14.凶悪!廃棄怪人カマセイヌと「器」の影

「逃げて!」

 由香利は男性に向かって駆け寄る。まずはこの男性の安全を確保する事が最優先だった。再度悲鳴を上げる男性の腕をつかみ、早く逃げるように促すと、男性は一目散にその場を去った。

 男性が姿を消したのを確認すると、由香利は異次元モンスターと向き合った。おもちゃの太鼓に手足をくっつけた異形の怪人……メヨキークは、突然目の前に現れた由香利に驚いたのか、後方に飛ぶと、まるで小動物のように身体全体を傾げた。

【奇妙だな】

 身構えた由香利に、アルファがつぶやく。

(どうしたの、アルファ?)

【この異次元モンスターからは、微弱なベータの力しか感じない。例えるならば、そう、重三郎たちの持つ、イミテーション・アルファに似たものだ】

 確かにアルファの言う通りだと由香利は思った。

(うん、なんかおかしい。さっき感じた強い共鳴と、目の前のモンスターから感じるそれとは違う気がする)

【十分気をつけろ、ユカリ】

(うん)

 暫く由香利を観察していたメヨキークは、ぴくりと何かを感じとったかのように身じろぎする。そして、腹の太鼓を激しく叩き始めた。空気を震わせ、地面を揺らすその音は、衝撃波となって由香利にぶつけられる。とっさに腕で防ぐが、あまりにも強力なそれは、まるで身体ごとバラバラにされるかのように感じられた。

「ハニカムバトンっ!」

 光に包まれたハニカムバトンが由香利の手の中に現れる。バトンでバリヤーを張り、衝撃波を防いだ。衝撃波が無くなると、由香利はメヨキークへ向かって走る。地面を蹴って飛び上がり、腕を大きく振り上げ、メヨキークの頭めがけて振りおろす。

しかし、メヨキークは踊るように身をくねらせ、それを避ける。行き場の無くなったブレードは、地面を砕いた。

 ブレードから逃れたメヨキークが飛び上がると、太鼓状の腹が蓋のように空き、中から無数のが、ミサイルのように飛び出してきた。


 空中を走るは、光る太鼓のバチだった。


(太鼓のバチ!?)

【違う、ミサイルだ!】

(ミサイルーッ!?)

 こちらに向かって飛んでくるバチミサイルを、ハニカムバトンのバリヤーでとっさにガード。ミサイルがいったん止むのを見計らい、由香利は小回りの利く双剣を手に、メヨキークへと向かっていく。

 再度繰り出されたバチミサイルを双剣ではじきながら、メヨキークへ滑り込むように近づき、双剣を振り下ろす。

 しかしメヨキークは、両手に持ったバチでそれを受け止めた。刃がぶつかり、エメラルドグリーンの光が、粉のように舞い散る。

(細そうなバチなのに!)

【見かけに惑わされるな!】

 メヨキークのバチが、由香利の双剣を跳ね除ける。由香利が怯んだ間に、メヨキークは両手でバチを回転させ、頭上で交差させると、すべてをなぎ払う勢いで振り下ろし、身体を仰け反らせて咆哮した。

 それら一連の動作は、威嚇のようにも、戦意を高揚させる儀式のようにも見えた。由香利は額に、うっすら緊張の汗をかくのを感じた。

 咆哮の後、由香利とメヨキークが同時に動いた。双剣とバチの、止む事の無い打ち合いの音だけが、夜の公園に響き渡る。

 メヨキークは時折、鳴き声を漏らすのみで、今までの異次元モンスターのように、何かをしゃべる気配は皆無だった。

【このモンスターは、ただ生体エナジーを求め、戦いに溺れている。まるで、人形のようだ】

 辺りに人の気配も感じられない今、由香利は戦闘だけに集中できた。目の前の敵を、ただ倒す事だけを考えていた。

 幾度かの打ち合いの中、由香利はメヨキークの隙を探していた。そして、ついにそのチャンスが訪れた。

(今だっ!)

 由香利は飛び上がり、メヨキークを飛び越えた。正確で無駄の無い跳躍だった。そして空中で鉄棒の体操選手のように身体をひねりながら、双剣を大剣に変え、メヨキークが振り向く前に袈裟懸けに振り下ろした。

 エネルギー波が炎のようにメヨキークの身体を包み、燃え盛った。由香利はぐらつく事も、しりもちをつく事も無く、見事に着地をした。

 初めてアルファの力を知った日から2週間。確実にスーツを使いこなせるようになった自分を、褒めてあげたいくらいだった。

メヨキークの核だったクリスタル・ベータの姿があらわになると、ぴしっと音が響き、粉々に割れてしまった。

(割れた?)

【すると、これは本物のクリスタル・ベータではないな。これで合点がいく】

(ニセモノ、って事?)

