第六話 期末テスト間近、満由実さんと藍子のスパルタ学習指導

翌日金曜日夕方。

「もうすぐだよぅ、科目数多すぎるよぅ。いきなり数学と理科があるよぅ。最終日にしてくれた方が勉強時間いっぱい取れるのにぃ」

 修が望月宅リビングへ足を踏み入れた時、数歩はソファーの上で足をバタバタさせながら嘆いていた。今日学校で、期末テストの日程範囲表が配布されたらしい。

授業が始まった後、

「アタシの学年、初日は社会科と音楽と英語だ。めっちゃだるいぜ」

 絵梨佳も嘆きの声を上げた。

「文化祭最終日終了後のホームルームで、期末テストの日程範囲表が配られるのは山手西中の伝統だからね。わたしの高校も今日配布されたよ」

 一方、藍子はとても嬉しそうにしていた。

「藍子ちゃんは相変わらず余裕なようだね。私も藍子ちゃんの天才的頭脳が欲しいよぅ」

 数歩はそう言い、藍子の頭を優しくなでた。

「アタシもー。これで勉強しなくても好成績ゲットだぜ」

 絵梨佳も便乗してくる。

「わたしはちゃんと勉強してるよ。数歩さんと絵梨佳さんは勉強量がまだ足りてないと思うの」

「そっかなあ? アタシ一日一五分は机に向かってるよ」

「私もそれくらーい」

「少な過ぎ。自宅での勉強量は学年プラス三時間が基本よ」

 藍子は困惑顔で再度指摘する。

「分かってるけど、そんなに出来っこないぜ」

 絵梨佳はにこにこ笑いながら言った。

「私も無理だー。今回もめちゃくちゃ範囲広いよ。主要五教科は中学の総復習プリントが入ってるもん。もう忘れたよ」

「高校入試も近いですので、それは当然のことだと思うのですが……」

 しょんぼりとした表情で嘆く数歩に、修は率直に意見する。

「数歩さん、受験生でしょ」

 藍子も呆れ顔で言った。

「数歩、受験勉強も追い込みの時期なんだから、しっかり頑張りなさいね」

 満由実さんは笑顔で優しく励ます。

「はーい」

 数歩は苦笑いで返事した。

 期末テスト。中学は十一月二十八日、土日を挟んで十二月一日と二日。高校は十二月一日から五日まで行われる予定となっていた。

「中高生は大変だね。あたしのクラスの子も、私立受験する子は毎日塾通って勉強漬けみたいだけど」

 紗奈は笑顔で他の塾生四人を眺める。

「カッシーも来年から中学生なんだから、定期テスト地獄はもうすぐだぜ。カッシー校区的にアタシんとこの中学に来るんでしょ。その前に、入学したら即、新入生テストがあるよ」

 絵梨佳はにやけ顔で言った。

「嫌だなぁ」

 紗奈は眉をへの字に曲げる。

「わたしは、定期テストは学校行事の中で一番楽しみだけどね」

 藍子はいつも以上に機嫌良さそうだった。

「僕も、そうでした。筆記試験は、コミュニケーション能力友人無しでも、良い点数さえ取れば高く評価してくれる最高のイベントですので。僕も、何か力になれることがありましたら、お助けします。社会科と理科と数学限定で」

 修はみんなにこう伝えた。

「修くん、もちろんお願いするね」

 数歩はすぐに頼ろうとする。


 本日の閉塾時刻が過ぎ、みんなが帰ったあと、

「修ちゃん、この範囲表を分析して、期末テストの予想問題集を作ってくれない?」

 満由実さんは、修を塾講師として仮採用して以来、最も重要な任務を与えた。

「はい」

 修は緊張気味に了解の返事をする。彼は日程範囲表のコピーと教材を持ち帰り、自室のノートパソコンで作業を進めていった。

 

