9.新たな影!ユカリオン最初の戦い
薄暗い宇宙船の一室。眠っていた怪人デ・ジタールのカプセルから『メンテナンス』の文字が消え、蓋が開いた。あれから地球上では一日ほどしか時間が経過していないにもかかわらず、デ・ジタールはゆったりとした動作で起き上がった。
見ればダメージを受けていたはずの部分はすっかり修復され、昨日の面影は感じられなくなっていた。
「リ、リ、リオン、ク、ク、クリスタル……」
「すっかり元気ねぇ、デ・ジタール。さあ、もうすぐ地上では日が落ちる頃、私たちの活動できる時間ヨ」
サルハーフの横を通りすぎ、デ・ジタールは異次元ゲートまで歩きだす。
「今度は油断しないことネ」
冷たく言い放つサルハーフを無視するように、デ・ジタールが光るゲートへ足を踏み入れようとした瞬間だった。
「おはよう、みんなぁ」
甲高い、子供のような声に、デ・ジタールの歩みが止まる。
デ・ジタールのカプセルの横には半分くらいの大きさのカプセルがあるが、その蓋がぱくりと開き、中から何かが起き上がる姿が見えた。
「あれ、あれ? 起きてるのは、デ・ジタールとサルハーフだけなのぉ?」
カプセルから姿を現したのは、アナログ時計にピエロの胴体がついたような形の怪人だった。カプセルから降りたピエロ怪人は、たどたどしく歩き、デ・ジタールの傍まで駆け寄った。
「さあ、僕の可愛い弟よ、僕を肩に乗せてよぉ」
「ア、ア、ア・ナローグ、ニ、ニ、ニイサン……」
デ・ジタールは腰をかがめると、ア・ナローグと呼んだピエロ怪人を驚くほど優しく抱きかかえ、肩に乗せた。
「きゃっきゃっ、やっぱり高いところの景色っていいねぇ! ここが一番落ち着くよぉ」
ア・ナローグから無邪気な笑顔がこぼれる。デ・ジタールは無言ながら、ア・ナローグの無邪気な言葉に頷いているようだった。
「お久しぶりね怪人ア・ナローグ。相変わらず間延びした、ガキっぽいしゃべり方だこト」
今まで傍観していたサルハーフが口を挟むと、ア・ナローグは笑みを崩さぬまま、その無邪気さとは程遠い言葉を投げつけた。
「相変わらず意地悪いし、気持ち悪いし、性格の悪いヤツだよね、君ってぇ。いっそのことずーっと眠ってたほうが良かったんじゃないの? そのほうが静かだしぃ」
「お黙りなさイッ! 誰があンたをメンテナンスしてたと思ってるの、この恩知らズ」
「恩? あははは、僕ら異次元モンスターに、恩なんてあるわけないじゃん? ……あ、だから『恩知らず』かあ! あはは、あははははッ!」
けらけら笑い続けるア・ナローグへ、サルハーフは蔑みの視線を向ける。その様子を、デ・ジタールはやはり無言で傍観していたが、握られた拳が微かに震えていることに、サルハーフは気づいていなかった。
「さっさとゲートをくぐりなさいこの能無しども。リオンクリスタル・アルファを奪還するのヨ!」
「はいはい、分かってるよぉ。そうじゃないと、Dr.チートン(おとうさん)が元気にならないものね。さあ、行こう、可愛い弟よ!」
「ニ、ニ、ニイサン……イ、イ、イコウ……」
はしゃぐア・ナローグを担いだまま、デ・ジタールは異次元ゲートの光の中に消えていった。
***
【ユカリ、起きろ!】
内なるアルファの声に、地下研究室のソファーで寝ていた由香利は瞼を開いた。ばねのように跳ね起きると同時に、胸がどきどきと高鳴って痛んだ。
初めて異次元モンスターと出会った時のように、身体全体が熱を帯びる。息が荒くなり、少しでも苦しみを抑えようと思い、背中を丸めて蹲った。
(アルファ、もしかして……)
【ああ、奴らが現れた。どう動く、ユカリ?】
由香利は不安に駆られて、思わず胸のリオンチェンジャーを握る。ひんやりとした感触が、由香利の熱を冷ましてくれた。
「由香利……!」
