第16話 ニーズベッグの弱点

 おいらたち三匹がヘビに睨まれたカエルみたいに硬直していると、ニーズベッグがべろりと舌なめずりした。


「待ち伏せしたかいがあったぜ。白亜の王宮から逃げるとしたら、ここしかないからな」


 今になって気づいた。洞窟は掘られたばかりだった。どうやらニーズベッグは見た目と違って賢いらしく、おいらたちの行動を先読みして待ち伏せしていたようだ。


「やっぱりペリペリが狙いなんだな」


 おいらは勇気を振りしぼると、尻尾をピンと立てた。


「アルパカは柔らかくてうまいからな」


 ニーズベッグは抽象的な言葉を使った。するとタヌ吉がおいらに「あれだけ強気なやつが話をはぐらかしたでやんす。なにか秘密があるでやんす」と教えてくれた。


 秘密。隠し事。謎。鉄をも噛み千切る高山王の牙が通らないこと。おそらくペリペリが狙われることと理由が重なるんだろう。


「なんだニーズベッグ、そんなに身体が大きいのに、ペリペリが怖いのか?」


 おいらが軽く挑発したんだけど、ニーズベッグは大きな目玉をぎょろぎょろさせるだけで怒らなかった。


「とんでもない。今すぐ食べたいぐらい大好きだぜ」


 やっぱりはぐらかした。おいらはタヌ吉に目配せした。どうしてニーズベッグにダメージが通らないのか、どうしてペリペリを狙うのか、見抜いてもらうためだ。


「見抜く前に死んじゃったらそれまででやんすよ。もちろん、自分の仕事はこなしやすがね」


 タヌ吉が、じりじりと洞窟の出口へ後ずさっていく。


 おいらも、どうやってニーズベッグから逃げるか、考えていた。足元に転がった動物たちの骨は飾りじゃなくて戦果だろう。悪食で有名なモンスターらしく狩りが上手なのだ。


 おいらたちは、逃げることにかんして、なにが得意だろうか。


 おいらは森みたいな障害物がたくさんあるところを飛び跳ねるのが得意だけど、長距離を走って移動することは得意じゃない。


 ペリペリは斜面が得意だけど、平坦な道だと普通の速度で走る。


 タヌ吉は賢いけど、他は全部普通だ。


 洞窟を出たら森がある。まずはおいらが囮になってニーズベッグをひきつける。その間にペリペリとタヌ吉にニーズベッグの弱点を探してもらおう。そのあとのことは……そのときに考える。早く逃げないと、食べられちゃうからな。


「鬼さんこちら、屁のなるほうへ!」


 ぶぶっと屁をこいて、ぺしぺしと尻を叩いた。


「なんだ挑発か? まったく興味がわかないなぁ」


 ニーズベッグは悪い顔で笑った。


「だったら、こいつでどうだ」


 尻尾を器用に使うと、おいらのうんちをニーズベッグの口の中へ放りこんだ。


「おええええええええ! なんてもん食わせやがる!」


 やった、ニーズベッグが怒った!


 さぁてサルの本領発揮だ。どんどん逃げるぞ。おいらは洞窟から一目散に逃げ出すと、ぴょーんっと近くの木へ登った。


「ちょこまかと逃げるな! このうんちサル!」


 激怒したニーズベッグが、洞窟から出てきた…………うわっ、でけぇ! なんだこいつ、人間が乗ってるバスってやつより大きいじゃないか!


 歩くだけで地面がずしずし揺れて、木々の葉っぱが落ちていく。これだけ激しく暴れたら普通は森の動物が逃げるんだけど、誰も騒がないあたりニーズベッグが全員食べちゃったんだろう。


 なんて悪いやつだ。


「おいニーズベッグ、まさかお前腹いっぱいになっても他の動物を食べるのかよ」

「げはは。オレ様は食べることが好きなのさ」

「野生の掟は腹が減ったら食べるだぞ。腹が減ってもいないのに狩りをやるのは、どんな種族だろうとダメなんだ」

「うるさい説教するな! サルだって他の生き物を食べるだろうが!」

「腹が減ったらさ。減ってもいなけりゃ食べないよ」


 枝のしなりを利用して、遠くの木へジャンプ。がちっと硬い木の幹に抱きつくように乗り移った。


「尻から丸呑みしてやる」


 ニーズベッグが、あーんっと口を開いたまま飛んできた。


「うわっ、近い!」


 ニーズベッグの口の中がはっきり見えていた。なんでも噛み砕けそうなギザギザした歯と、なんでも舐め取りそうな赤い舌が、おいらの尻に迫っていた。なんてこった、あいつ身体が大きいだけあって、一度のジャンプで遠くまで届くみたいだ。


