ディスオーダールーム

第七呪 生き損ない「鉄人1010号」

 僕の眼は、モノの寿命を視ることが出来る。それは人でも物でもだ。人の場合は言葉通り、死ぬまでの時間。物の場合は、それが破壊されるまでの時間。僕の眼はそういった寿命を視ることが出来る、はずなのだが。

 こう言った例外に会うのは初めてだ。蜂惑はちわくの事務所に、窓をぶち破って入ってきたこの男。


 死晴ですはれ喰怒くうどには、寿命が無い。

 いや、寿命が既に尽きていると言ったほうが正しいのだろうか。この男に浮かび上がるノイズは、既にゼロに達している。死んでいるということだ。なのにこの男は生きている、喋っている、動いている。

 どういうことだ? その答えを出す術は僕には無かった。


「……黒雨流くろうる、この男を頼む」

「わかりました」


 蜂惑は死晴の横を通り抜け、僕の腕を掴む。ここから一緒に逃げろということだろうか。向き合ったままの死晴と乂真かるまを後目に、僕ら二人は事務所の扉を開け放して外へ出る。

 事務所は雑居ビルの二階にある。扉を抜けるとそこは階段の踊り場だ。僕らは階段を一気に駆け下りていく。


呪錄じゅろく、君はあの男に見覚えはあるか?」

「知らないよ! そっちこそどうなんだよ!」

「……いや、全くだな。そもそも私の頭の中には日本に住む人間の99.9%の情報がある。その中の誰とも一致しない、残りの0.1%らしいな」

「あのなァ、いまアンタの記憶自慢はどうでもいいんだよ! というか何で0.1%だけ情報が無いんだよ! さっき世界中の人間について調べたとか言ってたじゃないか!」

「調べられる範囲での話だ。どうやっても調べられない人間も居るさ。例えば行方不明になった人間とか、既に死んでいる人間とかね。それらも出来るだけ調べていたのだが、どうしても情報が失われていることだってあるさ」


 既に死んでいる人間。そう言われて僕はピンと来た。


「……じゃあその、既に死んでいる人間なんだろうな、あの死晴ですはれ喰怒くうどとかいう男は! あの男、寿命が尽きてた! 死に体だったんだ!」

「寿命が尽きていた? どういうことだ呪錄、あの男のノイズを視たのか?」

「ああ視たよ、でもゼロだったんだ!」

「……既に死んでいる、か。おかしな話だが、もしかするとあの男も呪われた体質を持っていて、そんな奇妙な話になっているのかもしれないな……ところで呪錄、私のノイズはどうなっている?」

「大丈夫だよ! さっき乂真のノイズも視たけど、どっちとも変わりなくカンストしてた! 死にはしないよ!」


 僕の眼は寿命を視れるが、それは突発的な死にも対応している。運命を読んでいると言っても過言ではない。数時間後に交通事故で死んだりする運命なら、その運命を含めた寿命を視れる。だから少なくとも、乂真も蜂惑も死なないということだ。あの男に殺される運命なら、ノイズが動いてるハズだからな。


「……既に死んでいる男。0.1%内の人間。呪われた体質。命令。家篭呪錄を殺してはならない。私と乂真黒雨流を殺害。殲滅条件―――」


 階段を降りきったところで、蜂惑はブツブツと呟き始めた。この男お得意の『記憶整理』だ。蜂惑の頭には常人の何百倍という記憶が事細かに記憶されている。その記憶を継ぎ接ぎにしていき、整理、そして繋ぎ合わせて結論を導き出す。

 僕は肩で息をしながら、蜂惑の記憶整理が完了するのを待つ。


「―――なるほど、遂に動き出したということか」

「なにか分かったのか?」

「……準備が整ったのか? こちらのカードを全て切りきれると確信を得たというのか。なるほど。死晴ですはれ喰怒くうどもその内の一人と言うワケか」

「おい蜂惑! なんなんだよ一体!?」

「……呪錄、君はこの数か月の間、誰に会った?」

「は? 何だよいきなり」


 これだからこの男は嫌いなんだ。自分の頭の中だけで納得してしまうから、話しているこちらとしては何が何だかわからない。


「いいから答えるのだ」

「……そりゃ、刕琵道りびどうにはほぼ毎日会ってるし、近所の羅双らふたろらめとも会ったよ」

「それだけか?」

「……そうだよ、他には会ってない」


 僕は嘘をついた。なぜ嘘をついたのか、それは僕の共犯者のことをこの男に話すのに抵抗があったからだ。僕は蜂惑を信用しきっていない。うかつに共犯者の名前を出すことを、本能が拒否した。


「―――減尸へるし哭栖なくす搦鮫からさめ嘛气まきには会っていないのか?」


 心臓がドン、と激しく鳴った。僕は、僕は二人の事を蜂惑に話したことが無い。

 一度だってない。哭栖の名前も、嘛气の名前も、喋ったことは無いんだ。なのにこの男は、その二人の名前を出してきた。

 鼓動がどんどん速くなっていくのを感じる。


「どうして、知って……」

「やはり会っていたか。君の行動は向こう側にも筒抜けだったということだな……しかし刕琵道りびどうは何をしていたのだ? こういう時の為の監視役だろうに」

「おい、蜂惑……お前、何なんだよ、一体」

「仕方が無い。まぁ時期も頃合いだろう……呪錄、お前はすぐに家に帰れ。そして刕琵道に会ってこい、彼女がお前を守ってくれる」









「―――乂真かるま黒雨流くろうる、どういうことだこれは?」


 目の前に転がる女を見下しながらオレは尋ねた。殲滅条件を満たした乂真を殺害したのはいいが、どういうことか、殺害しきれていない。どうなっている? オレは命令通りに行動を起こした。適当にテーブルを破壊して、長い木片を作った。本当は鉄パイプが一番使いやすいのだが、木片をそれに見立てて使った。乂真の胸の中心にそれを、突き立てた。完全に貫通しているはずだ。心臓の位置から少しずれていたとしても問題は無い。徐々に絶命に至るはずだ。

