25.心を無くしたロスト・ワン!カマセイヌの哀しき咆哮
燃えるような夕日が沈む。その様子を、ロスト・ワンは、最終処分場の一番小高い瓦礫の山に登り、眺めていた。処分場の職員は全てかまいたちによって生体エナジーを吸い取られ、意識を失い倒れていた。今の最終処分場はまさに、ロスト・ワンの城である。
「ああ、なんて素敵なノ、アテクシの坊や。こんなにステキに成長したなんテ!」
ロスト・ワンの横に姿を現したサルハーフは、うつろな目で空を眺めるロスト・ワンの頬を、宝物に触れるような手つきで撫でる。
ロスト・ワンは、それにすら反応を返さない。まるで、人形のようであった。
「この子が集めたたくさんの生体エナジーが、フェイク・クリスタル・ベータの中でうずまいているワ。そして、この肉体も、いい感じに最適化されているハズ……。ああ、宇宙船に戻って、早く支度をしたいワ! でも、その前に」
「アルファを手に入れろ、ってか? クソオカマ」
しゃがれた声が合いの手を入れる。サルハーフはふう、とため息をつき、振り向く。
少し離れた瓦礫の山の上に、ニヤニヤと笑いを浮かべたカマセイヌの姿があった。胡坐を掻き、山の中から屑鉄を探し出しては、それをぼりぼりとかじっている。
「分かってるなら早くしたらどうなの、ワンちゃん」
カマセイヌは当然のように催促の言葉を無視し、カマセイヌでも消化出来ない、酷く錆びたネジをぷっと吹き出した。そして瓦礫の山々を足場にして、ロスト・ワンへ近づく。
浮遊しながら、ロスト・ワンの人形のような横顔に、黒く濡れた犬の鼻を近づけ、臭いをかいだ。
「おい、こいつ本当に人間か? つーか、生きてんのか? 死人に近い臭いしかしねぇ……」
「やだちょっと、ちょっかい出さないでくれル? この子、見た目以上に凶暴なのヨ」
「ほう、それはますます、ちょっかいをかけてみたくなるってもんだぜ……!」
空気を切り裂く音がした。ロスト・ワンの顎に、きらりと光る鉄の爪の先端が下から突きつけられる。
「おい、俺と遊べよ、操り人形。俺は今、イライラしてんだ」
耳元で囁かれた言葉に、ロスト・ワンの頬がぴくりと震えた。その瞬間、鉄の爪をはがすように、ロスト・ワンの身体の回りにつむじ風が起こる。
突然の風に、一瞬は鉄の爪を引くが、すぐに風を切り裂く勢いでロスト・ワンへ襲い掛かった。しかしロスト・ワンは、身体を斜めにして鉄の爪を避け、その勢いのまま足を振り上げると、カマセイヌの腹を蹴り付けた。
2人の身体が瓦礫の山から落ちる間も、空中では蹴りと拳と鉄の爪が激しく交差しあい、火花が散った。
どん、と大きな音を立てて2人が同時に地上へ落ちると、その余波で周りの瓦礫の山がガタガタ震え、小さな山は雪崩が起きたように崩れ、砂埃が起きた。
しばらくして砂埃の中から、ロスト・ワンとカマセイヌの姿が現れた。
ロスト・ワンは両腕についた鎖でカマセイヌの鉄の爪を受け止めていた。ロスト・ワンの顔は、相変わらず何も感情が浮かんでいない。本当に死んだような顔だった。
そんなロスト・ワンの顔を見て、カマセイヌの脳裏にふと、昔の事が蘇った。
カマセイヌは異次元モンスターとして目覚める前は、色々な場所を彷徨う野犬だった。
大柄な体躯と、好戦的な性格で、人間にも同じ犬にも恐れられ、ずっと孤独に過ごしてきた。誰もカマセイヌの事を本気で相手が出来なかった。カマセイヌは強さを持ちながらも、からっぽの心を抱えたまま生きていた。
ある日、人間の罠で大怪我を負ったところに、Dr.チートンが現れて、異次元モンスターへの融合をさせられた。
そして、いつ壊れるか分からない身体になりながらも、本気で相手を出来る存在を捜し求めるようになった。
からっぽの心を満たしてくれるものを、求めるようになった。しかしそれがいつしか、カマセイヌを苛立たせる原因になっていた。
「ずいぶん元気だなァ、操り人形の分際で! 全く持って気味悪ィが、十分役立ってくれたじゃねえの……アイツをおびき出すにはな!居るんだろうがよぉ、ユカリオン! 出てきやがれってんだよぉおおおおおお!!」
カマセイヌが身体を仰け反らせる。怒りの咆哮が夜空へこだまし、残った砂埃を全てかき消す。
すると、崩れた小山の向こうに人影が現れた。
それは女の子の姿だった。茶色い髪を2つ縛りにした、オレンジ色のセーラー服を着た女の子。大きくて綺麗な目は、強い意志が秘められているのが見える。
女の子の胸には、煌々とエメラルドグリーンの光を放つブローチがあった。
ロスト・ワンは鉄の爪を振り払い、女の子をじっと眺めた。そして、今まで閉ざされていた口が小さく開き、何かを言おうとした。しかし、吸い込んだ息が声になる事は無かった。
女の子はロスト・ワンの姿を見た瞬間、悲しそうな顔をして、何かを耐えるように目を瞑る。そして、両手で胸元のブローチを包み込むと、良く響く声で「超絶変身」と叫んだ。
