第二十一呪 Share (t)he curse

 死晴ですはれ喰怒くうどさくら無幸むこうのおかげで、ディスオーダールームの住人は続々と増えていった。

 赫遺あかいから言い渡されていたのは、とにかく一人でも多くの呪質持ちを集めろということだけ。二人はどんな呪質持ちでもなりふり構わず、勧誘してきた。


 ほぼ同時期にディスオーダールームにやってきたのは、剥血はくちりぼんと愛不あいず閇妬へいとの二人。

 剥血はくち愛不あいずも、呪われた体質のせいで一人きりの孤独な生活を送っていたところを見つけ、連れてきた。


 ディスオーダールームの住人も五人に増え、一緒に日常生活は送れないとはいえ少しだがまとまりができてきていた。剥血は自分の周囲に冷気を振りまき、近距離まで近づかれると凍り付かせてしまう体質のせいで離れて話すことくらいしかできず、愛不に至っては彼女の姿を見てしまうと殺意を抱き彼女を殺してしまうため、常に目をつぶるか視線を送らずに接することしかできない。

 それでも桜は、同じ呪われた体質に苦しむ二人を励ますためにも、出来るだけコミュニケーションをとるように努めていた。


「……鴉、少しいいかしら」

「どうしたんだ桜」

「あなたの目的のために呪質持ちを何人か集めているけれど……結局、私たちに何が出来るというの? 無限の命を得るなんてこと、どうして私たちみたいな人間崩れが出来るというのかしら」


 桜はディスオーダールームで日々を過ごし、ひとつ疑問に思うことがあった。

 無限の命を得るという、赫遺の目的。そのために必要なのが、呪われた体質を持つ者たち。そう聞いてはいたが、実際どういう理由で呪質持ちを集めているのかわからない。

 現在、ディスオーダールームにいる呪質持ちは五人。未来予知・鉄人間・人間解熱剤・殺意受難者。どれもこれも、無限の命とやらに関係している体質は無いように思える。


「……実際に無限の命を得るために必要なのは、一人の少年だよ桜。君たちや俺自身は、その少年を捕らえ、守るために動くだけなんだ。……その少年の名は家篭いえろう呪錄じゅろく。彼こそが、無限の命を生みだす呪質持ちさ」

家篭いえろう……呪錄じゅろく……」







「呪錄という男の周りには、邪魔が何人かいてな」


 キッチンで皿洗いをしながら、死晴はカウンター越しに桜と話している。

 夕飯を食べ終え、当番制の後片付けを彼が始めてから、桜が彼にこう聞いた。

 家篭呪錄とはどういう男なのか、と。


「邪魔?」

「ああそうだ。家篭呪錄本人に関しては、特に言う事は無い。……強いて言うなら、どうも家に引き篭もって生活しているということくらいだ」


 家篭という少年のことを桜は知らない。赫遺からはその名前を聞いただけで、どんな人物なのかは教えてくれなかった。自分たちにとって重要な人物だという事はわかったが、それ以上の詳しい事を知りたくて、死晴に話を持ち掛けたのだ。


「呪錄をはやくここへ連れてきたいのは山々なんだがな、あいつの周りにはそれを阻止しようとする奴らが何人かいる」

「阻止って……どういうことよ。その家篭って子、お金持ちの息子か何か?」

「いや。呪錄の家庭はごく一般的だ。それに両親をすでに亡くしている。……邪魔ってのは三人いる。一人は蜂惑はちわく怠躯だるくという男、そいつに付き従っている乂真かるま黒雨流くろうるという女と、もう一人が呪錄に付きまとう刕琵道りびどう尼静でいしずという殺人鬼だ」


 死晴は呪質持ちを集めながら、家篭呪錄と、その周囲の状況について調べるという事も赫遺の命令で行っていた。彼が知りえた情報を、桜は興味深そうに聞いていく。

 家篭呪錄を取り巻く、赫遺を敵対視する呪質持ちたち。


「……その三人も、私たちと同じ呪質持ちなのよね」

「ああそうだ。どんな呪質持ちかはわからんが、そうだということはオレも赫遺さんから聞いている」

「どうしてその三人が邪魔だっていうの?」

「なにを企んでいるかオレも知らんが……どうも赫遺さんを敵対視していて、家篭呪錄をこちらに渡そうとしない。渡す渡さないの意志があるないにかかわらず、オレは呪錄を連れてくるつもりだが……厄介なのが刕琵道という女でな」

「……殺人鬼、って言ってたけど。もしかして、石柄いしがら町を騒がしてる連続殺人鬼のこと?」


 殺人鬼という言葉を聞けば、恐らく石柄町に住む誰もが顔を青くするだろう。なぜならこの町には、百人以上を殺害している殺人鬼が潜んでいるのだから。

 その噂は町中の誰もが知っており、知っているのにも関わらずいまだ犯人は捕まっていない。殺害された被害者は例外なく日本刀のような鋭利な刃物で斬り刻まれており、現場は血で真っ赤に染まっているという。


