第五話 文化祭&学習発表会
「あっ、もうクリスマスツリー飾ってるんですね」
次の次の火曜日、十一月十八日夕方四時頃。望月宅のリビングを訪れた修は少し驚いた。
「デパートとかでは十月の終わり頃から飾ってるからね。家でもそろそろ飾ろうかと思って」
満由実さんは機嫌良さそうに言う。
「確かに、早過ぎるということも、無いですね」
修はふと気付かされた。
「教室にも同じようなのを飾ってるわ」
「そうなんですか。そういえば、今日は、数歩さん、まだ帰って、ないんですね」
「うん。文化祭の準備で遅くなるって言ってたから」
「そうでしたか」
「文化祭は今週の木金よ」
「すぐですね。僕も、教室で待機しています」
こうして二人は教室内へ。
「修ちゃんの作った教材、みんなに大好評のようよ。修ちゃんも、学習塾講師としてだんだんさまになって来たわね」
「いえいえ、僕など、全然。まだ勤続一ヶ月も経ってないですし、僕なんかが作った教材で、皆さんが勉強したら、成績が下がってしまうのではないかと……」
「ふふふ、そんなことないわ。現に紗奈ちゃん、修ちゃんが来てから学校で行われた分のテストでは、90点以上を連続して取ってたでしょ。絵梨ちゃんもこの間、英語の小テストで10点満点中の8点、数歩も数学の小テストで7点取ってたじゃない。今までは0点とか1点、高くても4点とかだったのよ。徐々に成果が現れ始めてるわ」
「いやぁ、それは、まあ、小学校のテストや、中学校の小テストは、単元別なので、すぐに点数を上げられますし、僅差の違いでは……」
こんな風に修は緊張気味に、満由実さんと少し会話しながら待っていた。
「こんばんは、満由実先生」
五時前、ほぼ普段通りの時間に藍子がやって来る。
「いらっしゃい藍ちゃん、今日は一番乗りよ」
満由実さんはいつも通りにこやかに迎え入れた。
「やっぱり。わたしも去年まで、文化祭直前になると遅くまで練習したからね。クリスマスツリーも飾られて、今年も残り少なくなりましたね」
「そういえば、菓子さんも遅いですね。遅くても、五時までには来ていたのですが……」
「紗奈ちゃんも、学習発表会の準備だと思うわ。毎年この時期なのよ」
少し心配した修に、満由実さんは伝える。
「わたしの高校の文化祭は、六月に終わってます。秋に行うと、受験に影響してくるからという理由で」
藍子はちょっぴり残念そうに伝えた。
五時半頃、紗奈がやって来る。
「学習発表会の練習が長引いちゃったよ。あたしの学校、木曜に学習発表会があるの。修お兄ちゃんも、ぜひ見に来てね」
「あっ、うっ、うん。行けたら」
紗奈は笑顔でお願いし、修にプログラム進行表が載せられたパンフレットを手渡した。
六時過ぎくらいに、
「ただいまーっ。準備疲れたよぅ」
ようやく数歩が帰って来た。
「マユミン、今日は学校帰りにそのまま来ましたーっ」
「こんばんは、望月先生」
絵梨佳と晴恵も一緒に連れて。
「私のとこの文化祭、修くんも見に来てね。私のクラスは合唱だよ」
「アタシのクラスもだぜ。オサムっち、自由曲めっちゃ面白いから楽しみにしててね」
「歌うの恥ずかしいよ。霜浦先生、これをどうぞ」
晴恵は笑顔でそう言い、プログラム進行表と招待状を手渡した。
「この合唱曲は……確かに、面白いね。小中同じ日だけど、なんとか両方見に行けそう」
修はプログラム進行表を見て、午前に中学校の文化祭、午後から小学校の学習発表会を見に行こうと考えた。
※※※
そして当日、十一月二十日。
(僕なんかが、入っていいのかな?)
