20.恐ろしきステルス能力!ロスト・ワンの力

 アスファルトを叩く激しい雨の中、由香利と重三郎は西の方角へ、傘も差さずに走っていた。

 重三郎が何度もスマートフォンで早田に連絡するが、一向に出る事は無く、虚しくコール音が響くだけだった。

「ああ、もう、何でこんな大変な時に! 何処行ってんだ!」

「お父さん、近くにいる、隠れて!」

 住宅街を抜けて曲がった先には、解体が中断しているビルがあった。

「あのビルの中に居る。私、行ってくる」

「気をつけるんだぞ!」

 重三郎の声を背中に受けた由香利は、立ち入り禁止のたて看板に「ごめんなさいっ」と小声で謝りながら、中に入り込んだ。辺り一帯には、異次元モンスターの気配しかない。

 由香利は雨に打たれるまま、すうと息を吸い込んだ。肺の中にたくさん空気を入れて、腹の底から変身呪文を唱えた。これが、もう1つの自分の勇気に繋がると信じて。


「超絶、変身ッ!」


 エメラルドグリーンの輝きが由香利の足元に起こった。六角形のバリヤー空間に由香利の身体が包まれ、成長した肉体がドレスのように光を纏って、由香利の身体を守るスーツになった。

 光が弾け、銀色のスーツを纏った戦士……ユカリオンが姿を現した。

 ずん、と大地が揺れる音が後ろで響いた。恐る恐る振り向くと、そこには巨大なショベルカーが機械音声の咆哮を上げながら、アームを天にかざしていた。

【あのショベルカーが異次元モンスターだ! ついにこんな巨大なものにまで取り憑いたか!】

 以前の訓練で聞いた、ユカリオンの戦闘データから解析した重三郎と早田の推測を、思い出した。

 次から次々に現れる異次元モンスターの核は、使い捨てのクリスタル・ベータ。無機物に取り付き、操り人形にされている、と。

 振りかざされたアームが、ユカリオンめがけて振るわれる。恐ろしいほどの鉄の塊を、ユカリオンはジャンプしてそれを避ける。強い風圧に身体をぐらつかせながらも着地する。ショベルカーのアーム先端には、バケットがついており、それはユカリオンがさっきまで立っていた場所の地面を、容赦なくえぐっていた。

(ブレードを! 切り刻むの!)

 力で押し切ろうとする鋼の怪物に、ユカリオンはブレードを手に立ち向かった。バケットからぼろぼろ土をこぼしながら、ショベルカーがユカリオンに向かって突進してきた。キャタピラの軋む音がまるで地獄へ誘う歌のようだった。そんな歌は聞くまいと、ユカリオンはあえて正面から突っ込む事にした。

 燃えるようなエメラルドグリーンの輝きを放ちながら、リオンブレードを振るう。真二つにする勢いで振るったその刃は、アームでガードされた。

 脚力を強化した足で蹴りを入れると、ガン、と派手な音を立てたが、傷1つつかず、凹みさえしなかった。

 アームの先端がバケットから、コンクリートを打ち砕くブレーカーへと変化した。するとアームはその名のとおり、剛腕となってユカリオンへ殴りかかってきた。

ハニカムバトンでバリヤーを展開し、受け止める。しかし恐ろしい事に、アームの根っこからさらに2本のアームが出現し、3本の腕がユカリオンへブレーカーを振るってきた。

 まるで空手の正拳突きにも似たその姿に、ユカリオンはただバリヤーで受け止めるしか出来なかった。足を踏ん張るが、足元の土がジャリと音を立て始めた。

【操縦席だ、操縦席に核がある!】

(分かった、アルファ!)

 バリヤーを利用して、まずは3本のアームから逃げるように飛ぶ。身体をひねって、逆に真ん中のアームに着地した後、平均台のように走り出した。アームもそれを察知したのか、回転してユカリオンを振り落とそうとするが、3本のアームが逆にユカリオンの足場になった。

 それぞれに飛び移りながらユカリオンは操縦席へと向かい、たどり着いた瞬間、2本のレバーの間にブレードを思い切り突き刺した。

 核への手ごたえを感じると、ショベルカーは一瞬にしてエメラルドグリーンの炎に包まれ燃えた。

 燃えるショベルカーから離れ、一息ついたところで、パン、パンと大げさな拍手の音が響いた。


「見事、見事だなァ、ユカリオン」


 しゃがれた声があたり一面に響き渡った。

 崩れたビルの縁に腰掛ける、犬の姿をした怪人――カマセイヌの姿がそこにあった。

「カマセイヌ……!」

「まったくもっててめえは見事だよ。今までもそうやって、俺の放った操り人形どもを、こんな簡単に片付けやがった。強ぇ、強ぇよ、ユカリオン」

 大げさな賞賛はちっとも嬉しくなかった。カマセイヌの口は笑うようにゆがんでいたが、紅く光る目は笑っていなかったからだ。

「そんな強ぇてめえをよ、ぶっ倒すのが楽しみで楽しみで仕方なかったんだよ。俺はよぉ!」

 立ち上がったカマセイヌの両手、鉄のアイアン・クローがぎらりと光る。前のめって今にもユカリオンの元へ走り出しそうになったとき、突然声が響いた。 

「待ちなさイ!」

 甲高く耳障りの悪い声だった。そして、降りしきる雨の中に人影が現れた。

 白衣をたなびかせた格好は人間のようだったが、身体中を覆う体毛、絡みつく触手、顔半分を覆う白い仮面から見える、猿のような顔が、異形のものである事を示していた。

【異次元モンスター! しかも、邪悪な共鳴を感じる!】

「サルハーフ! このクソオカマ! てめえ、何しに来やがった!」

「ワンちゃんは黙ってなさイ」

 サルハーフと呼ばれた異次元モンスターから、触手がびゅっと音を立てて飛び出し、カマセイヌの身体をがんじがらめに拘束する。鉄の爪で抵抗するが、とした粘液がそれを無効化した。

