北嶋勇の心霊事件簿9~地の王~

しをおう

パートナー

 婆さんが死んでワンクールが過ぎた。

 つまりは冬から春に変わったって事だ。

 テレビなんかも特番ラッシュだろ?

 そんな訳で、俺は居間で寛ぎながらテレビを見ている訳だ。

 そんな訳ってどんな訳だって?

 細かい事を気にしてはいけない。それがハードボイルドってもんだ。

 俺が寛ぎながらポテチなんかをパリパリ食っている最中、俺の膝をカリカリと掻く小動物がいる。

 こいつはフェネック狐のタマと言う、俺のペットだ。

 しかしその正体は、数多の国を滅ぼした古の大妖、白面金毛九尾狐という、バカみたいにデカい狐の妖だ。

 そのタマが前脚を自分の目に何度も何度も当てる。

「なんだって?眼鏡を掛けろ、と言いたいのか?」

 タマはコクコク頷く。

 俺は胸ポケットに忍ばせているグラサンを掛けた。

 このグラサンのレンズ部分は万界の鏡の破片だ。とは言え、その力の源である中心部分の破片だ。

 成りは小さくなっても、以前あったデカい鏡、万界の鏡の能力をそっくり引き継いだグラサンなのだ。

「なんだタマ?」

 グラサンを掛けてタマを見る。グラサン越しに見るタマは、尻尾が九つある大妖にちゃんと見える。

――散歩だ勇!!妾を散歩に連れて行け!!

 犬科の狐は散歩が好きなようで、こんな感じに毎日催促してくる。

 本当に面倒臭い。鏡(グラサン)を所有して後悔する所だ。

「連れて行ったろ?3日前にさぁ?」

――普通は毎日行くものだ!!妾を連れてきた責務を果たさぬか!!

 面倒になりグラサンを外す。

 タマはガーンといった表情になり、俺の膝をカリカリと掻いた。必死に。

 あー、ガチ面倒臭い。ここは所員に丸投げしよう。

「おい、タマを散歩に連れてってくれよ」

 声を掛けると、奥から「はーい」と言う返事と共に、女が現れる。

「タマ、行こ」

 リードを出して首輪に付けようとする。

 ガブッ

「いったあああい!!」

 手をブンブン振りながら涙目になる。

「懐かれてないなぁ。なんでだ?」

 タマがフーッとか言って威嚇している。

「おいタマ。散歩行きたいんだろう?何で咬むんだよ!?痛いだろ?なぁ?千堂」

 咬まれた女、千堂は、大丈夫大丈夫と言って手をフーフーしていた。

 千堂 結奈、何故こいつが俺ん家に居るかと言うと、俺が万界の鏡を所有した事により、霊やら悪神やら視えるようになったのだが、思わぬ展開になってしまった。

 神崎の絵を見てイメージを作り出し、それで戦っていた俺だが…

「もう私は必要無いでしょ?」

 俺は心底ガーン!となった。

 あの手この手で引き止めようとしたが、神崎は、

「私も自分の為、人の為、そして師匠の為に、もっともっと強くなりたいの。だから修行がてら、一人でやって行こうと思ってね」

 と、ガンとして首を縦に振らない。

「確かに俺は霊が視えるようになったが、経理関係はさっぱりなんだぞ!!」

 北嶋心霊探偵事務所としては、やはり経理は必要だ。それも神崎のような、霊関係に対応できる経理が。

「経理は私じゃなくてもできるよ」

 神崎は場に居た人間を見渡す。

「北嶋さんの経理か…確かに魅力はあるけど、師匠の屋敷の管理とかしなきゃならないから…」

 そう言う訳で、有馬には却下された。

「私やります!私なら大丈夫ですよね!?」

 と、桐生が俺ん家に来る事になった。が、その数秒後。

「あ、ごめんなさい、電話が…はい、はい…えっ、私をチーフアシスタントに!?ええ…でも…いえ、ダメって訳じゃ…」

 と、漫画家のアシスタントのリーダーみたいなのに抜擢されてしまい、泣く泣く断られた。

「じゃあ私が…」

 と、宝条が名乗り出た瞬間の事だった。

「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!可憐はまだまだ修行中、人様の手助けする余裕なんか無い!!ぜっったいに駄目だ!!」

 と、石橋のオッサンの猛反対にあい、泣く泣く断念した。

「仕方ない。パツキンを…」

 と、パツキンを指名するも。

「ふざけてんのか馬鹿野郎!テメエの家に行かせたら、とんでもないセクハラを受けてトラウマになるだろうが馬鹿野郎!俺も一緒ならいいがよ、性的な目で見た瞬間にミョルニルでぶっ叩く事になるぜ!!」

