28.一緒になれば良かったノ……サルハーフの悪あがき

 ユカリオンはよろよろと歩くリオンナイトに駆け寄り、その肩を支えた。そして二人は顔を見合わせて、ふっと笑みをこぼす。そんな二人に、重三郎は驚きと喜びがミックスされたような、不思議な表情をして近づいてきた。

「君は、もしかして、ロスト・ワンだった……榊乃くんかい。その力は、リオンクリスタル・ベータの力なのかい。ああ、すごい、なんていう事だ。自分でスーツを作り出す事が出来るだなんて!!」

 近寄ってきた重三郎はうわごとのように呟きながら、リオンナイトの鎧を恐る恐る触り始めた。好奇心の塊からくる重三郎の行動に、リオンナイトは言葉を忘れ、呆然としていた。一瞬だけ身体を避けるように身じろぎしたが、重三郎のあまりにも好奇心丸出しの表情に、次第に身じろぎすら忘れてしまっていた。

「お父さん、やめてよ、リオンナイトが……優人くんが困ってる」

 ユカリオンは恥ずかしさで顔を真っ赤にさせて、リオンナイトにべたべたまとわりつく重三郎の首根っこを掴んだ。はたと正気にもどった重三郎は、わざとらしい咳払いをして、リオンナイトから手を離す。

「こ、好奇心は誰にも、止められないのだ!」

 一瞬にして雰囲気が和らいだその時だった。爆発が起きた瓦礫の山が、ガラガラと音を立てた。

「オノレ……おろかな人間ドモ……メ……」

 はっとして振り向くと、底には身体中からどす黒い体液を流しながら立ち上がるサルハーフの姿があった。まだ戦う気力があったのかと驚いていると、サルハーフはぱちんと弱弱しいながらも指を鳴らし、禍々しい紫色の空間――異次元ゲートを開いた。

「今に思い知らせてやルワ……!!」

 そういい残し、異次元ゲートをもぐって逃走する。追いかけようとユカリオンが駆け出したその瞬間、ゲートは閉じた。

「あいつ、何処へ行ったの、何をするつもりなの……!」

 あんなに傷ついてまで何を成し遂げようというのだろうか、ユカリオンには嫌な予感しかしなかった。あの、邪悪の権化のような存在が、尻尾を巻いて逃げるだけではないと思ったのだ。

 その時だった。リオンナイトがマントを翻し、宙へ浮かんだ。その横顔には、決意が込められていた。

「何処へ行くの!」

「……サルハーフの人形だった僕は知ってるんだ。彼らの宇宙船の中にある、宇宙侵略者、Dr.チートンの生首は、まだ生きている事を。僕はその新しい肉体のために、ロスト・ワンへ変身させられた。だから、僕は後始末をつけに行かなくちゃいけない」

「まさか、君、宇宙船まで行くつもりか? しかしどうやって!」

「僕にはまだ、ロスト・ワンの能力が残されています。ベータの力で異次元ゲートも開ける。後は僕の戦いなんです。貴方たちを、由香利を、巻き込むわけにはいきません」

 リオンナイトは後ろを向いたまま、空中に向かって手をかざす。すると、異次元ゲートが小さいながらも開かれた。そしてそのゲートに己が身を投じようとした瞬間だった。

「待って!」

 ユカリオンがリオンナイトの背中に声を投げる。すると、リオンナイトはゲートへ踏み入れる足を止めた。

「私も、初めて異次元モンスターとの戦いに行く時、貴方と同じ事を思った。狙われているのは私。だからお父さんたちを巻き込みたくないって。でもお父さんと早田さんは、私の戦いを『家族の戦い』だって言ってくれた。そのほうがとっても勇気が出た。今度は私が貴方を1人にしない、1人で戦わせない! 私も一緒に連れて行って……お願い」

 リオンナイトは黙っていた。それは最初に出会った時のようでもあった。何も答えが返ってこない、そんな沈黙に近かった。しかしそれでもユカリオンは手を伸ばして、返事を待った。


