26.お願い、伝わって!由香利、愛の告白

(そんな事させない!)

 ユカリオンは手にブレードを呼び出し、柄を強く握り締める。ユカリオンを狙って伸びた鉄の爪とぶつかった。爪を折る勢いで押し戻し、その間にも蹴りを入れ続けた。

 一旦、爪とブレードを離し、切りつけると見せかけて、ユカリオンは柄を握った拳で顔面を砕く勢いで叩いた。カマセイヌの黒い鼻がごきりと折れる音がして、蛙のつぶれたような悲鳴が上がった。

ざわり、とカマセイヌの体毛が怒りによって逆立ち、獣の大きな手がユカリオンの腕をつかむと、恐ろしく強い力で横方向に吹っ飛ばされ、瓦礫の山に衝突した。

 瓦礫に投げ出された四肢に力を入れて、ユカリオンは起き上がる。起き上がって瞬きをする暇もなくカマセイヌが至近距離に現れ、大きな拳がユカリオンの頬を直撃する。イヤーパーツがその衝撃に耐えられず、砕けた。砕けた破片がユカリオンの口元を切り、血の味が口の中に広がった。

「鼻がひん曲がった……ハ、ハ、これだよ、これなんだよ。!」

 ユカリオンに折られた鼻を触り、カマセイヌは陶酔にも似た声音でつぶやく。お互い口の中の異物をぶっと吐き出した。

 ユカリオンが次に呼び出したのは双剣で、剣舞のごとく踊りながらカマセイヌに斬りかかる。鉄の爪と刃が重なる。幾度も剣撃を重ね合いながら、まるでお互いダンスを踊っているかのような、妙な呼吸の同調を感じていた。

 今度は双剣をフラッグに変え、光の旗をはためかせ、カマセイヌを翻弄する。鉄の爪でも破れない光の旗が、カマセイヌの体をなぎ倒す。

 そしてフラッグを2本同時に、腹めがけて突いた。

 カマセイヌの身体に触れた瞬間、1本のブレードに変化させ、そのまま貫いた。

 暖めたナイフがケーキに突き刺さるように、ブレードはするりとカマセイヌの身体を串刺しにした。ユカリオンの頬をカマセイヌのゴワゴワとした体毛がくすぐった。

 ぐふっ、とカマセイヌの口からうめき声が聞こえた。最後まで鉄の爪でユカリオンを切りつけようと腕が動く。しかし、その腕は虚空を切るのみだった。

 ユカリオンがブレードを引き抜くと、カマセイヌの身体がエメラルドグリーンの炎に包まれた。カマセイヌは炎の中で、ひどく満足げな顔をしていた。


「おい、ユカリオン、冥土のみやげに教えてやる。調


 脅すような口調ではなかった。今際いまわきわに、彼なりの誠意が感じられるようだった。あれだけ暴虐の限りを尽くしたというのに、とても不思議な気分ではあった。だからこそ、カマセイヌの告げた真実が、ユカリオンへ重くのしかかった。

「そんな……! Dr.チートンが、榊乃くんの身体を乗っ取ろうだなんて!」 

「俺は嘘はつかねえ……ああ、初めてだ……こんな、気持ちは。イライラしねえってのは、こういう、事かよ……けっ……」

 炎がカマセイヌの身体を燃やし尽くす。そして、最後に残ったクリスタル・ベータの欠片を、ユカリオンは手のひらに乗せた。そして、逝ったカマセイヌへの微かな哀悼を込めながら、腰の小物入れにしまう。

 そして、顔を上げ、能面のような顔で様子をうかがっていたサルハーフを鋭く睨んだ。

 ふつふつとユカリオンの心に、怒りが沸いた。

 人の心につけいり、あまつさえその身を別の人間のものにしようとする非道なサルハーフへの怒りは、今までの異次元モンスターに感じたものよりも、何倍も大きいものになった。

「榊乃くんを返してえっ!!」

 ユカリオンは怒りに身を任せ、瓦礫の山を駈け上り、強くジャンプをし、ブレードをふるってサルハーフへと切りかかった。

 しかしその瞬間、ユカリオンの目の前に現れたのは、両腕を広げ、サルハーフを守るようにその身をさらしたロスト・ワンだった。

「っ!!」

 ロスト・ワンのゴーグルにぎりぎり触れるくらいで、ユカリオンはブレードをそらす事ができた。ゴーグルに亀裂が入り、顔があらわになる。紫色の怪しい光をたたえた瞳と、死んだように無表情なロスト・ワン=成長した優人の顔を見ながら、ユカリオンは力なく地上へと落下する。

(どうして!?)

