第八話 王の務め

 肩に弟を乗せ、王を伴い仲間が既に居る城の書庫へと足を向ける。城の見取り図は頭の中に叩き込んであるから、道に迷う事は無い。ほぼ横に並んで歩く国王の気配は中々どうして凛として、力強さを感じさせた。


「ロジェくん、書庫まで行く間にいくつか聞いて良いかね?」

「事によりけりでは答えぬぞ」

「それで結構。君は郊外に住んでいるのだね?火の民と言う事は、鉱山の関係者か?」


 その程度は察しが付くだろう。そんな所だ、と端的に肯定する。続いて国王は「扱う主要鉱石は紅石かね?」と問うた。


「それだけの憶測が出て来るのであれば、オレが何処のロジェか分かって居ると言う風だな」

「君のその赤毛に黒の縞は珍しい。原種ともなれば、小さな国内だ……噂は耳に入る。郊外に良質な紅石を調達する鉱山の者たちが居るとは聞いている。紅石は発火性が高く、旅人が道中の必需品にするだろう。火熾しの為に一般家庭でも重宝される。国外からの需要はいつでも高い」


 良い仕事をする一派がいるのは把握している、と言った国王の目は廊下の先を見て居て伺えない。


「紅石を買い取り、国外へ輸出する。そうして財を成した我が国の構造に、欠陥があるのだろう?そうでもなければ君がこのように発起する事もなかったはずだ。国が大きくなり、私の管理が及ばない闇が出来た。身体を得た神竜様が己の背後に闇を見た。それと同じだ」


 大きな光と闇は表裏一体だ。力を得れば相応の対価が必要になる。


「国が大きくなった分の働きを怠った、私の怠慢が招いた事態だ。その補填は私が行わなければならない」


 やはり国王は何も知らぬのだ。しかし、知らぬが故に招いたこの事態を理解しようとしている。


「……王よ、恐らく貴殿も此度の件を発端に多くを失うだろう。しかし、それで国を更に良きものに押し上げる事が出来よう。オレはこの土地……国が嫌いではない」

「国を愛するが故の発起であったと、信じよう」


 獣の心が本当にそれで良いのか、と問いかける。それは王の本心か?巧みな演技をする役者ではないか。どうやって貴様を騙眩かし、生き延びようかと考えておるぞ。今にも後ろに下がり、剣を構えるかも知れんぞ。


「黙れ!」


 思わず声に出して居た。肩を震わせて国王は歩みを止め、肩に居たモーリスも飛び上がってずり落ちそうになった。反射的にモーリスの身体を支える。


「兄さん、獣が囁くの?」

「……そうだ。驚かせてすまない」


 王にも向けて謝罪すれば、ふむ、と息を吐いた。


「獣を体内に封じ、その力を借りる。しかし気を緩めれば獣が力の在りどころを問い、揺さぶるか……【契約】の力、古き王が禁忌とした理由も頷ける」


 君の魔力はその奔流が目に見える、と国王は何処か不安そうに、しかし力ある者を見る羨望の眼差しで此方を見る。


「悪かったな、書庫へ急ごう」


 時間がない、とは口にしなかった。獣の声に耳は塞げず、背後から迫る力の奔流に耐えるにも限度がある。消耗戦でしかない。【契約】の力に飲まれぬ前に、事の真相を暴き、国を変えなければならない。


「ロジェさん!」


 書庫に入ってみれば、すぐさま仲間たちの何人かが成果を手に掲げてみせた。


「日々の業務をそのままに残させる必要があった。強襲以外では隠蔽されて当然。故の発起であった。王よ、これらの資料、見れば一目瞭然であろう」


 仲間の一人が持って来た書面を手に取った王が顔を歪めた。小さく「これは」と呟き、彼は書庫の奥へと足早に進む。仲間たちが次々に積み上げる書面を所々、しかし必要なものを的確に拾い上げた。


「納税金が不正に釣り上げられている。こんな額の税は負担にしかならない……この余剰分は、まさか」

「そのまさかだ。何処の誰が首謀者か、もう検討がついたのではないか?」


 王は落胆の溜息と共に天を仰いだ。書類を掴む指先に、僅かに力が篭る。それは不正を野放しにさせてしまった己への落胆、信頼したはずの部下の裏切りに対する失望、怒り。悲しみと怒りが王の中を巡っているのが分かる。獣が、嗤うのが分かる。


 それ見ろ、アレが人の中に渦巻く黒い影、神が排除された闇の感情だ。あれはどのように胸を焦がすのであろうな、と。


『黙れ。竜神が人々から、己の背後から闇を遠ざけられたその成果、竜神を信仰する強き心の動きを見ろ』


 闇が胎動すると思われたのは瞬き程の事で、書面に視線を落とし、此方を向き直った王の目には、力強く悪を憎む炎が宿っていた。


「ロジェくん、君に感謝しよう。後は私の仕事だ。騎士団の者と共に、国政に関わる者を取り調べ、不正を働く輩を検挙しよう」


 そう告げた王の中に闇はなく、罪を憎む正義の光が輝いていた。


『なるほど、強き光だ』

『この国に潜む闇はごく僅かだ。これでこの国は真っ当な方へ動き出す』


 腹の底にどすんと安堵感が落ちて来た。国王はこの騒動の後、きっと国を良くしてくれる。それは確信的に感じられた。

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