで死ぬの?」

 辺りをキョロキョロ見る。

 周りには誰もいない。

「…入っちゃえ!」

 私はバリケードを引っ張り、少し隙間を開けて、そこから入って行った。

 入り口付近は明かりが漏れて視界に不安は無い。取り敢えず明かりが途切れる所まで行く事にした。

 先に進むにつれ、光が届かなくなる。静寂に包まれた暗闇となるまで、あと僅かだ。

「……なんかおかしな…」

 横穴に入る時にも感じたが、死んだ人達の存在が全く感じられない。

 事故死にしろ、殺されたにしろ、いきなり奪われた命だ。未練など無い訳がない。

 加えて…

「この感じ……神気?凄く微量だけど……」

 海神様や死と再生の神様と同種の神気が、微量だが感じられる。

 なんでそんな場所で殺人(?)が…?

 それとも健寿教のトップは、この神気を越えて人を殺せる程の実力者?

 集中力を高めて一段上の霊視をする。

 無念の霊はやはりいない。

 邪気と神気が争っている?

 ここまで高めた霊視でも、微量の邪気しか確認できないとは…

「邪気と神気が事件の要のようね…」

 また私は歩みを進める。

 光は全く届かくなり、完全な暗闇となる。

 それにしても、広い。

 入り口から光が届く範囲は、歩くのが限界の横幅だったのが、今はすれ違う事すら可能な程の広さだ。

 いや、雑魚寝すらできる程の広さとなっている。

 これ以上は…

 そう思いつつも、歩みが止まらない。

 私はそんなに好奇心があったのか?

 それとも誰かに誘われているのか?

 解らないけど、足が止まる事はない。


 ピシャン


「ひゃっ!?」

 冷たさに驚いて飛び上がる。

 上を見上げると、岩と岩の隙間から水滴が落ちているのを確認した。

「崩落とかしないでしょうね……」

 上を気にしながら歩くと、何かに躓く。

 下を見ると、暗闇に慣れた目が、躓いた物を特定する。

「工事とかで使うスコップ?と、ツルハシ?」

 今は使われていない鉱山に、何故……?それに、鉱石を取るならエンジン式の削岩機とか……


 キラッ


 暗闇に似つかわしくない光。それを手に取る。

「……金だわ。まだ金が出るのか……」

 だからスコップとツルハシが?

 私は落ちていた場所に金を置いた。


 その時。


――貴様はそれが目当てでは無いのか……


 地の底から唸るように誰かが、私に話し掛けた。

 周りを見渡すが、姿は見えない。

――答えろ!!貴様の狙いは何だ!?

 やはり地の底から聞こえてくる声。

 だが、下に通じる通路は無い。この先に通路があるのか?

――この先には何も無い!答えろ女!貴様の狙いは何だ!!

 微量だが神気が増した。

 私は答えた。

「健寿教という組織の裏を取る為に来ました。決して金が目的ではありません」

 私は心を解放した。口で言うより、視て貰った方が早い。

――……成程…俺の鉱石が目当てではなさそうだな

「貴方様は一体…?お隠しになっているようですが、かなりの神気を感じますが…」

 逆に聞いてみる。

――俺は地の王。冥府の王とも呼ばれている存在

 地の王!?

 確かに地の王は、その性質上、鉱脈や宝石の原石を数多く所有している。

「ここの鉱山はかなり栄えていたみたいですね…」

――ほう?よく解ったな?その通りだ

 地の王は感心しながら答える。

――外国から鉄や銅を安価で購入する事が可能となった今では、俺の護りは必要無くなったがな…

 寂しそうに続ける地の王。地の王に護られていた鉱山は、かなりの鉱石を掘り出していたに違いない。

 もしかしたら、レアメタルなども豊富かもしれない鉱山。目先の利益に目を奪われて、聖域を捨ててしまったようだ。

「恐れ多い事ですが…是非ともお姿を拝見致したいのですが…」

 一か八か、無茶なお願いをしてみる。

 私如きの人間にお姿を見せる事はないとは思うが、一応期待を込めて。

――なかなか肝が据わった女だな。俺を恐ろしくはないと見える

「いえ、恐ろしいと思うのは自らの心が産み出した思い。人に仇成す存在どころか、人を幸福に導く地の王を、どうして恐ろしく思う事があるのでしょうか?」

 私は心を解放したまま答えた。嘘偽りが無い事を視て頂く為だ。

――面白い女だ。いいだろう。俺の所まで来られるのならば、姿を見せてやろう

 それは地の王の許しを得た訳ではなく、私には来れないと暗に言っているも同然だった。

「ありがとうございます。早速お伺いさせて頂きます」

 私は笑いながら答えた。

――俺の元に来れると言うのか?

