29.新たな輝きを抱いて!炎の最終決戦
ユカリオンたちが異次元ゲートを抜けると、宇宙船には船内異常を知らせるアラート音が、耳を劈くほどの大音量で鳴り響いていた。
ユカリオンが一歩踏み出すと、床にぬるりとした感触があった。見ればそれはサルハーフが流していた体液で、まるで目印のように床に点々と落ちているのが見えた。
大小さまざまなカプセルが置かれた部屋をユカリオンが眺めていると、早田の声がした。
「こっちだ」
リオンナイトと早田が、体液の跡を追う様にして部屋を出るよう促す。ユカリオンもその後に続いて廊下に出ると、船内はアラートランプの色で真っ赤に染まっていた。
「アラートが鳴り響いている……。何か船内で、大きな異常が起きているはず。メインコンピューターに行こう」
白衣を翻した早田を先頭にし、3人は宇宙船の廊下を走った。
早田の案内でたどり着いたのは、宇宙船のメインコンピューター室だった。壁一面にさまざまな計器やディスプレイがあるその部屋を、早田は勝手知ったるといった雰囲気で見て回った。
「まずい、宇宙船を動かすエネルギーが、ある部屋だけに集中してる! これじゃあ墜落するか、デブリバリヤーが無くなって、微細デブリとぶつかるか、どっちが早いか分からない!」
「そこは何処ですか、僕が行きます! もしかしたら、サルハーフが何か企んでいるのかも知れない」
その時、遠くのほうでキェェェェェッ、という猿の叫び声が聞こえてきた。ユカリオンとリオンナイトは顔を見合わせた。
「早田さん、ここに居てください。私、リオンナイトと一緒に、その部屋に行ってきます!」
ユカリオンとリオンナイトは踵を返し、その部屋に向かおうとした。
「待ちなさい、リオンナイト!」
早田の言葉に、リオンナイトが振り向く。そして早田は、リオンナイトの腕をぐっとつかむと、何かを握らせた。
「これを持って行きなさい。君の力になるかもしれない」
リオンナイトの手の中に在ったのは、早田のペンダント……リオンクリスタル・ベータの欠片だった。
早田のとても真剣な表情を見て、リオンナイトは力強く頷く。そして首にペンダントをつけて、ユカリオンと共に廊下へと飛び出した。
廊下へ出ると、叫び声が先ほどよりも大きく響き、今度は同時に爆発音のような大きな音がする。ユカリオンとリオンナイトは頷きあい、音のする方へ向かった。
まるでSF映画のような宇宙船の中を駆け抜け、たどり着いたドアを蹴破ると、そこは酷く大きな実験室のような場所だった。何本もの試験管が配置され、さまざまな実験道具などが乱雑に散らばっていた。そしてその部屋の奥で、紅い目が光ったのが見えた。
「あれは……サルハーフ!?」
キェェェェエッ! と凄まじい音量の猿叫が聞こえ、その姿を現したのは、部屋の天井いっぱいまである、巨大な猿の姿だった。
無数の触手が身体に巻きついたその姿はまさにサルハーフだったが、その顔は、皺くちゃの老人と、サルハーフの顔が入り混じったような、くちゃくちゃの紙のような顔をしていた。老人の顔は、おそらく生首だけだったという、Dr.チートンのものだろうとユカリオンは思った。
そして悟った。サルハーフは己が肉体を、Dr.チートンの身体へと捧げてしまったのだと。
紅い目は侵入者の2人を見ると、叫び声を上げながら腕を振り回す。既に言葉すら失った、暴走する怪物になってしまっていたのだった。
大猿の振るった腕が壁沿いの試験管を勢いよく砕いていく。中に詰められていた溶液が噴出して、ユカリオンたちの身体を濡らす。
ユカリオンはブレードを手に、リオンナイトは両手につむじ風を出現させて、大猿へと立ち向かっていった。大猿の繰り出す触手を避け、ブレードや手刀で払い落とす。しかし、そのスピードよりも、触手が増えるほうが速かった。
そのうちに、後ろから襲い来る触手を避けられず、ユカリオンの身体が拘束された。思わず上げたユカリオンの悲鳴に、リオンナイトが気づいて助けに向かおうとするが、触手がそれを阻んだ。
ユカリオンは触手から逃れようと身体全体に力をこめるが、触手はびくともしなかった。スーツの自動バリヤーが身体を守ってくれてはいたが、それも時間の問題だった。
(く、う……!)