「……僕は、君の『お願い』には、弱いんだ」


 リオンナイトがマントを翻し、振り返った。その顔には、困ったような微笑が浮かんでいた。そして、ユカリオンの伸ばした右手を取ろうとした、その瞬間だった。

「待ってくれ。それなら僕も一緒に行こう。リオンクリスタルを地球に持ち込んだのは僕だ。後始末をつけるなら、僕も一緒に連れて行ってくれ。心配は要らない、僕は宇宙人なんだ」

 早田が口を挟んだ。早田は真っ直ぐリオンナイトの目を見つめていた。リオンナイトはそれを見て、突然の申し出にもかかわらず、存外素直に頷いた。

「よーし! 早田、お前が行くなら僕も」

 重三郎も手に持ったアタッシュケースを抱えて、意気揚々とした顔をしたが、それを早田が肩を押す形で遠ざけた。

「いえ、博士は留守番です」

 にこり、といつもの笑みを浮かべて、重三郎の動きを封じた。

「なにぃ!? そんな馬鹿な事を言うな、僕だって家族だ! 戦える!」

「宇宙空間ですよ? リオンナイトやユカリオンはともかく、宇宙空間に適応できない貴方を連れて行くわけにはいきません。それに、帰ってくる場所が無いといけませんから」

「お前だって同じだろ!」

「貴方は一家の大黒柱なんです。それが居なくなったらどうするんですか。全く、駄々をこねないでください、!」

 早田の身体が透明になった。暴れる重三郎の額に人差し指を当てると、一瞬白い光が指先から走り、重三郎は目を白黒させた。

「なに……した……はや……」

 重三郎の身体は、力が抜けたように地面にひざまずく。うとうとと頭を揺らして、今にも眠りに落ちそうな重三郎は、振り絞るように早田への文句を言った。

「ちょっと眠ってもらうだけです。忘れたんですか、僕は異星人。地球人の神経コントロールくらい、指1本の芸当ですよ……」

「この……やろ……」

 ついに力尽きた重三郎の身体が倒れ、豪快ないびきが聞こえてきた。ユカリオンはその様子をあっけにとられて眺めていた。

 しかし少し考えて、自分でも同じ事をしたと思った。いくら天才科学者の父であっても、あくまで重三郎は生身の人間だった。

「さあ、行きましょうか」

 早田が促すと、リオンナイトはユカリオンと早田の足元につむじ風を起こし、2人の身体を空中に浮かばせた。そして3人は肩を並べて、異次元ゲートへと足を踏み入れる。

 その時、早田が小さく何かを呟いた。

(……?)

 ユカリオンの耳には、何を言っているのか聞き取れなかったが、リオンナイトだけが、その言葉に眉をひそめた。そして、異次元ゲートの紫色のもやが、3人の顔も姿もすっかり覆ってしまった。



***



 ゲートを通り宇宙船に戻ったサルハーフは、身体から体液をぼとぼとと流したまま、壁に寄りかかるようにして、ある部屋へ向かっていた。リオンナイトから受けたダメージは大きく、サルハーフの命は風前の灯に等しかった。

 しかし、サルハーフの口元には笑みが浮かんでいる。目を紅く爛々と光らせるその形相は、まるで狂人ならぬ狂猿であった。

「……そうヨ、そうなのヨ……。もう、……ホホホ、ホホホホホッ」

 うわ言を呟きながらたどり着いた先のドアを開けて、よろよろと中へ入り込む。見上げると、そこには大きな円筒があり、溶液に満たされたその中には老人の首――Dr.チートンの首が浮いているのが見えた。

「ハアア……愛しい、マイ・マスター。今、貴方を復活させてみせますワ」

 クリスタルも、ロスト・ワンの肉体も無いのに、サルハーフは何故、そんな事を言っているのだろうか?

