30.「愛してる」と伝えて!突然の別離

「由香利……!!」

 ユカリオンの身体を包んでいた炎が消え、ユカリオンが目を覚ました。由香利の意識が、まどろみの中から帰ってきた瞬間だった。ユカリオンの目の前には、目にたくさんの涙をためたリオンナイトの顔があった。まるでくしゃくしゃの紙みたいな顔をしていた。

 そして、目に浮かぶ透明な涙を見て、手に入れた透き通る宝石は、リオンナイトの涙だったのだと分かった。その代わり、ペンダントからは、クリスタル・ベータが無くなっていた。

「由香利……良かった! ほら、自分のスーツを良く見て、君のスーツも、生まれ変わったんだ」

 やや興奮気味なリオンナイトの言葉に、ユカリオンは自分の身体を見回して、その違いに驚きを隠せなかった。

「私の、新しいスーツ……!」

 新しいスーツは、ユカリオンが己の力を具現化できた象徴のように感じられた。そこに、優人の力が、支えるように入っているのが感じられた。まるで優人に抱きしめられているように、ぽかぽかと暖かかった。

 ユカリオンはリオンナイトに支えられ、床に下りた。そして未だ暴れ続ける大猿に向かって、ブレードを構えた。ブレードはユカリオンの意志に応え、大猿を討つ事の出来る大剣へと姿を変えた。

「リオンナイト、私に力を貸して。このブレードに、貴方の風の力を……!」

 1人の力よりも2人の力。アルファとベータの力が重なれば、この大猿を倒す事が出来るかもしれない。ユカリオンの言葉に、リオンナイトは頷き、両腕を広げた。

突撃の嵐アサルト・ストームを、ユカリオンに!」

 青い光を伴った風が、大剣の刃へと巻きつく。刃のエネルギー波が大きく燃え盛った。ユカリオンは床を蹴った。炎のドレスとリボンがひらひらと舞うその姿は、大きく美しい鳥が、羽を広げる姿にも似ていた。

 大猿も最期の命を振り絞って、触手と腕を振り回す。それをリオンナイトがつむじ風と拘束の鎖バインド・チェーンで封じ、ユカリオンを助けた。


! !! ユカリオンッ!!」


 リオンナイトの言葉を背に、ユカリオンは大剣を大きく振りかぶって、大猿に向かって思い切り振り下ろした!

 剣から放たれたのは、まさに炎の風だった。うねりをもった炎の風が、大猿の身体を包み込み、全身がエメラルドグリーンとペールブルーがミックスされた炎に包まれた。

 悲鳴のような、泣き声のような、そんな絶叫を上げて、大猿の身体がぼろぼろと崩れていく。

 そして全てが炎で燃やし尽くされ、残ったクリスタル・ベータの欠片も、ついに耐え切れなかったのか、亀裂が入って粉々に砕けた。

「倒した……?」

 ユカリオンは空中で、ひとりごちるように呟いた。

「倒したんだ……!」

 着地したユカリオンの肩を持ちながら、リオンナイトは頷く。

 既にもう、誰の気配も、邪悪な共鳴も感じられなかった。全て倒したのだという事実が実感となって現れて、二人は手を取り合い、喜びを分かち合おうとした。しかし、未だに鳴り続けるアラート音にはっと気づくと、早田を探しに部屋を飛び出した。

「早田さんを助けて、地球に帰ろう!」

「うん!」

 二人は真っ赤に染まる廊下を走りだした。



 宇宙船の損傷は酷く、自動修復システムさえ作動しない状態になっていた。早田は部屋の中に宇宙服が無いかも調べたが見当たらず、修復は不可能な状態になっていた。

 ずずん、と大きな音がして、船がぐらりと揺れ、早田も入り口まで転がってしまった。強く頭を打ち、ふと腕を見ると、かすかに身体が透けているのが分かった。

「早田さん!!」

 その時、早田の背中で声がした。ユカリオンとリオンナイトが、早田を見つけ出したのだった。

「サルハーフとDr.チートンは倒したよ、もう、私たち以外は、この宇宙船には居ないよ! 早く、脱出を!」

 ユカリオンは戸惑う表情の早田の手をつかみ、メインコンピューター室を出た。

宇宙船は他の部屋も爆発を起こし、既にステルス機能も失いつつあった。

 このままでは、大気圏に落下し燃え尽きるか、その前に微細デブリによって破壊されるのを待つしかなかった。

「異次元ゲートへ!」

 3人は最初に足を踏み入れた部屋へと飛び込んだ。既にカプセル類は故障を起こし、煙や炎がたってめちゃくちゃになっていた。しかし奇跡的に、姿見の形をした異次元ゲートには傷がついていなかった。リオンナイトが手をかざすと、来た時と同じようにゲートが開いた。