 その問いには答えずに、術を詠唱した。

「御霊あるべき場所に赴く障害となる我が肉の壁。大気に混じれば壁は枷に非ず…幽玄の歩み……」

 私の身体が地中に沈んだ。

――女!貴様生身で冥界に来られるのか!?

 地の王が驚愕した。

 私も師匠以外にできる人は知らない。師匠のお力を授けて貰った今だからできるだけ。

 程なく地に足が触れる。

 集中を解き、目を開ける。

「貴方様が…地の王……!!」

 喜びに身体が震える。

 海神様と死と再生の神様と同格の神気がそこに在る!!

「改めまして。神崎 尚美と申します。この度は御住まいにお邪魔する事をお許しいただき、誠にありがとうございます」

 何はともあれ挨拶からだ。

――驚くべき女だな貴様は…

 呆れているようであり、誉めて戴いているようでもあり。

 そのお姿は力強く、逞しく…真っ白い毛に虎柄模様の身体…

――冥界に来られる者ならば、益々以て奴の手の者では無いか…

 お姿を拝見して見惚れていた私は、我に返る。

「奴とは?」

 地の王がクッとお顔を歪めた。

――俺の宝…地上には殆ど無い鉱石を狙っている馬鹿者の事だ!!

 大気が震える錯覚に陥る程、地の王の神気が膨れ上がった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あの女…生身で冥界に行けるのか!?」

 術を解きそうになった程驚愕した。

 あれから俺は北嶋の相棒、神崎に目を付けた。

 調べた所、神崎は独立し、自分の事務所を立ち上げた。

 俺は健寿教の被害者に成り変わり、いや、成り変わった訳じゃないか…

 健寿教から逃亡した信者の記憶を自らの心に取り込み、神崎に依頼を出した。

 逃亡した信者の念をそのまま我が身に反映させた訳だ。つまり、本当の記憶だと言う事だ。

 神崎…と、言うか水谷一門は、依頼を請ける時に霊視をして、言っている事が真実かを探るらしい。

 本当の記憶だから神崎はすんなり騙されたと言う訳だ。

 ご丁寧に俺を警察署まで送ってくれもした。つまり、それは神崎と接触できる時間が長くなっていた事を意味する。

 俺の念を神崎に憑かせる事は難しかったが、助手席に乗って話をしている最中、神崎に術をかける事に成功した。

 それは視覚だけ共有すると言う術。神崎が見た物を俺の脳に受信する術。

 神崎程の相手ではこれが限界だった。想像よりも巨大な霊力。仕掛ける時も物凄い緊張したもんだ。

 しかし、まだ使いこなせていない余裕の無さからか、少しばかり隙を見つけ出した。その隙にうまく潜り込めた。凄く安堵した。全身から力が抜けるくらい。

 とは言え、多用して神崎の視点を『盗み見る』と、バレる恐れがある。

 安全に事を進める為、鉱山の横穴に潜り込んだ時のみ、盗み見る事にしたのだが…

「地の王と北嶋を戦わせるよう仕向けるつもりだったが、神崎に北嶋を殺らせても良かったかな…」

 神崎を介して、地の王に北嶋と戦わせるよう仕向ける機会を伺うつもりだったが、神崎の力が巨大過ぎる。

「まぁ、期を伺う事には変わりはない。このまま盗み見てやろうか」

 気を取り直してそのまま視る。

 地の王が護っているアレを見る事ができるかもしれない。

 俺は期待を込めて、再び気配を鎮めて神崎の目と同化する……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「アレとは一体…?」

 鉱石を多数所有する地の王が、身体を張ってまで護る物。

 失礼だとは思ったが、素直に聞いてみる事にした。

――……まぁ良かろう…生身で冥界に来られた人間を見たのは初めてだ。特別に見せてやろう

 地の王が身体を避け、首をクイッと傾ける。

 付いて来い、と言う意味だろうか?