修は不満をよぎらせながら、招待状を山手西中学校正門前にいた受付係にかざし、正門に飾られたゲートを通り抜けた。満由実さんもあとに続く。こうして二人は体育館へ。窓は黒色の遮光カーテンで覆われ、床一面に青緑色のフロアシートが敷かれてあった。来場者席は、生徒席の後ろ側に用意されてある。共に折り畳み式パイプ椅子だ。
「空席が目立ってますね。さすがに中学になると、親はあまり見に来ないですね」
「ワタクシは、毎年見に行ってるわよ」
満由実さんは笑顔で伝える。
修と満由実さん、隣り合うようにして前の方の席真ん中付近へ座った。
【プログラム四番、二年三組による合唱です。課題曲、モルダウの流れ。自由曲、寒ブリの歌。お聞き下さい】
放送部員の一人からアナウンスが告げられると、二年三組の生徒達はパート別にまとまって、舞台前に設置されたひな壇へと上がっていく。
「あっ、あの子は……同じクラス、だったんですね」
修はあることに気付いた。
数雄も絵梨佳、晴恵と同じクラスだったのだ。
「数雄はテノールよ。晴ちゃんはソプラノ、絵梨ちゃんはアルトだから、離れた場所にいるの」
満由実さんは舞台の方を手で指し示す。
「あっ、いっ、いますね」
修はすぐに確認出来た。
まずは課題曲のモルダウから。ピアノ伴奏のあと二年三組のクラスメイト達は歌い始める。
その曲のあと、ついに寒ブリの歌の演奏が始まった。
ぶんぶんぶんぶんブリブリ♪ という独特の歌詞メロディーでお馴染みの合唱曲。
他のクラスの生徒達、来場者の一部からは、笑い声も起こっていた。
「絵梨ちゃんはこの曲も楽しそうに歌ってるわね。晴ちゃんと数雄は、やっぱ恥ずかしそうね」
満由実さんはにこにこ微笑みながら、デジカメに三人の勇姿を収めていた。
「気持ちは良く分かります。なんか、モルダウとのギャップが……」
修は同情を示した。
曲の演奏が終わったあと、客席から盛大な拍手が送られた。
このプログラムのあと、数歩のクラスが出るまで少し時間があった。
「そういえば、樋口さんと花屋さん。展示部門も見て欲しいって言ってましたね」
「部活動のがあるのよ」
修と満由実さんは体育館を出て、文芸部と美術部の作品が展示されてある美術室へと向かっていった。
「これ、僕!?」
壁に張られた、樋口絵梨佳 作と書かれた絵を見て修は驚愕した。
「あらぁ、そっくりね。修ちゃんの自画像」
満由実さんは微笑む。
「たっ、確かに」
修は照れてしまった。
「これは晴ちゃんと絵梨ちゃん、共同で作った創作絵本ね」
満由実さんは机の上に展示されてあったそれを、嬉しそうに手に取った。
「なんか、見ちゃいけないような」
「見てあげて。晴ちゃんも絵梨ちゃんも、修ちゃんに見て欲しいって言ってたわよ」
「でっ、では」
修は、恐る恐るページを捲り、じっくり目を通す。
「普通に本屋さんで売られても、おかしくないような、出来ですね」
2、3ページ読んでみて、こう感想を抱いた。
「とっても素晴らしいわ。将来は絵本作家ね」
満由実さんも気に入ったらしい。
「あの、僕、会議室の展示も、見たいのですが……」
「トライやるウィークの活動記録ね、もちろんオーケイよ。ワタクシも見たいから」
そんなわけで、二人は会議室へ移動した。
トライやるウィークとは、一九九八年度から兵庫県教育委員会が実施している、県内の公立中学二年生を対象に一週間、学校から離れて職場体験活動をさせる取り組みのことだ。
「花屋さんと、望月さんは、図書館へ行ったんですね」
絵梨佳と晴恵でとても仲良さそうに楽しそうに、専門書を棚に並べたり、ポスター製作をしたり、受付をしたりして活動している写真が何枚かあった。
「トライやるウィークか。懐かしいものです」
眺めながら、修は思い出に浸る。
「修ちゃんもトライやるウィークを体験されたのね。どこへ行きましたか?」
満由実さんは興味深そうに尋ねてくる。
「農協でした。伊丹の食品加工所とか、神戸の卸売市場とか、ほとんど見学で楽でした。最終日はサ○テレビも取材しに来ており、僕も、少しだけ映っていました」
