22.早田の寿命と由香利の想い
ロスト・ワンとの交戦から数時間後、『天野秘密科学研究所』内では、リオンドームが薄い緑色の光を放ち、稼動していた。
ドームの中では、医療用カプセルの中で眠る由香利の傍で、重三郎がうとうとと舟をこいでいる。その無防備な肩に、そっと毛布がかけられた。
毛布の存在に気づいた重三郎が目を覚ますと、隣には早田の姿があった。
あの後、重三郎は倒れた2人を抱えて研究所に向かった。早田と由香利をそれぞれ専用の医療用カプセルに入れ調整し、軽く食事を取った後、由香利の様子を見ながらうたた寝をしてしまったらしい。
「早田、お前、もう大丈夫なのか」
「ご心配をおかけしました」
少しだけやつれた顔が、無理やり微笑を作る。その痛ましさに、思わず重三郎は椅子から立ち上がり、早田のシャツの胸元をつかんで、きっと睨みつけた。
珍しく真剣な表情の重三郎に、早田が驚いた表情をする。
「この野郎、心配させやがって! 馬鹿野郎……」
重三郎の語尾は涙声になっていた。シャツをつかんだまま、俯いた。泣いている事を悟られまいとしていた。早田は何も言わず、重三郎のなすがままにされていた。
「ああ、情けないよ、情けないさ。大の大人が、こうして子供みたいに泣いてるんだからな! そうさ僕はもうすぐ40歳のアラフォーだよ、おっさんだよオジンだよ! それでも、僕は今、ものすごく怒ってるし悲しいし悔しいんだよ! 笑えよ……僕を笑ってくれよ……」
やっとシャツから手を離し、力なく椅子に座った。
「由香利の生体エナジー、
「僕の不調は、運命です。元々、僕らリオン星人は地球では長く生きられません。それでも僕がこうして生きているのは、貴方が許してくれた生体模写と、投薬のおかげ。地球換算で16年……それがそもそも、奇跡のようなものなんです」
早田の顔は、残りの命が幾ばく無いという事を感じさせないほど、冷静に見えた。
「そんな事を言うな! お前は僕の……僕たちの家族だ。僕の弟で、由香利の叔父だ。僕の、大切な家族だ」
早田とは対照的な、熱に浮かされたような顔をして重三郎は訴える。「もう、家族を死なせたくない」搾り出すような声で呟いた。
「その気持ちは同じです。安心してください、僕は平気です。僕はどんな事があっても由香利ちゃんと貴方を守ります。六年前、貴方たちに誓ったように。貴方たちの住む星を守ります」
「そうじゃない、そうじゃないんだよ早田。僕が言いたいのは……」
「違いません。それより博士、そんなくしゃくしゃの紙みたいな顔、やめてください。捕って食いますよ」
早田は涙と鼻水でべちゃべちゃな重三郎の顔をみて、これまた冷ややかな言葉を投げかけた。
「……『注文の多い料理店』はやめろ。お前、由香利にそれを朗読してやるの、好きだったろ。由香利が泣きながら僕のベッドまで来て、顔がくしゃくしゃになってないかって何度も聞かれた。お前のせいだ」
やっと涙が止まった重三郎から笑いが漏れた。
「ええ、あの時は、ずいぶん怖がらせてしまいましたね。でも……僕が一番好きだったのは『よだかの星』です」
昔の記憶を思い出すような顔をして、早田は言った。鷹にも何者にもなれず、夜の空を彷徨い、最後に星になった、独りぼっちの異端者、よだかの話だった。
一瞬、早田の頬が透き通る。人間ならざるものの兆候を眺めながら、重三郎はひとりごちるようにいった。
「お前は燃えるなよ。絶対にだ」
「はい、博士……いや、兄さん」
にっこり笑いかけ、早田は重三郎に向かって返事をした。その笑顔の中に、たくさんの炎を抱えている事に、二人とも気づかない振りをした。
***
苦しい。苦しいよ。もう、いやだよ。
夕日の燃えるような色に包まれた処分場のバリケードの中で、優人はうわ言のように呟いた。
雨の中、由香利から逃げた日から3日。ずっと、優人は悪夢にうなされ続けていた。あの日以来、由香利は体調を崩して学校を休んでいる。ぽっかり空いた隣の席が寂しかったし、図書室に行っても1人で本を読むのが辛くなって、すぐに下校し、処分場へ引きこもる日々が続いていた。
そして引きこもっていると、前よりも酷い胸の痛みが優人を襲う。しばらく気を失って目覚めると、既に辺りは真っ暗になっていて、人通りの少なくなった通学路をとぼとぼと帰る。そして、あの悪夢を見るのだ。
夢の中の自分は苦しんでいた。しかし苦しめば苦しむほど、人々を襲う数は増えた。無理やりに、泣き喚きながら。無造作に、無慈悲に。