 桜も勿論その殺人鬼の噂は知っていた。知っているどころか、桜は自身の未来予知の体質で、刕琵道の姿をイメージとして視たことがあった。

 腰まで伸びた長い髪、獲物を狩る狩人のような鋭い目つき。まばたき一つしないその目をよく覚えている。桜はそのとき視た未来で、刕琵道に殺されてしまう被害者を助けようとはしなかった。

 何故ならその未来を視たのは、運命の残酷さを知ったあとだったから。被害者を助けたとしても、死の運命は他の誰かに降りかかる。死ぬはずがなかったかもしれない人が死んでしまうとわかっていたから。


 死晴は全ての食器を洗い終え、水道の蛇口を捻って止める。

 手摺にかけてあったタオルで手を拭い、キッチンから出ていく。


「そうだ。刕琵道尼静は常人離れした身体能力を備えている……オレですらまともにやりあえば無事では済まないほどにな。奴が呪錄の近くにいる限り、オレたちは手が出せない」

「……なるほどね。だから今は準備期間ってわけ……それはわかったわ。それで、その呪錄って子がどうして私たちに必要になるの?」

「それは赫遺さんしか知らない。オレも教えてもらってはいないが……家篭いえろう呪錄じゅろくの呪質こそが、無限の命を得るために必要不可欠なんだそうだ」

「……そう。」



 思えば桜は、この頃から心の中に潜む妙な不信感を感じていたのかもしれない。

 それは言葉には言い表せないが、喉元に何かが引っかかっているような、しばらく残り消えない違和感。

 赫遺あかいは無限の命を欲している。それは人間を死という恐怖から解放するため。そう桜は聞いている。桜だけでなく、他の住人達にも同じことを言っているだろう。呪質を持つ者は、その体質に苦しめられている。しかし、死という概念が自らの身体から消え去れば、その苦しみすらも消える、と。


 赫遺は人間が抱く恐怖の根元が死の概念であると考えている。それについての話は今までに何度も彼自身の口からきいている。

 恐怖というものに縛られている人間が、いかにしてその『呪縛』から解放されるか? 彼の答えは、根元から『枯らす』というもの。恐怖の根元である死を枯らせば、枝分かれしていく恐怖も根腐れを起こし消えていく、と。


 一見すると、赫遺の理想はこれ以上ないほどに人間臭く、同時に人間離れしている。常識に囚われずに考えれば、ごく自然と言ってもいいほどの理想。

 それを実行しようとしている彼の姿は、恐怖に苦しむ者から見れば光輝いて見えるだろう。実際、桜も赫遺をそういう目で見ていた。


「…………」


 しかし最近、赫遺の表情が、なにか薄っぺらく感じることが多くなってきていた。

 どうしてそんな風に見えてしまうのか、そのときの桜にはまだわかっていなかったのだが。







「―――見えるかい、みんな?」


 パソコンの画面に映る、光の無い眼をした赫遺の姿。

 桜は自室でソファに座り、その画面を眺めている。


「見えてるわよ、他の皆も全員ね」


 その日、赫遺は全員でコミュニケーションをなんとか取ろうと思い立ち、パソコンのビデオ通話を使ってみた。全員の部屋に一台ずつパソコンを置き、それぞれがグループ通話にアクセスする。

 画面に映る四人の姿を見て、たしかにこれは妙案だと桜も思った。

 部屋から出ることの出来ない住人も、これならばみんなの顔を見ながら話すことが出来る。


「今の世の中は便利だよな。こうやって離れていてもみんなの顔を見ながら話すことが出来るんだから」

「そんなに感心するほどじゃないと思うけれど。……けど、こうやって話せるのは嬉しいわね、剥血はくち愛不あいず。」

「は、はいっ。けどすみません……あんまりパソコンに近づくと凍っちゃうから、ボクだけなんだかちいさくて……」


 画面に映る剥血の姿は、カメラから離れている所為でずいぶんと小さく映っている。これでは部屋で話すときとあまり変わらないように思えるが、こうして別室で話すをする分には、いつまでも話そうと思えば話すことが出来る。