「さあ、早田さん、入って!」

 ユカリオンが早田をゲートに誘導した瞬間、早田は激しく咳き込み、その場に崩れ落ちた。

「大丈夫!? 早田さん、しっかりして!!」

 慌てて早田の肩をつかみ問いかける。しかし、早田の身体は透けて、どんどんと柔らかくなっていった。その感触にユカリオンとリオンナイトが驚いていると、早田は苦しそうな顔をして、2人をゲートへと追いやった。



 突然の言葉に、2人は言葉を失った。最初に口を開いたのは、なんとリオンナイトだった。

「……何を言ってるんですか、貴方も一緒に帰るんですよ! 貴方は由香利の家族なんでしょう!」

 リオンナイトは、早田の事をあまり知らなかった。しかし、以前学校で、たまたま聞こえてきた由香利とめぐみの話の中に、その名前がある事は知っていた。そしてユカリオンの戦いにも、父親と共に赴いている。そんな事が出来るのは、彼女の家族の他ならないと思ったのだった。

「リオンナイト……いや、榊乃くん。今度は君が、由香利ちゃんの家族になってくれないか……」

 とんだ爆弾発言に、リオンナイト=優人は目を丸くした。横で聞いていたユカリオン=由香利も同じように目を丸くしたし、こんな時だというのに顔が赤くなってしまった。

「な、何言い出すんですか早田さんっ! 早く……!」

 早田は引きつった笑顔でユカリオンに顔を向けた。

「由香利ちゃんには、黙ってたんだけど、僕は地球じゃ長く生きられない身体なんだ。今までは薬で耐えてきたけど、もう、限界なんだよね。そろそろ人間の形も維持できなくなる……」

 初めて知る事実に、ユカリオンはいやいやとかぶりをかぶった。そんな事知らなかった。笑顔の裏側に、そんな重要な事を隠していたなんて知らなかった。

「そんな事……私、知らない! そんなの、嘘だよ早田さん、ううん、お父さんが何とかしてくれるよ、一緒に帰ろうよっ!」

「言ったでしょ、って。そのためにここにきた。宇宙船が間違って地球に落ちたり、宇宙に浮かぶ、地球の衛星やシャトルに気づかれたら、また色々迷惑かけちゃうでしょう。この技術は、闇に葬らなくっちゃ。異次元ゲートも破壊して……」

「いやだいやだいやっ! 世界中が敵になったって早田さんを守るようっ!!」

 ユカリオンはまるで子供のように駄々をこねた。涙を流しながら白衣を掴むが、そこにはもう、

 その感触にはっとして、ユカリオンは思わず力を抜いてしまった。しまった、と後悔したときには、もう遅かった。

 白衣がずりおちると、そこにはなんとも形容できない、ぐにゃぐにゃな、透明のスライムのような姿になった早田が居た。その身体はプリズムのような光を放っていて、それが眩しくてユカリオンは目を細めた。


(もう、人間としての姿も維持できない……精神感応テレパシーでごめんね。さあ、帰りなさい、君たちの星へ。最期に博士……僕の兄さんへ、愛してましたと伝えて……。榊乃くん、由香利ちゃんを、よろしくね。ああ、可愛い僕の由香利ちゃん、元気で……)


 ユカリオンとリオンナイトの脳内に、早田の最期の言葉が響いた。そして柔らかい早田の身体が、2人をゲートの中に押しやった。ユカリオンは手に白衣をつかんだままだった。リオンナイトがユカリオンの身体を守るように抱きしめた。

「早田さああああんっ!!」

 ゲートに吸い込まれながら、ユカリオン=由香利は、早田の名前を叫び続けた。

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