ブレードも既に手から離れ、成す術が無い。今度こそ終わりの時が来てしまったのかと一瞬考えたその時だった。
「ユカリオン!!」
リオンナイトの声が聞こえ、ユカリオンははっと目を見開いた。
そうだ、1人で戦わせない。
そう誓った事を思い出した。瞬間、ユカリオンの心に闘志が湧き上がった。リオンナイトが居る、早田も居る、地球では父が待っている、そして、ユカリオンの中にはアルファが居た。
(アルファ! スーツにエネルギー波を纏わせて!!)
武器が無いなら自分自身が武器になればいい事だった。それはリオンナイトの『
【なんだと!? しかし、失敗すればスーツごと燃えるどころか、君の命が……! かつての、由利と同じになるぞ!】
(大丈夫だよ!! アルファさえいれば、私は大丈夫だもの!!)
根拠の無い自信だった。しかし、信じる事が重要だとユカリオンは思っていた。信じる事を諦めた時には、力は発揮できない。がむしゃらに生きる事を信じる時、アルファは……母の遺してくれた命は、ユカリオン=由香利を手助けしてくれる事を知っていた。
【……ユカリ、君が私を信じるならば、私も共に信じ、応えよう!】
(お願い、アルファ!!)
ユカリオンの胸が熱くなり、全身にその熱さを行渡らせた。身を焦がすほどの熱さ、それはやがてエメラルドグリーンの炎となってユカリオンの全身を燃やした。喉が裂けるほどの絶叫を上げ、ユカリオンはその炎を燃やし続けた。アルファは種火だった。
ユカリオン=由香利の生体エナジーは燃料だった。由香利の生体エナジーを注ぎ続ける限り、その炎は燃え盛るのだ。
そして奇跡は起きた。
エメラルドグリーンの炎が、ユカリオンを拘束した触手を溶かし始めた。大猿は突然発生した炎におののき、触手の力を弱めた。ユカリオンとリオンナイトの拘束が解け、彼らの身体が自由になった。
しかしユカリオンは既に、着地する力も残っていなかった。
炎は消えぬまま、ユカリオンはそのまま意識を失った。
意識を失ったユカリオン=由香利は、またまどろみの中に居た。しかし、そのまどろみは今までと違い、まるで身体が沈んで行くようだった。足元には真っ暗な穴があった。優人の意識の海のように、底がありそうな予感はしなかった。底なしの沼のようだった。
(あ……死んじゃうのかな……)
初めて心から、由香利はそう思った。アルファもスーツもある自分は、炎で燃え尽きるはずは無いと思っていた。
(ああ……また、誰かに甘えてる……)
由香利はまた、アルファという存在や、父親の作ってくれたスーツに甘えてしまったと後悔した。きっと私を助けてくれる。無条件の愛を信じすぎてしまった。その結果が死だった。
(お父さん、早田さん……ごめんなさい……)
謝る事しかできなかった。その想いに、応える事が出来なかった。
その時だった。
【ユカリ……由香利……】
沈んでいく由香利の目の前に、エメラルドグリーンの輝きが現れた。最初に呼びかけた声はアルファだったが、次に由香利を呼んだ声は、優しい女性の声だった。
(アルファ? ううん、誰……? でも、私は、その声を知ってるはず……)
【可愛い私の娘、由香利……】
その言葉で、由香利ははっとした。
(お、かあさん……? なんで……)
エメラルドグリーンの光は、ゆっくりと一人の女性の姿に変化した。それは、今となっては写真でしか見る事の出来ない、由香利の母――天野
【アルファの意思は、私の生体エナジーと意志で出来たもの……。ずっと、アルファとなって、貴方を見守っていました。大きくなったのね、由香利】
(でも、私……お父さんや、早田さん……お母さんの想いを、裏切ってしまった……)
由香利は深く落ち込んでいた。
――「貴方は生きるのよ」
記憶の中の母の言葉を、今の自分は裏切ってしまった。
【貴方は大きくなったわ……ちゃんと生きてくれた。ねえ、由香利、貴方は今、どうしたいの?】
(え……?)
