12.目覚めた刺客とDr.チートンの「器」

 宇宙に浮かぶ、生命の湧き出る泉のごとき惑星……地球。

 青い宝石とも評される地球の衛星軌道上に、一つの奇妙な宇宙ゴミスペースデブリが漂っている。怪しい紫色の光を帯びた、円盤状のそれは、さながら人類が呼称する『未確認飛行物体U F O』のようであった。

 それだけ奇妙であり不審な宇宙ゴミであれば、各国の宇宙監視ネットワークに感知されているであろう存在のはず。

 しかし、不思議な事に、この奇妙な円盤は、大小さまざまな他のゴミに紛れ、ステルス戦闘機のごとく、監視ネットワークの網を潜り抜けていたのである。さらに驚くべき事に、円盤に帯びた紫の光は、宇宙では弾丸に等しい殺傷力を持つ微細デブリを、ことごとく破壊しながら、悠々と軌道上を運航しているのであった。

 地球に住む人類からすれば、驚くべき技術オーバーテクノロジーと呼ばれるものだろう。

 それもそのはず。

 その正体こそ、様々な銀河系の惑星を滅ぼした宇宙侵略者、Dr.チートンの宇宙船だった。

 宇宙船の中の一室『実験室』は、子どもが駆け回れるほど広々としており、壁面には天井に届く程の、大きな試験管のようなものが、縦に隙間なく並んでいる。そして部屋の奥には、壁面のそれらを統べるかのような、一際大きな試験管の姿があった。

「ああ……なンて美しい輝きなのかしラ……」

 部屋に響くのは、陶酔に満ちた呟き。女性的な口調だが、甲高い声が、とても耳障りな声だった。

 試験管の前には、顔の半分を覆う笑いの仮面が特徴的な、猿型の異次元モンスター、サルハーフの姿があった。

 彼の視線の先には、試験管の中に浮かぶ、紫色の輝きを放つ宝石。その光は、宇宙船が纏う光でもあり、さらに言えば、異次元モンスターが力を振るう際に輝く光でもあった。

「フェイク・クリスタル・ベータ……断片的だったチートン様の研究データから作り出した『リオンクリスタル・ベータ』の完璧な模造品……ついに作り出す事ができたワ」

 うっとりと試験管の中のフェイク・クリスタル・ベータを見つめ、口元に笑みを浮かべるサルハーフだったが、実験室に新たな入室者を知らせるブザーを耳にすると、その口元から笑みが消えた。

「やっとお目覚めネ、ずいぶんと長い居眠りだったこト」

 サルハーフは振り向きもせずに言葉を投げる。しかし入室者は出入り口で立ち止まり、サルハーフの出方を窺っているようだった。

「可愛いワンちゃん、良い夢は見られたかしら?」

「黙れクソオカマ。言葉には気をつけろ、喉笛掻っ切られたいのか?」

「その前にアナタを目一杯抱きしめてあげるワ、廃棄怪人カマセイヌ。アテクシの触手でネ。すぐに天国に行けちゃうワ」

 サルハーフは振り向き、怒れる入室者――廃棄怪人カマセイヌに薄笑いを浮かべた。銀色の体毛を持ち、獰猛な野犬のような姿をしたカマセイヌは、サルハーフの甲高い声と薄笑いに、露骨なほど嫌悪の表情を示した。

「てめえに抱きしめられるくらいなら、喜んで地獄を選んでやる。しかし、なんでてめえ、白衣なんぞ着てやがる?」

 サルハーフの眉間が、ぴくりと動く。

 カマセイヌの言葉通り、サルハーフは自慢の体毛があるにもかかわらず、すっかりくたびれた白衣を纏っていたのだ。

「不思議だぜ、俺やてめえには、そんなもん必要ないだろうに。まさか……ククッ、Dr.チートンクソオヤジの猿真似か?」

 嘲笑すら含んだカマセイヌの問いに、サルハーフの顔から薄笑いが消え、嵐の前の静けさにも似た空気が漂った。

 サルハーフの言葉と共に、白衣のあらゆる隙間から、不気味に蠢く触手の姿が現れた。粘性の体液にまみれた触手はサルハーフの思うままに、鋭く、そして素早く、カマセイヌの身体を拘束した。触手はまさにカマセイヌを抱擁するように、首から下へと絡みついた。