 アルファと2人で首をひねっていると、ふと、頭上に気配を感じた。


「執念だけでここまで戦えたか」


 突然頭上から降り懸かる声で、由香利は顔を上げた。しゃがれた声の主が空に浮かんでいる。

 人型ではあったが、とがった耳、獰猛な光をたたえた紅い目、上向きになった鼻と口のラインは、まさに犬そのものであり、鋼鉄の鎧の隙間からは、おおよそ人間ではない銀色の体毛が覗いていた。

「どうやらてめえは、前に会った奴とは違うらしい。俺は、廃棄怪人カマセイヌだ」

 声の主――カマセイヌからは、最初に感じたクリスタル・ベータの強い力を感じた。酷く焦がれるような痛みが蘇る。由香利は痛みのひかない胸をかばうように撫でた。

「てめえの事は、なんて呼べばいい、銀色野郎」

 夜空に浮かんだカマセイヌは、口元にあざけりにも近い微笑を浮かべて由香利に問うた。

 こう言うときに名乗る名前を、由香利は少し前に重三郎から聞いていた。けして本名を名乗ってはいけない、もし名乗らねばならない時は、この名前を使いなさいと。

「――

、これからはその名で呼ばせてもらう……と言いたいところだが、できれば2度とその名前を呼ぶ事の無いように、さっさとアルファを渡してもらおうか」

「それは出来ない」

 由香利=ユカリオンは、カマセイヌからにじみ出る、重くのしかかる恐怖をぬぐうように言い放つ。

「おう、俺をイライラさせるなよ。どうなるか俺でもわかんねぇんだよ。命が惜しかったらさっさと」

「渡さない」

 カマセイヌの言葉を遮り、ユカリオンは強い意志を示した。そうでもしないと、恐怖から逃げてしまいそうだった。

 瞬間、カマセイヌからぎりりと音がした。嘲りの笑みは消え去っている。怒りのために奥歯を噛んだのだと理解したその時には、空中からカマセイヌの姿が消えていた。

「俺をイライラさせるな、クソ野郎」

 声はユカリオンの目の前から聞こえていた。カマセイヌが目の前に現れた事に気づいた時には、左側からカマセイヌの腕が、ユカリオンの頭めがけて振るわれていた。 避ける事も出来ず、自動バリヤーが展開したまま、ユカリオンの身体は脇の茂みに吹っ飛ばされ、水切りの石のように転々と地面を転がった。

 身体中がバリヤーで守られていたが、すべての衝撃は吸収できていない。目を白黒させながら、ユカリオンは身体を起こす。

「メヨキーク相手にバテたか? 1

 茂みの向こうからカマセイヌの息を荒げた声が聞こえてくる。

「――ああ、ああ、足りねえなあ。俺の力の源が。腹が減ってきたなあ。そうだな、

 途端に柔らかくした声が聞こえ、茂みから戻ろうと身を乗り出したユカリオンの身体が、硬直した。

 以前の訓練の際、早田と話した事を、改めて思い出した。

「異次元モンスターは、人間のように自分自身で生体エナジーを生み出す事が出来ず、生物から生体エナジーを奪って生きている」という事を。

 襲われた子供たち、そして恩の事を思い出し、ユカリオンの……由香利の胸の痛みが一層増した。

「やめろおおっ!」

 感情を高ぶらせ、半ば絶叫しながら茂みを飛び出した。ユカリオンの目がカマセイヌの姿を捉え、真っ直ぐに飛びかかり、右腕の拳を硬く握り締めて繰り出した。カマセイヌの顔を勢いで殴り倒そうとするが、すべての拳がカマセイヌによって防がれてしまう。

 足を振り上げ、蹴り飛ばすにしても、まるでユカリオンの動きが見えているかのように避けられた。そして、勢いの拳が返ってきた。 

まるで、拳の嵐だった。

「どこまで耐えられるか見物だな」

 ユカリオンの何倍もある逞しい腕が風を切り、ユカリオンに向かって何度も襲いかかる。神経を集中させ、防ぐのが精一杯だった。

 カマセイヌの指先が鈍い光を発した。街灯の光を反射したそれは、恐ろしく鋭い爪の姿をしていた。

鉄の爪これで、てめえを斬りさいてやる!」

 鉄の爪アイアン・クローの一閃が煌いた。とっさにかばった腕から、ガリガリと何かが削れる音が聞こえた。見れば、右腕のプロテクターに、無惨な爪痕がついていた。しかし、鉄の爪の威力に恐れおののいている暇はなく、次の一手が襲いかかる。

 ユカリオンはリオンブレードで応戦するが、ブレードは爪を受けるのに精一杯だった。

「はっ、俺様の爪を出来るようだな」

 鉄の爪が振るわれるごとに、後ずさりしていくのが自分でもわかる。ユカリオンは焦りを覚えた。

「とどめだ、ユカリオン」

 カマセイヌがいっそう大きく腕を振るうのが見える。高く掲げられた爪先がぎらりと光った。その刹那、ユカリオンは胸から腹にかけて、肉をえぐられるような痛みを覚えた。

 瞬く間に、後方へ吹っ飛ばされていたのだ。

 自動バリヤーはあっけなく砕け、受け身を取る暇もなかった。リオンスーツが間一髪で肉体を守ったが、後方にある噴水の柱に背を強く打ち付けられ、ユカリオンは柱にもたれ掛かるように崩れ落ちてしまった。