 普段なら、剥血の部屋にはどれだけ厚着をしていっても、一時間といられないのだから。


愛不あいず、カメラをオンにしてもいいんだぞ? 君の体質も、さすがに電波に乗れば効力を失うと思うから」

「……いえ、いいんです。……それに私、人の目を見て話せないです……」


 分割された画面のうちの一つは、真っ黒に染まっている。

 本当ならば、普段しっかりと見たことが無い愛不の顔を見てみたいと思ったが、彼女がそれを拒否するのなら無理強いはしまいと、赫遺も話を続ける。


「―――それじゃあ、今日は滅多に出来ない、住人全員が集まっての会話だ。いろいろ話していきたいと思う」

「……死晴、あなたちゃんと聞いてるわよね?」

「なんだ。聞こえているが」

「たまにでいいから、まばたきしたり頭を動かしてくれないかしら。あなたの画面だけフリーズしてるみたいに見えるわ」

「ははは。死晴はやろうと思えば睫毛一本動かさずにいれるからな」

「死晴さん、静止画みたいになってますよっ」


 死晴はそう指摘されても、無表情のまま少しだけ唸るだけ。その様子を見て、桜も他のメンバーもくすくすと微笑んだ。

 桜はテーブルの上の煙草の箱に手を伸ばし、一本取り出して咥えて火をつけた。


「ははは……。さて、じゃあ俺からみんなに聞いてみたかったことがあるんだ」

「なにかしら」

「……将来、何になりたい?」

「将来? なによそれ、剥血にならともかく、私たちにまで訊くこと?」


 将来の夢はなんですか。なんて質問は、子供の頃に飽きるほど訊かれたものだ。

 大人になってからそんなことは訊かれなくなったし、訊こうとする人もいないだろう。将来何になりたいか、の将来というものが既に訪れてしまっているのだから。


「いまだになりたいものがあるならそれを言ってくれればいいし、ないなら子供のころに憧れてたものを言ってくれればいいさ。……まぁ、年齢的に一番答えやすいのはたしかにりぼんかもな。りぼんは将来の夢があるかい?」

「ぼっ、ボクですかっ! うーん……普通に生活したい、っていうのは違いますよねっ?」

「ああ、それじゃあ全員がそれを言って終わりになっちゃうからな」

「えぇと……それなら、ボクは動物のお医者さんになってみたいですっ、猫とか犬とかが好きなのでっ」

「獣医さんね……いいんじゃない、なんだか可愛らしくて」


 赫遺は次に愛不に将来の夢を訊く。

 愛不は小さな声で、どもりながらそれに答えた。


「ぁ、の……いま、は……なりたいものなんて、ないんですけど……子供の頃は、あぁ、アイドルに、なってみたかったです……」

「アイドルかぁ……こうなるとますます、愛不の顔が見てみたいな。今でもなれるくらい綺麗かもしれないし」

「ぃや、そん、なっ……は、恥ずかしいです、やっぱり……」


 愛不は恥ずかしがっているが、もしかしたら赫遺の言う通りいまでも通用するかもしれないと桜は思った。初めて会った時に見た彼女の姿を覚えていたが、少なくともスタイルはかなりいい方だったはずだ。顔は長い前髪に隠れて見えなかったけれど、声だって高くて可愛らしい声をしている。

 続いて死晴が答える番が来た。


「オレは……小さい頃からおかしな施設で過ごしてましたから。将来なにになりたいか、なんて考えたことがなかったです。……なんでもいい、普通に暮らしてみたいです。サラリーマンとかでも」

「夢が無い子供みたいなことを言うんだな死晴。まぁ、普通の人生を暮らすってのもいいものだと俺は思うよ。変に夢を追いかけるより、不幸と幸せが釣り合うくらいの安定した生活を過ごすのもさ。社会ってのは人間をどうしても消耗品のように扱いたがるからな……いっそのことそれを受け入れてしまえば、心に波風が立たない平穏を手に入れられるのかもしれないな」

「……そうですね。幸せとか不幸せとかじゃなくて、オレはとにかく生活が送りたいです。人間らしい生活を」


 死晴の答えを聞き終わって、赫遺は画面越しに桜に視線を送る。次は桜の番だと言葉に出さずに。

 桜は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて、一息吐きながら答え始めた。


「私は……昔から本を読むのが好きだったわ。ノンフィクションっていうのかしら、実在の人物を書いた小説がね。……妙なリアルさが伝わってくるのよ、文字って。映像作品じゃ味わえない、文字を読むってことが好きだった。……たまに思うことはあるわ、自分も小説家になってみたいなって」

「実際書いたりはしないのか?」

「……書くよりも読むほうが好きだから、あんまり書きたいとは思わないわね」

「桜なら面白いものが書けそうだけどな。自分を書けばなおいいんじゃないか? 俺たちは呪われた体質を持っている。それを原案にすれば、非現実的でこれ以上ないリアルなものが書けそうだけど」

「……検討しておくわ。……で、あなたはどうなのよ鴉」


 桜ははやく自分の話を終えたかったのか、話題を赫遺本人に振り返した。

 赫遺はしばらくうんうんと唸りながら考える。自分から振っておいた話題なんだから、てっきり答えは用意しているものだと桜は思っていた。


「赫遺さんなら、学校の先生とかになれそうじゃないですかっ? ボク、赫遺さんみたいに色んな事を知っている先生になら、教わりたいって思いますっ」

「てっきり哲学者とか言うと思ってたわ。お金にならないから嫌かしら?」

「いや、金銭的な欲求はあまり俺にはないよ。……教師って言うのもなんだか性に合わないなぁ」

「はぁ……じゃあ、なにがあるのよ? 自分で振っておいたくせに」

「……そうだな。強いて言うなら―――」


「―――神様にでもなってみたいな」


 画面越しに映る赫遺の瞳の奥は、底の見えない暗闇が広がっているようだった。

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