第九話 王妃の務め

「そうだ、ロジェくん。王妃の所に何人か女性の仲間がいたね?此度の件、彼女に報告をしておきたい。後、彼女たちにも協力を願おう」

 いつの間にか逆賊だったはずの俺の仲間に、大量の書類の中から必要な物を指示し、回収させていた王が、思い出したように此方を振り返った。人を統べるだけの技量とカリスマ性を持ち合わせるからこそ、王であるのだなと変に納得していた時の事だ。

「彼女たちに手伝いだと?」

「ああ。とても重労働で大変な仕事だが、彼女たちにしか出来ない事だ。私と共に一度寝室に戻って、彼女たちに依頼したい」

 何の話だと疑問に思いつつ、そんな重労働をさせる為に連れて来た訳ではないぞ、と文句を飲み込んで、一つ王の言う事を聞いてみる事にした。

「良いだろう。そこまで言うからには、くだらない事ではないのだろう?」

「重要な仕事だ」

 言い切った王を伴い、書庫を仲間に任せてオレたちは再び王の寝室へと戻った。肩に乗ったモーリスがオレの頭を僅かに撫でた。

 王妃はすっかり落ち着いた様子で、王から国政に不正を働く輩がいたと言う報告を淡々と聞いていた。

「そんな、まさか……あぁ、いえ、真実なのでしょう。今も、彼女たちの話を聞いていた所なの。素晴らしい機織りをする方々なのよ」

 そう言う王妃の膝には、水の民の女が織った美しい模様の膝掛けが掛かっていた。

「どんなに機織りしても一向に家庭が潤わない、手塩に掛けた織物に値が付けてもらえないと、彼女たちは話してくれたわ。こんなの、おかしいわ」

 こんなに美しい織物なのに、私は知らなかったわ、と憂いの表情を見せた王妃にも、王と同じ強い光を感じた。この夫婦は恐ろしい程に純潔で、眩しい程に正直者だ。

「今、彼の仲間たちが証拠となる書類を集めてくれている。彼らの為に、君にも腕を振るってもらいたい。彼女たちにも手伝ってもらおう。食料庫から、好きなだけ使ってくれて構わない。今日は大盤振る舞いだ」

 なんだって?食料庫から好きなだけ?つまり、それは。

「まあ、良いの?アナタ。いつもは賄いか、私たちの夜食分だけと節約しているのに」

「こんな時だからだ」

 言って王は何処か楽しげに、悪戯小僧のような無邪気さで笑った。

「ふふ。なら私も頑張るわ。ねぇ、虎の親方、貴方のお仲間は何人ほどいらっしゃるの?彼女たちと一緒に、食事を作るわ」

 度肝を抜かれるとはこの事か。スコンと頭から毒気が飛んで行くのが分かった。この王妃は、今から自分が先導して逆賊たちに飯を振る舞うと言ったのだ。あの王は、王妃に逆賊たちの飯を作れと言ったのだ。

 何と言う、器の大きさだ。

「……三十人前だ。お前ら、女王が料理に毒を入れたり、裏口から逃げ出したりしないように見張れ。何なら、手を出しても良い」

 こう言う時、オレはオレなりに一応の悪の親玉に徹していた方が良いのだろう。表現は悪いが、女たちも王妃もそれを察し「では、腕によりを掛けて作りますわ」と言って女たちは寝室を出て行った。

「ありがとう、ロジェくん」

「反逆者かも知れん相手に向かって、何の感謝だ」

「反逆者であったかも知れないが、法の番人であったかも知れない。もしかしたら、我々は友になれるかも知れない。そうだな、わたしの可愛い妻が、存分に大好きな料理が出来る場を与えてくれた事を、感謝しよう。それでどうだ?」

「……ふん」

 柔らかな視線を送る王から顔を逸らし、見上げた天井の後頭部を、肩に乗っていたモーリスがそっと撫でた。

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