 おいらは、急いで木の天辺まで登って難を逃れた。


「甘いなサル。普通の動物相手の逃げ方はオレ様には通用しないぜ」


 ニーズベッグは、木の幹をバリっと齧った。たった一撃で根元がごっそり削れて、おいらが避難していた木が斜めに倒れていく。


「うそだろ!?」


 ずしーんっと木が倒れて、おいらは地面に投げ出された。あいたたた……なんてやつだ。あんな太くて硬い木を一撃で齧っちゃうなんて。


「これで終わりだな、うんちサル」


 ニーズベッグが、赤くて長い舌を伸ばしてきた。あんなのに絡め取られたら、逃げる暇もなく、ぺろりと丸呑みされてしまう。


 絶体絶命のピンチだ。


「僕だってたまにはやるんだぞ!」


 追いかけてきたペリペリが、ぺっぺっと臭いツバを吐いた。やや黄色がかったネバネバの液体が、ニーズベッグの顔にべちゃべちゃとくっついた!


「うげええええ、なんて臭さだ!」


 ニーズベッグがのたうちまわった。さすがの悪食モンスターも、アルパカのツバには耐えられなかったようだ。しかし肉をたくさん食べるだけあって臭みそのものには慣れているらしくて、森の葉っぱで顔をふきふきすると、すぐ立ち直ってしまった。


「やっぱりお前から先に食べたほうがよさそうだな」


 大きな目玉を妖しく見開くと、ペリペリを追いかけはじめた。


「ぼ、僕は森で逃げるのは得意じゃないよ」


 ペリペリは茂みをかきわけて狭い道へ逃げようとした。でも足がそこまで速くないから、すぐに追いつかれてしまう。今度はペリペリが絶体絶命のピンチだ。


「やいやいニーズベッグ、おいらと勝負しろ!」


 石ころを拾うと、ぺちぺちと顔へ投げつけてやった。顔に当たっているうちは無視されたんだけど、なぜか石ころが口の中へ入ったところで、ニーズベッグが不快感を丸出しにした。


「ええい鬱陶しいサルだ!」


 とつぜんニーズベッグは反転して、おいらを追いかけてきた。なんでいきなり怒ったんだ? あいつの逆鱗がよくわからない。


 遠くの岩場で弱点を探していたタヌ吉が叫んだ。


「様子がおかしいでやんす。顔に石を投げつけても怒らなかったのに、口の中へ石ころが入るのは嫌がっているでやんす。口の中! なんか秘密があるでやんす!」


 弱点を大きな声でいったものだから、ニーズベッグが目を血走らせた。


「タヌキの肉は臭いから後回しにしようと思ってたんだけどなぁ……!」


 今までで一番のカンシャクを起こすと、岩場ごとタヌ吉をバラバラにしようと巨体で体当たり。ニーズベッグの肩が岩場に衝突すると、塩の塊を叩いたみたいにバラバラになった。なんて威力だ。タヌ吉は無事なのか?


「ひぇっ、間一髪でやんす」


 タヌ吉は岩場から飛び降りて助かっていた。そして、ふーっと深呼吸してから、ペリペリの背中に乗った。


「ウキ助さん、弱点がわかったなら、白亜の王宮へいきやしょう。あそこには強そうな犬がたくさんいるわけですから、一緒に戦ってもらえばいいでやんす」

「そいつぁいいや。ペリペリ、頼んだぜ」

「僕、段差は得意だよ!」


 おいらもペリペリの背中に飛び乗った。あとは高山王とか犬の兵士に協力してもらって、ニーズベッグを倒すだけだ。


「逃がすものかよ。お前たちを食べちまえば、余計なことをいわれないですむからなぁ!」


 残念ながらニーズベッグのいうとおりであった。


 おいらたち三匹が白亜の王宮へたどりついて弱点を伝えるか、それともニーズベッグがおいらたちを丸呑みして口封じするか。


 二つに一つ。最後の戦いだ。

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