 わめき散らすカマセイヌを鼻で笑ったあと、サルハーフはユカリオンへと視線を移した。

「お初にお目にかかるワ、新たなアルファの力を持つ者――ユカリオン。アテクシは、異次元モンスターのリーダー、サルハーフ。以後、お見知りおきヲ」

 サルハーフは形だけならば丁寧なお辞儀をしてみせた。しかしその様子はどこか芝居じみていて、逆に不穏なものを隠しきれていなかった。

「アテクシ、

 まるで忘れ物を取りに来ました、といわんばかりの気軽さでサルハーフは言った。

「アテクシたちのものだったアルファを取り返し、そして、アテクシの大事な、マイ・マスター、チートン様を傷つけたアナタたちを亡き者にするためにネ。さあ、アテクシの可愛い坊やを紹介しますワ。アナタが出来損ないの異次元モンスターと戦っていた間、大事に育てた坊や……おいでなさい、!」

 高らかに宣言する声に呼応するかのように、サルハーフの隣でつむじ風が起こった。


 そしてつむじ風が晴れた瞬間、そこにはボンデージ調の衣装に、全身をがんじがらめにするようなベルトの意匠、両腕の腕輪からちぎれた鎖を垂らし、黒いゴーグルを着けた青年――ロスト・ワンの姿が現れた。


 ゴーグルで表情は見えなかったが、彼を取り巻く酷く陰鬱な空気が、ユカリオンの不安を掻き立てた。

「お、男の人!?」

【新たな異次元モンスターか? い、いや、違う……彼からは、

(そ、そんな!)

 ロスト・ワンは後ろで束ねた黒髪を風になびかせ、無表情のままユカリオンを見下ろす。

「さあ可愛い坊や、ユカリオンを倒しなさイ!」

 サルハーフの声と共に、ロスト・ワンは右腕を振るい、つむじ風をユカリオンに向かって投げつけた。

「!?」

 一瞬にして風と雨に視界を奪われた。ロスト・ワンの姿を見失ったその時、ユカリオンの左頭に強烈な拳がぶつかった。気配を感じる事は出来なかった。自動バリヤーに守られながらも、ユカリオンの身体は大きく地面に叩きつけられ、泥にまみれて転がった。

(な、何が起こったの、何処に居たの!?)

【気配が消えている――ステルス能力か!】

 すぐに身体を起こしたが、また気配を感じる前に、ロスト・ワンが目の前に現れた。

 手刀が数ミリ目の前で切られ、すんでのところで避けた。反撃しようと腕を振るうが、その時にはロスト・ワンの姿が消えている。

 探しているその最中に、とび蹴りする黒い足が現れた。腕で防御し、こちらも蹴りを入れようとした瞬間、やはり姿が消えていた。

(何処に居るのか分からない!)

【だめだ……共鳴があって、初めて私の解析能力は発揮できる。……!】

 ユカリオンは歯を食いしばった。気配も分からず、アルファの解析能力も使えない。しかし、このまま翻弄され続けるのも癪に障った。

(アルファ、大丈夫。私が、彼の弱点を探す!)

 確かに、彼の気配を感じるのは難しかった。しかし、攻撃を受ければちゃんとそこに衝撃はあるし、実体が無いわけでもない。

(いくらステルスだったって、彼は存在してる。消えてなんか無い! 探すんだ、彼の特徴を! 彼の弱点を!)

 そのためには彼を知る必要があった。ユカリオンは、彼の攻撃を上手く流し、甘んじて受けるようにした。そのうちにロスト・ワンがユカリオンの足元をすくって崩した。

(しまった!)

 。あっという間にユカリオンは仰向けになり、すかさずロスト・ワンが馬乗りになって、ユカリオンの動きを封じた。

 ロスト・ワンの拳が振り上げられ、近づいた瞬間だった。ユカリオンは頬に柔らかな風を感じた。拳の風圧ではなかった。

(風!?)

 そして視界の先には、どんよりとした曇り空があった。太陽はずっと隠れたままだった。ユカリオンの脳裏に連想が起きた。「隠れる」「消える」――彼の特徴――黒髪――と共に現れた彼――風。

(気配を消す……ステルス――!)

 ぴんと思いついた。迫り来る拳を、首を振って避け、膝蹴りを敢行し、ロスト・ワンをひっぺがした。ごろごろとぬかるみを転がるロスト・ワンから距離をとり、手に双剣を呼び出した。

【ユカリ!?】

(風! 彼の周りには常に風があるの、まるで彼を! アルファ、双剣のブレード部分を旗みたいに広げられる?)

【風か……! ユカリ、君が強く願えば、私はそれに応えよう!】

(ありがとう、アルファ!)

 ユカリオンは強く願った。ロスト・ワンに対抗するべく、己が力を信じた。両手に握られた双剣の柄が伸び、ブレード部分が広がり、旗のように変化した。


「リオンフラッグ! 私の力になって!」


 両腕を高く掲げ、フラッグを交差させると、エメラルドグリーンの輝きは、旗というより松明のように見えた。上から交差を繰り返しながら振り下ろし、旗を羽のようにはためかせると、胸の辺りでまっすぐ掲げた。

「受けてみなさい、ロスト・ワン!」

 既に気配を消したロスト・ワンに向かって叫んだ。声を張り上げ叫ぶその言葉は、さながら宣戦布告だった。

【何をするつもりだ!】

【何っ!?】

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