S・S・S

筆まめ猫ろんだ

「香り」

鼻の中でおじさんを飼っている。

誰にも話せないし、両親にだって打ち明けられない。

鼻の中のおじさんはけっこう紳士的?で、日常生活では出てこないようにしている。

ただ気になるので、着替えるときはいつでも鼻を押さえなきゃいけないし、お風呂はほとんどシャワーで済ませた。


自分がなぜ女子高生の鼻の中で暮らしているかも、彼には分からないらしい。

おじさんと言っても30代くらいだけれど、私の中ではもう立派なおじさんだ。


おじさんはたまに偉そうだ。


付き合っていた人にフラレたときも

「良かったね。その人以上に誰かを愛せるチャンスだよ」

なんて言ったりもする。


あるとき両親と寿司屋に行った。

おじさんももちろん食事をするので、食べるふりをして、少し鼻に寄せると、パッと手を出して食べ始める。

光り物(とおじさんは言っている)が好きなようで、「ゆきはちょっと変わってるかもね」なんて両親に言われながらも、サバを頼むと嬉しそうに鼻の奥で鼻を鳴らせていた。

ガリも好きらしく、ただガリ特有のちょっとした酸味が鼻にはきつくて、あまり食べさせてあげられなかった。




そして時間は過ぎて、いつの間にかおじさんはいなくなっていた。

鼻をかんだときか、いつかはもう忘れて、ただ、部屋がこんなに静かなんだと初めて知った。


またさらに年月を重ね、子を身篭り、夫が出来た。



夫が「久しぶりに寿司でも食べに行こうよ」と言った。

私も乗り気で、お腹の子に「どんな味がするんだろうねー」なんて語りかけた。


「光り物が好きなんて、ゆきは変わってるねー」と夫が言った。

あれ?どこかで聞いたようなセリフだなあ、なんて想いながらけっこうお寿司を食べた。

夫は少し酔ってきたのか付き合い始めた頃の話を初めだす。


「実はゆきの後輩と付き合ってて、フラレちゃったんだー」


「え?あの子今モデルじゃない。そのまま付き合ってればよかったのにー」


と冗談めかしに言うと


夫は少し柔らかく、まったりとした笑顔で言った。


「ううん、良かったよ。その人以上に、ゆきを愛せるチャンスを貰えたんだから。」


照れくさそうに言いながらガリを食べる夫。


私は食べていないんだけどな。



ちょっと鼻の奥が、熱くなった。

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