彼女の足元に六角形の光が現れ、身体を包み込む。そして成長したシルエットが浮かび上がり、プロテクターやヘルメットが装着され、首元に光のスカーフが飾られた。やがて光が弾け、黒のボディスーツと、銀色のプロテクターとヘルメットを纏った、ロスト・ワンと同い年くらいの少女の姿が現れた。
「私はアルファの力を持つ者、ユカリオン。そして、ロスト・ワン……榊乃くんを、迎えに来たの」
銀色の少女――ユカリオンは、ロスト・ワンをまっすぐ見つめ、そう言い放った。
***
やっと見つけ出したロスト・ワンは、まるで人形のような様子だった。見た瞬間、由香利の心は締め付けられるように痛み、思わず胸を押さえた。
共鳴を追いかけている途中で、ロスト・ワンの気配が残ったアパートがあった。もしかしたらそこに居るかも知れない、と覗いたその部屋で、意識を失って倒れている女性を見つけた。
その女性には、なんとなく優人の面影があった。そして部屋の入り口で優人のランドセルを見つけてしまった。倒れていた女性は優人のお母さんだと由香利は考えた。
そこでやっと、優人が本当にロスト・ワンという名前の怪物になってしまった事に気づいてしまったのだ。
その後、強い共鳴を感じ、ロスト・ワンとカマセイヌが戦っているのを見つけたのだった。
「よう、ユカリオン。ああ、この時を俺様は待ってたんだよ。てめえと戦える瞬間をな」
「ロスト・ワンを……榊乃くんを返して」
カマセイヌの挑発など、今のユカリオンにはどうでも良かった。しかし、紅く光るカマセイヌの目が、それを許さぬと物語っていた。俺と戦えという殺気が嫌になるほど漂っている。
「ほう、このクソガキと知り合いだったとはな。なるほど、なるほど。そういう事かい……」
殺気を放ったまま、カマセイヌは気色悪いほど穏やかに頷く。
「だったら、余計に返す気はねえなあ、なあ、クソオカマ」
「ええ、そうネ、アテクシの可愛い坊やは渡さないワ」
カマセイヌに珍しく同意を示したサルハーフがパチン、と指を鳴らすと、人が1人入れるくらい大きな、紫色の水晶のようなものがロスト・ワンの前に現れた。
すると、ロスト・ワンの姿が消え、水晶の中に再び姿を現した。水晶に閉じ込められたロスト・ワンは抵抗する
「榊乃くん!!」
思わず水晶に駆け寄ろうとしたが、まるでユカリオンから逃げるようにして浮かび上がると、ちょうどユカリオンとカマセイヌの中間辺りで止まる。水晶の中に囚われたロスト・ワンは、無表情のままユカリオンを見下ろしていた。
「戦え、ユカリオン。俺と一騎打ちだ。もしてめえが逃げる気なら、今すぐあの操り人形のクソガキを殺す。それは嫌だろう? おい、クソオカマ! この戦い、てめえもそのクソガキも、手ェ出すな!」
「好きにして頂戴、高みの見物させてもらうワ。アテクシは、アルファが手に入ればそれでいいのヨ」
「分かればいいんだよ、クソオカマ。……さあ、戦う気になったか、ユカリオン!」
カマセイヌの紅い目の輝きが増す。戦う以外の選択肢は見当たらなかった。ユカリオンは足を広げ、拳を握り、構えを取った。それが、ユカリオンの返事でもあった。
ここで戦わなければ、ロスト・ワンまでたどり着けない。そう思ったからだった。
「そうこなくちゃな……行くぜ!」
カマセイヌとユカリオンが同時に動く。ユカリオンはカマセイヌの顔めがけて拳を放つ。カマセイヌはそれを分かりきっているという顔をして避ける。しかしその拳はハッタリで、ユカリオンは素早く腰をひねり、拳とは反対の足で蹴りを食らわせた。
衝撃でひしゃけた顔になったカマセイヌは、目を白黒させながらも、鉄の爪を下から掬い上げるようにして、ユカリオンへと切りつける。
身体を仰け反らせて避けると、自動バリヤーを爪が引っかく音がした。そのままバック転の要領で着地した瞬間にも、目の前に見えるカマセイヌへ蹴りをたたきつける。息をつく暇も無かった。それはお互い様らしかったが、恐ろしかったのは、カマセイヌが笑いながら戦っていた事だった。
「ああ楽しい、楽しいぜ! もっと俺を見ろ、俺だけを見ろ!! 叩きつけろ! 生ぬるい攻撃なんてすんじゃねえ、てめえの全てを俺に晒せ!! さもないといますぐロスト・ワンを殺してやる! 俺の爪でアイツの心臓を貫いてやる!」
ユカリオンにとって、恐ろしい脅しだった。カマセイヌは己が快楽のためならば、どんな犠牲も厭わないと言ってのけたようなものだった。
そして自分が本気でカマセイヌに立ち向かわなければ、本当にロスト・ワンを殺すのだという事がよく分かった。
(そんな事させない!)
ユカリオンは手にブレードを呼び出し、柄を強く握り締めた。
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