27.過去を乗り越えて!リオンナイト誕生
(私……?)
見渡せば、いつの間にか周りは光る破片ばかりで、その全てに由香利の姿が映っていた。
初めて声をかけたときの由香利、毎朝声をかける由香利、恩と談笑する由香利、体育で跳び箱をうまく飛べない由香利、図書室で本を読む由香利――。
そして全ての破片に、そんな由香利を愛おしむ優人が居た。
そんな中で、大きく輝く破片があった。
見るのが少しだけ怖かった。だけど、好奇心に負けてのぞき込んだ。
破片の中は雨だった。そしてタオルハンカチで優人の髪を拭く由香利がいた。
(ああ……これは、あの日だ……)
自分のした事が否定されたと思った日だった。すべて無駄な事だったのかと悲しんだ日だった。だけど同時に、信じてみようと思った日でもあった。
そして、破片の中の優人は、涙を流しながら、安らいだ顔をしていた。まるで母の愛情を受けた時の子供のような、父に認められた子供のような顔をしていた。
(……!)
由香利の目から涙が溢れ出した。決して
すると、暗い海の底のような場所にたどり着いた。そこに、背を丸めてうずくまる優人の姿があった。由香利はゆっくりと近づき、彼の右隣に座った。頭上には優人の記憶が、きらきらと輝いていた。
「覚えててくれたんだ、私の事。しかも、あんなにたくさん」
由香利が話し始めると、優人が顔を上げた。
「なんか、照れくさいな。でも、嬉しい」
由香利からは自然に笑顔がこぼれた。優人の意識の海に、たくさんの自分に関する記憶があったのは驚きであり、気恥ずかしさもあったが、その先にあったのは単純な嬉しさだった。
ふと由香利と優人の視線が合った。優人の目は、禍々しい紫色ではなく、あの綺麗な琥珀色をしていた。そして、いつもの無表情の頬に、少しだけ赤みが差している。 しかし、優人はすぐに由香利から顔を背けると、膝小僧を眺めながら、とつとつと言葉をつむぎ始めた。
「……父さんも、母さんも、兄さんも、僕が居なくなればいいって思ってた。クラスのみんなだって、そう思ってる。そんな時、サルハーフの声が聞こえてきた。ロスト・ワンの力を使えば、サルハーフの優しい、甘い声が僕を誉めてくれた。可愛い子供だっていってくれた。嬉しかったんだ。だから、この世界に居たくないって思った。だったら、本当の怪物……ロスト・ワン……つまり『忘れ去られた
ロスト・ワン、忘れ去られた子供。気配が感じられない、姿を消す彼の能力そのものが、彼の名前でもあった。
「……でも、天野さんだけが、僕のことを見てくれた。すごく、嬉しかった。でも、怖かった。いつか、父さんみたいに離れてしまったり、母さんみたいに酷い事を言うのかと思うと恐ろしかった。君に、そんな事されたくなかった」
由香利は父の言葉を思い出していた――「好きな人に裏切られたくない」
「ロスト・ワンになって君を……ユカリオンを襲った時、君の生体エナジーが、とても暖かかった。サルハーフが誉めてくれる言葉よりも暖かかった。だから苦しかった。忘れたかったのに忘れられなかったんだ、その暖かさが……」
優人の目が潤んでいた。しかし、唇を噛み、体を震わせ、泣く事を耐えていた。
それを見た由香利の胸は、締め付けられるように痛かった。
「……ねえ、泣いてもいいんだよ。泣きたい時に泣いて、嬉しい時に笑って、怒りたい時に怒っていいんだよ。嫌な事は無理に思い出さなくてもいいし、かといって良い事まで忘れなくたって……自分の事すら忘れなくたって、いいんだよ。んん、なんか、上手く言えないんだけど……」
由香利は必死に言葉を探した。どう話せば優人に伝わるのだろうか。どうしたら、彼に、忘れ去られてなどいないと伝わるのだろうか。
「でも、もし忘れたかったら忘れてもいい、そしたら私が今の優人くんと同じくらい……ううん、優人くんよりもたっくさん、優人くんの事を覚えておくから」
由香利は優人の手を取り、そして握り締めた。
やっと掴めたその手は暖かくて、やっぱり居心地が良かった。心穏やかになれる、優しい場所だった。父とも早田とも
「私、優人くんの事が大好きだから。ロスト・ワンになってた時だって、かまいたちは身体に傷を残していなかった。そんな優しい貴方が好き」
