第三呪 ドキドキが私の子守歌

 【呪われた体質】と呼ばれるモノを、僕は持っている。

 それは特殊能力だとか、超能力だとか、そういったポジティブなイメージのものでは決してない。あくまでも体質である。その呪いの部分以外は、通常の人間となんら変わりは無い。この【呪われた体質】を持つ者は、僕の知りうる限りでだが、全部で六人いる。この数字すらも縁起が悪い気がしてならない。


 僕こと家篭いえろう呪錄じゅろくの体質は、「ありとあらゆるモノの寿命を視れること」。対象それが人間であろうがペットボトルであろうが、虫であろうが家であろうが家具であろうが、雲であろうが車であろうが。とにかくなんでもだ。この世に存在する全てのモノの寿命を視ることが出来る。

 どういう風に視えるのかというと、こう例えるとわかりやすいだろう。ゲームをプレイしているときに、敵の上に残りの体力が表示されるだろう? あんな感じと思って貰えれば一番いい。実際あんな風に視えてしまうのだ、寿命が。


 【呪われた体質】は、人によって様々である。窓の外からこちらに向かって声を掛けてきている、あの少女も体質持ちだ。


「おにぃーーーちゃーーーーん!」


 カーテンを開けて、窓の外を見てみる。僕の家の敷地をぐるりと囲むように建てられた高さ二メートルほどのレンガ造りの塀。その塀をよじ登ったのか、上に立ってこちらに大声で呼びかけている少女がいた。

 僕の家の庭は広い。僕と少女の間の距離は大体四十メートルくらいは離れている。これだけ離れているのだから、大声を出さないと窓越しに僕の耳には届かないというのはわかるが、流石にここまで大声で話されると近所迷惑も甚だしい。

 僕は窓越しに少女に手を振り、ジェスチャーで窓のそばまで来るように伝えた。すると少女は満面の笑みを浮かべ、塀を飛び下りこちらへ走ってくる。窓のロックを外して、ガラガラと片方を開け放してあげた。


「やっほーお兄ちゃん! 元気?」


 羅双らふたろらめ。近所に住んでいる羅双らふたさんの所の娘さんだ。たしか今年で小学六年生になる。月並みな表現だとは思うが、天使のような笑顔の少女だ。明るい太陽のような雰囲気、この子が近くにいるだけで回りがとても明るくなる気がする。


「元気だよ、風邪もひいてないし寝不足でもない。ちょっと前に怪我したけど、それももう治ったしね」

「そっかー。りびどーさんは? 家にいるの?」

「今は居ないよ。どっかに出かけていった」

「じゃああそぼ!!」


 羅双らふたは窓を飛び越えて部屋に上がりこんできた。少し非常識な入り方だとは思うが、きちんと靴は揃えて窓の外に置いてきている。礼儀正しいのか正しくないのか判断に困る。

 僕の部屋のベッドに腰かけて、羅双らふたは背負っていたランドセルからゲーム機らしきものを取り出す。


「お兄ちゃんこれやろこれ!」

「なにそれ。携帯ゲーム?」

「ニンゲンドーの最新ゲーム機! ニンゲンドースイッティだよ!」


 あぁ、最近発売したばかりのあのゲーム機か。昔からゲーム業界で大人気のメーカー、ニンゲンドーが新しく出したゲームハードのスイッティは、持ち運べる携帯ゲーム機というのを謳っているらしい。子供たちはこぞってお店に並び、発売日当日はどこの店も売り切れ御礼だったとニュースでやっていた。

 僕は家に引き篭もって生活しているけど、ゲームはあまり詳しくない。そりゃあ昔はよくやっていたけれど、中学を卒業するくらいの頃からすっかりゲーム離れをしてしまったのだ。最近はどんなゲームが流行っているのか全然わからない。


「はい! お兄ちゃんのコントローラーはこれね!」

「うわちっちゃ……これがコントローラーなの?」

「うん、そうだよ。ホントはこのコントローラー二つで一つなんだけど、対戦ゲームするときは二つに分けて使えるんだよ!」

「へぇー……で、なにやるの?」


 掌よりも小さいサイズのコントローラーを物珍しくいじりながら、羅双らふたに訊いた。すると彼女はランドセルからゲームソフトを一本取り出した。そのソフトは僕も知ってるぞ。昔から流行ってるレースゲームのタイトルだ。