傍らでモニターを眺めていた重三郎と早田が、由香利の目覚めに気づき歩み寄る。由香利のただならぬ様子に、二人は異次元モンスターが近づいていることを悟った。
ついに迎えた戦いの時に、一同は口を閉ざす。由香利を見守る二人の顔は強張ったままだ。
由香利はリオンチェンジャーのひんやりとした感触に縋っていた。立ち上がって行かなければいけない。そう頭では分かっていても、身体が動いてくれなかった。
しかし、このままでは、いつまでも怯えているだけでは、力を持つ前と、何も変わらない。
(……お母さん、おかあさん、私に、私に勇気を下さい。お母さんみたいに、立ち向かう勇気を)
たった一人で立ち向かった母親の姿を思い浮かべ、由香利は深呼吸をして息を整える。少しだけ名残惜しかったけど、小さな勇気を持って欠片から指を離した。
(大丈夫、欠片の感触は指にまだ残っている。今なら動ける。……行かなくちゃ)
口をきゅっと真一文字に結ぶと、ソファーから降りた由香利は不安げな顔をしたままの重三郎に向かって尋ねた。
「お父さん、近くに思いっきり戦って良い場所って、ある?」
不意を突かれた質問に、重三郎は目を丸くしたが、すぐに思い当たる場所があったようで、タブレット端末を持ち出し、地図アプリを呼び出した。
「たしか、あそこは……あった。この隣の山に、もう閉鎖された遊園地があるはずだ。人っ子一人来ない場所だから、大丈夫だけど……由香利、そこへ行くのか」
「うん、そこに異次元モンスターをおびき寄せて戦うの。街で戦ったら、危ないから」
タブレット端末で場所を確認した由香利は、自分の携帯電話にその住所を入力させて、ポケットへしまう。由香利は一人で赴くつもりだった。これ以上、誰かを巻き込むことは避けたかったからだ。
(行こう、アルファ)
【わかった】
「お父さん、早田さん、ちょっと行ってくるね」
なるべく二人を心配させないように、由香利はいつもより声のトーンを上げて告げると、顔を見ないようにして地下室のドアへ向かった。父と早田の顔を見たら、せっかく固めた決意が涙と一緒に流れかねない。
「待ちなさい、由香利。お前一人では、行かせないよ」
重三郎の一言で、由香利の歩みが止まる。由香利は振り向きたくなる気持ちを抑えて、それでも抵抗してみせた。
「駄目。お父さんと早田さんは、ここか、家に居て。戦いには、私とアルファで行ってくるから。だって、狙われているのはアルファ……アルファを持ってる、私だから。お父さんたちを、巻き込んじゃうかもしれないから」
「かつて由利も、由香利と同じような事を言って、戦いに赴いた。そして無力な僕らは、それを見守ることしか出来なかった」
重三郎の声は、普段の能天気な姿からは考えられないほどに真剣なものだった。
「博士は、僕らでも使える武器を開発したんだ。もう、一人で戦わせることの無いように」
いつの間にか、重三郎と早田が出かける準備をして、由香利の両隣に立っていた。二人の手には大きな銀色のアタッシュケースが提げられている。
「この戦いは、由香利だけの戦いじゃない。僕ら家族で立ち向かう戦いなんだ……。一緒に行こう、由香利。お前を一人になんかさせない」
「一緒に戦うよ、由香利ちゃん。僕はもう、逃げたくないんだ」
『家族で立ち向かう戦い』
その言葉に由香利は胸がいっぱいになって、二人の空いている手を取った。
一人じゃない。ただそれだけで由香利の不安が一気に晴れるのが分かった。
重三郎と早田は由香利の手を握り返してくれた。それはとても力強くて、一人で抱えていたときよりの数倍も、勇気が溢れてくるような気がした。
「そういえば……そう、そうだよ。帰ったら由香利の誕生パーティをやるぞ。早田がたくさんご馳走を作っているのを見たからな」