 と、葛西と毎日喧嘩になりそうで、それは流石に面倒臭い。なのでパツキンを諦める事にした。

「じゃあ私やります!!」

 ここぞとばかりに挙手した千堂。

「そうね…結奈なら、事務所も構えている事もあるか、そっちを休業して…」

 有馬の弁に頷く千堂。

「それなら私も安心だわ。北嶋さん、結奈にあんまり興味無さそうだから」

 桐生の弁に不満を露わにした千堂。

「それに、事務所を構えていたなら、経理も当然やっているだろうし」

 宝条の弁に強く頷く千堂。

「決まりね。頑張って結奈」

「うん、私頑張る!よろしくお願いします勇さん!」

 深々と頭を下げてきたから堪らない。

「いや、でもな…」

 何とか断る口実を探すが、そんな俺を余所に、女達は千堂を激励し、千堂は頑張る頑張るを連呼していた。

 俺の肩をポンと叩く葛西。

「テメェでも好き嫌いはあるのか?ザマァねぇな」

 そう言ってマジ愉快そうにゲラゲラ笑う。

 石橋のオッサンも良かった良かったと頷いているし。松尾のジジイも千堂を激励しているし。

 そんなこんなで、俺の意思を無視して、千堂が北嶋心霊探偵事務所の経理となってしまったのだ。

 しかし、無理やり北嶋心霊探偵事務所の経理になった感がある千堂だが、その仕事ぶりは神崎に負けず劣らずだった。

 ただの煩い女ではなかったのだ。

 確か自分の事務所を構えていたらしいから、まぁ、金の管理はできて当たり前って感じもするが、見直した事には変わりない。

 して、食事の面にしても、早くから独立していただけあって、手慣れた手付きで作ってくれるのだ。

 しかもなかなか旨い。

 そして従来の負けん気が幸いしてか、空き時間や休みの日には、婆さんの書物を読んだり座禅を組んだりと、修行しているのだ。

 神崎に負けたくないのが理由だそうだが、修行をしているのは変わりない。

 幸い裏山には神が二神もいるから、色々聞く事もできる。

 修行には良い環境だと笑いながら言っていた。

 顔は可愛いと思っていたが、笑顔は更に可愛い。

 これも大変見直した所だ。

 だが、ファーストコンタクトのハードな印象からか、タマには全く懐かれていない。

「大丈夫、私頑張りますから」

 咬まれた手に包帯を巻きながら、千堂はタマにリードを付けるよう、頑張ってお願いしていた。

「タマ、千堂と散歩行ってやれ。」

 物凄い抵抗をしているタマに『協力』を促す俺。

 タマは自分の手を何度も何度も目に当てる。

「鏡を掛けろ、って?」

 コクコク頷くタマ。仕方がないので要望を聞いてやった。

――貴様が連れて行かぬか!!妾を連れて来たのは貴様じゃぞ!!

「まぁ聞け。お前の油揚げを作ってんのは千堂だぞ?これは借りになるだろう?借りは返さないとならない。ここで言う返す事とは、お前が一緒に散歩に行く事だ」

――貴様が面倒臭がって押し付けているだけであろうが!!

 むぅ、鋭い。獣の勘とは、此処まで鋭いものか…

――誰だって解るわ!!勘でも何でもない!!

 俺が唸って感心していると、当然だと言い放つ。

 ならばと千堂に目を向ける。

 千堂は目に動揺を見せながらコクコクと頷いた。

「…なぜバレるんだろう?」

 このハードボイルド北嶋のポーカーフェイスが、そう簡単に見切れる筈はないのだが。

「勇さん…状況を見れば、多分みんな解ると思いますけど…」

 言い難そうに、千堂が目を瞑りながら呟いた。

 ふむ、要するに、ポーカーフェイス云々じゃないと。単なる状況証拠だと。

 流石探偵事務所の所員だ。状況証拠から真実を暴く。これぞ北嶋心霊探偵事務所の真骨頂と言えよう。

 いつも力技のゴリ押しじゃねーかとの突っ込みは敢えて聞かない。他ならぬ俺が一番、そう思っているのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 勇さんが渋々タマと散歩に出掛けている間、私は事務所の掃除をする。

