8.ハニカムバトンと保護者の気持ち

 ハードル走から始まったテストは、午前中全てを費やして行われた。

 そこで起こった事は、運動オンチの由香利にとっては奇跡に等しい事ばかりだった。スーツの恩恵とはいえ、羽が生えたように浮かべるジャンプ力や、普段では見えないような速さで動く物体が認識できるほど高くなった動体視力、フィギュアスケートのような大胆な動きが出来る身体の柔らかさは、普段の由香利からは想像出来ない事ばかりだった。

 テストが終わった後に昼食になったが、話題はやはり、リオンスーツのことだった。

「リオンスーツのことを、ざっとおさらいしよう。一つは、由香利の身体を守る防護スーツとしての機能。全身を包むボディスーツと、プロテクターやヘルメット、自動反応のバリヤーだね。それと同時に、身体能力の増幅。脚力、腕力、動体視力……通常の何倍にもなっているのは、さっきのドームでのテストで、実感していると思う。そして、もう一つ。リオンクリスタルの力を使った、アイテムがある」

「アイテム……?」

 早田お手製の昼食であるカルボナーラをフォークに巻きながら、由香利は尋ねた。

「……ふっふっふ、コレがおとーさんの凄いところなんだよ。由香利の一番、使いやすいモノをベースに、役立つアイテムを作ったんだ! どうだ、お父さんはすごいだろう!」

 重三郎が突然、フォークを天に突き刺すようにかざして胸を張る。おどけた重三郎の様子を見て、由香利と早田は思わず破顔し、くつくつと笑った。朝からずっと真面目な話ばかりだったので、重三郎の冗談にほっとしたのだった。

 いつもなら取り合わない二人が笑ったのを見て、重三郎は急に恥ずかしそうな顔をした。

「こほん……ま、まあ、うん……。ええと、そう、アイテム、アイテムの話」

「ねえお父さん、私の一番使いやすいモノって。もしかして……バトン?」

 由香利は思わず身を乗り出して、重三郎の答えを待った。重三郎はわざとらしく眉間に皺を寄せた後、ぴっと人差し指を前に出した。

「ピンポン、大正解! その名も『ハニカムバトン』。スーツと同様に、由香利の力になる、頼もしいアイテムになるはずだ。



 昼食が終わった後、ドームに戻った由香利は少し落ち着きが無かった。重三郎の言う『ハニカムバトン』はどんな形をしているのか、楽しみだったのだ。 

「由香利、身体の内にあるアルファを意識して、バトンを思い浮かべてみてくれ。由香利がいつも使っているバトンでいい」

【私は意思の力で動く。念じれば、それが具現化される。左腕を前に突き出してみてくれ】

 リオンスーツを纏った姿の由香利は、言葉通りにバトンを思い浮かべ、左腕を前に突き出した。すると、腕輪についていたクリスタルから光が飛び出し、バトンに変化した。

「このハニカムバトンは、バトンを操ることで巨大なバリヤーが作動するようになっている。スーツの自動バリヤーでは防ぎきれない広範囲の攻撃を想定しているんだ」

 手にしたバトンは、重さや感覚こそ普段使っているバトンと同じように感じたが、違っていたのは装飾だった。握り手とおもり部分にはキラキラと輝くリオンクリスタルの欠片が埋め込まれている。棒状の部分シャフトにも細やかな金メッキの装飾があり、それはまるで幼稚園の頃に憧れた、魔法少女のステッキのようだった。

「スーツは機能性を重視したからあまり可愛く出来なかったんだけど、せめてバトンだけでもと思って……」

 予想外のデザインに由香利が目を丸くしていると、早田の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。重三郎と早田の気遣いが嬉しかった。バトンを振って、ドームの外の二人に応える。なんとなく、二人の顔がほっ、としたような表情になった。

 由香利はいつもと同じようにバトンを顔の前に持ってくると、ほんの短い瞑想をした。すると、おもりから光の線が伸びて、六角形のリングバトンに変化した。そのままバトンを回転させると、目の前に無数の六角形を並べたバリヤーが広がる。

 それはまるで、図鑑で見た蜂の巣のようだと由香利は思った。

「蜂の巣のような、六角形が並べられた形のことを『ハニカム構造』っていうんだ。バトンの名前はそれが由来。大きさを自由自在に変えられるよ」

 早田の言う通り、バリヤーは由香利の意思でどんな大きさにも変えることが出来た。

「最後に、ハニカムバトンのもう一つの使い方を教えよう。異次元モンスター達を倒すには、核であるクリスタル・ベータを無力化する必要がある。そのために作ったのが、『リオンブレード』。クリスタル・アルファの力で作った刃を持つ、大きな剣だ。バトンを手に持ったまま、さっきと同じように、変形させてごらん」