「ええ、たくさん作りましたよ。由香利ちゃんの大好物をいっぱいね。無駄にしたくないので、絶対に三人一緒に帰りましょう」
由香利は驚いた。何せ昨日の夜からずっとこの事にかかりきりで、二人は由香利の誕生日の事を忘れていると思っていたのだ。それについて言い出す気も、責める気も全く無かった。由香利自身もそういう気分ではなかったからだ。
「……うん、絶対一緒に帰る。お父さんと、早田さんと一緒に」
大切な誕生日を、大切な人と過ごしたい。そのためには、今目の前にある試練を超えなければならない。
だが由香利には自信と確信があった。繋いだ手から伝わるぬくもりと、身体の奥で光る暖かな光が、それを物語っていた。
研究所から車でほんの五分ほどで目的地には着いた。その間に、由香利は重三郎と早田から、Dr.チートンと、異次元モンスターの話を聞いた。
「六年前の戦いで、由利はDr.チートンと異次元モンスターたちを完全にやっつけることは出来なかった。僕らの手元にあったアルファの欠片が、わずかながらベータ・クリスタルの気配を感じていたからね。恐らく彼らは致命傷を負いながらも、宇宙空間にある宇宙船に潜伏していたはずだ。僕らが見たのは、全部で四体。嫌な話だが、今日で全てが終わるとは思えないんだ……」
真っ赤に燃える夕日の中、由香利たち三人は車を降りた。錆びだらけのアーチをくぐると、そこには元遊園地の風景が広がっていた。長い間人が立ち入っていないのだろう、雑草が地面を埋め尽くし、いたるところに壊れた遊具や看板などが放置されていた。
由香利たちは遊園地の真ん中にある広場までたどり着くと、足を止める。風が唸り声を上げるように吹き荒び、あちらこちらからカラスの鳴き声が響いている。酷く寂しい場所だった。
重三郎と早田はアタッシュケースからベストを出すと、いつもの白衣の下にそれを着込んだ。そして同じ所から、黒いバトンのようなものを取り出した。
「お父さん、それもバトン?」
「これは対異次元モンスター用のバトン・スタンガンだよ。アルファを解析して作った、イミテーション・アルファが組み込まれている。棒の部分から、エネルギー波を出して、相手をひるませる事が出来る。偽物だからね、これなら男の僕らでも使える。流石に本物の威力にはかなわないけど、ま、護身用くらいにはなるかなあ」
重三郎が取っ手のボタンを押すと、バトンからバチバチッという派手な音が響き、緑色の小さなスパークが走った。
「さあ、由香利も準備を」
重三郎の言葉に、由香利は欠けて朽ちた銅像の前まで行くと、リオンチェンジャーに手を掛け、超絶変身の呪文を唱えた。異次元モンスターたちへ、ここまで来いと挑発するかのように、エメラルドグリーンの光が天を貫いた。
【準備は良いか、ユカリ。スーツとの同調率は高い。どこも問題なしだ】
(うん、大丈夫)
いつの間にか辺りはしんと静まり返っていた。さっきまで煩わしいほど吹き荒んでいた風も、やかましく鳴いていたカラスの鳴き声も聞こえてこない。
空を見上げると、あんなに燃えていた陽の光が、段々と深い青に押しつぶされていた。
青と赤が滲んだ、グラデーション。常ならば感動すらする日没の美しい光景が、今ばかりは闇に侵食されていくように見え、由香利はその身体を震わせた。
【来るぞ。やつらの気配だ】
「お父さん、早田さん……」
由香利の声に、重三郎と早田はその時が来たことを悟り、手に持ったバトン・スタンガンを握り締めた。
ざわりと、辺り一面の草が風で揺れた。一瞬にして場の空気が変わったことを、その場に居た全員が肌で感じ取っていた。
その時だった、突然、目の前の銅像が木っ端微塵に砕け散った!
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