最終話 試用期間終了。なるか? 修くん学習塾講師正式採用

十二月二十四日、クリスマスイブ。塾生達が通う学校では今日が二学期終業式だ。

 修は望月舎のクリスマス会に合わせて、夕方五時頃に望月宅へやって来た。

「いらっしゃい修くーん、これ見てーっ」

 修が玄関先へ足を踏み入れると、サンタのコスプレをした数歩がすごい勢いで駆け寄ってくる。

 さらに二学期の通知表を手渡し、

「数学、2から4に上がったの。理科も2から3だよ!」

 満面の笑みを浮かべてとても嬉しそうに伝えた。

「おっ、おめでとうございます」

 修は緊張気味に褒めてあげる。

 他の塾生達と満由実さんも皆、サンタのコスプレをしていた。

「アタシも大体の科目、評価上がってたぜ。家庭科は3から2に下がったけどな。アイコンは、体育と保健と家庭科と書道と現社と古典と現国以外、全部10だぜ」

 絵梨佳は自分のことのように喜ぶ。

「一学期より上がってとっても嬉しいです」

 藍子は満面の笑みを浮かべていた。期末テスト学年順位も中間より上げて、七位だったのだ。

晴恵も紗奈も、通知表の評価が一学期よりは全体的に上がっていた。

「一昨日の三者面談でも、藍子ちゃんが通ってる高校、この調子で頑張れば合格間違いなしって言われたよ」

 数歩は生き生きとした表情で修に伝えた。

「そっ、それは、よかったですね」

 修もとても嬉しく思ったようだ。

「わたしとしても嬉しいです。後輩になるので」

 藍子はにっこり微笑む。

「修ちゃんもこの二ヶ月間、教材作り、月謝の管理、この子達の学習指導と遊び相手、他いろいろよく頑張ってくれたね」

 満由実さんに褒められ、

「いえいえおばさん、僕など全く。ご迷惑かけてばかりで」

 修はいつも通り謙遜する。

「ふふふ。修ちゃん、たった今をもって、試用期間は終了よ」

「って、ことは…………」

 満由実さんから唐突に告げられ、修の心拍数は急激に上がった。

「今からは、正式採用よ」

「……えっ、えええっ! いっ、いいんですか? 僕、何も、お役に立てていないのに」

 あっさり告げられ、修はかなり驚いた。

「修ちゃんったら。この慎み深い性格も素敵ね。望月先生にもそっくり。別に良い結果を出せなくても、正式採用にするつもりだったの。修ちゃんはいつも真面目で、一生懸命で、正直者で、謙虚で、ワタクシが今まで出会ったことのないほど、本当にいい子だから。はいこれ、所得税とか雇用保険などの分が天引きされてるから本当にとても少ないけれど、修ちゃんがここへ来てから二ヶ月分のお給料よ」

 満由実さんは修に、給与袋を手渡す。

「あっ、ありがとう、ございます」

 修は深々とお辞儀してから、丁重に受け取った。

「中を見てみて。気になるでしょ?」

「はっ、はい。まあ、一応」

 満由実さんに言われ、修は恐る恐る封を開け、お札を数えてみる。

 中には、福沢諭吉の肖像が描かれたお札が一、二、三、四、五、六、七……十八枚も入っていた。つまり、一八万円だ。

 これが、修が生まれて初めて手にしたお給料。

「ありがとう、ございます。こんなに、たくさん……ほとんど、働いて無いのに。僕には、じゅうぶん過ぎます。僕の、これまでの人生で最高の、クリスマスプレゼントです」

 修は言葉を詰まらせながら、感謝の言葉を述べる。彼の目から、涙がぽろりと零れ落ちた。それだけ計り知れない喜びが押し寄せて来たのだ。

「修ちゃん、これからの時間給は倍にアップするわよ。さて、これから修ちゃんの学習塾講師正式就任記念祝賀クリスマスパーティを開催するわ。もう前々から計画してたの」

 満由実さんはにこやかな表情で打ち明ける。

「修くん、正式採用おめでとう!」

「オサムっち、これからもご指導よろくしくな」

「修先生、正式採用おめでとうございます」

「霜浦先生、引き続きよろしくお願いします」

「修お兄ちゃん、これからもずーっとあたしの先生でいてね」

 塾生達も温かく祝福してくれた。

「みっ、みなさん、本当に、本当に、ありがとうございます」

 修はやや驚いた様子でもう一度深々とお辞儀し、感謝の言葉を述べた。

「オサムっち、今日のクリスマスパーティ、アタシのママも来るぜ。アタシの成績上げてくれた、お礼がしたいからって」

「えっ……」

 絵梨佳に突如伝えられ、修は少し戸惑った。見知らぬ人と会うのは、やはり未だに苦手なのだ。

「アタシのママ、パパの稼ぎが悪いからって半年くらい前からパートでウェブデザイナーのお仕事始めたんだけど、いつももう限界、辞めたいって嘆いてるよ」

「ウェブデザイナーは、女性に人気の職業といえども、かなりきつい仕事ですからね」

 修は絵梨佳のママに同情を示した。修は長年の業界研究を通じて、この職業の実態をよく知っているのだ。

 ダイニングテーブルの上には、シャンパンとクリスマスケーキはもちろんのこと、ローストチキン、ローストビーフ、スペアリブ、フルーツサラダ、きのこグラタン、スモークサーモンのマリネ、クラムチャウダーなどなど、クリスマスの定番料理がいっぱい並べられてあった。塾生達と満由実さんが、修のためにお昼前から準備に取り掛かってくれていたのだ。