「ポテチ、散らかっている…ふふっ、子供みたい」

 微笑しながら食べ残しを片付ける。

 勇さんの力を目の当たりにし、自らの愚行の処理をしてもらった結果になった私は、彼の事を深く知りたくなった。

 尚美が独立したいと言った時に、私はチャンスと密かに思った。

 梓は屋敷の管理を、生乃はチーフアシスタントを、宝条さんは義父の猛反対に合い、それぞれ経理を断念したからだ。

 そして、私はチャンスを物にして、此処に居る。

 彼の強さを知りたい、恩返しをしたい思いで手を挙げた経理の仕事。

 それなのに、この胸の高鳴りは何なのだろう。

 彼は不細工ではないが、ハンサムって訳でもない。気分で行動する所なんか、まるで子供だ。

 それなのに…

「いけない。手が止まったわ」

 慌てて片付けを再開する。

 この献身的な行動に幸福感を覚えている、自分に違和感を覚えながら。


 プルルルル…プルルルル…


 電話が鳴っている。

 事務所の電話。と、言う事は仕事の電話だ。

 事務所に行き、電話を取る。

「はい、北嶋心霊探偵事務所で御座います」

『あれ?その声は神崎さんじゃないね?』

「え?ええ。神崎に用事ですか?」

 リピーターかしら…どうしよう、よく考えたら、そういうの引き継ぎしてなかった。

『いや、仕事の話は神崎さんとしていたのでね。あなたは?』

「私は神崎と交代した千堂と申します。宜しくお願いします」

 以前、勇さんは霊が視えなかったから、尚美が全て仕切っている、と聞いた事がある。リピーターさんなら、恐らくその事を知っているのだろう。

『ああ、そうだったか。水谷さんの葬儀に顔を出せずに申し訳ない、とついでに言いたかっただけなんだ。気にしないでくれ』

 師匠を知っている?