 ならば、と地の王の後ろに続いた。

 程なく行くと、銀色の塊が目に入る。

「銀?プラチナ?…いえ、違う……」

 それは鉱物とは思えない存在感を発していた。

――今は眠っている状態だが、起こしたらば金の光を発する鉱石になる

 鉱物が眠っている?意思があると言う事だろうか?

 良く見ると、目がざわめく感じを覚える。

「もしかして………ヒヒイロカネ!?」

 フッと笑う地の王。

――そうだ!!金剛石より硬く、水鳥の羽根より軽い。伝説の鉱石、ヒヒイロカネだ!!

 地の王が護っている鉱物はヒヒイロカネだったのか!!

 実物を見るのは勿論初めてだ。足元が定まらない感覚に陥る。それ程興奮していると言う事だ。

 ヒヒイロカネとは、現在ではその原料も加工技術も失われたが、太古の日本では現在の鉄や銅と同じくごく普通の金属として使用されていたらしい。

 その比重は金よりも軽量であるが、ダイヤモンドよりも硬く、永久不変で絶対に錆びない性質を持つという。

 また常温での驚異的な熱伝導性を持ち、ヒヒイロカネで造られた茶釜で湯を沸かすには、木の葉数枚の燃料で十分であったとも伝えられている。

 更に磁気を拒絶する性質も持っていて、何と宇宙船の外装にも使われていたらしい。

 ヒヒイロカネは西洋ではオリハルコンとも呼ばれ、伝説の大陸アトランティスで城壁や刀剣、防具に使われていた。

「そのヒヒイロカネがここに………!!」

 目が痺れを感じる。

 しかし、そんな違和感を気にする余裕も無く、私はヒヒイロカネに見入っていた。

――太古の昔、この鉱山では数多く産出されていたが、今はこれだけしか無い。故に俺が冥界に持って来て護っていたのだ

 頷く。恐らく、あれが地上にあるヒヒイロカネの殆どを占めているのだろう。

 尤も、掘り出した所で既に失われた加工技術故に、ただ有る程度にしかならないだろうが。

――だが、そのヒヒイロカネを盗み出そうという輩がいるのだ

 地の王から窃盗しようという不届き者がいるのか…

 しかし冥府に移したヒヒイロカネを持ち出す事は不可能な筈だ。

「冥府ならば安全ですね」

 普通に安心した私だが、地の王はその牙を剥き出し、クッと顔を顰めた。

――生身の人間ならば不可能だがな

「…幽体になり盗みに来るのですか?」

――それならば容易い。此処は入り口とはいえ冥府。そのまま冥界送りにできるからな

 白い体毛が逆立っている。

 その神気が怒気を孕んで大気が震えていた。

「で、ではどうやって…?」

 更に険しくなる地の王。

――殺した人間を使役して奪いに来るのだ!!

 殺した人間!?

 まさか健寿教の信者がここで死んでいるのは…!!

「申し訳ありませんが、詳しくお話をお聞かせ願えませんか!?」

 声が高くなる。失礼だとは思ったが、私もまだまだ未熟、感情も押さえられない程度の未熟者だ。

――勿論、話をしてやる。その代わり、お前が元凶を仕留めろ。俺はここから出られぬ故、防戦のみしかできぬのだ

「それは勿論!私にお任せ下さい!!」

 東雲さんの案件もそうだが、健寿教そのものも許せない。

 法で裁けない相手ならば私が倒す!!

 地の王は満足そうに頷く。そして口を開いた。

――初めに言っておくが、俺は敵の姿を知らぬ。巧妙に隠しているのは勿論、奪いに来る亡者の記憶にさえ、奴の姿は映っていないからだ

 殺して使役している亡者にさえ、姿も気配も悟られないとは…

 改めて敵の力量の程に、喉を鳴らした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 閉鎖された鉱山、しかも地の王が『隠していた』横穴付近で、人が死ぬようになったのは、ほんの2、3カ月前からだ。

 最初は事故死か病死と思っていた地の王は、それを重要視しなかった。

 それから段々と死人が増えて行った。

 地の王は冥府の王。

 死人が自分の聖域である冥府に来ないのはおかしい。

 もしかしたら、『隠していた』おかげで冥穴が解らないのかもしれない。

 そう思い、地の王は結界を解く。

 事故死か病死か解らないが、死人を然るべき所に送るのは地の王の仕事の一つだからだ。

 予想通り、地の王の元に死んだ人間が集まって来る。

――貴様等は何故死んだ?事故や病気ならば家族の元に、自殺ならば地獄に送り出してやろう

 冥穴にてヒヒイロカネを護る仕事を始めてから久しく、本来の仕事をする事に少し喜びを感じた地の王。しかし、亡者達は地の王を通り過ぎる。

――む?俺の支配から逃れるとは?