 由香利はバトンの時と同じように念じてみた。

リング部分が無くなると、上のクリスタルから噴出した光が上へ伸び、大きな刃となって現れた。

由香利の身長ほどありそうな大きさなのだが、驚いたのはその軽さだった。

「ぜんぜん重くない、すっごく軽い! どうして?」

【今のユカリと、私の力で作られたものは、ユカリの身体の一部といってもいいくらいに同調している。自分の腕を上げるのに、苦労しないだろう? そういうことだ】

(すっごく簡単な説明だけど、なんとなーく分かった。そっか、アルファは私の命、だものね)

【そういうことだ】

「刃の部分は、クリスタル・アルファの純化したエネルギー波で出来ている。これで攻撃することで、クリスタル・ベータの力を無力化し、異次元モンスターを倒すことが出来るはずだ。ハニカムバトンと同じように、刃の大きさは変えられる」

 試しにリオンブレードを振り下ろしてみると、やはり羽のように軽い。だからといってコントロールが狂うわけでもなく、ちょうど良い重さだった。

 ふと、バトンのように扱えないかと考えて、くるくると回してみる。すると、クラブでやった事のある、フラッグを思い出す動きになった。回す度に光が花びらのように散るのが目に入る頃には、既に大きさと重さのギャップは消えていて、自由に操れるようになっていた。

「さて、そろそろ訓練メニューに入ろうか。今からバーチャルリアリティシステムで、実戦シミュレーションを行おう。ダミー戦闘員を出すよ」

 由香利の目の前に、全身黒尽くめの身体に仮面だけをつけた戦闘員が次々と現れると、緊張感が高まった。呼吸を整え、リオンブレードを握る由香利の手に汗がにじむ。

【スーツには、たくさんの格闘データが学習させてあるようだ。私がそれを使って、ユカリの動きをサポートしよう。これで感覚をつかむんだ】

「由香利、準備はいいかい」

 重三郎の言葉に由香利は頷いた。

「私、負けない!」

 由香利が叫ぶのと同時に、五体の戦闘員が一斉に襲い掛かった。

 一番初めに近づいた戦闘員へ、リオンブレードを横一線に振って薙ぎ払うと、戦闘員はたちまちドームの壁まで吹っ飛んだ。休む暇も無く横から襲い掛かってきた戦闘員の手刀を、腕で受け止め、跳ね返す。

 ブレードが立ち回りには向かないと思うと、アルファがブレードをしまってくれた。

 戦闘員の鋭い蹴りを、身体を逸らして避け、すぐにしゃがむと、戦闘員の足元をすくって転倒させた。

 後ろの気配に対して肘を打ち込み、立ち上がると回転して蹴り飛ばす。

 流れるような動作で、目の前に現れた戦闘員の腹に拳を二発叩き込み、三発目で力を込めて殴り飛ばした。全てスーツが由香利の身体を引っ張るようにして、動かしてくれている。

 残った二体は剣を手にしていた。そのうちの一体が振りかぶり一撃を加えようとしているのが見えた。すぐにアルファがリオンブレードを相手に合わせたサイズで出してくれたので、受け止めることが出来た。

 相手の剣を振り払い、逆に一撃を打ち込んだ。

 エメラルドグリーンの光が軌跡を描き、袈裟懸けに戦闘員を切り裂く。

【上から来るぞ!】

 最後の一体が、消え行く戦闘員の上から姿を現した。避ける暇も無く、由香利に一撃が加えられた。バリヤーが展開したが、それでも全ての衝撃を抑える事が出来なかった。

 由香利の身体は弾き飛ばされ、床に倒れた。由香利から悲鳴が漏れ、それまで静観をしていた重三郎と早田の顔色が青くなる。

「っつ……!」

【大丈夫かユカリ!】

(うん、だ、大丈夫……!)