「あ、あの、申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」

『ああ、言い忘れたか。私は警視総監の菊地原、と言う者だ』

 警視総監…菊地原…

 それは、師匠から何回か聞いた事のある名前だった。

『仕事の話だが、請けて貰えるかい?』

「はい。今の所、他に案件もありませんし、大丈夫です。依頼内容を教えて頂けますか?」

 私達水谷師匠の弟子達は、依頼を請ける時に霊視をして状況を視る。

 依頼主の話と霊視が完全不一致ならば、依頼を嘘偽りとみなして断る時もある。

 まぁ、そんな事は滅多に無いが、相手が警視総監とはいえ例外はない。


 …とある寂れた街。

 そこは鉄や銅を産出して利益を得ていた鉱山の街。

 だが、外国からの輸入で遥かに安価に手に入るようになってから、その街は段々と衰退していった。

 やがて鉱山が閉鎖となり、それを観光地化するも、大した利益が生まれる訳でもない。

 人々はその街を捨て、他の街に移り住んだり、他の街へ仕事を探しに行ったりした。

 結果、街は過疎が進む。かつての繁栄など見る影も無く、街は町となってしまった。

 だが、その町で、ここ最近他殺死体が相次いで発見された。

 他殺死体は全て町の人間以外の者だ。

 事件現場は閉鎖された鉱山。

 観光地化になり、誰でもお金さえ支払えば見る事ができる。

 観光でわざわざ来るような町ではないが、それでも多少はお客が来る訳で、最初は観光客が何らかの事件に巻き込まれた、と判断したが、そうではなかった。

 他殺死体の数が10を越えたからだ。

 それも全て他から来た人間だ。

 警察は当然、殺された人間の身元を洗った。

 出身地も、現住所も、年齢も、性別も、仕事も見事にバラバラだった被害者だが、一つだけ共通点があった。

 健寿教けんじゅきょう

 神の代理である教祖を崇めて、健康になり、長寿になり、幸せになりましょう、という新興宗教だ。

 全国に小規模ならがも支部がある、そこそこ名の知れた教団だ。

 だが、評判があまりよろしくない。

 強引な勧誘や、信者へ多額の寄付金の要求、はたまた幸運グッズの強引な販売、または催眠商法…

 その信者が、かつての鉱山の街で誰かに殺されているのだ。

 それも、わざわざ鉱山の街に『向かわされて』殺されている。

 更に、死因は皆同じ、刺殺。

 アイスピックみたいな物で心臓を一突きされて絶命している。

 ここでも摩訶不思議な現象がある。

 殺された者全て『心臓から外に』貫かれて死んでいるのだ。

 霊的な現象が働いているとしか思えない訳だ。

 警察も懸命に捜査をしているが、一向に埒が明かない状況。

 全く証拠が見付からないからだ。

 依頼内容は、霊的な者の仕業なら、速やかに駆除、霊的な現象で殺しているならば、犯人検挙の証拠、情報を。

 という事だった。

 霊視で確認したが、特に矛盾点も無い。

「解りました。お請け致します。その鉱山の街の住所を教えて頂けますか?」

『有り難い。では、今から詳しい情報や住所などをパソコンからメールで送る事にしよう。宜しく頼みます』

 私は電話を切って、勇さんの携帯に連絡した。


 プルルルル…プルルルル…プルルルル…プルルルル…プルルルル


 …着信音が居間から聞こえてくる。

「…散歩の後は裏山に行くと言っていたわね」

 私は裏山に向かった。

 先回りしようとした訳ではない。勇さんは出掛けると、なかなか帰ってこないから迎えに行ったのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――勇!鏡を外して歩け!

 タマが嫌そうな顔でリードをピンと張りながら先を歩く。

「お前、掛けろって言ったり外せって言ったり、飼い主を何だと思っているんだ?」

 飼い主に対する尊敬の念を全く見せないタマに軽くイラッとする。

――ならば、すれ違う女の生脚ばかり視るな!恥ずかしい!!

 何故バレた!?

「な、生脚ばかりじゃないぞ!!」

――それと妾をナンパの道具に使うな!!ちっとも歩いておらんではないか!!

 またまたギクッとなる俺。

 タマは普段は変化をしていない。

 つまり普通の人間にはフェネック狐にしか視えない訳だ。

 人気の小動物、フェネック狐を散歩させていると、可愛い可愛いと女達が群がって来る。

 ならば、新たな出逢いを求めるのは必然ではないか?

――だから貴様は尚美に逃げられるのだ!!頭を下げて戻って来て貰え!!

 吐き捨てるよう言い放つタマ。やはり俺は軽く憤る。

「逃げられたってお前、神崎は独立しただけだ。言葉に気を付けないと折檻するぞ!」

 俺はリードをグイグイ引っ張る!!

――クワッ!!貴様、妾は大妖、白面金毛九尾狐ぞ!!

「やかましい!!俺は北嶋 勇だぞ小動物!!」

 小動物と道の真ん中で取っ組み合いをする。

 周りからどんな目で見られているのかは不明だ。

「はぁ、はぁ…やいタマ、まだ続けるか?」

――ゼェ、ゼェ…散歩する度これでは身体が保たぬ…

 疲れた俺達は散歩を切り上げて家へと戻る。

 途中自販機でお茶を購入、タマには甘いミルクティーだ。

――毎度の事ながら飲み難いな…

 両手(?)で器用に缶を持ち、びしょびしょになりながら缶紅茶を飲む。

「相変わらず下手くそだな」

――普通は皿に注いでくれるものだ!!尚美は毎回やってくれたぞ!!と言うか普通はミルクティーなど飲ませんわ!!

 まあ、神崎はよくやってくれたからなぁ…

 つか、千堂に懐いてくれたら解決するんだが。

――あの女に世話を押し付けようとしておるだろう!!

 またまたまたまたギクッとした。こいつは心が読めるのか?

「ま、まぁそんな事より、裏山に行ってびしょびしょになった顔洗え」

 俺はタマを引っ張るよう、裏山に行った。ついでに掃除でもするかな。とか思いながら。


 裏山に着いた俺は、タマのリードを外した。

「ほら、池に顔突っ込め」

 池に無理やり顔を押し付ける。

――ゴボゴボゴボゴボ!!かはあっ!殺す気か貴様!!!

 タマがかなり憤っている。

「簡単に死なないだろお前は。よし、掃除だ。手伝えタマ」

 タマは渋々とバケツを咥えて水を池から汲んだ。

 それを『タマ専用手押し車』に乗せて押して海神の社へと運ぶ。

 ちなみにタマ専用手押し車とは、木製のみかん箱に椅子のタイヤを付けた、俺の力作だ。

――妖の妾が神の神体を洗う手伝いをするなどと…

 ブツブツ言いながらタマは働く。言っている割にはそんなに嫌そうではない。

「よう。掃除に来たぞ」

 神体の中に入っている海神に手を上げる。

――久しぶりだな勇。かれこれ7日ぶりか?