     ※


そして翌週火曜日、夕方四時頃。

「一応、出来ました」

 いつも通りの時間に望月宅へやって来た修は、恐る恐る満由実さんに課題を手渡す。

「ちょっと確認するね」

 満由実さんは数十枚重ねられたプリントの束をパラパラと捲っていく。

「ワークから、そのまま選んだのもたくさんあります」

 修は申し訳なさそうに伝えた。

「ばっちりよ。上出来、上出来」

 満由実さんはグッドジョブの指サインを取った。

「えっ、いっ、いいんですか? こんなので」

 修は心配そうに尋ねた。

「重要ポイントは十分分析されてるわよ。修ちゃんは教育者としての才能がワタクシ以上にあるわ」

「いっ、いえ、そんな」

 修は褒められると、いつものように謙遜した。

     ☆

 その日の夜、七時半頃。

「いつもならそろそろ教室を閉める頃だけど、今日から期末テスト終了まで、十時まで開塾時刻を延長します。そして、毎日開塾しますよ」

 満由実さんは塾生達にこう伝えた。

「さっ、さようなら。マユミン」

 帰る準備を整えていた絵梨佳はすっくと立ち上がり、窓の方へスタスタと歩いていく。

「待ってね、絵梨ちゃん」

「あんっ」

 しかし満由実さんに手首をガシッとつかまれ引き止められてしまった。

「絵梨ちゃん、今夜からは試験勉強しっかり頑張ってもらうわよ」

 満由実さんは爽やかな表情で絵梨佳に忠告する。

「えーっ。アタシ、九時から見たいテレビが……」

 絵梨佳は眉をへの字に曲げた。

「絵梨ちゃんのママから頼まれてるのよ、もっと厳しく指導してねって」

「そんなぁー」

「延長授業、わたしも付き合いますよ。修先生もテスト勉強に付き添ってくれるから楽しそう」

 藍子は修の方をちらりと見る。

「樋口さんの成績をアップさせるのは、僕の任務ですから」

 修は責任を強く感じていた。果たせなければ、試用期間中にでも解雇されるかもしれないと感じていたからだ。

「私ももちろん付き合うよ、受験勉強も兼ねて」

 数歩もやる気満々だった。

「あら数歩、中間の時はなんか嫌そうに受けてたけど、今回は違うわね」

 満由実さんはにっこり微笑みかける。

「だって、今回は修くんがいるんだもん」

 数歩は満面の笑みを浮かべて理由を伝えた。

「ふふふ、修ちゃん効果抜群ね」

「いえ、その、僕なんか……」

 満由実さんからそんな風に言われ、修は反応に困ってしまった。

「アタシもオサムっちとお勉強出来るのはすごく嬉しいんだけど、でも……」

 絵梨佳はもじもじする。

「さあ、絵梨ちゃん、しっかりお勉強してもらわなきゃね」

「うひゃ」

 満由実さんは絵梨佳の背中を押して、一番目の席、藍子の隣に座らせた。

 二列目に数歩と修が座る。

「絵梨佳お姉ちゃん、お勉強頑張ってねーっ。ばいばーい」

「ワタシも、夜遅くなってしまうので、先に帰ります」

 紗奈はとても嬉しそうに、晴恵は申し訳なさそうに告げて、教室をあとにした。

「さあ絵梨佳さん、集中特訓よ」

 藍子は絵梨佳の肩をパシーンと叩き、気合を入れた。

「あーん、勘弁してぇ。アイコン、テストが近づくといつも以上にアタシに厳しくなるんだよ」

 絵梨佳は修の方を向いて不満を言う。絵梨佳は正座姿勢で座らされていた。

「あっ、あのう、中学の定期テストくらいで、夜遅くまで勉強する必要性は、その、ないのでは、ないかと。僕、大学受験の時ですら、ろくに勉強した経験がないので」

「修ちゃん、そんなこと言うと絵梨ちゃん安心し切っちゃうから」

 満由実さんはきりっとした表情で言う。

「……」

 修は何も言い返せなかった。

「絵梨佳さん、試験範囲になってるこの問題からやりなさい!」

 藍子は中学二年生用の数学の問題集を開いて、該当箇所をパシーンと叩く。

「ひっ、オサムっち、助けてーっ」

 絵梨佳はびくびくしながら助けを求めた。

「僕には、どうすることも……」

 修は気まずそうにする。

「あのさ、アイコン、自分の勉強を、した方が、いいんじゃない……」

「つべこべ言わずにやりなさい! あっ、また足崩してる」

 藍子はそう言い、絵梨佳の膝を三〇センチ直線定規でパチンッと叩いた。

「ひぃっ、いったぁ」

 絵梨佳は従うしかなかった。藍子は学校にいる間にきちんと理解出来るまで勉強しているので、定期テストは毎回余裕なのだ。

(小山内さん、厳しい一面も持ってるんだな)

