7.私ってすごい⁈初めての「超絶変身」

 地球の周りを、一つの宇宙ゴミスペースデブリがひっそりと浮遊している。不思議なことに、それは地球上のどの国の衛星も、レーダーも、存在を確認していなかった。

 それこそが、異次元モンスター達が潜む宇宙船であった。周りを宇宙ゴミで覆い、地球上には存在しない技術でステルス状態にしていたのだ。

 その宇宙船の一室で、ひときわ明るい光が走った。カプセルの隣の姿見……『異次元ゲート』と呼ばれるその中からゆっくりと姿を現したのは、怪人デ・ジタールだった。

ぼろぼろになった皮ベルトをたらし、息も絶え絶えに歩く。その様子を、サルハーフは無言のまま傍観していた。

「ツ、ツ、ツヨカッタ……ア、ア、アルファノ……チ、チ、チカラ……」

 サルハーフは何も言わず、身体に巻き付けられた触手を伸ばし、デ・ジタールを拘束した。不思議なことにデ・ジタールは抵抗一つせず、大人しいままだ。

 するとサルハーフの触手が、紫色の光を帯びて、怪しく光った。そして、光はやがてデ・ジタールの全身を包み込むように広がった。

「……思ったよりも損傷が激しいのネ、侮っていたワ。……あら? 攻撃されていないノ? 相手は防御していただけですっテ?」

 瞳を閉じたサルハーフは、己の触手からデ・ジタールの核であるクリスタル・ベータに接触し、由香利と対峙したときの記憶を読みとっていたのだ。言語機能が未発達の異次元モンスターにとって、一番効率の良い情報伝達方法だった。

 暫くの間デ・ジタールを拘束していた触手は解け、シュルシュルと音を立ててサルハーフの身体へ戻っていった。戒めの解けたデ・ジタールは、憔悴しきっていた。7セグメントディスプレイを弱々しく変えながら、壁際の開いたカプセルに入っていった。

「次の襲撃までに、傷を癒しておくことね、デ・ジタール」

 サルハーフの投げつけるような言葉を無視するように、デ・ジタールの入ったカプセルの扉は閉ざされた。そしてすぐに、脇に置かれたディスプレイが『メンテナンス』の青白い文字を表示した。

 宇宙船の中に響くのは、カプセルや宇宙船の低い動作音だけになった。

「クリスタル・アルファめ……どこまで私たちに刃向かうつもりなのかしラ……」

 小窓から見える地球を眺めながら、サルハーフは憎々しげに呟いた。


***


 一夜明けて。

 朝日の眩しい日差しが、目覚めた由香利の気分を良くさせた。傍らにあった普段着に着替えると、昨日渡されたリオンチェンジャーをどこに着けるか少しだけ思案して、胸にある大きなリボンの中央に着ける事に決めた。

 ダイニングには既に重三郎と早田が居た。三人でいつも通りに朝食を摂った後、訓練を行う部屋に行くことになった。廊下の突き当たりにある、ひっそりと薄暗い地下への階段を降りていくと、冷たい空気が漂う中に、厳しい扉があった。『天野科学秘密研究所』と書かれたレトロなデザインのプレートが掛かっている。

「いわば僕らの秘密基地みたいなものさ」 

 そう言いながら重三郎はプレートの裏をひっくり返し、プレートにくっついているガラス板に右の手のひらをべったりくっつけると、ガラス板がぴかりと光って、重三郎の手のひらを読みとった。

 見た目の古めかしさと対照的な解錠の仕方に、由香利が目を丸くする。

 それを見た重三郎は、いたずらが成功して嬉しがる少年のような笑みを浮かべながら、白衣のポケットから今度は古い鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。鍵の開く音がすると、重三郎はドアノブに手を掛けて室内に入っていった。

「さ、由香利ちゃんも入って」

 早田に促され、重三郎の後ろにくっついて部屋に入る。予想以上に天井は高く、地下にあることが信じられないくらい、広々とした部屋だった。

 そして目に付いたのは、部屋の真ん中に堂々と置かれている、透明で大きなドームだった。それはまるで、大きなダイヤモンドのように見えた。

 ドームの横にはたくさんのコンピューターが並べられ、その周りには見た事も無い機械が何台も置かれている。辺りを見渡すと、左右の壁一面が本棚になっていて、様々な本が、ぎっしりと詰め込まれていた。

「真ん中のドームは、リオンスーツの開発の為に作った『リオンドーム』さ。この中でアルファの力をめいっぱい開放しても、周りに影響は無い。もちろん、万が一何かあったら、すぐに僕らが中に入れるようになってるよ」

 重三郎は部屋の中をスキップするような足取りで、たくさんの機械のスイッチを次々に入れて回っている。

「まずは、リオンスーツの調整からしてみようか。由香利、ドームの中に入ってごらん」

 自動ドアのように開かれた入り口からドームに入る。入った瞬間、由香利の身体に、ごくごく弱い電流のような衝撃が走った。

【心配するな、ユカリ。私とドームが同調シンクロしただけだ。ドームが緑色に変化しただろう】

(あ、ほんとだ)

 アルファの言葉通り、先ほどまで無色透明だったドームの色が、リオンクリスタルと同じ緑色に、うっすら染まっている。

【完全に同調するまでには、少々時間がかかりそうだ】

「由香利、リオンスーツの装着方法を教えよう。リオンチェンジャーは、由香利の声紋とキーワードによって反応する。装着の仕組みなんだけど、まず、由香利の体内にあるアルファと、由香利自身の生体エナジーが反応し、リオン粒子が生み出される。リオンチェンジャーはいわば設計図。粒子を再構成すると、リオンスーツが出来る。まあ、こんなところかな」