「フン、ちったぁ楽しめると思ったが。あっけねえもんだ」

 カマセイヌは噴水の縁に足を乗せ、吐き捨てるように言った。噴水の中に四肢を投げ出すような格好になったユカリオンは、それでも気力を振り絞って、カマセイヌをにらみ付けた。しかしカマセイヌは臆する事なく、にやりと口をゆがめて言い放った。


「これで終わりだ」

 そして、ユカリオンの首もとに手を伸ばした瞬間だった。


 ひゅっ、と何かが放たれた音がし、カマセイヌの背に緑色の光がぶつかったのが見えた。カマセイヌの動きが止まり、不審げに後ろを向いた。その隙にユカリオンは手元をまさぐり、落ちたブレードの柄を握りながら、様子をうかがう。

「人間ふぜいが……!」

 カマセイヌが吐き捨てるように言ったその言葉で、ユカリオンは目を見開いた。そこには、闇夜に浮かぶ2つの白衣の姿が見えたのだった。

(お父さん、早田さん!)

 彼ら2人は手に銃を持っていた。一見おもちゃのように見えるそれは、いつの間にか2人が連休中に完成させたという、イミテーション・アルファガンだった。

 2人はアルファガンを連射し、カマセイヌをひるませた。カマセイヌの背には、焼け焦げた痕が見える。彼の背中が震えていた。

 ユカリオンは2人のくれたチャンスを逃さなかった。よろけながらも力を入れて立ち上がり、カマセイヌに向かってブレードを振りかぶった。カマセイヌも気配に気づき振り返ったが、ユカリオンの剣撃が早かった。

 カマセイヌは悲鳴に近い咆哮を上げる。しかし、ブレードはカマセイヌの鎧に傷をつけただけで、クリスタル・ベータを無効化するまでには至らなかった。

 しかし、カマセイヌは膝をつく。がっくりとうなだれていたが、顔を上げると、声を振り絞るようにしてうなった。

「エナジー切れだと、クソっ……。覚えてやがれ、ユカリオン!」

 捨て台詞を吐いた後、カマセイヌの姿が闇夜に溶けるように消えた。するとクリスタル・ベータの気配が一気に消えて、公園は何事もなかったかのような静けさに包まれた。

 ばしゃばしゃと上から降りかかる噴水をかぶりながら、ユカリオンは立ち尽くしていた。変身を解除しても、由香利の気持ちの高ぶりが治まらなかった。

 そのうちに重三郎と早田が由香利の傍へと駆け寄る。2人に言葉を掛けられて、由香利はやっと水浸しになっている事に気がついた。心配そうに顔を覗き込まれ、由香利は慌てて笑顔を作る。

「私は大丈夫。でも、プロテクターに大きな傷がついちゃった……」

「それほど、奴らは強力という事か……」

「怪人カマセイヌはすごく、強くて……倒せなかった」

 由香利は顔を俯かせると、ポツリとつぶやく。

 すんでのところで重三郎たちが現れなければ。そして、相手が自ら退かなければ。

 由香利は今頃、アルファを奪われていた。

 アルファを奪われる、それはすなわち、由香利の命そのものが奪われる事と等しかった。

 運が良かったと思うと同時に、倒せなかった事に対して、悔しさを感じていた。

【新たな戦いが始まった】

(うん……)

 初夏の生ぬるい風が、由香利たちの頬をなでた。


***


 ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ。夜も更けた最終処分場に、何かを砕く音が響いていた。瓦礫の山の1つに、毛むくじゃらの腕がつっこまれた。

「クソが……こんなんじゃ腹が満たせねえんだよ」

 腕の主であるカマセイヌは悪態をつくと、腕を引き抜く。その手には、たくさんの屑鉄が掴まれていた。


「ああ、イライラする、イライラすんだよ」

 掴んだ屑鉄を口に放り込み、がりがりとかみ砕き、飲み下した。


「俺様の鎧が、人間ごときに傷を付けられるだと? くだらねえ!」 

「そんなに怒っちゃやーヨ、ワンちゃん?」

 カマセイヌの隣に、白衣の人影――サルハーフが現れる。ニコニコと笑みを浮かべたサルハーフの顔を見たカマセイヌは、露骨に嫌な顔をした。

「ちっ、てめえは高みの見物気取りか」

「あらやだ! アテクシ、ちゃーんとお仕事してたのよん、ぼろぼろなアナタと違ってネ」

「てめえ!」

 サルハーフの嫌味に対し、今にも鉄の爪を突きつけそうな勢いのカマセイヌだったが、当のサルハーフは全く意にも介していなかった。

「それより、アナタに紹介したい子がいるのヨ」

「なんだって?」

「さ、ご挨拶しなさい」

 サルハーフが呼ぶと、風がぴたりとやみ、静寂が訪れた。

 やがて音の無い世界に、風を切る音が突如現れ、いつのまにか黒い人影が、サルハーフの横に現れていた。

 しかし、そこに存在していないかのように、その人影は押し黙ったままだった。

「ほう、そいつが例の『器』か?」

「ええ、アテクシの、可愛い坊やベイビーよ」

 人影の腕の辺りには、紫色に発光をする、ちぎれた鎖がついていた。

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