「天国行きのチケットがそんなに欲しいワケ?」

 甘い囁きと共に、触手がカマセイヌの身体を締め付ける。しかし、カマセイヌは、抵抗する素振りを見せず、余裕のある笑みを見せた。

「今は遠慮しておくぜ、クソオカマ」

 カマセイヌの口が、ニヤリと歪んだのと同時だった。カマセイヌは拘束されていた右腕を勢いよく引き抜いた。

 その手先には、鉄の爪アイアン・クローが、サルハーフの体液にまみれて鈍く光っている。どんなものでも切り裂く最強の爪に切り付けられた触手は、サルハーフの元へ戻っていく。それを追いかけるようにして、カマセイヌは襲い掛かった。

 弾丸のような俊敏さで走るカマセイヌは、指をそろえ、サルハーフの肩めがけて鋭い鉄の爪を振り下ろす。獰猛さと同時に、まるで大好物のご馳走に、フォークとナイフを向ける子どものような無邪気さがあった。

 しかし、サルハーフの触手はそれを防御する。柔らかな触手の表面は一瞬で硬化し、鉄の爪を弾いた。

 だがカマセイヌの攻撃は止まなかった。空いていたもう一方の腕をサルハーフの腹めがけて突き出す。されどサルハーフは軽い身のこなしでそれを避け、白衣をなびかせながら横へ跳び、距離を取る。背にした試験管に被害が及ばないようにするためだった。

「おお、嫌だ。このままだと大切な白衣が切られちゃウ」

 サルハーフは白衣を脱ぎ、傍らにあった椅子にかける。シワにならないよう、酷く神経質な手つきだった。

「これで心置きなく、てめえを切り刻めるってぇ訳だな、クソオカマ」

「遊んでる暇はないのヨ、可愛いワンちゃん」

 サルハーフはため息を吐き出し、けだるいアンニュイな表情のまま腕を組んだ。

 カマセイヌは返事の代わりに、準備運動よろしく両手首をスナップさせると、飛び掛った。クリスタル・ベータに強化された身体はその能力を遺憾なく発揮し、瞬く間にサルハーフとの距離を近くする。

 両手の鉄の爪が間髪入れずにサルハーフへと襲い掛かる。筋骨隆々としたカマセイヌの腕は、瞬く間に獲物の肉を抉る事が出来る威力を持つ。しかし、サルハーフはそれを甘んじて受け入れはしなかった。

 サルハーフは涼しげな表情のまま、流れるように鉄の爪を避けた。まるで、攻撃があらかじめ分かっているとも言いたげな表情で。

 躍起になったカマセイヌは唸り声を上げながら攻撃を繰り返した。ひゅっ、ひゅっと風を切る音が部屋に響くが、すべてはむなしく、空振りで終わる。サルハーフの、ほんの数ミリ切られた、薄茶色の体毛が空中に舞っていた。

「この……クソオカマが!」

 悪態をつくカマセイヌは腕を振りかぶり、サルハーフの肩から脇にかけて、一撃を落とそうとした瞬間だった。

「ぐっ……!?」

 カマセイヌの振り上げた腕が、糸が切れたように下ろされる。そして、膝を折り、その場に崩れ落ちた。

 サルハーフはその様子を、口に薄い笑みを浮かべて眺めている。

「……くそ、エナジー切れだと……っ」

「アテクシ、遊んでる暇は無いって、言ったはずヨ」

 倒れたカマセイヌの四肢を触手で拘束すると、サルハーフはその巨体を軽々と持ち上げる。自由を奪われたカマセイヌは、空中で磔にされたような格好になった

「この、クソオカマが……!」

「あら、アテクシに逆らっていいのカシラ?」

「なん……だって?」

「アナタの欠陥はまだ直ってないワ。こんな短い時間でエナジー切れを起こしちゃうのが一番の証拠じゃなイ? そして、アナタにエナジーを分けてあげられるのは、もうアテクシしか居ないのヨ」

