第1章_第8話 使ってくれるひと
この世界での来客は珍しい。
先ず互いの寝ぐらを教えるほど密な交流が出来る友人が出来ること自体まれであるし、大抵の人間は一人で生きている。
運び屋という職業もあるにはあるが、それは大抵勤務先に届けられる。因みにぼったくりな上殆どが詐欺なので、使わないことが最善だ。
友人らしき人物、には寝ぐらを教えないことが最早マナー、暗黙の了解。最も疑うべき人間ができてしまうからだ。
つまりノックの音が聞こえた場合、考えられるマトモな客は殆どない。それにも関わらず茜はノックされたドアを躊躇なく開き、
「茜くんただいま! パパだよ……!」
容赦なく閉めた。
どうして閉めるんだだの疚しいことがあるのかだのそれでも僕は君を受け入れてみせるよだのもしや反抗期⁉︎ どうなんだい茜くん! だの悲痛な叫びの後、ドアを開けてやるとそこには、175センチほどの体躯を持つ男性が立っていた。
「……龍さん。その程度で泣くなよ、みっともない」
「茜くんに嫌われたかと思った……」
大きな包みを抱え、たった今半泣きになっているこの男性こそが政府直属警備隊の隊長、龍巳なのだから世も末である。
長い長いため息の後、入ってくれやと身を引いた茜に龍巳はパッと顔を明るくした。
「ん? 誰だよ…。ですか、このヒト」
時刻は朝5時。通常来客には早い時間だが、夜明けと共に目を覚ますこの面々(一名を除く)にはさして早くもなかった。大太刀の手入れを終えたノ風がてこてこと歩いてくる。
瞬間花が咲いた。
「やあ! 君がノ風くんだね!」
「えっ」
「すごく強そうな子で僕は安心したよ、これからよろしくね」
「あの」
「……あっ、僕は龍巳!」
「お、おう」
「龍にヘビの巳で龍巳だよ。これから困ったことがもしあれば何なりと相談してほしいな!」
「り、了解!」
始まった……と茜は眉間を押さえ、おおーと感嘆符をあげたのは樒である。あのノ風が押されてる。
「紹介するぜ、ノ風」
縋り付くような目を向けられていた茜が嘆息混じりに立ち上がると、ポンと手の甲で龍巳を叩いた。
「警備隊隊長の五木龍巳。腕が確かな上に頭もいい、俺の知る限りもっとも強い人だ。もちろん心もな。
……黒百合隊とは別の隊になるが、ウチの班の面倒を見てくれてる。まあ、俺にとっちゃ親父も同然のひとだ」
「茜くん今僕感動で言葉が出ないよ」
「なんでそう龍さんは残念なの?」
「僕残念かな⁉︎」
拳を震わせて感動する彼に樒が突っ込んだ。因みに樒だが、任務のない今日は、レースをあしらったハイネックワンピースという非常に愛らしい格好をしている。だが男だ。
「な、なるほど……」ノ風は未だ詰め寄られたショックから抜け出せていないらしい。父性を擽られると夢中になってしまうのは龍巳の悪癖である。
「で、龍さん。知っての通りこいつがノ風だ。……報告書は読んでくれたかい」
途端空気が引き締まる。n児のパパから警備隊隊長に戻った彼は、深く頷いた。
「ロストテクノロジーの産物、兵器。……そんな君が今日に何故か傭兵として存在していた」
「そして、それらを作っていた工場の廃墟を隠蔽しようとしている」
引き継いだ茜は樒、と呼ぶ。
「調べはついたか」
彼はただのナイフ使いの男の娘ではない。この班唯一の諜報要員だ。
「ノ風の言う『元主人』は確かに存在してたよ。でも仲介人だった。あいつらに依頼先を聞こうと思ったら相当な金を積む羽目になるし、その時点でこの部隊がバレかねない……力になれなくてごめんね」
「つまりそうまでしてでも、あの工場に近付く人間を抹消したかったんだろう」
「それが分かっただけで上出来さ。ありがとう樒くん」
褒められた樒はそうだねと胸を張った。そして指を立てる。
「でもこれで終わりじゃないよ」
取り出したのは一枚の紙。そこには10数人の人名と1つごとに細かい書き込みがなされていた。
「ノ風の来歴。これを見ていくと、すごく短いスパンで主人を変えてることがわかる」
「……樒。あんたは最高だぜ」
「ありがと」樒では愛らしくウインクする。「で、不思議なのはノ風を雇った連中がその後、数ヶ月も経たない内に死んでるってこと。ノ風、これをやったのはお前だね?」
「そーだよ。その時の主人の命令で」
樒はじぃとノ風を見つめ、やがて目を逸らす。嘘はついてないよ。
「お前にとって」
全員が飛び上がった。声は四人の背後から。
「いたのか、雪白」
「初めから」
とんでもないインビシブルマンだぜ、と呟いた茜は、ノ風にとって、なんなんだ? と促した。
「お前にとっては」雪白は繰り返す。「最優先は今の主人……いや。『使ってくれる』主人ということですね」
「よく分かってんじゃん」
帰って来たのは快活な笑みだった。「さすが、俺と同じだけあるよな」
「あんたも兵器だもん」
雪白は黙って目を瞑る。下がっていく空気に、そうだと慌てた声をあげたのは龍巳だ。
「ノ風くんの力、僕も詳しく知りたいな。味覚と温感と痛覚がなくて、怪我が物凄く早く治るんだよね?」
一呼吸、樒が頷く。
「僕の知識じゃそれが何なのか分からないけど、わかるかもしれない人がいるんだ。今から会いに行こう」
「ってこた、あの人のところか」
心なし弾んだ声で茜が言った。ここのところ忙しかったからな。会うのは久しぶりだぜともうケープを着込み始めている。何と隣の雪白も同様である。
「ちょ、ちょっと待ってよ。どこにいくの?」
蚊帳の外のような雰囲気に樒が泡を食えば、茜が悪戯っぽく笑った。
「本守りのところへ」
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