もう、幾人傷つけたのか、優人は考えたくなかった。襲えば襲うほど、自分が自分でなくなっていくのだ。
しかし、現実も同じように苦しかった。いじめは前よりも酷くなり、前よりも陰鬱な気分になる事が多かった。
家でも、母が買ってくる酒の量が多くなり、奇妙な事を口走るようになった。そして、以前にも増して、母は理由無く優人を殴る事が多くなった。洗面所や台所にカッターや包丁が乱雑に置かれ、部屋中に血の匂いが漂うようになった。
(もう、何処もかしこも大嫌いだ。早く消えちゃいたい……早く……)
どくん、とまた胸が痛くなった。涙がこぼれた。痛みをやわらげたくて、あの日の柔らかさを思い出そうとする。
「天野さん……」
初めてあの子の名前を呼んだ。それが、あの柔らかさを、声を、顔を思い出せると思って。しかし、後もう少しのところで、意識が沈み、優人はいつものように意識を失った。
***
由香利が目覚めたのは昼だった。ゆっくりと瞼を開けると、そこには薄い緑色のドームの姿が見えた。
(アルファ……何日経ったの、あれから)
目覚めて気になったのはその事だった。ロスト・ワンの戦いの後、ずっと意識を失い、まどろみの中に居た事だけは覚えている。
【3日だ。ずっと君の意識は、深いまどろみにあった。私も覗く事の出来ない、秘密の場所だ。お帰り、ユカリ。君が無事で、良かった】
(ただいま……ありがとう、アルファ。私を守ってくれて)
生体エナジーを半分奪われても生きていられたのは、由香利の体内にあるアルファの輝きのおかげだった。心からの感謝を伝えると、由香利は上体をゆっくりと起こす。
自分の身体は、ドームの中にあるカプセルに入れられていたらしい。
ふと、カプセルのフタが開き、本と機械の匂いが由香利の鼻をくすぐった。
「ああ、由香利! 良かった、目が覚めたんだね!」
喜びの声と共に、ぎゅっと抱きしめられた。嗅ぎ慣れた白衣の匂いで、重三郎だとすぐに分かった。
「お父さん! 私、私……」
「いいんだよ、お前が無事で。何か、食べたいものはあるかい? すぐに、早田に用意させる……」
「お父さん、私、学校行きたい」
重三郎の言葉を遮って、由香利は主張した。優人の事が気になっていた。居ても立っても居られず、カプセルから身体を乗り出し、出ようとした。しかし、重三郎は由香利の肩を押し戻した。
「待ちなさい由香利、もうお昼だよ。まだ身体も安定してないし、そもそも今から行っても出席扱いには……」
「いいの、私、確かめなきゃいけない事があるから」
怪訝な顔をする重三郎へ、由香利は説明をした。あの日、優人との図書室での謎の共鳴をした事、そして、襲ってきたロスト・ワンが同じ共鳴をした事を。
「私、信じたいの。榊乃くんがロスト・ワンじゃなかったら、そのほうがいい。でも、ロスト・ワンだったとしても……何か理由があるかもしれない。それを私は、確かめたいの」
まどろみの中のロスト・ワンは泣いていた。あの刃は悲しみで溢れていた。
「有機物……生物へのクリスタル・ベータの融合……つまり、由香利と同じ存在。しかも、自分の意志ではなく、操られている可能性がある、というんだな」
こくり、と由香利はうなずいた。そこで初めて意識した。
つまり、惹かれあっていたのだ。胸に輝きを持つ同士の共鳴だった。
「だったら、私は止めたい。制御できない力で、榊乃くんが壊れる前に」
由香利は、かつてアルファに教えられた言葉を思い出していた。
――「君は、力をコントロールする術を身につけなければならない。燃え上がった炎を持続し、操る力を」
――「それが出来ないと、力の暴走が起こる。君を守るための力が、逆に君や、そして君が守りたいものに対しても、牙をむく事になる」
優人が本当に大事なものを壊す前に、止めたい。
由香利はカプセルから出て立ち上がった。身体の全身に力がみなぎって来るのを感じながら、歩き出した。
ちょうど由香利が教室に入った時には、5時間目の授業が終わった後だった。こんな時間に学校に来る事を珍しがったクラスメイトたちが、由香利に好奇の視線を向けた。しかしその中に、他の意図がある視線がちらちらと混じっている事に、由香利は気づいていなかった。
「由香利! 大丈夫なのか? っていうか、なんでこんな時間に学校に? 休んでりゃいいのに」
「いいの、ちょっと用があったから」
「用って……由香利、来ないほうが良かったのに」
「えっ?」
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