 ポインセチアのお花もたくさん飾られてあった。晴恵が持って来たらしい。

「数くんは、今日はお友達のおウチのパーティに呼ばれたんだって」

 数歩は残念そうに伝える。

(そりゃまあ、そっちに行きたくなるだろうな)

 修は数雄に深く同情出来た。

「マユミン、ママ、残業で少し遅くなるみたいだから、パーティ先に始めていいって言ってたよ」

「あの子がそう言うなら、始めちゃおっか」

 満由実さんはケーキのローソクに火をともす。パーティの準備が整った。

「「「「「「「メリー・クリスマス!」」」」」」」

「メッ、メリー・クリスマス、でございます」

 満由実さんがシャンパンを開け、その後みんなで祝いの言葉。修はワンテンポ遅れてしまった。

こうして、七人での賑やかなクリスマスパーティが始まる。

「オサムっちが火を消してーっ」

「ぼっ、僕が!?」

「そりゃそうだよ。修くんがパーティの主役なんだから」

 数歩は強く勧める。

「でっ、では、お言葉に、甘えまして」

 修は軽く息を吸い込み、ふぅと吹きかけた。

 ケーキに立てられた七本の蝋燭。肺活量の少ない修は一発で全ての蝋燭の火を消すことは出来なかった。

 もう一度吹いて、残った分を吹き消すことが出来ると、塾生達と満由実さんから盛大な拍手が送られた。

「あたし、サンタさんの部分が欲しいーっ!」

 紗奈は、砂糖菓子で出来たサンタクロースを右手で掴み取った。

「アタシもーっ。カッシー、独り占めはダメだよ。首のとこでちょん切ってみんなで仲良く分けようぜ」

 絵梨佳がこう提案すると、

「絵梨佳お姉ちゃん、サンタさんが生首になって怖いよぅ」

 紗奈はむすーっとなる。

「私も欲しいなぁ」

「わたしもー。そこ、食べるのはもったいないけど、美味しいよね」

「ワタシも、食べたいです」

 他の塾生三人も欲しがってしまったが、砂糖菓子のサンタは結局、一番年下の紗奈に全部譲ってあげた。

 満由実さんはケーキを八等分ほぼ均等に切り分け、みんなのお皿によそってあげる。

 こうして食事も開始。

「修お兄ちゃんはサンタさんにどんなプレゼントをお願いしたの?」

「えっと、特に、何もないなぁ」

「修お兄ちゃん、それはダメだよ。年一回のクリスマスなのにサンタさんが悲しむよ」

「カッシー、オサムっちは大人だからもうプレゼントはいらねえんだって」

「そうなの? 修お兄ちゃん」

「はい、樋口さんのおっしゃる通りです」

「それじゃ、修お兄ちゃんがサンタさんになって。赤い帽子と白髭つけてあげるぅ」

「あっ、あの、菓子さん」

「修くん、すごく似合ってるよ」

「修ちゃんサンタね」

「修先生サンタ、素敵です」

「霜浦先生、さまになってますよ」

「めっちゃ似合ってるぜオサムっち」

「そっ、そうかな?」

「修お兄ちゃんサンタさん、お写真に収めとこうっと」

「菓子さん、それは、勘弁して欲しいな。恥ずかしいので」

 みんなでクリスマス料理を味わいつつ、おしゃべりしながらパーティを楽しんでいる最中、

ピンポーン♪ と、チャイム音が鳴った。

「はーい」

満由実さんが玄関先へ向かい、応答する。

「こんばんはー、満由実姉ちゃん」

「あらぁ。いらっしゃい」

 やって来たのは、三〇代後半くらいの女性。来ると言っていた絵梨佳のママであった。

「絵梨佳ぁ、イブの夜だけど、残念なお知らせがあるの。ママね、ウェブデザイナーのお仕事今日限りでクビになっちゃったよぅ。パート切り食らったよぅ」

 そのお方はダイニングキッチンへ駆け寄ると、いきなり絵梨佳に抱きついた。

「マッ、ママ。パパの稼ぎもじゅうぶんあるでしょ」

 絵梨佳は呆れ顔で慰めてあげる。

「絵梨佳さんのおば様、お久しぶりです。夏休み以来ですね」

「伊智子さん、こんばんはーっ」

「伊智子おばちゃん、お久しぶりだね。また老けた?」

「伊智子おばさん、ご無沙汰しています」

 藍子、数歩、紗奈、晴恵はそのお方にご挨拶した。

「久しぶりーっ! みんなまた胸も含めて大きくなったね。サナっぺ一七〇超えた?」

 伊智子さんも娘、絵梨佳以外の塾生達との再会を喜ぶ。

「修ちゃん、この子がワタクシと中高時代の三つ後輩の、いっちゃんよ」

 満由実さんは伊智子さんを手で指し示し紹介する。

「あっ、どっ、どうも。はじめ、まして」

