第3話 それは冒険の始まり

 結局、契約書の内容をかいつまんで説明してもらい、コーラルはサインを入れた。悪魔との契約かもしれないと思いつつも、軽く脅されて入れざるを得なかったのだ。

 そしてそのまま都に連れていかれ、城の一室を与えられて3日がたった。..3日間放って置かれた。

 新卒役人の10倍の給金に、衣食住は全て支給。そして業務は、必要な時に国王の側に控えていることのみ。

 おまけに、実家のパン屋には自分の代わりのスタッフを二人派遣..。

 ただし、外出は前日までの届出制。


 そして、恋愛禁止。


「意味わからんし」

 こちとら妙齢の女性で、パン屋を継いでくれる婿を探したいくらいなのに。

 シエナ曰く、バレなきゃOKだが、バレたら相手を社会的に生きていけない状態にするとのことだったが、そんな物件を貰ってくれる奇特な人間が見つかる気がしない。

 コーラルはとりとめもなく城の庭を散策している。城の中でも人の少ないところを探して歩いたらこの庭にたどり着いた。先ほどから居るのは花ばかり、と思っていたが、行く先の四阿あずまやに人影を認める。

「げっ、国王陛下様じゃん」

 銀髪の青年が顔をあげる。頭にぐるぐるとターバンを巻いているので、額は見えなかった。

「コーラル、」

 青年は本を閉じて寄せる。今みたいに嫌味っぽい笑みを浮かべなければ、ずっと見ていたい美貌だ。

 コーラルは視線で促された椅子に座る。普通は国王の前では容易に座らないのかもしれないが、もう知ったこっちゃない。

「息災か?足りないことはないか?」

「ええ、3日もお休みをいただいたので元気よ。毎日綺麗な服を着て、美味しいご飯も食べているので、足りないこともないわ」

「それは悪いことをした。狩りに遊び歩いていた分、仕事がたまっていてな」

「読書してるくせに?」

 首をすくめて、いたずらが見つかった子供のように笑う。

「敵わないな」

 なんだか、今日は雰囲気が柔らかい。

「その服はミスティの見立てか?」

 今日は繊細なクリーム色のレースが連なったドレスだった。首や腕まで被う露出の低いものだ。

「そうよ」

 ミスティローズが用意する服は、お姫様みたいなドレスといえば聞こえはいいが、クラシカルで動きづらく、コーラルにとっては不満だった。

「似合っている。赤い髪色がよく映える」

 そう言って、花瓶に差してあった白い花をとって、コーラルの髪に添える。白い磁器のような手だった。

 あたりはとても静かで、穏やかだった。

 今なら、聞きたかったことを、聞ける気がした。

「ねえ、貴方が私を迎えにきたのは、本当に偶然だったの?」

 目の前の青い瞳が揺れる。返事はすぐに出てこなかった。


「おー、コーラル。丁度いい所にいたな」

 そして、別の方向から同じ声が聞こえた。振り返ると、同じ顔の男がシエナを後ろに従えてこちらに大股で近づいてきた。コーラルは最速で二人を見比べる。本当に同じ顔に見える。

「兄上」

 今まで話をしていた青年が、近づいてきた青年を兄と呼んでさっと立ち上がった。ということは、何となくあっちが本物の国王?

「シアン、サンキュ。こいつはいいんだ」

 近づいてくる男の額に涙型の石が輝くのを見て、ああ、本物だと感じる。少し、胸が熱くなった。

 ウィスタリアはにやりと笑った。そうそうその笑みだ。

「コーラル、海賊退治に行くぞ」

 そして、私の思考の及ばないことを言うのだ、我が国王は。

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