最初の大仕事

 北嶋さんの事務所から離れて一月が経った。

 私は小さな一軒家を借り、そこに事務所を構えた。

 梓が小さな案件を回してくれるおかげで、仕事には困ってはいない。

「とはいえ、独立したんだもの。『水谷宛の案件』以外にも仕事が欲しいな」

 梓が回してくれる案件は、師匠の名前が有名だから、それを頼りにくる人達の案件だ。神崎の名では未だに依頼は来ていない。

「北嶋さんも最初の頃は、師匠から回ってきた案件ばかりだったなぁ…」

 今は北嶋 勇の名は有名になりすぎた。特に同業者に。

 暴力団を壊滅させた霊能者。

 九尾狐を飼っている霊能者。

 高名な霊能者が退治する事を諦めた神の呪いを倒した霊能者。

 神を二柱従えている霊能者。

 三種の神器を扱える霊能者。

 などなど。

「とは言え、本人は全く気にしていないんだけどね」

 有名になりすぎた北嶋さんだが、気に入らない依頼は決して請ける事は無い。

 梓から聞いた話だが、最近大臣が頼んだ依頼を「お前嘘ばっか付くから気にいらん。帰れハゲ」と、追い返したらしい。

 まぁ、依頼内容が鏡で視た真実と異なっていた結果らしいが、やはり北嶋さんらしいと思った。


 ピンポーン


 北嶋さんを懐かしんでいたその時、事務所の呼び鈴が鳴った。カラカラと玄関を開けて出迎える。

「どなた様ですか?」

 入り口に立っているのは、北嶋さんと同じ歳くらいの男の人だった。頬が痩け、フラフラとしている。霊障か?

「あの、少し相談したい事があって来たんですが…」

 青白い顔を私に向けながら言う。

「心霊関係でお困りですか?」

 男は黙って頷いた。

「ではどうぞ」

 事務所内に案内する。

 内心『やった!』と思った。不謹慎極まりない。

 応接室にお通しし、お茶を出す。

 男は一礼し、それを飲んだ。

「ではお名前から教えて頂けますか?」

 霊視しながらお話を伺う。これは水谷一門なら普通にやっている事だ。

「はい。僕は東雲しののめ かけると言います」

 東雲 翔さん。名前に偽りは無い。

「ではお話を」

 先を促すと、東雲さんは、俯いたまま話をする。


 勤めていた会社に不況を理由に解雇された東雲さんは、次の職を探すべく、就職活動していた。

 その時、不運にも病気になり、入院してしまう。免疫力が低下して肝臓病になってしまったのだ。

 ひと月後、退院した東雲さんだが、今後は交通事故に遭い、再び入院。

 今度もひと月で退院したが、今度はご両親が他界。

 立て続けに不幸に襲われる。

 そんな時、知人に勧められた新興宗教、健寿教に入会。幸せになる為に修行する事になった。

 修行は朝4時から夜0時。

 しかし朝4時から朝6時までの瞑想時間以外は、健寿教が経営しているラーメン屋さんやカレー屋さんで奉仕と言う名の仕事。

 更には幸運を呼ぶブレスレットやら壺やらの販売。

 一軒一軒、訪問販売をするようだ。

 売れなければ拷問のような販売指導。

 木刀で叩かれて、お辞儀の角度から指導を受ける事になる。

 売れたら売れたでノルマ加算。

 しかし、どんな仕事をやらされても『奉仕』だから、お金は一円も貰えない。

 入会以前、身体を壊して入院していた東雲さんは、体力的にも精神的にも限界が来た。

 脱会を申し出るも、『それは心が弱っているから邪気に憑かれているからそう思うのだ。修行して邪気を払いなさい』と言われ、氷風呂に入れられたり、焚き火の中、素足で歩かされたりした。