突然の問いかけに、由香利は驚いた。
【貴方は確かに、私や重三郎、早田くんが願うように生きてくれた。でも、生きるって力は、貴方自身の意思でいくらでも変わるものよ……。貴方はどうしたいの? 貴方は、生きたいの?】
(……)
由香利は考えた。私は生きたいのだろうかと。生きた先には何が待っているのかを。
その時、まどろみの外から、誰かの声が聞こえてきた。その声も、由香利を呼んでいた。由香利の良く知っている声だった。由香利の大好きな人の声だった。
自分で見つけた、大好きな男の子の声だった。
(……お母さん、私、好きな人が出来たの)
こんな時なのに、由香利は母に、恋の話をしようとした。胸の中に秘めていた想いを、共有して欲しかった。それは、母にしか出来ないと、ずっと思っていた。
【素敵な事じゃない。そして、貴方は好きって、伝えたのね。流石、私の娘】
(お母さんも、お父さんに、好きって言ってたよね。私、知ってる)
【あら、見られてた? あはは、いいのよ。そう。貴方は知ってる。好き、っていう言葉が、どれだけの力を持っているか……】
由香利は思い出していた。好きだと伝え、そして伝わった時、目の前で笑っていた人の顔を。
(私……あの人に、会いたい。優人くんに、生きて会いたい……!)
【呼んでるわね、貴方の大切なコ。受け止めなさい、貴方への愛を】
由利が上を指差した。由香利がその先を見つめると、上から何か、きらきらと輝くものがゆっくりと落下してくるのが見えた。
【私は、アルファと共に、クリスタルの中で永遠の眠りにつきます。もう、アルファとして話をする事も出来なくなるわ。でも悲しまないで、心の中の輝きは、消えたりしない】
(お母さん……! ずっと、私を助けてくれて、ありがとう……! いっぱいお願い聞いてくれて、ありがとう……!)
由香利の目から涙がこぼれた。由利は満面の笑みを由香利に投げかけ、そしてまどろみの中に溶けるようにして、その姿を消した。
そして由香利は、ゆっくりと落下してくるものを手にした。
(透明な、クリスタル……?)
それは透き通った宝石だった。
色のついていない、生まれたての無垢な存在。それを抱きしめた瞬間、また声がした。由香利を呼ぶ、優人の声だった。透明な宝石は緑色に染まり、エメラルドグリーンの光を眩いばかりに放った。
***
「ユカリオンッ!!」
拘束の解けたリオンナイトが、燃えるユカリオンの身体を受け止める。不思議とリオンナイトには、その熱さを感じなかった。むしろ、この炎が暖かいとさえ思えるほどだった。しかし、当のユカリオンは意識を失い、スーツはまるで溶けてしまったかのように、ユカリオン=由香利は緑色の光を帯びた、一糸纏わぬ姿をしていた。
リオンナイトは、首のペンダントトップを握り締めた。
「いやだ、まだ、まだ終わってない! 目を覚ましてくれ、ユカリオン……由香利っ!!」
リオンナイトの絶叫と共に、彼の目から涙が滴った。すると、ペンダントトップのクリスタル・ベータが輝き、由香利の胸に吸い込まれていった。
すると、由香利の光が変化を始めた。まるで燃料が投下されたように、エメラルドグリーンの炎が由香利の身体を包んだのだ。
黒いボディスーツが由香利の身体にぴったりくっつき、頭から耳、胸、腕、足元にプロテクターが現れた。そして、炎がまるでドレスのような形に変化し、腰の後ろに大きなリボンが現れる。
新しいスーツが、ユカリオンの身体に装着されていた。
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