21.ユカリオン倒れる!ロスト・ワン悲しみの刃
「ロスト・ワンに風で対抗するつもり? なんて浅ましいのカシラ!」
サルハーフは嘲笑交じりの言葉を吐いた。口元にはロスト・ワンの能力を信じてやまない、確固たる自信の笑みが浮かんでいた。
フラッグを掲げたまま、ユカリオンは神経を集中させた。かすかな風を感じたとき、それがロスト・ワンの現れる合図だった。
「そこっ!」
両腕を思い切り広げ、旗を羽ばたかせるように仰いだ。
「リオンブラストッ!!」
あたり一面の風をフラッグがかき集め、エネルギー波を伴った突風となって、ロスト・ワンの現れるであろう場所へ打ち込んだ!
軌道にあった地面が抉られ、一本の道となる。その中に、泥をかぶった人影が現れた。そして、人影から泥を剥がすように、つむじ風が起こった。
「もう1回!」
ユカリオンはすかさずつむじ風に向かって走り、素早くフラッグを操作、二度目のリオンブラストを至近距離で叩き込んだ。
突風はロスト・ワンの身体を突き抜けた。かすかなうめき声と共に、ロスト・ワンは力を失ったように膝を突き、うなだれた。まるで鎧を剥ぎ取られたような弱弱しい姿だった。
しかしそれと同時に、ユカリオンの胸に強い痛みが走った。まるで、雷に打たれるような衝撃だった。
(えっ!)
【ベータの共鳴にそっくりだ……! し、しかし、これは、あの時の……!】
見ればロスト・ワンも、胸に手をあてがい、身体を震わせていた。ユカリオンは、あの痛みを思い出していた。
(図書室の……あの時と同じ……! なんで、どうして、何で榊乃くんの時と同じ痛みが走ったの……!?)
そんな、まさか、信じられない。
ユカリオンは唇を、身体を振るわせた。手に持ったフラッグをからんと地面に落とすほどに、全身から力が抜けていった。
【榊乃優人と同じ反応だと……。なぜ、私はあの時気づけなかった!】
(……アルファ、なんかの間違いだよ……優人くんじゃないよ……見て! 別の人だよ! 違う、違うよ!)
アルファに訴える由香利の心の声は、既に悲鳴に近かった。信じたくなかった。
(違うよ、榊乃くんは、あんな事しないよ!)
ユカリオンの脳裏に浮かぶ優人は、辛抱強く嵐に耐える事ができる、優しい、普通の男の子のはずだった。
しかし、ロスト・ワンが纏う陰鬱な雰囲気が、優人の纏う雰囲気と似ている事を、ユカリオンはとっくに感じ取っていた。
ユカリオンは……由香利は、認めたくないだけだった。
「ああ、ああ、可哀想なアテクシの坊や! 今、アテクシが助けてあげルワ……!」
嘆きの声を上げたサルハーフは、カマセイヌを拘束するのとは別の触手を伸ばし、ロスト・ワンの身体へと巻きつける。そして紫色に輝く生体エナジーを注ぎ込んだ。 うっ、とロスト・ワンがうめき声を上げ、光が消えると共に、身体を仰け反らせる。紫色の光が、ロスト・ワンの身体の隅々まで、浸食するように広がった。
「さあ、ロスト・ワン。ユカリオンの生体エナジーを、絞りきってあげなサイ。そしてアテクシが屍から、憎きアルファを取り出すのヨ!」
ロスト・ワンは見えない糸に操られた人形のように立ち上がり、左腕を振った。鎖は生きているかのように、ユカリオンに向かって襲い掛かった。
【拘束の
しかしユカリオンの身体からは力が抜けていた。いやいやをするように首を振り、目からは涙が溢れ出していた。拘束の鎖は4本に増殖し、抵抗すら忘れたユカリオンの四肢に絡みついた。
ロスト・ワンは宙に浮かぶと共に、鎖を操り、左腕1本のみでユカリオンの身体を空中へ浮かばせた。アルファが強制的にスーツに干渉し、抵抗を試みるが、鎖は千切れる事はなかった。
「ユカリオン!」
悲鳴のような重三郎の声が聞こえた。重三郎の手にはアルファガンが握られていた。
拘束されたユカリオンを見た重三郎は反射的にガンの引き金を引く。緑色の光線がロスト・ワンのゴーグルを砕き、片目があらわになった。
砕いた音に驚いたユカリオンは顔を上げた。
「さ、かきの、くん……?」
ユカリオンの目に飛び込んできたのは、図書室で一瞬見えた、紫色の瞳だった。