 元々軽い気持ちで入会した東雲さんは、他の信者と違い、修行などしたくはない。

 尤も、修行とは名ばかりの虐待、苛めにしか感じなかった。

 何度も脱走を図る。

 捕らえられ、修行という名の拷問。

 しかし東雲さんは何度も逃げ出す。

 とうとう教団は諦め、最後の仕事をやってくれたら、脱会を許可すると言ってきた。

 最後なら、と思ってそれを受ける事にした東雲さん。

 最後の仕事、それは、今は観光地となっている、鉱山の町へ行き、一週間ばかり鉱石を掘る仕事。

 掘るのは鉄か金かは解らないが、東雲さんはその町に付き添いと共に向かう。

 しかし、何かがおかしい。

 到着した鉱山は先程も触れた通り、観光地化していて、閉鎖されていた。

 つまりは鉱石を掘る事すらできないのだ。

 付き添いが手配した宿(とは言ってもプレハブ小屋だが)に布団だけ置かれて早速仕事に。

 と、思った矢先、鉱山に死体があったとかで警察が調べている最中だった。

 何の気なしに野次馬の中の一人と化し、それを眺めていた東雲さんだが、身体が冷水を浴びたように冷たくなる感覚に襲われた。

 幸運にも(?)ブルーシートの隙間から、死んだ人の顔が見えたのだ。

 立っているのがやっとな状態になる東雲さん。ガクガクと震え、へたり込むのをやっと堪えた状態。

 その死んだ人に見覚えがあったのだ。

 その人は、自分と同じ健寿教の信者。しかも自分と同じ、何度か施設から脱走をした信者だった。

 今日は仕事にならない、と言われ、付き添いに引っ張られプレハブに戻る。

 殺される!

 恐怖が東雲さんを支配する。

 東雲さんは咄嗟に付き添いを殴り、財布を奪い逃走をした。

 財布の中には30万入っていた。

 お金が尽きるまで、逃亡生活をする事になる東雲さん。

 だが、常に誰かに『視られている』感覚に支配される。

 つい最近、その誰かが解った。

 目が合ったからだ。

 ブルーシートの隙間から見た、死体の顔と…

 助けを求めるよう、彷徨う事になる東雲さん。

 遂にはここに辿り着く。

 寝床(格安の宿)を探している最中、私が出した広告を発見した東雲さんは、私に助けを求める事にした。


「……そうですか。でも、東雲さんを見ている人は死んだ人では無いようですね…」

 霊視しながら状況を把握したので言う。

「で、では気のせいだと?」

 首を横に振って否定。

「健寿教に雇われた呪術師がいます。そいつが東雲さんに『視せた』ようですね」

 蒼白になる東雲さん。ガタガタ震えだした。

 呪術師の正体は解らない。

 うまく隠しているんだ。追跡が及ばないように。結構な力量じゃないの。

「解りました。私にお任せ下さい。呪術師は私が何とかします。しかし、健寿教の悪事を警察に行って話すのは東雲さんの仕事です。できますよね?」

 じっと東雲さんの目を見て言う。

 東雲さんは青い顔をしながら、ただ頷いた。


 荷物を纏めて鉱山の町に旅立つ。

 移動は勿論車だ。愛車のアルファロメオスパイダー。

 因みにアルファスパイダーは北嶋さんの事務所から持って来た。

 北嶋さんが乗らないから持っていけ、と言ってくれたので、素直に甘えたのだ。

「ではここで」

 私は東雲さんを警察署に送り、そのまま出発する。

 東雲さんは何度も頭を下げていた。

 その姿がだんだんと小さくなる。

「最初の大仕事はタダ働きになっちゃったわね」

 まぁ、それでも構わない。神崎の名で仕事を請ける事が目的だから。

 仕事をしながら強くなっていけば、やがて北嶋さんに並ぶ。

「次に顔を合わせる時は敵同士だったりしてね」

 クスッと笑う。

 北嶋さんと戦う事など有り得ない。

 我ながら面白い冗談を思い付いたと思いながら、半日以上費やし、鉱山の町に到着した。

「何もない所ね…」

 鉱山の町はこれといった産業がない。都会の誘致企業によって賄っている部分が多々ある。

 私は日中、携帯から検索して連絡を入れた宿に向かう。

 宿も殆どビジネスホテルしかない。

 温泉もあるが、地元の人達が利用している銭湯みたいな温泉が主だ。

 観光するような名所も皆無。

「観光に来た訳でもないからね」

 気を取り直してチェックインをする。

 既に明け方にも関わらず、気持ちよく出迎えて貰った。

 ここを拠点として調査を開始する事になる。

「取り敢えず、お風呂に入ってから少し仮眠しよっかな」

 部屋に備え付けてあるお風呂の前で、辺りを見回す。

 そして自分で呆れたように笑う。

「だから北嶋さんは覗きに来ないってば」

 習慣と化しているお風呂前の警戒。北嶋さんと暮らしてから身に付いた行動。

 首を振って着ている服を思い切り脱ぎ捨てる。

「どーよ北嶋さん!!覗けるものなら覗いてみなさい!!」

 虚しく笑いながら、私はお風呂に向かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「やぁっと到着かぁ!」