「マジオカート!!」

「やっぱり出てるんだ、それ」

「ハイパーファジコンの時からずぅっと出続けてるもんねーこれ。やっぱり友達とやるならマジオカートでしょ!」

「ろらめくらいの歳の子で、ハイパーファジコン知ってるのもおかしい気はするけどね」


 羅双らふたろらめは小学六年生、十歳そこらの年齢なのだが、両親が随分なゲーマーらしく、ゲームに関しての知識は並ではなかった。僕が子供の頃に流行ったニンゲンドーハチロクとか、さらにその前に流行っていたスーパーファジコンとか、ベガサターンとか、ドリームシャフト、さらにはネコジオやらテラドライブとかの知識も彼女は持っている。

 なにせ家には今まで発売されたゲーム機が全て置いてあるらしく、両親と共に何百というゲームをプレイしてきているという。歳不相応なガチゲーマーといったところか。


「さぁーやるぞー! 負けたら罰ゲームだかんねお兄ちゃん!」

「参ったなぁ……僕ゲームあんまり得意じゃないんだけど……それにろらめ、マジオカート歴代やりこんでるだろ、絶対」

「えー、そんなことないよぉ。マジオカートはお父さんお母さんとしかやんないもん」


 一人でやる時はないということか。とは言ってもろらめは学校から家に帰ると両親とゲーム漬けの日々を送っていると聞く。彼女のやりこんでいないと、僕のやりこんでいないという感覚はかなりズレていることだろう。

 小さいコントローラーを握りしめ、ゲームをプレイする。

 マジオカートは、大人気ゲームスーパーマジオシリーズのキャラクターたちがカートに乗ってレースを行う内容だ。コース内に配置されたアイテムを取得して、それを使って相手を妨害しながら一位を目指す、大人数でやるとかなり盛り上がるゲームだ。僕は緑色の恐竜みたいなキャラクターを選択する。ろらめはいかにもボスの風格を漂わせる亀の化け物を選択した。いよいよレース開始だ。


「スタートダァーッシュ! このまま一位で走り続けるよー!」

「はや……コース取りとか完璧じゃないか」

「アイテムゲット! それそれそれー!」


 ろらめは恐ろしいコントローラ―さばきでどんどんと僕を突き放していく。障害物に当たることも無く、アイテムを使って次々とコンピュータのキャラたちを蹴落としていっている。間違いない。このゲームやりこんでいるなこいつ。







 ―――結果はお察しの通りだった。ろらめはぶっちぎりの一位。画面のスコアに新記録と表示されている。どうやら今までで一番いい走りだったようだ。僕はと言えばぶっちぎりの最下位。画面に表示されることは無いが、恐らく今まででワースト一位のタイムだったろう。なにせ他のキャラたちが既にゴールしているというのに、僕はまだ一周すら周り切れていなかったのだから。

 ろらめはベッドの上で腰をぴょんぴょんと跳ねさせて喜んでいる。きゃっきゃとはしゃぐ姿を横目に僕はがっくりと肩を落とす。


「ろらめの勝ち~」

「一生ろらめには勝てない気がするよ……」

「じゃあお兄ちゃん、約束の罰ゲームね!」


 そう言えば半ば強制的に決められていたな、罰ゲーム。ろらめはきらきらと目を輝かせながらにこにこと笑っている。子供はこういうことが大好きだよな、とつくづく思う。ゲームの勝ち負けの結果でお菓子を賭けたりとか、じゃんけんで負けた奴が次の電柱までランドセル持ちとか、そういう罰ゲームは僕も何度とやってきたことだ。懐かしい気分が急にフラッシュバックしてくる。


 子供の頃は純粋に勝ち負けを楽しんでいたように感じる。勝てば勝ったで素直な気持ちで喜び、負ければ負けたで素直に悔しがる。勝った方は慢心しすぎず、負けた方は嫉妬しすぎず。本当に、ただただ純粋だった気がする。あの頃は。しかし大人になってしまうと、勝ち負けに不純物が混じりこんでしまう。勝者は敗者を見下し、敗者は勝者を憎む。これだから、勝っても負けても気分が良くならない。