 採点&解説係を任された修は気付かされた。

「ひどいよ、アイコン。カッシーやハルエやカズポンにはすごく優しいのに」

 絵梨佳は唇を尖らせながら、不平を呟く。

「紗奈さんはとってもいい子だし、晴恵さんと数歩さんは、注意しなくてもしっかりお勉強してくれるから」

 藍子はにこやかな表情で言う。

「それほどでもないかも」

 数歩は謙遜した。

「修ちゃん、藍子ちゃん。絵梨ちゃんがどうしても勉強してくれないようだったら、この秘密兵器を使ってもいいわよ」

 満由実さんは教室内のタンスから、“竹刀”を取り出し床にそっと置いた。

「こっ、これは、無理ですよ」

 修は困惑した表情で言う。

「お借りします♪」

 藍子はすぐに手に取った。

「私のお母さん、高校時代剣道部だったんだよ」

 数歩から伝えられたことに、

「マジで!?」

「あれ? 満由実先生、高校時代は手芸部って言ってませんでしたっけ?」

「意外、ですね」

 絵梨佳、藍子、修はかなり驚く。

「練習きついし、先輩もすごく厳しくて、入部して一週間足らずで辞めちゃったけどね。防具と竹刀買うのに使ったお金は無駄になっちゃったな」

 満由実さんはてへっと笑った。

「黒歴史なんですね」

 藍子は笑顔で突っ込む。

「アタシの学年、女子は今ちょうど体育の授業で剣道やってるんだけど、竹刀で叩かれたら防具付けてても痛いよ。地肌に叩かれたらと思うとぞっとするよ」

 絵梨佳は苦い表情で呟いた。

「叩かれたくなかったら、真面目にお勉強しようね、絵梨佳さん」

「はっ、はい」

 藍子から竹刀を突きつけられると、絵梨佳はしぶしぶシャーペンを持って問題に取り掛かり始めた。

それから一時間ほどのち、

「アイコン、アタシ、おしっこぉ」

 絵梨佳はもじもじしながら、照れくさそうに伝えた。

「分かりました」

 藍子はすぐに許可を出す。

「あっ、足が痺れて……」

 絵梨佳はゆっくりと立ち上がろうとしたが、転びそうになった。

「大丈夫? わたしにつかまって」

 藍子は手を貸してあげた。

「サンキュー、アイコン」

(やっぱり優しい子だな)