「ほほほほっ!! 彼はもうアナタの知るサカキノなんとかじゃあないワ! ロスト・ワン、ユカリオンから、クリスタル・アルファを奪いなさイ!!」

 落下するユカリオンをロスト・ワンが追って落ちてきた。ユカリオンにはもう抵抗する気力が残っていなかった。カマセイヌから受けたダメージも大きかった。

 しかしそれ以上に、。ユカリオンの身体に拘束の鎖バインド・チェーンが巻き付き、自由を奪われたまま地面に叩き付けられた。

 仰向けになったユカリオンの目の前にはロスト・ワンが押し倒すように覆い被さる。ユカリオンの全身から身体の力が抜けていく。もう、変身を維持する力が残りわずかしかない事が分かったユカリオンは、自らその変身を解いた。

【何をしているユカリ! 死ぬつもりか!?】

「私の事、忘れちゃったの……?」

 ユカリオンから12歳の天野由香利に戻り、ロスト・ワンへ、か細い声で問いかけた。

 ロスト・ワンの顔が近かった。初めて近くでその顔をみた。青年の顔つきをしていたけれど、それは紛れもなく優人の顔だった。

「私は、貴方の事、忘れてないよ……榊乃くん、ううん、

 初めて名前で呼んだ。このままだと最期まで名前で呼ぶ事はないかもしれない。そう思ったからだった。変身を解いたのも、ユカリオンよりも、天野由香利として伝えたい事があったからだった。

 由香利の今の気持ちは、諦めにも近いものがあった。しかし、ほんの少しだけ、最期に残った希望を信じて、由香利は押さえつけられた上半身を、ぷるぷるとふるわせながら浮き上がらせた。

 由香利の胸のリオンチェンジャーが緑色の光を放つ。それに気づいたロスト・ワンの手が伸びる。

「私、やっと気づいたんだ。優人くん、私――」

 思い出したのだ。男の人に好きを伝えるときにどうすればいいのか。遙か昔、母が父にそれをしたところを見た事があった。父はとても照れくさそうだったけど、とっても幸せそうだったし、母はとても満足そうな顔をして、父の胸の中で笑っていた。

(笑ってくれなくてもいい、こっちを向いてくれなくてもいい。でも、遠くに行くのを黙って見ているなんて出来ない……あぁ、これが、恋なんだね)



 ロスト・ワンの指がリオンチェンジャーにふれるのと同時に、由香利は目を閉じ、ロスト・ワンの唇に、自分の唇を押しつけた。

「――!?」

 かすかにロスト・ワンの身体が身じろぎをした。冷たかったロスト・ワンの唇が、熱を分け合って、じんわりと暖かくなっていくのを、由香利は感じた。

 由香利が口づけをした瞬間、リオンチェンジャーからエメラルドグリーンの光が溢れ出した。溢れ出た光は球体になり、2人の身体を閉じこめてしまった。




 由香利は生まれたままの姿で、まどろみの中にいた。しかしそこは、自分のまどろみではなく、別の場所のようだった。

(ここは、どこ?)

【ユカリ、ここはロスト・ワンの――榊乃優人のだ】

 由香利はアルファの声に安心を覚えた。それはつまり、まだ自分が死んではいないという事と、同じ事だったからだ。

(優人くんの、意識の海?)

【君で言うまどろみだ。ユカリの想いの強さと、唇に触れた事で、彼の意識の海に入り込めたようだ】

 由香利は、海の中を泳ぐようにしてさまよった。そうしていると、由香利の横を、ガラスの破片のようなものがたくさん浮いている事に気がついた。

 のぞき込むと、そこには父親と兄から離ればなれになった時、本当は泣きたかった優人の姿があった。

 そして別の破片には、酷い事を言う母を、それでも愛している優人がいた。

 また別の破片には、転校したクラスの皆と話をしたがっている優人がいた。

(これは、本当の優人くんの気持ち……?)

【どうやらそうらしい。記憶とその時の気持ちが、一緒にされている】

 そしてその中で、一際光っている破片を見つけた。


 おそるおそる覗くと、そこには由香利の姿があった。

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