修は淡々と思い出を語る。
「いい思い出だったのね。数歩はお菓子屋さんだったのよ。ケーキ食べ放題ですごく楽しかったって、将来は絶対お菓子屋さんになりたいって言ってたわ」
満由実さんは笑顔で伝えた。
「でも、実際になるとその世界の厳しい現実を知ることになると思います。数雄くんのもありますね。お花屋さんか」
「ここ、晴ちゃんのおウチなの」
満由実さんは教える。
「そっ、そうなんですか。知り合いのおウチだと、いろいろ気を遣ってやりにくそう」
お花の手入れや接客などに奮闘している数雄の写真を眺め、修はこんな感想を抱いた。
時間が迫って来たため、二人は体育館へと戻っていく。
午前最後のプログラムが、数歩のクラスだった。
【続きましてプログラム十二番。三年一組による合唱、課題曲、大地讃頌。自由曲、流浪の民】
この開始のアナウンスされた後、
数歩は、満由実さんと修の姿に気付いたようで、にっこり笑って大きく手を振ってくれた。
「あとで、先生に、注意されてしまうのでは……」
「数歩ったら、嬉しいけど、本番中はダメよ」
修は心配顔で、満由実さんはにこにこ顔で見守った。
「姉ちゃん、恥ずかしいよ」
数歩も呆れ顔で生徒席から眺めていた。
この後は特に何も無く、無事数歩も出番を終えた。
そのあと、修と満由実さんは紗奈の通う小学校へ移動していく。
こちらは招待状無しで入ることが出来た。
正門を抜け、体育館へ。
床、座席、カーテン、舞台は中学校のと同じような感じにされてあった。
「小学校だと、大抵の親は見に来てるな。立ち見かな」
修は周囲を見渡す。来場者席はほぼ満席になっていた。
「大丈夫よ。あそこに席取ってあるから」
満由実さんはある座席へ修を誘導して行く。
「満由実先生、霜浦先生。いつも紗奈がお世話になってます」
そこにいたのは、紗奈のお母さんだった。
「あっ、こっ、これは、どうも」
修は緊張気味に頭を下げ、ご挨拶する。
二人は紗奈のお母さんを挟むようにしてイスに腰掛けた。
【プログラム最後は、六年生による朗読劇『八郎』と、合唱曲『遠い日の歌』です。ぜひご覧下さい】
そのアナウンスの後あらすじが語られ、幕が上がった。
「紗奈は、この劇には出てないのよ」
紗奈のお母さんはちょっぴり残念そうに伝える。
三クラス一二〇人近い六年生の中で、朗読劇に参加しているのは三〇人ほどとのことだった。
三〇分ほどで、八郎の朗読劇は終わりを迎える。
幕が閉じられた後。
ぞろぞろぞろと、人が動く音が聞こえてくる。
隅の方で待機していた他の六年生達も、舞台前に設けられたひな壇に上がっていく音であった。これより六年生全員参加となる。
【合唱曲『遠い日の歌』。ピアノ伴奏は、六年二組、菓子紗奈さんです】
このアナウンスが告げられると、客席から大きな拍手が沸いた。
「紗奈ちゃん、ピアノ伴奏なんだ。すごいわね」
「一番重要な役割ですね」
満由実さんと修はけっこう驚いていた。
「去年は他の子にじゃんけんで負けて出来なかった分、嬉しく感じてるみたいよ」
お母さんも嬉しそうだった。
紗奈は隅の方からひな壇を上がり、舞台上にあるピアノの前へ。ゆっくりと椅子に座った。
「座ってても、背の高さが、目立ちますね」
「紗奈ちゃん、スタイルも抜群ね」
「紗奈は男の子含めても、クラスで一番高いみたいよ」
お母さんは微笑み顔で伝える。
紗奈は、指揮者(音楽の先生)の方へ視線を向けて、演奏を始めた。
「ミス無しで……すごいですね」
「素晴らしい演奏だったわ」
紗奈は見事演奏を終え、他の六年生達と一緒に退場していく。修と満由実さんはほとほと感心していた。
「紗奈、よく頑張ったわ。きっと小学校最後の良い思い出になったね」
紗奈のお母さんは娘の演奏する姿を、写真に何枚も収めていた。
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