 電車や新幹線を使い、一日近く掛かって鉱山の街。に到着した千堂もタマも旅の疲れかグッタリしている。

「ところでペット可の宿を手配したよな?」

 タマを抱き上げ、千堂に訊く。

「は、はい、とは言っても、ペット可のホテルなんか無かったんですが、交渉して何とか…」

 その代わり部屋は一番汚い部屋で、更に追加料金も取られたらしい。

「まぁ、仕方ないか。やいタマ、留守番しなくて良かったな。千堂にお礼言え」

 タマを千堂に近付ける。するとタマはウゥ~ッとか言って唸る。

「ご機嫌悪いね~…そんなに私を嫌いなの?」

 千堂の問い掛けにプイッとそっぽを向いて応えるタマ。

 ファーストコンタクトから千堂を嫌いなタマ。

 狐は執念深い。表情がそれを露わにしている。

「お前の飯の世話してんのは千堂なんだけどなぁ」

 タマを抱き上げながら話す。顔を覗き込んで。

 タマは『頼んでいない』と言わんばかりに、俺から顔を背けた。


 丁度昼時、腹が空いている俺は、散歩がてら飯屋を探すべくブラブラする事にした。

「勇さん、お散歩なら事件現場の鉱山の方にお願いします」

 成程、事前調査をしろ、と暗に言っているんだな。

 神崎と似ている所があるなぁ。

 婆さんの指導が実を結んだ結果か。

 俺は千堂に手を振ってタマにリードを付けて外に出る。

「タマ、ここは出先だ。油揚げは期待すんなよ」

 タマはガーンといった表情を作り、項垂れてテクテクと歩く。

「まぁ、コンビニにいなり寿司ぐらいはあるだろ。それで我慢しろ」

 力無く頷くタマ。

 仕方ないから俺もコンビニおにぎりかなんかで我慢するか。

 道中、鉱山の場所を、通りすがりのお方に聞いた。車で30分は掛かるようだ。

 財布を出し中身を確認する。

「1万か…」

 タクシー代やコンビニおにぎり代にしてもお釣りは来る。後で経費として清算も可能だ。

 だが…

「久しぶりにパチンコやって増やすか。そしたらタマ、晩飯は豪勢になるぞ」

 タマは頷き、俺を引っ張るよう、先を急ぐ。

「お前パチ屋の場所解るのかよ?まぁいいけど」

 俺はタマに引っ張られながら歩いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 宿に着いてから勇さんはタマと一緒にお散歩に出た。

 この宿はこの町にしては珍しく民宿。お部屋の数も少ないし、何より古い。だからタマも何とか泊まれる事になったのだけど。


 プルルルル…プルルルル…


「誰かから電話か…」

 荷物を片付けている最中、私の携帯が鳴った。

「はい千堂…」

『もしもし?結奈?』

 掛けてきたのは梓か。

「どうしたの梓?今出先で電池あまり無いんだけど」

 慌ててコンセントを探す。

『仕事?北嶋さんの所は依頼沢山来るからね~。あ、でも北嶋さんは断る事が多いか』

 そうなのだ。来る依頼を全て請ける訳では無い。勇さんが半分以上断ってしまうからだ。

 自業自得だから仕方ない。

 自分で何とかできる範囲だ。

 お前を気に入らないから請けない。

 などなど。

 自業自得とは、自分が悪い事をしたから祟られる。

 何とかできる範囲とは、盛り塩やお線香などを絶やす事をしなければ解決する。

 気に入らないからとは、戦う事を放棄して此方に丸投げをしている人達。嘘を言って被害者顔している人達も含まれる。

 それでも、かなり悪質な、強力な敵ならば請ける時もあるが、かなり高額な仕事料を請求する。

「勇さんらしいっちゃ、らしいんだけどね」

 私も『ついで』に助けられた身。

 だから依頼者の気持ちも少しは理解できるが、勇さんは一度決めたら絶対に譲らない性格。お仕事をさせるのも少しばかり苦労するのだ。

『遠出なの?』

「うん。移動でほぼ一日かな?」

『じゃあ泊まりなんだ?お風呂覗かれないようにしないとね~』

 冗談で言っている梓だが、私はムッとしてしまう。

 梓からの事前の情報で、勇さんの事務所に泊まり込んで経理するなら、覗きと侵入に気を付けろ、と言われたのだが、お風呂場に来る事も無ければ、寝室のドアをノックされた事も無い。

