第4話 これからの端緒

 島国にとっては海が唯一の他国との窓口であり、そこに巣食う海賊は天敵と言っても過言ではない。

 この国の回りにもいくつかの海賊団の存在が知られており、貿易船の多くは安全に通行するために用心棒を雇っている。

「ハッキリ言って海賊を根絶やしにするのはしんどいし、金がかかるからやりたくない。だが、今回は別だ。他国の公使が乗った船を

襲っちまったからな。我が国の威信をかけて潰さなければならない」

 シエナは何やら書き込まれた海図を広げるが、コーラルにはさっぱり分からない。

「総指揮は海軍のしかるべきじじいが取る。俺とコーラルは、激励に向かい、一時的に海軍旗艦に乗る。そのタイミングで俺は大きな戦果を挙げるつもりだ。そしてコーラルを勝利の女神に押し上げる」

 何と大雑把な説明だ。

 話についていけないコーラルの隣で国王の影武者兼王位継承権第一位の王弟たるシアンは美しい眉を寄せる。

「兄上、戦場へは私が行きます」

「ダメだ。お前は俺が不在の時の身代わりであって、危険を肩代わりさせるための存在ではない。それに」

 ウィスタリアはじっとコーラルを見つめる。星を孕んだ深く青い瞳だった。

「俺の成そうとしていることを、俺自身がコーラルに示さなければならないからな」

 吸い込まれそうな瞳を見つめ返していると、胸の石が熱く脈打っているように感じた。


 そこで問題となるのはコーラルの服だった。

 士気を下げるような服ではいけないが、今回の主役なので、目立たない服でもいけない。

 ここ数日コーラルのドレスのサイズ直しで懇意になった仕立て屋のオリーブは瓶底眼鏡のつるを神経質そうにこする。

「そもそも納期が短すぎるっちゅーの。馴染みのお針子は特急料金マシマシで抑えたけど、物理的に無理なもんは無理だって」

 言葉とは裏腹に手元はデザインを量産していく。そのひとつをコーラルはつまみあげた。マーメイドタイプのおとなしめなドレスだった。

「言う割にノリノリじゃない?」

 まだ若いオリーブは先日まで城下で仕立て屋をやっていたらしく、コーラルとは感覚が合うため、話をしてても面白い。

 オリーブはとうもろこしのひげみたいな髪の毛を風に揺らす。

「まあね。陛下や王族の服はもっと重鎮かつタカビーなおばちゃんが専属で仕立ててるし、貴族の皆様は家で馴染みの仕立て屋があるしで、私みたいなのはなかなか日の目をみることがないから、チャンスであることは確かなのさ」

「ふうん」

「でもさ、私としてはタカビーババァはもうセンスが錆びてると思うんだよね。今年の流行りの若草色の服はさ、陛下が新年に臣下に下賜されたジャケットから来てるんだけど、これまたおじいちゃんみたいなんだ」

 何か、誰かが着ていた気がしたが、コーラルは思い出さないことにした。しかし、世の中の流行とはそのように作り出されるのか。すごいな王様。

「ということで、ババァの鼻をあかすためにも今回はどんなに時間がなかろうとも、素敵で無敵な服を仕立ててみせるよ」

 とはいえ、ほぼ無理な納期なんだよね~どうしよ~と、オリーブはデザイン以外の部分でも頭を悩ませる。

 コーラルは自分に手伝えるとは思っていなかったが、自分との会話がよいアイデアを出す糸口になればと思い、数枚のデザインを手に取る。

「もうちょっと短いスカートとかはどう?いかにもドレスって感じのやつはもう飽きちゃったんだよね。戦場にドレスっていうのもどうかと思うし」

 オリーブはちゃっちゃか今まで描いていたデザインを膝丈ワンピースに変更するが、納得いかなかったのか首をひねる。

「確かに戦場にドレスはないなぁ。官僚っぽい感じも悪くないがなんかピンとこないなぁ」

「戦場なんだから官僚ってより軍人じゃないの?」

「軍人..軍服か..」

 オリーブがざかざかとスケッチを走らせる。軍服をベースにレースや装飾を追加したものだ。

「子女の軍服に対するほのかな憧れを昇華しながら、軍人からの反感を買わない程度のアレンジ..ジャケットは海軍士官のものをサイズ合わせだけして..」

 そのデザインを見て、コーラルは、あっあいな、と感じると同時に自分が進みたい道がぼんやりと見えた気がした。

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