 しかしどうだ? 乂真は死んでいない。起き上がってくる。胸に長い木片を突き刺しながら、全く傷を負っている気配が無い。


「残念だったな死晴ですはれとやら。この程度じゃ私は死ねないんだ」


 乂真はナイフを握りしめ、オレの身体に向かってそれを振るう。

 しかし、それは無駄な行為だ。


「くっ……便利な『体質』だな。体中、鉄で出来ているのか? お前は」

「少し違うな。オレは身体を鋼鉄に出来る体質だ。もともと鉄で出来ているわけではない。ロボットじゃないんだからな」


 オレに傷をつけることは不可能だ。あんな小さいナイフなど、この鋼鉄の身体が全て弾く。


「……しかし不思議なのはお前の身体だ。オレは疑問を持つ。その身体どうなっている? 痛みは無いのか? 痛覚を感じないのか?」

「痛いに決まってるだろ、胸にこんなものが刺さってるんだからな」

「疑問は解決しなければ納得できない。調べさせてもらうぞ」


 オレは乂真の肩を掴み、その身体に突き刺さっている木片を引き抜いた。ふむ、確かに痛覚はあるらしい。引き抜く瞬間に痛みが表情に表れたからな。


「おかしいな、血が一滴も出ていないぞ?」


 乂真は何度も俺の身体をナイフで斬りつけるが、鉄にキンキンと虚しく当たる音だけが響く。疑問が膨らんできた。コイツの身体はどうなっているんだ? 引き抜いた傷口の穴に両手の指を突っ込んで、そのまま引き千切るように引っ張ってみる。


「ッ、ぅがぁあぁぁぁっぁッ!!」


 間違いなく痛みはあるようだ。小うるさい悲鳴が俺の耳を刺してくる。ぶちぶちと肉を引き裂いていき、首からへそのあたりにかけてを開いてみたが、俺の目に入ってきたのは驚くべき光景だった。


「……これがお前の体質か」


 空洞。

 乂真の身体の中には、何も入っていない。ただ皮の裏側、真っ黒な空間が広がっているだけだ。


「どうやって動いているんだ? 心臓も無い、筋肉も無い、血管も他の内臓も、骨すらも無い。おかしいな、外からはしっかりと身体の内側の感覚があったのだが」

「ぐっぅうぅ……女の身体の中なんて、じろじろ見るもんじゃないぞっ!」


 乂真が腕を振るう。ナイフは真っ直ぐにオレの左目を目指して突き放たれる。不味いな、そう思った時には既に遅かった。

 オレは身体に傷を負うことが無い。それは絶対であるし、自分自身の自信にもなっていた。しかしそれが仇となった。防御というものに意識を向けることが今までなかったせいで、不意に繰り出された攻撃になす術もないまま。

 左目が音を立てて潰れた。


「―――やはり、『こういうところ』は無防備らしいな」

「ッ……貴様」

「痛みを感じないのはお前の方なんじゃないか? ぶっ刺した眼から血も一滴だって出てないぞ」

「……あァ、その通りだ。だからこそ、オレに似ているお前に興味を示したんだ」


 左目に突き刺さったナイフを抜き取り、オレはそのまま乂真の顔面に振り下ろそうと構える。命令には従わなければならない。たとえこいつが『オレと同じよう』に不可死であるとしても、バラバラに刻んで行動不能まで追いつめなければならない。


「乂真黒雨流、命令からは少しズレるが……お前を動けなくなるまで刻んでやる―――――」


 ふと窓の外を見ると、事務所から出ていった家篭いえろうがどこかに向かって一人で走り出していた。

 あの方向は、家篭の家の方角だ。まずいな、蜂惑が何を吹き込んだのかは知らないが、家篭は家に向かっている。つまり、刕琵道りびどう尼静でいしずの元に向かっている。


 オレは顔をそのままに、横目で四肢を無くしてもがいている乂真をちらりと見る。


「お前らが何を企んでいたのかは知らんがな、家篭呪錄はオレたちが保護する……残念だったな乂真」

「貴様ッ……」

「……さて、最優先すべきは家篭の保護だ。ルートはここから2km先までは一つに限られている、急いでその地点までに追いつかなくては」


 オレはまた窓から飛び出して、家篭が向かった方向へと走り出す。入り口のあたりに蜂惑の姿が見えなかったが、恐らく事務所の方へと戻って来ていたのだろう。まぁいい、中に居るのは動けない乂真一人だ。こいつの治療に手間取り、何もできはしないだろう。

 待っていろ家篭。お前を刕琵道に会わせるわけにはいかない。オレが、いや、あの方がお前を助けて下さるだろう。


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