 勝ち誇ったかのような顔をしてサルハーフが言い放つ。

「メンテナンスの時についでに直せってんだ、クソが」

「アンタだけなのよ、エナジー燃費が悪い子は。コレばっかりは、アテクシでも無理ネ。マスターが復活しない限りハ」

 サルハーフが言葉を切る。すると、触手が紫色の光を発し、カマセイヌへエナジーが送り込まれた。ぐっ、とカマセイヌの口からうめき声が聞こえ、身体がかすかに痙攣けいれんした。

 カマセイヌの身体が紫色に光り、エナジーが満たされると、触手の拘束が解けた。カマセイヌは触手で拘束されていた箇所を見て、忌々しげな顔をした。

 いつの間にか白衣を羽織ったサルハーフは、部屋の奥にある大きな試験管から『フェイク・クリスタル・ベータ』を取り出し、白衣のポケットから取り出したアクセサリーケースに大切に収めた。そして、作業机に置かれたクリアケースを手に取ると、そこから何かを取り出し、カマセイヌに差し出した。

「さあ、お仕事よワンちゃん」

「何だァ、この欠片?」

 カマセイヌの前に差し出されたのは、紫色をした水晶の欠片のようなものだった。

「リオンクリスタル・ベータの模造品『フェイク・クリスタル・ベータ』の欠片。さあ、行くわヨ」

「はあ? どこに行くってんだよ」

「決まってるじゃなイ、地球ヨ」

 カマセイヌは無言のまま、差し出された欠片をむしるようにしてつかみ取った。

 


 ひっそりとした夜の空気が流れる地上。そして、この場所は、かすかにクリスタル・アルファの気配を感じる地域だった。

 小高く廃棄物がつみあがった小山に降り立った二つの影。紫色の禍々しい異次元ゲートをくぐった先は、先地さきじ市の最終処分場だった。退勤時間は過ぎていて、人の気配は無い。

 人間の世界で役目を終えたモノたちが眠る墓場を歩く様子は、まるで墓荒らしのようでもあった。

「相変わらず、ここはモノの死臭がプンプンしやがる。鼻がひん曲がるぐらいにな」

「アナタの鼻が良すぎるのヨ。さ、ここから新しい仲間を探してほしいノ。ア・ナローグやデ・ジタールみたいなのはやめて頂戴、もっとおとなしい、イイコが欲しいワ」

「けっ、勝手な事を抜かす」

 カマセイヌは小山の隅に片足を掛け、黒い鼻をひくひくさせて、周囲の匂いをかぎ始めた。クリスタル・ベータの力によって増幅されたのは戦闘能力だけではなく、嗅覚にもその影響が現れていた。

 異次元モンスターの器……意思を持ち、かすかな生体エナジーを持つ『モノ』の匂いを、カマセイヌは探す事が出来るのだった。

 暫くの間そうしていたかと思うと、ぴくり、とカマセイヌの耳が動く。ある一点をしばらく見つめ、そこに眠る『モノ』のにおいを嗅ぎ分ける。

「見つけたみたいネ」

 サルハーフの言葉をよそに、カマセイヌは見つめていた場所へ近づいた。こんもりと子供の背ほどに積まれた山に、乱暴に鉄の爪を突き刺す。そして中身をひっかき回し、中から現れたのは、壊れた太鼓のおもちゃだった。鉄の爪で一突きにされた哀れな太鼓を見ながら、カマセイヌはぽつりと、