今度こそ希望が打ち砕かれた気がした。
「奪え、かまいたち」
右腕を掲げるロスト・ワンの口が初めて開くのを見た。低い、感情のこもらない声。そして、ユカリオンの頬に、この場にそぐわない柔らかい風が吹く。次の瞬間、紫色の光がユカリオンの全身を切り裂いた。
身体中の皮膚を切り裂かれる痛みに、ユカリオンは悲鳴を上げる。身体中についた傷は紫色の光を伴っていた。
ユカリオンの身体がつむじ風に包まれると、ロスト・ワンは両腕を広げ、ユカリオンの生体エナジーが混じったつむじ風を、吸収し始めた。
「イイワ、イイワ、イイワァアア! 素敵、素敵ヨ、ロスト・ワン! アテクシの可愛い坊や!」
狂喜の形相になったサルハーフだったが、ロスト・ワンを見やると、急に顔から喜びが消えた。
「う、うう……あああっ!!」
悠々とユカリオンの生体エナジーを吸収していたロスト・ワンが、苦しんでいる。
ロスト・ワンが叫び声を上げ、宙に浮く力を失って地面へと落ちた。同時に鎖の戒めも解け、意識を失っていたユカリオンも一緒に落ちた。
地面に落ちてもなお唸り声を上げるロスト・ワンのただならぬ様子に、サルハーフは怒りをあらわにした。
「なんて事!」
触手を伸ばし、ロスト・ワンの身体を掴むと、カマセイヌと共に姿を消した。
「由香利!!」
すっかり異次元モンスターの気配が消えた解体現場には、倒れたユカリオンが横たわっているだけになっていた。
重三郎は焦りのために身体を震わせながら駆け寄り、由香利を抱きかかえた。着ている白衣をユカリオンに着させ、前のボタンを全部留めると、イヤーパーツの隠しボタンを長押ししながら囁いた。
「緊急コード
ユカリオンの身体が光に包まれ、本来の由香利の身体に戻る。しかし、着ていた服は再呼び出しされず、白衣からは由香利の裸体が見えた。
「ゆ、由香利ちゃん……博士……!」
解体現場の入り口から、苦しそうな声が聞こえ、重三郎は振り返った。そこには、壁に寄りかかり、ぜいぜいと荒い息をする早田の姿があった。
「お前、今まで何処に……!」
連絡が取れなかった事を怒鳴ろうとした重三郎の口が、言葉を失った。早田の具合の悪さと、片腕が透けている事に気がついたのだった。
「まさか早田、お前発作が!」
「も、申し訳、ありませ……」
ああ、と力ない声を発して、早田はその場に倒れこんだ。
由香利を背負い、重三郎は早田の傍まで走った。すっかり生気の抜けた早田の顔を見た重三郎は、ぬかるんだ地面にもかかわらず、拳をたたきつけた。
「ああ、なんてこった、由香利だけじゃなくて、早田、お前まで……! くそ、くそおっ!!」
重三郎は普段からは想像できぬ、激しい怒りをこめた唸り声を上げる。しかし、その声は、未だ止まぬ雨の音にかき消された。
***
由香利は夢の中でまどろんでいた。外にある苦しみや痛みから逃れるように、膝を抱え蹲っていた。アルファの声も聞こえないほど、深い、秘密の場所に居た。
そんな由香利の目の前に、ロスト・ワンが現れた。
いやだ、やめて、お願い――由香利はか細い声で訴える。しかし、ロスト・ワンは右腕を掲げて、かまいたちを放つ。
風の刃が無防備な由香利の肌を切りつける。腕を、腹を、頬を切り裂くその痛みを抑えたくて、己が身体を掻き抱いた。その時にふと気がついた。
痛みを与えたその刃には、たくさんの悲しみが詰まっている事に。
無数の傷から、どうしようもない悲しみが溢れている事に。
由香利はその傷の1つ1つに手を当てて、一緒に涙を流した。長い時間をかけて、全ての傷と共に泣いた。
ロスト・ワンを見やる。無表情のロスト・ワンの頬に、一筋の涙が流れていた。
(ああ、本当は傷つけたくないんだね)
由香利は思った。
(だから誰の身体にも、傷は一つも残っていないんだね)
自分の綺麗な腕をさすりながら、由香利は思った。
そしてまた、深いまどろみの中で瞼を閉じた。
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