由香利の2度目の告白に、優人は顔を真っ赤にした。信じられない、という驚きの表情と、そんな事はない、という疑いの表情が交互に現れ、しかし最後には目を閉じて、全てを受け入れるといった表情になり、頬に涙が流れた。
「……僕も、君が好きだ、由香利」
優人が由香利の手を握り返した。どくん、と胸が一緒に高鳴った。今までの痛みを伴う共鳴とは全く違っていた。
そして、2人が手を重ねた中に、あのカマセイヌのクリスタル・ベータの欠片が現れた。穏やかな青い光を抱いたその欠片が、優人の方に行きたがっているようにも感じ、由香利は優人にそれを差し出した。
優人は、差し出された欠片を胸にそっと抱いた。
「……カマセイヌも、僕と同じようなからっぽの心を持っているみたいだ。僕は、カマセイヌが他人とは、思えない」
すると、優人の胸の中で、紫色の光を放っていたクリスタルが、ゆっくりとペールブルーの光に変化した。それは、まるで台風の後の、すっきりとした青空の色にも似ていた。
「僕のクリスタルはニセモノ。でも、今のクリスタルは、ちょっと違う気がする。これは、僕の命そのもののように感じるんだ」
優人は胸に手を宛がう。その口調には、今までの優人とは違い、ほんの少しだけ、自信と期待が混じっていた。
【なんと……フェイク・クリスタル・ベータが、彼の生体エナジーとベータの欠片で本物になったという事か!】
邪悪な力を持った存在が、生体エナジーと欠片で生まれ変わった事実に、アルファが驚嘆する。由香利もその青色の光を見て、同じように驚いた。
「私も、胸にクリスタルがあるんだよ。大切な人からもらった、暖かい力。大事な人たちを守れる力が」
「僕の力も、誰かを守れるのかな」
「守れるよ、優人くんなら」
ふと、由香利は思った。もう、優人はロスト・ワンではなかった。それならば、新しい名前が必要だった。
「――そうだ、新しい名前を、教えて。ロスト・ワンじゃない、新しい名前を」
由香利の問いかけに、優人は少しだけ思案して、そして口を開いた。
「……リオンナイト。それが僕の、新しい名前だ」
図書室で聞いた、あの、驚くほど優しい声音で、優人は言った。それを聞いた由香利は思った。これが本当の優人だったのだと。
2人は立ち上がり、手を握ったまま向き合って、お互いの額を寄せた。そして、この意識の海から出るために、上昇し始めた。
意識の海から浮かび上がった2人は、気づくとエメラルドグリーンの球体の中に立っていた。そして球体が弾けるように消え去ると、駆けつけた重三郎と早田が、由香利の姿を見て安堵した表情を浮かべる。
そしてまだ夜の闇が残る空には、歯をむき出しにして怒りの表情を見せたサルハーフの姿があった。
「ロスト・ワン、何故、変身を解いているノ……!」
元の姿に戻った優人を見て、サルハーフは低い声で怒りを表した。そして、フェイク・クリスタル・ベータの邪悪な気配を感じない事に気づき、はっと息を呑んだ。
優人は由香利と左手を繋いだまま、空を見上げる。優人が由香利の手をさらに強く握る。
「僕はもう、あなたのあやつり人形ではない!」
優人は強い意思のこもった声で断言した。
「この……!!」
サルハーフの身体が、紫色の生体エナジーで燃えるように包まれた。まるでそれは怒りの炎のようだった。
「よくも、よくもアテクシをコケにしてくれたワネ!」
全身をクリスタル・ベータの邪悪な気で満たしたサルハーフは、由香利たちに向かって弾丸のように下降する。しかし襲いかかるサルハーフに怯む事なく、由香利と優人は声も高らかに叫んだ。
「超絶、変身!」
由香利の身体をエメラルドグリーンの光が、優人の身体をペールブルーの光が包む。由香利の姿がユカリオンへ、そして優人の姿は、かすかに青みがかった色の西洋鎧を纏う、さながら騎士の格好をした青年に変化した。
薄い青色のマントが、夜空にひらひらと舞う。
「リオンナイト、それが僕の、新しい名前だ!」
「小賢しイ!」
リオンナイトが右手をかざすと、手の前にひゅうと風が渦巻いた。そして、サルハーフの腕を、風の盾で防御した。サルハーフの腕が、風に弾き飛ばされ、あらぬ方向へ曲がる。苦悶の表情を浮かべるサルハーフが着地すると、手にブレードを持ったユカリオンが突進した。