 尚美は勿論、梓も覗かれそうになったらしいし、添い寝を強要された事もあると言うのに。

「私はウェルカム状態なんだけどっ!!」

『北嶋さん、変な物でも食べたのかしら…』

「変な物なんか食べさせないよっ!!」

 食事のお世話も私がしているのだ。そんな事を言われるのは心外だ。

『ごめんごめん!冗談冗談!仕事頑張ってね!!』

 梓は焦りながら電話を切る。

 黙って携帯を見つめて、改めて決意する。

「……このお仕事で既成事実作ってやるんだから!!」

 私はお部屋を一室しか頼んでいない。

 つまり寝る時は一緒なのだ。

「勇さんも男だしね~」

 かなり自信がある。尚美よりも胸があるし。

 この地で勇さんの隣を独占する。

 私は身体を綺麗に洗うべく、お風呂に行く事にした。


 …………遅い。

 勇さんが出掛けてから既に6時間が経とうとしていた。

 夕飯の時間をゆうに越えてしまい、仕方ないから夕飯はお断りしてしまった。

 それは別にいい。

「まさか事故とか…」

 嫌な感じが気持ちを支配するも、頭を振って否定する。

「勇さんは工場現場でバイトをしていた時、ダンプカーに撥ねられたり、大型ローラーに轢かれたりしたらしいじゃない。交通事故で病院送りになる程ヤワじゃないわ」

 じゃあ地元の女の子をナンパして…

 また頭を振って否定する。

 タマが付いている訳だから、それは無い。

 タマ目当てに寄ってくる女の子は沢山いるけど、勇さんに自分が知っている女の子以外は近付かせない。タマはやきもち焼きなのだ。

 じゃあ、敵に遅れを取って…

 それこそ有り得ない。勇さんより強い者がいる訳が無い。策に乗ってしまったとしても、勇さんはあっさり逆転する筈…

 じゃあ、一体何?

 親指の爪を噛み、苛立つ。

 その時、私の携帯が鳴った。着信主は勇さんだった。

 私は慌てながら携帯を取る。

「もしもし!勇さん!」

『おー千堂ー。儲けたから旨いモン食おうぜ』

 電話向こうの勇さんは、いつも通りの全く平和な勇さん。

「今まで何していたんですか!?」

『パチ屋に入ったらさぁ、大爆発してさぁ。儲けたんだよ。フハハハハ!寿司でも食おう!焼き肉がいいか?』

 私がじっと帰りを待っている時にパチンコ?

 私が心配していたのにパチンコ?

 ワナワナと手が震えてくる!!

「お寿司とか焼き肉じゃないでしょう!!」

 先ずは謝るとか、そもそも仕事中にパチンコなんてと続けようとしたその時。

『寿司でも焼き肉でも無い?鍋とかか?なんか鶏の鍋が少し有名らしいぞ。それにすっか』

 震えていた手から力が抜け落ちる。まさに『ガクッ』と言った感じだ。

「や、焼き肉でいいです…」

 と言うか何でもいい。と言うか何でもよくなったからそう言った。

『そうか?じゃあ待ち合わせすっか。このパチンコ屋にタクシーで来い』

 私は力なく携帯を閉じた。

 勇さんには言っても無駄な事が多々ある。

 今回のこの事も正にそうだった。暖簾に腕押しが日常の会話…

 尚美はよくもまあ、この勇さんにお仕事をさせていたものだと感嘆さえ覚えた…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 交渉の末、タマを店内に入れる事を許可して貰ったが、その代わりに座敷は駄目で、入り口に一番近いテーブル席に案内される。

「面倒だなぁ」

「入れてくれただけでも良しとしないと」

 まぁ確かにだ。

 普通は小動物とは言え、衛生面で却下される事だろう。

 だがタマはフェネック狐。

 フェネック狐が肉を食っている様を客寄せにするっつー目論見が店側にある。

 のだろう。多分。

 兎に角、タマは店で一番高い和牛をハグハグと食っている 。

 俺は適当にホルモンとかカルビとかを酒を呑みながらつまんだ。

「ニンニク臭くなっちゃう…」

 千堂はそうブツブツ言いながら普通に食っていた。

 つか、最初に寿司って言わなかったっけ?

 寿司ならニンニク臭くならないだろ?タマにもいなり寿司食わせられるし。

 生物扱う食い物屋は入れてくれないか?

