第2話 奇病
「えっと、このビル……だよな?」
青年、
「マジでやってんのかよ……『何でも屋』なんてよ……」
話に聞いたことはあれど、実態は知らない。金次第でどんなことでもやってのける連中……それが『何でも屋』だと、以前クラブで飲んでいた時、耳に挟んだことがあった。
胡散臭い、漫画めいた話だと笑い飛ばしたが、今はわらをつかむ気持ちでもある。
「……どんなことでも」
もし、この件に決着がつけられれば、俺は……。
「よ、よーし……」
地図のメモ書きには二階、と書かれており、かび臭く薄暗い階段を上っていく。幅も狭く、細い肩幅の葉月でも動きづらく感じてしまうものだった。
二階のドア、がたついていると見ただけでも分かるぼろいドアには「朝倉総合事務所」と書かれているプレートが下げられていた。
「……『何でも屋』、朝倉慎士……。ええい、ここまで来たら行くしかねえ!」
ドアをノックし、葉月は思い切って声を張り上げた。
「す、すんません! し、仕事の依頼を頼みに来たんすけど!」
ドアを開けると同時にそう声を出すつもりだった。だがドアノブは回るが前には開かず、しかし葉月の体は前へと踏み込もうとしていた。ドン、と重たい音を立てて、葉月は顔を薄汚れたドアにぶつけた。
「あ~、ご依頼の方ですか? すみません、そのドアちょっと引いて戻してからじゃないと上手く開かないんですよ。ボロいビルなんで」
葉月が頭から必死に痛みを飛ばそうと手でこすっていたところに、のほほんとした少年の声が事務所内から響いてきた。
「は、はあ?」
「コツがあるんですよ。今開けますね」
目の前のドアが「ゴトリ!」とかなり大きな音を鳴らして揺れた。一瞬壊れたのかと思ったぐらいだった。だが、薄っぺらいドアはきしみをあげつつゆっくりと開き始めた。
「どうぞ。ようこそお越しくださいました。『朝倉総合事務所』へ」
と、幼い少年の声がする。しかし、開いたドアから見えるのは、閑散とした事務所の風景だけだ。
「あ、あの……あれ、どこっすか?」」
くいっと、ジーンズが引っ張られる。葉月はゆっくりと視線を下に向けた。
「……誰」
「初めまして。
ゆったりとした仕草と声で一礼したのは、背丈の低い初年だった。年の頃は学生……中高生ぐらいだろう。まだ顔つきは幼くあどけない。身長の低さもあり、更に若く見えた。
「えーっと……朝倉さんって人は? 俺、その人に依頼しにきたんだけど。君、留守番?」
「朝倉ならいませんよ。まあどうぞお入りください。お茶ぐらいだしますので」
「はあ、お構いなく……っていない?」
間の抜けたのんびり声の或亥の言葉にペースを引っ張られてか、葉月は思わず声を裏返させた。
「はい。いません」
と、茶箪笥からコーヒーカップを背伸びして取り出し、電気ポットからお湯を注ぐ。インスタントらしい。
「い、いないってどういうことだよ! お、俺は……!」
「事件の依頼にいらした。そうですね」
応接間もないのか、室内にある机は「朝倉」とネームプレートが置かれた事務机と、その手前にある小さなちゃぶ台だけだった。そのちゃぶ台にコーヒーカップを置き、或亥は大きな瞳を狼狽する葉月に向けた。
「依頼なら、僕が引き受けます」
「は、はあ……?」
葉月は思わず左右に顔を向け、視線をそこいらじゅうに飛ばす。ドッキリかもしれない、今目の前にいる少年を疑うには十分な内容である。
「引き受けって……おま、はあ!? あ、朝倉さんはどうしたんだよ! そもそもいないって何なんだよ! 何でも解決してくれるっつーから来たんだぜ!?」
「朝倉慎士は死にました」
「……し……ッて、は、はあ!?」
「三ヶ月ほど前です。病気で他界されました。なので『何でも屋』家業は僕が引き継ぎ営んでいます」
「そ……聞いてねえぞそんな話! ど、どーすんだよくそ!」
「だから僕が引き受けますから」
「子供にどうにかなると思ってんのか!」
怒鳴る葉月に或亥は表情一つ変えず言う。
「『
変わらないゆるりとした口調からは、温度が消えていた。
葉月は立ち尽くし、手で顔を覆うとしゃがみ込んでしまう。
「……どうしたらいいんだよ」
それは、途方にくれた声だった。
葉月は押し黙り、顔を手のひらで覆ったまましばらく動けずにいた。遠くで車のエンジン音が流れていき、灰色の空が窓の外で事務所にも暗い影を投げ落としていた。
「僕が、なんとかします。出来ますから。冷えないうちに、どうぞ」
或亥がしゃがんだままの葉月にコーヒーカップを差し出す。葉月はそれを受け取ると、一気にのどに流し込んだ。
「うおっちあ!」
「ホットを一気飲みするから……そりゃ涙も出ますね」
続く
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