 いつからそんな風になってしまったのだろうか。みんな、もっと純粋にゲームを楽しんだ方が良いと思う。僕の目の前にいる、この無垢な少女のように。


「で、罰ゲームってなにすればいいんだ?」

「……ちゅーして」


 聞き間違いだろうか。と普通ならば思うだろう。この子は十歳そこら、僕はもうすぐ二十歳になる歳だ。この年齢差でそんなことをするなんて、犯罪じみているし、僕の性癖が怪しまれてしまう。だけど聞き間違いではないのだ。

 羅双らふたろらめは、なぜか僕に好意を抱いている。小学生の言うことだから、無邪気な感性から来るものだろうと皆は言うだろう。だけど違う。この子は単純な好意というわけではなく、愛情に近い、もっと言えば性欲からくる劣情のような感覚で僕を好いている。なんてませた少女だ。

 もちろん、僕にその気はない。そのケもない。ロリコンと疑われたら、断じて違うと即答する。断じて僕にそのケはない。ろらめの好意は一方通行だ。この子がどれだけ僕の事を好きであろうと、僕自身は恋愛対象としてこの子を見ることは無い。流石に突っぱねるのも可哀想だから、子供をあやすようにその好意をうまく躱してきているけど、それでもろらめは僕への好意を失わない。


「……はやく」


 ろらめは目を閉じて、唇を可愛らしくとがらせる。頬を少し紅く染め、顔全体が震えている所為か、長いまつ毛がぷるぷると小刻みに揺れている。こんな場面をもし刕琵道りびどうなんかに見られでもしたら、きっと彼女は怒り狂ってろらめを細切れにしてしまうだろうな。

 僕がどうしようかと戸惑い考えている間も、ろらめは顔をこちらに向けたままだ。ベッドに隣同士に腰かける男女。しかも相手は小学生。絶対にそんなことをしてはいけないのだが、ろらめはきっとするまでテコでも動こうとしないだろう。そうなると困るのは僕だ。ただでさえ僕の部屋に女の子が入ってきているんだ。刕琵道りびどうはたったそれだけでも機嫌を損ないかねない。


「……はやくぅ」


 ろらめの身体から、甘い香りが漂う。花のような、石鹸のような、とにかくとても甘くていい香り。それと同時に感じる、子供の身体から出ているとは思えない、淫らな香り。思わず頭がくらりと来てしまうような、毒のような香り。

 嗅いでいるだけで唾液が溢れてくる。口から零れないように、大量の生唾をごくりと飲み下す。ちがう。決して欲情しているわけではない。そもそも相手は小学生だ。欲情するなんて異常だ。だけど、この香りを嗅いでいると、頭がくらくらしてくる。正常に思考できなくなっていく。目の前にいる少女が愛らしくて仕方ない。目の前にいる少女が美味しそうで仕方ない。

 息がどんどんと荒くなっていく。顔がどんどんと熱くなっていく。思わずのぼせて鼻血を出してしまいそうだ。僕は両手でろらめの肩を掴む。そっと、優しく添えるように掴み、自らの顔を近づけていく。あともう少し。あともう少しで、ろらめの唇に届く。もう少しで、もうす


「……お兄ちゃん?」


 ………………


「やっぱり寝ちゃった……あーあ、どうしてろらめがドキドキすると、みんな寝ちゃうんだろ。お兄ちゃんもこれで十回目だよ、ろらめの約束破って勝手に寝ちゃったの」


 ………………


「ま、いっか……ほんとはお兄ちゃんからろらめにちゅーして欲しいんだけど……今日もろらめがするので許してあげる……ちゅっ」


 ………………


「じゃあろらめそろそろお家に帰るね。りびどーさんが来たら怒られちゃいそうだし……またねお兄ちゃん、今度は約束破っちゃやだよ」


 ………………


「ばいばいお兄ちゃん」


 ………………







 ―――それは天使のような姿をした、小学生。


 ―――それは妖精のような姿をした、睡眠薬。

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