 皮肉を言う海神。そうは言っても、毎日千堂が掃除をしているから、ピカピカな神体だ。ただ俺がサボっているだけなのだ。

「まぁそう言うな。俺も忙しいんだから」

――嘘を付け!!テレビを見ながらゴロゴロしているではないか!!妾の散歩もサボりおって!!

 タマがいらん事をチクる。なのでタマの口をむんずと掴み黙らせた。

――だから貴様は尚美に逃げられるのだ。その適当な生活態度を改め、尚美に誠心誠意謝罪をし、今後我の神体を綺麗に丹念に磨くと誓え

 海神まで神崎に逃げられたと思っているのかよ?

 軽く目眩がした。

 俺は海神の神体にバケツの水をぶっかけ、ブラシでゴシゴシと乱暴に磨く。

「おら、終わったぞ。タマ、バケツに水を汲め」

 タマが嫌そうな顔をしながらバケツに水を汲み、タマ専用手押し車に乗せる。

「神崎は独立しただけだっっっ!!逃げられたなんて人聞きの悪い事言うなっ!!」

――勇、もしかして、尚美が居なくなって寂しいのか?ハッハッハッハッハッハッ!!有り得ぬ!!ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!

 腹を抱えて笑う海神。

 かなりムカつく!!

「とにかく掃除は終わったからな!!文句は言わせないぞ!!」

 俺は憤りながら、海神の神体を後にした。

 かなり離れた所まで歩いたが、未だ海神の笑い声が聞こえていた。


――やぁ。久しぶりだね北嶋勇

 裏山の一番高い所に位置する死と再生の神の社に着いた俺達。

 海神の社から結構歩かなければならない。おかげでタマが疲れきってハァハァ言っている。

「掃除しに来たぞ」

――それは解っているが、バケツの水は掃除用かな?

「そうだけど、何故そんな事を聞く?」

 死と再生の神は黙って翼をバケツに向ける。それを目で追う俺。

「タマ…お前…」

 タマはタマ専用手押し車を押して歩いて喉が乾いたのか、バケツに顔を突っ込んでゴクゴクと水を飲んでいた。

――九尾狐は大妖とはいえ生身だよ。君も少しは気を遣ってあげなさい

 何故か叱られるが、不便な事は激しく同意だ。

「ここに水道通すか…」

――それがいい。千堂 結奈もここに毎日水を運ぶのに苦労しているからね

 千堂が掃除をサボっている俺の代わりに頑張っているのを、暗に言う死と再生の神。

 何か皮肉っぽく聞こえるのは気のせいか?

「取り敢えず掃除するか」

 気を取り直して残りのバケツの水を死と再生の神の神体にぶっかけ、ブラシでガシガシとこする。

「終わったぞ」

――早いな!?3分も経っていないよ!!

 とは言っても千堂が毎日欠かさず掃除をしているからピカピカな神体だ。あまり文句は言わないで頂きたい。

 俺はここに植えた梨の木から一つ梨をもぎ取ってタマに渡す。それをシャクシャクと食うタマ。

「桃の木が二つ、梨とみかんの木が一つづつだな」

 あれから梨とみかんを植えて果物には四六時中困る事はなくなった。

 さくらんぼやポンカンなども欲しいな、と思っていた。

――まだ植えるつもりかい?全然手入れをしないのに?

 ここでも嫌味を言われるのか。

「何か裏山に来る度に嫌味を言われているな…」

――仕方ないだろう。全て真実なのだから

 全くぐうの音も出ない。

 俺が言い訳を考えているその時、視界に千堂がハァハァ言いながら走ってくる姿が入る。

「どうした千堂?」

 みかんをもぎ取って千堂に投げ渡す。喉を潤せという意味だ。超優しいよな、俺って。

「勇さん、警視総監の菊地原さんから依頼が入って…」

 菊地原のオッサンか。

 菊地原のオッサンの依頼はあんま金にならないんだよな…

「で、請けましたんで、明日にでも出発しようと思うんですが、如何です?」

 請けたか。

 まぁ、菊地原のオッサンの依頼は他の依頼とぶつからない限りは、請ける事にしているからな。

 国家権力を味方に付け、多少の無茶も揉み消すというのが北嶋心霊探偵事務所の素晴らしい所だ。

 故に警視総監の依頼はなるべく請けなければならない。

「んじゃ準備しなきゃな。留守中頼んだぞ我が家の守護神達よ。お前等の神体の掃除を怠る事になるのは非常に心苦しいが」

 俺はとっても残念そうに俯きながら首を捻る。

 嘘を言うな!!

 と、二柱同時に突っ込まれたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る