第5話 二時間目を待ちながら(5)

 ある日。二時間目を待ちながら。


隣のクラスの千秋が心春と夏海の所にやってきました。

「ピース」

千秋はいつも無表情で挙動不審な所がありました。今のように『ピース』と言ったとしても愉快さが全く伝わりません。

「おっ、千秋やん、おはよう」

「おはよう、ちーちゃん」

夏海と心春が挨拶すると、千秋は小さく頭を下げて、突然話題を始めました。

「昨日、帰り道、ドブに落ちた」

千秋の話口調はいつも淡々としています。

「えっ、そりゃ災難やな」

夏海が言うと千秋がポケットから包まれた紙を取り出し、紙を広げました。そこに百円がありました。随分と汚れています。心春と夏海は不思議そうに、置かれた百円を見つめました。

「そこで、百円、見つけた。ラッキーだった」

「ええっ!」

心春と夏海は驚きました。

「あげる」

「いや、いらん! 千秋、いらんよ、それ!」

夏海は必死で断わりますが、千秋はスタスタと自分のクラスに戻って行っていきました。

「どないしたらええんやろ? まぁ、洗ったらきれいになるんやろうけど」

「う~ん、どうしよう?一応お金だし、ちーちゃんに返した方がいいよね?」

「持ち主は千秋やしな」

そこにまた千秋がやってきました。

「返さなくて、いい。おいしい物でも、買って」

呼び止めようとするのもつかの間、千秋はまたスタスタと教室に戻っていきました。心春と夏海は困りました。

「おいしいもの、って。まぁ、ドブに落ちとっても百円には変わりないなぁ」

心春と夏海は考えました。

「よし、決めた!」

夏海は突然大きな声を出して立ち上がりました。

「どうするの? 夏っちゃん」

「募金や! この百円を、いつか、何になるか分からんけど、役に立つ金にしたるねん!」

「そっかぁ! 夏っちゃん! すごい! かっこいい!」

心春がパチパチと手を叩くと、夏海は無駄に周囲の生徒達の注目を浴びてしまい、気恥ずかしくなりました。二人は洗面所に移動し百円を洗っていましたが、硬貨がヌメヌメいて夏海の手が滑ってしまい、

「あっ!」

きれいに転がりながら百円は排水溝の中へと流れて行きました。

「しまった!」

心春と夏海はしばらく絶句して固まりました。

「まぁ、また、千秋がどっかで拾ってくれるで」

「えっ! 『どっか』って、また溝で?」

「うん……。溝で」


二時間目開始のチャイムが鳴りました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る