 痺れるような衝撃が身体全体に残っていたが、由香利は立ち上がりブレードを構えた。すぐに戦闘員から激しい一撃が加えられた。

 今度は避けず、真っ向から対峙した。刃と刃がぶつかり合う音が響き渡り、光の欠片が無数に散った。

 幾度と無く刃を重ねる中で、ほんの一瞬の隙をつく。

 煌々と光るリオンブレードが、相手の剣を跳ね飛ばした。

 がら空きになったその身体に、由香利は迷うことなく大きく振りかぶり一撃を落とした。

「やっ……た」 

 消え行く姿を見ながら、由香利は呆然と呟いた。落としたままだったブレードが光って消えた。緊張が解け、全身の力が一気に抜けた。膝を突いて地面にへたり込むと、変身が解けた。

「由香利ぃぃぃすごいぞおお! とにかく凄いぞお! えらいぞ私の娘!」

 ドームの外から飛び込んできた重三郎は、由香利を褒め称えながら、頭をわしゃわしゃと撫でた。

由香利は全身疲労で反応するのも億劫だし、褒められているのが悪い気分でもないので、黙って撫でられる事にした。


《見事だった、ユカリ。ひとまず、これで備えることが出来るだろう》


 突然スピーカーから聞こえてきた見知らぬ声に、一同の顔つきが変わったが、由香利はすぐに事態を理解した。

「あ、アルファの……アルファの声だ」

《ドームとの同調が上手く行っているので、試しにスピーカーへ干渉してみたのだ》

「まさか、本当に意思が宿ることがあるなんて……母星に居るときでさえ、こんなことは無かったのに」

 早田は心底驚いている。対して重三郎は、好奇心の塊のような目を輝かせながら、由香利に向かって話しかけた。

「なるほど、君が由香利の言っていたリオンクリスタル・アルファのか。ふうむ、興味深い。まずは、由香利を守ってくれて、礼を言う。ありがとう。この子の父親としてね」

《礼には及ばない。ユカリを守る事、それが私の存在理由そのものだからだ》

「存在理由、か……」

《それはそうと重三郎、少し由香利を休ませたほうがいい。緊張状態が続いていて、疲労が蓄積している。異次元モンスターの襲来を感じたら、私が起こそう》

 由香利は二人のやり取りを聞いているうちに、どんどん眠気が強くなり、船を漕ぎ出した。全身が鉛のように重たくて、たまらず重三郎の肩に寄りかかる。

「ああ、そうだな、しばらくの間休憩しようか……よいしょっと」

 重三郎の大きな胸に顔を埋めると、由香利は心から安堵して目を閉じた。


***


 重三郎は眠ってしまった由香利を抱きかかえた。いつのまにこんなに大きくなったのだろうと思うと同時に、由香利に「重くなった」などと言ってしまったら、すぐに怒られてしまうだろうなと思った。

 ふと、あどけない寝顔に妻の面影が見え、重三郎の表情が曇った。

「こんな可愛い娘に、由利と同じ戦闘服リオンスーツを与えることになるなんてな……」

 本来なら、こんなものとは無縁で育つはずだった可愛い娘。クリスタル・アルファの力で生き長らえ、その代償として、命を狙われることになり、そして結果、娘は自分自身が戦うという選択をした。

 皮肉なことに、クリスタル・アルファは女性の生体エナジーに強く反応し、強大な力を与えた。男性には、ほんのわずかな力しか反応しなかった。  

かつて、由利がスーツを着たのもそれが理由だった。

『私が戦えるのなら、それでいいのよ重三郎。……え、危ないって? 大丈夫よ! 大天才のあなたが作ってくれたスーツだもの。むしろ、……なーんてね』

 笑顔で話す由利を思い出し、重三郎は思わず、由香利を抱く腕の力を強くした。

「……うらみますか、僕を」

 重三郎の隣に立っていた早田が、俯いたまま呟いた。

「ん、どうしてさ」

「僕と出会うことが無ければ、由利さんも、由香利ちゃんも、こんなことには……」

「馬鹿いうな。何も知らずに地球ぶっ壊されて死ぬよりマシだ。由香利を守る手段があるだけ、僕は感謝しているんだ。だから早田、お前は自分を責め過ぎるな。お前を責めたところで、何もならないし……それに、僕一人では由香利を守れない。お前が居てくれたから、こうして生きているんだ、僕も、そして由香利も」

「博士……」 

《ユカリは重三郎のことも、早田のことも同じように大事に思っている。誰も傷つけられたくないと願っている。だからこそ、選択をしたのだ。戦うという選択を……》

 不意に降ってきた、アルファの言葉に、重三郎と早田は眠っている由香利を見やる。すやすやと眠る由香利は、まだ幼さの残る顔をしていた。

「……良い大人が泣き言言ってちゃ、恥ずかしいですね、博士」

「ああ、そうだとも。僕らは、僕らのやり方で由香利を、守り抜く」

「ええ、絶対に」

 決意の炎を瞳にたたえ、二人の大人は頷きあった。

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