 そんな事を考えながら、俺は焼き肉をつまんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 焼き肉を食べ、お酒を沢山呑んだ勇さんは、宿に帰るなり…

 寝てしまった…!!!

 私、お風呂に入って気合い入れてたのにっ!!済み済みまで丹念に磨いて気合入れていたのにっ!!

 高いボディソープとか、シャンプーとかでいい香りを身体に纏わせたのに、焼き肉の臭いで打ち消されたしで、半分泣きそうになる。と言うか半分なら確実に泣いている。

――残念だな女…尤も妾が居る故、貴様の思い通りにはさせぬがな

 私と勇さんのお布団の真ん中に、まるで壁になるように陣取るタマ。

「そう言えば…あなたと言う難題が居たのよね…」

 タマは愉快そうに笑う。

――貴様の企みは全て妾が阻止する故、そう心得よ。クァックワックワッ!!

 ホント、ムカつく小動物だ!人間の情事を邪魔しようなんて!やはり妖は人間と相容れぬ存在なんだ!

「勇さんと出会ってからの私の最初の大仕事…勇さんと結ばれる事は邪魔させないからっ!」

――ならば阻止が妾の仕事よ!!

 私とタマはお布団に寝転がりながら睨み合った。

 勇さんの鼾を聞きながら、睨み合った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 プレハブが建ち並ぶ広い施設。