「噛み砕いて言うと、変身呪文、って言えばいいかな。由香利ちゃんが昔見ていた、魔法少女もののアニメのようなもの、かな」

 スピーカーから聞こえてきた重三郎と早田の説明に、由香利は自分が呪文を叫ぶ様子を想像して、もっと小さい頃なら恥ずかしがらずに出来たのにな、と胸中で呟いた。

「お父さんの言う順番でやってごらん。まず、リオンチェンジャーのクリスタルを指で押す」

 由香利は重三郎の言葉に沿って、リオンチェンジャーのクリスタルを指でそっと押した。すると、返事をするかのように光輝いた。

「そして、キーワードを言う。最初だから、出来れば認識しやすいように、大声が良い。キーワードは……『超絶変身』」

【さあ、始めよう、ユカリ】

 アルファの声が、背中を押した。

「超絶、変身!」

 声に出した瞬間、初めてアルファの力が目覚めた時の、あの衝撃が身体を貫くように走った。

 由香利の足元に六角形のエメラルドグリーンの光が浮かび上がり、下から筒状の光が噴出すと、身体は結晶のような空間に閉じ込められた。内部に満ちた光が由香利の身体をコーティングすると、ボディスーツのような服になった。すると胸がふくらみ、手足が伸び、二つに縛っていた髪の毛はほどけ、ロングヘアーになった。

 さらにたくさんの光が、足にブーツ、腕、胸、腰、肩にはプロテクター、頭にはヘルメットの形となって、由香利の身体に装着されていった。

 首もとに光が集まり、スカーフのように伸びる。由香利を包み込んでいた結晶が砕けるように消えて、変身した由香利の姿があらわになった。

 ぴったりとした黒色のレオタードに、銀色に輝くプロテクター、両耳部分がウサギのように長く伸びた姿が特徴的なヘルメット。

 由香利はうな垂れていた顔をゆっくりと上げた。腕や足を少し動かして、自分の纏ったスーツの着心地を確かめる。ゴーグルから透けて見える視界が、心なしか広く見えることが不思議だった。

「なんか、周りが広く見える……」

【スーツとより一体化するため、ユカリの遺伝子情報を解析し、十七、八歳の肉体に変化させているからだ】

「え……ええっ!?」

 由香利は驚き、思わずドームに写った自分の姿を見た。すらりと伸びた足、ふっくらとした胸、サラサラのロングヘアーの大人びた少女の姿は、まるで別人のようだった。

「由香利ちゃん、具合は悪くない? 身体、動かせる?」

 軽い高揚感はあったが、気分は悪くなかった。早田の声に応えるように、腕を上げて振って見せる。特に違和感も無かった。常にあの暖かさに包まれているようだった。

「身体機能の異常なし、スーツとの同調シンクロ率50%を越えています」

「予想はしていたが、凄いな。リオンスーツの一体化がここまでのものとはなあ。由利の時でさえ、ここまでうまくはいかなかった」

「やはり、由香利ちゃんの体内にあるクリスタル・アルファが、より同調率を上げているのでしょう」

「よし、そのままテストに入ろう。今から由香利の前にハードルをバーチャルリアリティシステムで投影させる。それを飛び越えてみてくれ」

 数メートル先に学校の体育の時間で見たことのあるハードルが現れると、由香利はちょっと気が重くなった。体育の時間でハードル走をやったときに、盛大にコケてしまったことを思い出したのだ。

(うまくできるかな。私、ハードル走苦手なんだ)

【大丈夫だ、ユカリ。今の君の身体能力は、遙かに高くなっている。後ろに下がって、助走してごらん】

「う、うん」

 後ろに下がり、地面を蹴ると、ふっ、と両足が急に軽くなる感覚がして、普段からは考えられないくらいのスピードで走り出していた。

「えええええっ!?」

【ジャンプだ、ユカリ!】

 アルファの声を合図にして、由香利は地面を蹴って、大きく足を開いた。すると身体は見る見るうちに宙に浮き、ドームの天井に、頭がぶつかる高さまで上昇した。

「すっごい! すごいすごい!! すご――」

 ハードルの真上を軽々と通過した自分に、驚きを隠せない。興奮で頭がいっぱいになっていたので、由香利は自分が地面に落ちることを忘れていた。

【着地するぞ!】

「あっ、わああああっ!?」

 意識を向けた時にはもう遅く、由香利の身体はバランスを失い、真っ逆さまに床に向かって落ちていく。

「由香利っ!!」

 思わず重三郎がドームの中に駆け込んだと同時だった。

 床にぶつかる寸前、スーツからエメラルドグリーンの光が六角型に広がった。キィィィン! と耳をつんざく高い音を響かせ、由香利を衝突から守った。

 光が消え、床に倒れている由香利の姿があった。重三郎はすぐに駆け寄り、抱き起こす。名を呼ぶと、すぐに由香利は目を開けた。

【自動バリヤーが作動した。大丈夫だ、ユカリ】

「お父さん……バリヤーが、私を守ってくれたみたい」

「ちゃんと作動したのか……ああ、良かった。立てるか?」

 由香利は重三郎の肩を借りて、すっくと立った。腕や足を見ても、どこも傷ついていないし、バリヤーが身体を受け止めた際は、まるでクッションに落ちたような感触だったので、予想したような痛みはなかった。

「コレが、アルファの力……?」

「人間の生体エナジーを元に、あらゆる物質に変化できる元素粒子を生み出し、そして原子エネルギーと同等の力を持つ、奇跡の宝石。それが、リオンクリスタル・アルファ。リオンスーツは、その力を利用できるように作った、唯一無二の存在だ。さあ、テストを続けて、一刻も早く、スーツを使いこなせるようにしよう。それが、由香利を守る、唯一の方法だ」

 重三郎の真剣な声に、由香利は頷いた。

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