 冥府の王でもある地の王は、やはりその性質上、亡者を意のままに従える事ができる。

 だが、亡者達は地の王に全く恐れを抱かないばかりか、目にすら入らない存在のように、冥穴の中を進んで行った。

――貴様等!何処へ向かう!

 しかし亡者達は地の王を無視し、冥穴の中を探索し始めた。

 それを訝しげに見る地の王。

 明らかに様子がおかしいから観察する事にしたのだ。

 やがて亡者達は、ヒヒイロカネに群がる。

――死した貴様等には無用の長物だ!離れよ!!

 ヒヒイロカネは軽い。亡者達はそれを担ぎ始めた。

――貴様等…一体!!

 地の王が彷徨しながら亡者達を薙ぎ倒すが、辛うじて残った亡者は構わずヒヒイロカネを担いで来た道を戻る。

――この馬鹿者共が!!!

 地の王は牙と爪を振るい、亡者達を全て『消滅』させた。

 我に返った地の王。

――俺は罪を償わせる事もなく…転生の機会を与える事もなく…魂を消滅させてしまった…

 神である自分が魂を消滅させる事など、あってはならない。

 例えヒヒイロカネを奪う愚行を犯そうとも。

 罪を重ねた魂は、地獄にて更なる苦行を与えなければならない。

 後悔した地の王だが、それから何度も何度もヒヒイロカネを狙いに亡者がやってくる。

 これ以上は魂を消滅させられない。

 地の王は再び横穴に封印を施した。

 これで亡者はやって来ない。

 己の仕事を放棄したようで、あまり気が進まなかったが仕方ない。

 それから暫くは亡者にヒヒイロカネを狙われる事は無くなった。

 だが、それも一時。

 今度は生身のまま横穴に入り、その場で死に、亡者となってヒヒイロカネを狙いに来るようになったのだ。

 こうなれば地の王も容赦はできない。

 亡者を捕らえ、操っている者を探ろうと記憶を覗き見る。

 解った事は新興宗教から脱会と引き換えに、ここから金を盗む事と、死ぬ間際に心臓がやたら痛んだ事だけ。

――何と用心深い奴だ!

 操っている者は、姿は愚か、名前すらも記憶に残していない。と言うか、その記憶がない。

 逆に亡者達と視覚を共有し、ヒヒイロカネの在処を探し見ると言う術を施していたのだ。

 地の王はヒヒイロカネを冥府の奥深くに隠す事にした。

 見る事すら叶わない、地の奥に。

 これで操っている者に見られる事は無い。

 だが、横穴で死体が上がり、何度も冥穴に亡者がやって来る事は変わらなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神すら欺くとは…

 呪術師の情報が全く得られないとは、流石に予想外だった。

「私が教団から情報を……」

 地の王はゆっくり首を横に振る。

――貴様は確かに凄まじい力量を持っているが、相手が相手、手の内を読まれているとも限らない

 私の身を案じているんだ。

「しかし、このままでは死人が…」

 そこでハッとした。

 横穴に侵入して来る人間を生きたまま取り押さえる事が出来れば、健寿教の悪事の証人くらいにはなるかも…

 警察に証人として引き渡す事ができれば、少なくとも教団からは死人が出ない。

「毎日ここに来ます。そして教団の人間を取り押さえます」

――呪殺はどうする?

 胸を叩く。勿論本当に叩いてはいないけど、気持ちの上で。神を前にしてそんな無礼な真似は私には出来ない。北嶋さんじゃあるまいし。

「呪殺は勿論、私が食い止めます。逆に呪詛返ししてやりますよ」

 地の王は驚いた表情を作り、それを解くと同時に笑う。

――ふっ、頼もしい女だな…

 それは地の王のお許しを得た事を意味していた。

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