 修は伊智子さんに向かってぺこりとお辞儀した。

「こちらが絵梨佳の成績をグゥーンと上げて下さった、新しい塾講師さんね。うち、絵梨佳のママの樋口伊智子と申します。『たけくらべ』の一葉さんと名前よく似てるでしょ。はじめまし…………あれ? きみ。どこかで、会ったような…………」

 伊智子さんは修に顔を近づけ、じーっと見つめる。

「……こっ、このお方! よく見ると、僕が、ここへ連れてこられる前に受けた、会社の、面接官だった、人、なん、です、けど……」

 修は声を震わせながら呟いた。

「あらまあ、二人とも知り合いだったのね」

 満由実さんはにこにこ笑う。

「いや、知り合いでは、ないのですが……」

 修はすぐに否定する。

「思い出したぁーっ! 面接でものすごーく頼りない発言してた、霜浦さんだーっ」

 伊智子さんは修を指差しながら叫ぶ。

「なんか、とても気まずい」

 修はとっさに視線を床に向けた。

「絵梨佳がオサムっちって言ってたから、下の名前は、修なんだよね。霜浦さん、いやもううちより年下だし、オサムンって愛称で呼んじゃおう。ねえ、オサムン。うち、きみが入室した瞬間に、不採用にしたろって決めたんよ。上司のミキテツも、長年面接官を担当して来たけど、ここまでパッと見で絶対雇いたくないなと思わせるようなタイプの人に出会ったのは初めてやってびっくり仰天してはったよ。面接の時うちの隣におった禿げのおっちゃんのことね。あのあと即効メールで送られて来たやろ? 不採用通知。そんなきみが、どういう経緯で満由実姉ちゃんがやってる学習塾の講師に? うち、めちゃめちゃ気になるねん」

「いや、その、話せば長くなるので……」

「ていうか、正式採用ってことは、就職先が決まったってことなんだよね?」

 伊智子さんはローストチキンを齧りつつ、修に顔を近づけ早口調で次々と問い詰める。

「はっ、はい。僕、ここ望月舎の塾講師として、正式採用が決まりましたので……」

 修は伊智子さんから目を逸らしながら答える。

「そっ、そんなぁー。あの時と立場逆転だよぅ。なんでなんでーっ?」

 伊智子さんは肩をがっくり落とした。

「僕に、訊かれ、ましても……」

 修は困惑する。

「あーっ、伊智子おばちゃん。お口と頬っぺたにソースがべっとり付いてるぅ」

 紗奈はローストチキンを齧りながら、指差してくすくす笑う。

「ママ、アタシの方が食べるの上手だよ」

 絵梨佳もにこにこ微笑んでいた。

「いっちゃん、紗奈ちゃんもお口の周り汚さないように、お行儀よくローストチキンを食べてるわよ。いっちゃん再来月には四〇になるんでしょ。もっと大人っぽくなりなさい」

 満由実は優しく注意する。

「あぁーん、実年齢バラさないでよぅ。ねえ、満由実姉ちゃん、この子の内定取り消してえええええーっ」

 伊智子さんは瞳を潤ませ、満由実さんの体を揺さぶりつつ、修の方も指差しながら懇願する。

「何言ってるのよ。ごめんなさいね修ちゃん。昔から我侭な子で」

「あいたぁーっ!」

 満由実さんはにこにこ微笑みながら、泡だて器で伊智子さんの後頭部をカツーンッと叩いた。

「ママ、落ち着いて。ていうか、オサムっちと会ったことがあるんだね」

 絵梨佳はやや驚き顔でなだめてあげる。

その様子を、他の塾生四人は微笑ましく眺めていた。

(まさか、あの時のおばさん面接官と、こんな再会の仕方をするとは思わなかったよ。ていうかあの会社、非正規のパート従業員に面接官をやらせていたのか)

 修は苦笑した。

 こうしてこのお方も交え、修の学習塾講師正式就任記念祝賀クリスマスパーティはさらに華やかに行われ、三〇分ほどで幕を閉じたのであった。


「修ちゃん、明日からは冬期講習がスタートよ。数歩の高校受験も近いし、しっかり指導してあげてね」

「はい!」

 帰り際、満由実さんからの依頼を、修はとても嬉しそうに引き受ける。彼の目から、強いやる気が感じられた。


修の学習塾講師としての勤めは、これからが本格始動だ。

(おしまい) 

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コミュ力低し数百社不採用の僕でも異社会に召喚されたら有能だと期待された件 明石竜  @Akashiryu

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