しかし、サルハーフは全身の触手を巧みに動かし、ユカリオンの剣撃を防ぐ。リオン粒子の光が、空中に散った。
「アテクシに勝テると思っているのカシラ!? アナタたちからどちらのクリスタルも奪ってみせるワ! 愛しいマイ・マスターのために!! そしてこの星を支配するノ! アテクシたちだけの楽園にするのヨ!!」
「そんな事、させない!!」
刃と硬化した触手をぶつかり合わせながら、サルハーフとユカリオンの激しい攻防戦が起こる。
「じゃあかしいッ! ギャアギャア煩い小娘がッ! アテクシはなんとしてもあの方を復活させるのヨォオオオッ!! アルファを寄越せッ!!」
サルハーフは、顔の半分を覆う仮面が割れんばかりの怒声を響かせながら、無数の触手を網のようにして盾にする。ブレードが大きくはじかれると、サルハーフはいったん触手を収めた。
そして、長い手足をウォーミングアップするように振るい、にやりと口をゆがませた。
「アナタの心臓を抉ってアゲル、ユカリオン」
ドスの効いたオネエ言葉が、ユカリオンに向かって放たれたその時だった。青色のマントを閃かせ、リオンナイトがユカリオンを守るように立ちふさがった。
サルハーフの顔が一瞬怒りにゆがんだが、目だけはそのままに笑みを浮かべた。
「ああ、何故ママに反抗したの坊や。アナタの事を誉めてあげられるのはアテクシだけだったのニ」
甘ったるい囁きだった。まるで駄々をこねる子供を、お菓子を与えて宥める事しか知らない母の口調だった。
リオンナイトは、サルハーフに一瞬だけ悲哀のこもったような視線を送った。
「あなたは確かに僕の母だった。僕を誉めてくれた母だった。しかしその言葉は、僕の
リオンナイトは両手につむじ風を纏わせ、手刀の形を取った。そして雄たけびを上げながら、リオンナイトはサルハーフへと、ベータの力を纏わせた手刀を振るった。 サルハーフは身体をくねらせ、まさに猿のように両腕で頭を掻き、首を振りきょろきょろと辺りを見回した。そして、リオンナイトの手刀を、引っかくようにして薙ぎ払う。
中国武術の一種である、猿をモチーフとした
長い足を大きく広げ、回転しながらの蹴りを避けられず、リオンナイトの身体がぽんぽんと宙を舞い、激しく蹴り飛ばされた。がはっと唾液と共に苦痛の声が漏れる。
しかしリオンナイトは諦めていなかった。空中の風を味方につけ、つむじ風で足場を作り、ステップを踏むかのように空から駆け下りてきたのだった。
「つむじ風! 僕の姿を隠せ!」
リオンナイトが叫び、身体がつむじ風で覆い隠された。そして完全に姿が消え、きょろきょろとサルハーフが辺りを見渡し、リオンナイトの姿を探す。サルハーフの周りには、どれも同じようなつむじ風が、かく乱するように存在していた。
「ここかッ!」
サルハーフの長い腕が如意棒のように伸び、つむじ風の一つをかき消す。しかし、腕はむなしく風を切っただけだった。
「僕はここだよ」
辺り一体のつむじ風が消えた。サルハーフが声のする頭上を見上げると、そこにはつむじ風を纏ったリオンナイトが浮かんでいた。そして左腕を振るい、ロスト・ワンだった頃の力の名残――
「これは、あなたがくれた力」
左腕を引っ張らせ、鎖をじゃらりと鳴らす。そして、リオンナイトの身体が青色に発光し、マントが鳥の羽のように広がった。
「僕自身が風になる。――
そしてリオンナイトは、己の身体に光を纏わせ、サルハーフへと向かって落下させた。リオンナイトを注視していたサルハーフは、何か天啓を受けたように目を見開いた。
しかしリオンナイトはそれにかまう事なく、左腕でサルハーフの動きを封じながら、真っ直ぐに瓦礫の山へ落ち、そして爆ぜた。その様子はまるで特攻のようでもあった。しかしそれは死へと向かうものではなく、次へ進むための光だった。
青と紫の光がグラデーションを作りながら爆発し、サルハーフの絶叫がこだました。
「リオンナイト!」
爆発に向かってユカリオンが叫ぶ。
砂埃の中で最初に姿を現したのは、仄かに青色の光を放つ、リオンナイトの姿だった。
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