第1章_第11話 燃え上がる色


松明の暖かい色が、青年の顔を灰色の夕暮れに浮かび上がらせていた。

青年の前には大勢のひとがざわめいていて、ひとはそれぞれに仮面をつけている。

そして青年の隣には、猫のモチーフに身をやつした彼の『あに』が立っていた。

「まるで聖火だね」

「そー、聖火だよ。お誕生日おめでとう、野良ってさ」

青年もまた、仮面をつけていた。短い癖っ毛が戯ける。だが、すぐにその声は温度をなくした。

「……この色が……あの人と、あの子と、オレを殺した」

「死んでないよ」

「あんたの言うことたまによくわかんない。死んだものは死んだんだよ」

そしてもう2度と息をしない。

そんな会話の隙間、彼らの松明が地に落ち、舐めるような赤が地面を舐り走った。

「さあ、幕開けだ」彼の『あに』は楽しそうに笑う。

「楽しい宴にしよう。野良猫の集会、始まり始まり」



「火事だ!」

悲鳴とも警鐘ともつかない金切り声、一瞬の後膨れ上がった炎が街並みを覆い尽くした。

「イロ!」叫んだ茜、雪白が素早く彼女に覆い被さった。全員が伏せ、刹那、爆発が起こる。

「龍さん、これは⁉︎」

角から駆け寄って来た龍巳に茜が聞くと、龍巳は汗の浮いた顔でわからないと頭を振った。雪白が彩から退くと、すぐにそばを樒が固める。そして口を最小限に開いた。

「何ヶ所かが爆破されてるのは確かだね」

「4、5ヶ所と言ったところですか。近場です」

聴力に優れた樒と雪白が素早く報告する。

「珍しーな、こんな爆破が一気にあるなんて」

「ばぁか、わざとだよ! ……龍さん、奴さん狙いはなんだ」

噛み付くように叱りつけた茜は龍巳に向き合う。

爆発の向こう、うめき声や悲鳴、怨嗟が轟いていた。本当ならば今すぐにでも飛び出したいだろうに龍巳は唇を噛み締め、そして見えない何かを睨みつける。

「何かを焼くことが目的ではない。同時多発的な陽動を狙っているんだと思う。……実はこれが今日僕が会いに来たもう1つの理由なんだ、茜くん。明らかに何らかの目的を持った犯罪グループが次々に富裕層を狙っている」

「富裕層……配給がこと行かなくなるぞ。なにやってんだ、奴らは……!」彼の大きな目に怒りが滲んだ。

「予想は後だよ。兎角、本隊はここから離れていて、まだ狙われていない商人の地区……椿邸に現れる可能性が高い」

黒百合隊は警備隊とは独立した組織である。だが、ただ1人黒百合隊に政府を介さず命令できる人間がいた。龍巳その人だ。

「警備隊の支援として椿邸に向かってくれ。救助優先、その次が捕獲だ。樒くんには情報収集をお願いしたい」

「拝命した」

間髪入れず敬礼する彼の瞳にも、それに頷く彼の瞳にも、無尽の信頼が宿っていた。

同時多発爆破の対処に向かうべく立ち去った龍巳を見送り、茜はイロに目を合わせる。

「名前、嘘だったんだね」

「そんな場合じゃねぇよ」悲しげな声だった。そしてまっすぐ彼女を見る。「酷なことを言うぜ、この絵を見捨てて風上に逃げろ」

「……これは……あたしの魂なの」

彩は顔面を蒼白にして作品を抱きしめる。その頰を茜色が照らしていて、茜は彼女の両頬を包み込んだ。そして叫ぶ。

「違う! あんたの魂はここにある。いいか、死んだらだめだ、死んだ魂はどこにもない! 俺はまたあんたにまた会いたい! だから頼む、死んでくれるな」

彼の頭には燃え上がる調度品と、茜色と赤色がちらついていた。そして汚れきった愛した人。


『汚しても汚れてもいい。生きろ』

あぁ、わかってるさ、兄貴。わかってるよ。


「俺はまたあんたの絵が見たい!」

叫ぶと、彩の目がうろつき……やがて頷いた。

「ありがとう。さあ、逃げてくれや」

「うん。……シンヤは警備隊なんだね」

「ああ。だからこの街は守るぜ」

「お願い」それから例の夕暮れの絵を手に取った。「……この絵だけ、持ってく。必ず会いに来て」


走っていく彼女を見守る最中、すぐ隣の雪白は茜の横顔を見つめていた。

それに気付いた茜が顔をあげると、雪白の口が動く。

「え? なんだって。悪いけど後にしてくれや」

「……了解」

そして踵を返す。付いて来い! と声を張る。

走りながら彼は思う。わかってる。ごめんな、聞こえてたさ。雪白。


『嘘つき』



龍巳の予想通り、狙われていたのは椿邸だった。現場に着いた彼らを出迎えたのは大量の無法者。茜がバッとマントを翻し、椿邸を指した。

「颯太! 椿邸まで走る、道を開けろ! 殺すなよ!」

「らくしょー!」

楽しげな明るい声の後、ノ風の獲物が姿を表すやいなや、立ち向かってくる男どもを一掃した。傷は綺麗に急所を外しており、茜は短く「上出来!」と称賛した。

駆け抜ければ燃え上がる豪邸。

「班長、井戸見つけました!」

樒の見つけたそれに駆け寄ると長い紐が地下に伸びている。となりにはポンプがあった。

「汲み上げる?」聞かれて答える。「いや。まどろっこしい」

ひらり、宙に舞った体は紐に沿ってまっすぐ落ちていく。水面すれすれで止まった茜は上に叫ぶ。

「布を寄越せ!」「そういうことね」

降って来た樒のタオルと自分のマントを、茜は水浸しにした。

「雪白! 上げろ!」

「了解」

たちまち地上に戻って来た茜はタオルをノ風に渡した。

「砂湯は中の救助を。音音は情報収集。颯太は救助された人の口元にこれを当てて、外まで案内してやれ。いいか、やむを得ない場合以外戦闘をするなよ。今の俺たちは警備隊の助っ人だ」

ノ風がえー⁉︎ と声を上げたが静かにの一言で黙らさ(殴ら)れる。

彼は火事の苦しさをよく知っていた。時は一刻を争うのだ。


「行け!」

「了解」

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