 しかしサルハーフは自分の発言に何ら疑問を抱く様子はなかった。そして触手を放ち、なんと生首が浮かぶ円筒を壊してしまった。

 破損された事によって、宇宙船全体に緊急事態用の赤いランプが点滅し、アラート音が煩く響き渡る。しかしそれを気にする事なく、サルハーフはずるずると床を這いずり、無残に転がった生首へたどり着くと、それをしっかりと胸に抱いた。

「ああ、今度は、アテクシが、貴方を助ける番デス……」

 まるで子供を抱くような、恐ろしく優しい声音で囁くと、サルハーフは部屋を這いずる様に出て、目的の場所へと向かった。



 サルハーフは、異次元モンスターとして目覚めるまで、とある国の研究施設で実験用の猿として飼われていた。

 そこでは決して表舞台に出てくる事の無い研究が日夜行われ、サルハーフになる前の彼は、毎日そこで白衣の研究員を見て過ごしていた。

 他にもサルハーフと同じような仲間が何匹かいて、日に日にその数は少なくなっていった。サルハーフは、いつか自分も白衣の研究員に抱きかかえられ、

 その為にオリの中でたくさん愛嬌を振りまき、いつも研究員から目を離さなかった。しかし、サルハーフが選ばれる事はなく、日々が過ぎていった。

 ある日、白衣の研究員が居なくなった。えさも運ばれる事もなく、それでもサルハーフは自分が選ばれるのを待った。毎日待った。しかし誰も来なかった。

 研究所が閉鎖され、様々な理由があって誰の手に渡る事もなく放置されてしまった事を、サルハーフは知る由もなかった。

 そんな中で、やっとサルハーフは気づいた。のだという事に。

 酷い悲しみをサルハーフが襲った。そして爪から血が出るほど檻を叩き、全ての憎しみをたたきつけた。こんな世界が壊れればいいと本当に思ったそんな時、ふっと目の前に白衣の老人が現れた。



 。待ち望んだその言葉が、サルハーフに生きる気力を与えた。

 そして檻が開いた。サルハーフは白衣の老人――Dr.チートンの胸に抱きかかえられ、朽ちた研究所を出た。そして、チートンに選ばれた存在として、リオンクリスタル・ベータの欠片と融合され、新しい生物、異次元モンスターのサルハーフとして生まれ変わったのだった。


 サルハーフは昔の事を思い出しながら、実験室にたどり着いた。たくさんの試験管が並ぶ場所。ここは、サルハーフたち異次元モンスターが生まれた場所でもあった。

 サルハーフは腕に生首を抱えたまま、部屋の奥にあるスイッチを押した。すると、壁が開き、3つの大きな試験管が現れた。 

 次元転送を利用して、新たな命を生み出す、Dr.チートン最大の発明品――異次元モンスター製造装置。

「そうよ……アテクシが、マスターの身体と、一緒になれば良かったんだワ……」

 きっかけは皮肉にも、リオンナイトの言葉にあった。

 まるでその言葉は天啓に近かった。クリスタルを奪えない事はもう分かりきっていたし、ロスト・ワンも消えてしまった。そんな状況で見つけた唯一の希望だった。

 自分の体液で汚れたチートンの生首を右端のカプセルに入れ、蓋を閉める。そして部屋に残っていたフェイク・クリスタル・ベータの欠片をありったけ口に押し込み、噛み砕いた。

 真ん中の操作パネルで、モンスター融合のためのセッティングを開始した。しかし、融合には、莫大な量のエネルギーが必要だった。サルハーフは一瞬だけ焦ったが、直ぐに解決策を思いついた。

「この宇宙船の動力を使えばイイノヨ……! 生まれ変わったマスターなら、宇宙船を盾にして、地球に降り立つ事だって可能だワ……そうよ、きっとソウヨ!」

 半ば妄信といってもいいほどの結論ではあった。大気圏で燃え尽きる可能性も、微細デブリで即死する可能性も、まったく考えていなかった。しかし彼は、それすらをも凌駕する存在になれると思っていたのだ。

 タイマーを設定すると、サルハーフはよろめきながら、左端のカプセルに入り込んだ。ビーッ、と激しい音がなり、タイマーが装置作動までのカウントダウンをし始める。

 カウントダウンを聞く中で、サルハーフは強く思った。

「今度はアテクシが、マスターを生まれ変わらせるノ。愛しています、マイ・マスター。そして、あのにっくき地球を、一緒に支配シマショウ……」

 カウントダウンの数字がゼロになり、製造装置が作動した。そして、Dr.チートンとサルハーフが融合し、真ん中の試験管に新しい命が誕生する。

 紫色の禍々しい光に包まれて、大きなシルエットが浮かび上がった。

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