 修は見直す。

「修先生、少しお待ち下さい」

 藍子も竹刀を持って付いていった。絵梨佳のすぐ後ろにぴたりと引っ付くようにして歩く。

「アイコン、恥ずかしいよぅ。出て行って」

「わたしも絵梨佳さんがおしっこしてる所なんて見たくないよ。でも、見てないと絵梨佳さん後ろの窓から逃げるでしょ」

 藍子は頬を少し赤らめながら呟く。トイレも絵梨佳と一緒に入ったのだ。もちろん竹刀は持ったままで。

「バレたか♪」

 絵梨佳は舌をぺろりと出し、てへっと笑う。

「予想は出来てたよ。前の中間の時逃げ出したんだし。さあ、早く済ませて。時間が勿体ないよ。わたし、扉の方向いてるから」

 藍子はそう言い、体の向きを一八〇度変える。

「でも出来れば、外へ出て欲しかったな」

絵梨佳は藍子の背中を眺めつつ照れくさそうに、ショーツとスカートを一緒に脱ぎ下ろした。

「んっしょ」

便座にちょこんと腰掛ける。そしてほんのり頬を赤らめながら、用を足し始めた。

絵梨佳の用を足す音は、藍子の耳にもしっかり届いていた。

「次はおててを洗って」

「分かったよ、アイコン」

 藍子は絵梨佳が用を足し終えたのを確認すると、絵梨佳の袖を引っ張って洗面所まで連れて行き、石鹸でしっかりと洗わせた。

「さあ、教室へ戻ってお勉強の続き、続き」

「あーん、もう少しだけ休憩したーぁい」

「ダーメ!」

 絵梨佳は藍子に手を強く握られ、教室へ引っ張られていく。

 教室に戻ると、有無を言わさずすぐに勉強を再開させた。


 午後十時過ぎ。

「はい、今日はここまでよ」

 満由実さんは終了の合図をする。

「やっと終わったぁー」

 絵梨佳は腕を上に伸ばし、小さくあくびをする。

「家に帰ってからも、今日やった内容をもう一度復習すること、それと、副教科もおろそかにしちゃダメよ。内申書に関わってくるから。頑張ってね」

 藍子は絵梨佳を勇気付けるように忠告する。

「はーぃ。アタシ副教科は美術しか自信ないなぁ」

「期末テストが終わるまで土日も休まず毎晩続けるから、明日からも頑張ってね」

「えー」

 満由実さんの伝言に、絵梨佳は愕然とした。

「私は今回は、毎晩続けれそうだよ」

 数歩はにこにこ顔で嬉しそうに言う。

この絵梨佳にとっての地獄の学習プランは、予定通りそれから毎晩続けられた。

絵梨佳は嫌だとは思っていたのだが、修と一緒に勉強出来るので、楽しさもちょっぴり感じていたのだ。


       ※※※

 

あっという間にやって来た期末テスト前日。

「さあ、今夜は直前仕上げよ。修ちゃんに本番を想定して作ってもらった、期末テストの予想問題を解いてもらうからね」

夜八時頃、満由実さんはきりっとした表情で絵梨佳と数歩に指示を出した。

「はーい」

数歩は数学と理科、

「めんどいなぁ」

絵梨佳は社会科と英語の予想問題集を解かされる。

それを製作者である修が採点した。

「望月さんは数学75点、理科64点、樋口さんは社会科76点、英語67点か。本番の試験は、僕なんかが作った問題より、遥かに難しいと思うので、もう少し頑張ってね」

 修はこう忠告した。

「もちろん頑張るよ!」

「任せてオサムっち」

 数歩と絵梨佳は自信満々に宣言する。

 

       ※


当日夕方。修が望月宅を訪れると、

「修くーん、私、今日のテスト、ばっちりだったよーっ」

「アタシもだぜーっ」

 数歩と絵梨佳は一目散に駆け寄って来た。

「えっ、あっ、それは、おめでとう」

 修はとりあえず祝福してあげる。

「修くんの作った予想問題プリントから、同じ問題がたくさん出たの」

「社会科なんか九割くらい同じだったぜ」

 数歩と絵梨佳は嬉しそうに伝える。

「そっ、それは、よかったね」

 修も嬉しい気持ちが芽生えた。

「さすが修先生ですね」

「やるわね修ちゃん。ワタクシでもここまで的中させられないわ」

「いっ、いや、それは、偶然」

 藍子と満由実さんからも絶賛されると、修はいつも通り謙遜する。

「私、月曜からの分も頑張るぞーっ」

「オサムっち、これからも指導よろしくね」

「わっ、分かり、ました」

 今日は従来からの開塾日だが、試験期間中なので紗奈は邪魔にならないよう塾はお休みしている。晴恵も自宅で学習中である。


 期末テスト残りの日程もあっという間に過ぎていく。

中学の期末テスト最終日となった十二月二日以降も受験生の数歩は抜けず、藍子と一緒に延長授業に参加した。数歩は高校入試に向けて主要五教科、中学三年分の総復習プリントを一生懸命こなしていく。

四日の夜、十時過ぎ。

「小山内さんも、いよいよ明日でテスト終わりですね。頑張って」

「はい! わたし、明日の世界史Aと保健、精一杯頑張ります!」

 修にエールを送られ、藍子のやる気はさらにアップした。

「私も今回、修くんのおかげで勉強がすごく捗ったよ」

 数歩も嬉しそうにしていた。

「あの、修先生、途中まで、一緒に帰りましょう」

「えっ……」

 藍子に突然頼まれ、修は目を見開いた。

「修ちゃん、一緒に帰ってあげて。夜遅いし」

「夜中に女の子一人だと、危ないよ」

 満由実さんと数歩からも頼まれる。

「お願いします。修先生」

 藍子から再度頼まれた。

「わっ、分かり、ました」

 これには修は断り切れず、引き受けることにした。

 今日は雨が降っていたため、修は電車と徒歩でここへ来ていたのだ。

 その雨は、もうすっかり上がっていた。

(修先生と差したかったよ)