 そこを真っ直ぐ抜けると、巨大な日本家屋がある。

 そこに向かう途中、白い作業服を着た連中が、俺を見る度に地にひれ伏した。

「勘違いするな。俺は教団幹部じゃない。ひれ伏しても得は無いぜ?」

 俺の言葉が聞こえていないのか、作業服を着た連中は土下座をやめる事はしない。

「ふん。まぁ勝手にするがいいさ」

 唾を吐き出す。

 この類の連中は虫唾が走る。

 俺は無視をして歩みを進める。

 日本家屋に入るなり、赤い和装の連中が俺に頭を下げる。

「ああ、邪魔だ。前を開けろ」

 俺に言われて前を開ける。だが、頭は下げたままだ。

 幹部候補になると、白い作業服から赤い和装に変わる。

 待遇も変わり、日本家屋に住む事を許される。

「面倒なシステムだ」

 靴を脱いで、そのまま進む。

 今度は緑の和装を着た連中が頭を下げてきた。

「相変わらず、幹部連中にも躾は行き届いているようだな」

 興味を示す事無く、一番奥の襖を勢い良く開けた。

 襖を開けた俺を見る紫の和装を着たカイゼル髭の中年。

 豪華なソファーにふんぞり返り、両脇には半裸の女を抱いて座っている。

 中年は目を瞑って手の甲で追い払う仕種をした。

 両脇にいた半裸の女達はスッと立ち上がり、和装を直して俺に一礼し、部屋から出て行く。

 襖がピシャリと閉じる音。それに伴い、遠退く足音。

 男はスッと立ち上がり、俺の前に跪いた。

「信者の前と、随分と態度が違うな?」

「せ、先生…それは言いっこ無しですわ…」

 微かに震える男の頭を踏み付ける俺。

「ぐへっ!!」

 呻き声を上げた男の髪を引っ張り、顔を上げた。

「土下座している暇があったら椅子くらい出せよ?」

 男は充血した目を見開いて、震える手で自分が今まで座っていたソファーを指差す。

「俺にお前が情事で使ったソファーに座れってか?まぁいいか」

 面白く無さそうに男をぶん投げ、ソファーに座る。

「せ、先生、今日は何用で……?」

 声を震わせて俺に訊ねる。

「いやな、また贄を手配して貰おうと思ってな」

 俺はバックから金塊を出して男にぶん投げて渡した。

 男は慌てて金塊を拾い集め、笑いながら懐に入れる。

「ちょうど脱走者が10人出た所でさぁ」

 さっきまで震えていた男が満面の笑みを浮かべて答えた。

「10人か。この頃贄が少ないな?このままじゃあ、お前の所とは取引できないな」

 男は慌てて俺の足にしがみ付き、半分泣きながら懇願する。

「まだ信者は沢山います!!取り敢えず30人!!これで何とか!!」

 しがみ付く男を鬱陶しいと足を払う。

「冗談だ。派手にやると目を付けられやすい。まぁ、健寿教はもう目を付けられているようだがな」

 男、健寿教教祖、漆原は自信満々な笑みを俺に向けながら言う。

「ウチの幹部は警視庁のキャリアにも居るんですよ先生!!」

「ふん…インチキ教祖が、よくもまぁ、キャリアを抱き込めたもんだな。お前如きにそんなカリスマがある筈も無いんだが。やはり詐欺師としてはそこそこなのか?」

 呆れたように言い放つ。

 そして、警察が大した事の無い機関だと言うのを確信する。こいつ程度に丸め込まれる輩がキャリアなのだから。

「だから大丈夫ですぜ!先生が望むなら、何十人でも提供しますぜ!」

 漆原は目を輝かせて俺に詰め寄った。

「ふん…まぁ先程の10人でいいさ。お前は兎も角、俺がキツい」

「やはり先生でも金を奪うのはキツいんですかい…」

 漆原は苦虫を噛み潰したような表情を作る。

「まぁな。流石は地の王と言った所だ。もっとも、奴が護っているからこその金脈だからな」

 だが、実は俺の狙いは金脈ではない。

 俺の狙いは地の王の棲む場所そのものだからだ。

「冥府の王……ですかい………」

 唾を飲み込み、喉を鳴らす漆原。

「冥府の王はな、地底に棲んでいる忌み嫌われる存在だが、それは即ち金脈や宝石の原石を沢山所有している事にもなる。だから冥府の王は金持ちなんだよ」

 もっとも物欲に塗れている人間では全く歯が立たない、高位な神格だが。

「しかし先生は、その地の王から金塊をかっぱらえるんですよね?やっぱり先生が最強ですわ!!」

 世辞が上手い。

 目は適当に話を合わせていると謳っている。

 まぁ、俺も贄が欲しいが為に金塊をくれてやっているだけだが。

「そういえば…」

 漆原が思い出したように、手をポンと叩く。

「警視庁のキャリアの信者から流れてきた情報ですが、警視総監が霊能者に事件の依頼をしたそうですぜ」

 わざわざ警視総監が霊能者に依頼とはな。

 やはり少し派手に動き過ぎたな、と反省をする。

「まぁ、先生は証拠を残さず人を殺せるからしょっぴかれる事は無いですが、気を付けて下さいよ?」

 金が手に入らなくなる心配だ。

「俺の事より自分の事を心配しな」

 漆原が言う通り、俺は全く証拠を残さずに人を殺せる。

 俺から裏を取るならば、やはりこいつから流れてくるだろう。

「俺は先生に殺されたくないですから、ヘマはしませんよ」

 笑顔を作っているが、目が全く笑っていない。

 俺の名を出したら殺されるのを奴は知っている。

「解っているじゃねぇか。で?依頼された霊能者の名は?」

 名前さえ解ればそいつの手口が解る。有名なら尚更だ。

 漆原は思い出すように頭を捻りながら言う。

「確か……北嶋……北嶋 勇とか言ったかな?」

 体温が下がる感覚に陥った。

「北嶋 勇だと!?」

 思わず大きな声を出してしまう。同時に漆原は驚いて一歩退がった。

「ど、どうしたんですか先生…?顔が真っ青ですぜ……」

 どうやら俺は蒼白になっているらしい。

 北嶋 勇……

 噂でしか聞いた事はないが、俺が最もやり合いたくない、と直感した男だ。

「先程の10人は無しだ!!」

「ど、どうしたんですか先生!?」

 俺は鞄を持って退出する準備をしながら言った。

「お前等も動くな!!俺がいいと言うまで普通にしていろ!!いいな!?」

 下手に動かれたらヤバい!!

 俺の直感がそう騒いでいる。

「はぁ…先生がそう言うなら…」

 漆原は頭を掻きながら頷く。

「いいか?俺の指示無しに動いたら殺すぞ!!」

「わ、解ってますよ先生、怖い事は言いっこ無しですぜ…」

 本気の殺意を向けると、漆原は両手をブンブン振って了承した。

「き、北嶋ってのは、そんなにヤバい奴なんですかい?簡単に人が殺せる呪術師の東雲先生でも……」

 目を見開いて威嚇した。

「ひっ!!」

「俺の名を軽々しく口に出すなと言っただろうが!!」

 漆原は身体を丸めながら弁解をする。

「だ、大丈夫でさぁ…この部屋には盗聴器なんかがふっ!?」

 丸めた身体に蹴りを入れる。

「お前みたいな迂闊な馬鹿が、他でポロッと言っちまう事を防ぐ為だカス!!」

 震えながらウンウン頷く漆原を一瞥し、俺は部屋から出て行った。


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