「何故、そんなになってまで、命を欲しがる」

 独白に近い声音で呟く。その声音には、どこか哀れみと、自嘲に溢れていた。

 カマセイヌはフェイク・クリスタル・ベータの欠片を、爪で開けた穴に入れる。

 すると、太鼓の中でクリスタルは紫色の光を強く発し、太鼓をまばゆい光で包み込んだ。太鼓を飲み込んだ光はやがて肥大し、小さな子供ほどの大きさになる。そして光が消えていくと、そこには太鼓に四肢が生えた怪人の姿が現れた。

 うう、ううと唸るその両手には、バチが握られている。

 どどん、どどん、と怪人が腹を叩くと、空気をふるわせ、地面にまでその振動は伝わってきた。

 怪人の裂けた口からは、言葉にならぬ唸り声しか聞こえない。しかしかろうじて、メヨキーク、と鳴く声が聞こえた。

「フンフン、なるほど。さすがに知能レベルは予想通り、低いワネ。そうね、怪人メヨキークとでも名づけましょうカ」

「勝手に名づけでも何でもやってくれってんだ。で、結局俺らは何すりゃあいいんだよ?」

 好き放題に太鼓を叩くメヨキークの横で、カマセイヌは鉄の爪を持て余しながら尋ねた。 

メヨキークを……フェイク・クリスタル・ベータの欠片を使って、好きなだけ地上で暴れナサイ。どうせこの星には、たくさんの生物が居るのヨ。そう、他のどの星よりも……。たくさん、満足するまで生体エナジーを奪えばいいノ。そうすれば、おの

「そいつから、リオンクリスタル・アルファを奪うってか?」

「そういうこト。手駒はたくさんあったほうがいいでしょウ? アナタのためにもチートン様を復活させなければ……ネ」

「不本意だがそれが事実だ。あのクソオヤジが復活しない限り、俺の身体の欠陥も直らねえ。で、てめえはその間、何するつもりだ。まさか、宇宙船に引きこもっての続きをやる、なんてこたぁ、ねえよなァ? クソオカマ」

「いやだ! 何勘違いしてるノ? アテクシにはやる事があるのよォ。しかもとっても重要なコト」

「ほう?」

 含みを持たせたサルハーフの言葉に、カマセイヌは疑心暗鬼ぎしんあんきの表情を示す。

 サルハーフは白衣のポケットからアクセサリーケースを出し、ふたを開けた。ひときわ大きな『フェイク・クリスタル・ベータ』が、月光を反射し、きらりと怪しく輝く。

っていう、もっとも重要なお仕事ヨ、ワンちゃん」

 うっとりとフェイク・クリスタル・ベータを眺めながら、サルハーフは言った。

「ほーう……そりゃあ、たいしたお仕事だ」

 カマセイヌの大きな口がいやみなほどに大きく開き、虚無的ニヒルな笑みを浮かべた。

「じゃあ、よろしく頼むワ、廃棄怪人カマセイヌ。エナジー切れには気をつけテ」

 それだけ言うとサルハーフは、白衣を翻してカマセイヌの視界から消えた。

 一瞬の静寂の後、チッ、とカマセイヌの舌打ちが響く。

「ああ、イライラする。あのクソオカマも、俺の身体も、なにもかも」

 鉄の爪が風を切った。どさどさと音を立てて、小山が一つ崩れる。しかしそれでも、カマセイヌの鬱憤は晴れる事は無かった。


 エナジー燃費の悪さ――カマセイヌのイライラの正体であり、最大の欠陥。融合時のエラーが原因で、エナジーの使用効率が落ち、彼は己が能力を振るうにも、大量のエナジーが必要だった。


 異次元モンスターの中で最も優れた運動能力と鉄の爪を持ちながら、満足の行く戦いができないカマセイヌは、いつ爆発してもおかしくない時限爆弾のようであり、いつ機能停止するかわからない、不良品のようでもあった。彼はその事に、行き場の無い怒りを感じていた。

カマセイヌは手持ちぶさたなメヨキークを見やる。

「おい、そろそろ行くぞ。めいっぱい暴れさせてやるぜ。おまえも、俺もな」

 メヨキークの、低く、言葉にならぬうなり声が、応えるように響いた。

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