 藍子は心の中でこう思っていた。

(心配だなあ)

 修は非常に気まずい心待ちで歩き進む。

 二人の歩く姿は、傍から見ると二〇代半ばの男性が、小学生を連れて歩いているようであった。

未成年者略取の疑いを通行人や警察官からかけられてしまうかもしれない、と修は不安で仕方が無かった。

「あの、修先生は、面接が苦手なんですよね?」

 藍子は唐突に尋ねてくる。

「はい。それは、もう。致命的に」

 修は俯き加減で暗い表情で答えた。

「わたしも、面接はすごく苦手なんですよ。高校入試の時、極度の緊張で頭の中が真っ白になっちゃって、訊かれたことにほとんど何も答えられなくて、帰りに泣いちゃったよ。配点比重が低かったのでなんとか受かりましたけど」

「高校入試でも面接が課されるんだね……よく考えたら、僕が中学の時も、推薦で受ける子は面接の練習してたっけ。推薦やAOで、大学入試までに面接を経験して来た人もけっこう多いんだよな。幼稚園受験の時から面接を受けてる子もいるし。僕は一般入試しか受けたことがないので、就職活動の時が初めての面接でした」

「わたしも大学は一般入試で受けるつもりですよ。面接は絶対避けたいです。あとわたし、体育も大の苦手なんです」

「それは、僕も同じです。通知表、中学時代は5段階の2、高校時代は10段階の3か4しか取ったことがありませんから。大学でも必修の健康スポーツ科目について、演習は優だったのですが、実習はぎりぎりの可でしたし」

「わたしも中学時代、期末の保体のペーパーテストではいつも九割近く取っていましたけど、実技はどうしてもダメで評価は最高で3でした。気が合いますね」

 藍子はにこにこ微笑む。

「そっ、そうだね」

 修は少しだけ照れてしまった。

「あのう、修先生。わたし、二年生からの文理選択で、理系に進んでもいいと思いますか? 希望調査の提出期限が迫っててもうあまり悩む時間がないんです。修先生は理系出身なんですよね? その、満由実先生は文系出身なので、修先生に相談した方が良いと思い……」

 藍子はもう一つ質問して来た。

「……迷っているようであれば、理系に進まれることをお勧めします。その、英語はどちらに進んでも重要科目ですし、その、理系は、習う科目数も、多いですし、理系から文系に変わることは、容易ですが、その逆は、厳しいので」

 修はしばらく考えてから、自信は無さそうにアドバイスした。

「そうでしょうか? わたし、数学ついていける自信が無くて。定期テストではいつも90点以上取れるのですが、模試になると全然ダメで、六割くらいしか取れなくて。理系クラスは数学Ⅲまで必修なので、この先もっと難しくなるから不安で」

 藍子はしょんぼりとしながら言う。

「大丈夫です。僕も高校時代、数学は今の小山内さんよりもずっとひどい成績を取っていましたから。記述模試では、二〇〇点満点中、二〇点くらいだったこともありますし。そんな僕でも、二次試験が数学だけの学部を受験して、なんとか合格しましたから」

 修は、今度は自信を持ってアドバイスした。

「そうですか。わたし、理系に進む決心が付きました。相談に乗って下さり、ありがとうございます! 修先生、大好きです!」

 藍子は満面の笑みを浮かべて礼を言い、修にぎゅっと抱きついた。

「あっ、あっ、あの、おっ、小山内、さん」

 修は慌てて周囲をきょろきょろ見渡す。

 人通りの多い、JR芦屋駅前までいつの間にか辿り着いていた。

「では、修先生。さようならーっ」

 藍子は別れの挨拶を告げて、とても機嫌良さそうにトテトテ走りながら、自宅の方へと向かっていった。

(案外、大胆な、子だね)

 修の心拍数はかなり上がっていた。

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