第12話 イカシコ大作戦
今は夜だ。201号室のベットで俺は横になっていた。
懐かしい匂いだ。千刃里のベッドから千刃里の匂いがする。女の子が数カ月前まで寝ていたベッド。嬉しいはずなのに、俺は素直に喜べないでいる。
彼女の血に染まった日記帳が頭から離れないからだ。今は東京の学校で楽しく生活しているが、東京に来る前はここで苦しみ続けていたのか……。
他の部屋はまだ見ていないけど、きっと皆が同じような感じだ。
もしかして清奈は今もそんな恐ろしい高校に通っているのだろうか。
「いやいや、なんで俺がそんなこと考えてんだよ」
学校辞めたければやめればいいじゃん。
……いや、まぁ、あれか……やめられない理由があるのか。
千刃里の日記帳に書かれていた一文を思い出す。
『家族の期待を背負って頑張る』
彼女らには自分の意志ではやめら得ない理由があるんだ。
それが家族の期待。
それでもおかしいだろ。本当に辛くなったら逃げればいいじゃん。
逃げたければ逃げればいいじゃねーか。あぁ、分からない。
何も分からない。一日のことを一つ一つ思い返してみる。
「分からない」
訳が分からないせいか、自然と眠くなってきた。睡魔に襲われる。
寝ない理由が見つからない。なので俺はゆっくりと目を閉じた。
明日は早起きして、海岸沿いに行って、この島から出よう。
そして俺は――眠りについていた。夢の世界へと
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
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~ ~ ~ ~ ~ ~ boat ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
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Zzz……。
Zzz……??
Zzz……!?
おかしいな。なんだか体が大きく揺れている――ような気がする。
目を開けたが視界は暗い。なるほど、まだ夢の中と言う事か。
ならこの揺れはなんだろうか? もしかして地震?
現実で起きている地震が、夢の中にまで影響を及ぼしているのか。
「あり得るな」
なぜならこの島は、火山活動度ランクAの活火山がある島だ。地盤がこすれて揺れてもおかしくはない。むしろ地震があって当然だと言えるだろう。
もともと日本時代が地震大国なので、そこまで驚く必要は――
「……ん?」
ちょっと待て。なんだこれ。夢の中なのに、なんで嗅覚があるんだ。
鼻をぴくぴくと動かし、スーッと息を吸った。間違いなく臭いがする。
千刃里の匂い? ……NO。
イカの香り? ……YES。
おかしいな。俺は晩ご飯を食べたあと、寄り道をすることなく201号室へと向かった。その後、部屋へたどり着いた俺は、自家発電をすることなくベッドに横になった。なので女性である千刃里の部屋からイカの臭いがするのはおかしいのだ。
難解だ。とても難解な疑問が俺の前に立ちはだかっていた。
「どうして千刃里の部屋がイカくさいのか」
「そんなん当り前じゃろ。そもそもここは千刃里の部屋とちゃうんやって」
「……え、じゃあどこだよ」
今、女性の声が聞こえたような気がする。木彫りの鮭であるクレナイさんの声が聞こえたような気がするが……気のせいだな。だってこれは夢だもん。
「螺衣はん、はよ目覚めんか!」
ピチャッと俺の顔面に水がぶっかけられる。その影響で眠気が吹き飛んだ。
「な、なんじゃこりゃぁあああああああああああああ!」
叫んだ。顔面の感触は本物だ。それに今のは間違いなく海水だ。
一瞬だけ失神しそうになったので、100%海の水だ。
誰だ!? 誰がこんな下種の極み的な行為をしやがった!
俺の顔面に塩水をぶっかけるなんて外道のすることだぞ!
目を開けたが――視界は暗い。え、なんでだ??
「まさか、目隠し!?」
「ご名答」
目を開けても視界が暗い理由なんて目隠ししか思う浮かばない。
拉致か。また拉致なのか!? 俺はまた拉致されたのか!?
謎の声は千刃里の部屋じゃないとかぬかしやがるし……。
ここはどこなんだ。大家さんの家の外か? 廊下か?
「螺衣はんの目隠しを取ってあげる」
クレナイさんの声が近づき、彼女が俺の目隠しを取ってくれる。
視界が良好――にはならなかった。目の前は真っ暗だ。
右を見ても左を見ても暗黒だけが続いている。ここはどこだ?
それに床の揺れが地震のモノや千刃里の部屋のモノとは違う。
「ここは……どこなんだ?」
島には電灯がったので、いくら夜でもこんなに暗くはならない。
そう考えると、ここは隔離された部屋の中だと推測される。
「ライトアップお願いします」
「ん?」
暗闇の中から聞こえた謎の声。今度はクレナイではなく清奈の声だ。
まさか、あの二人が俺を拉致して謎の場所へと連れてきたのか。
「どこだ! どこにいる! ――うっ!?」
周囲の光が一斉に灯り、俺はそのあまりの眩しさに目を背けた。
な、なんだこれ……。
眩しい中、俺はどうにか両目を手で覆い、うっすらと瞳を開く。
前から後ろへと一直線に光るライト。
この光景に既視感を覚える。どこかで見たことがあるような。
「……まさか……」
生唾を飲んだ。まさかとは思うが、そんなはずはない。
俺の脳裏を過った可能性は最悪のモノだった。
だからこそ俺は全力で自分を否定する。
このライト、床の揺れ具合、あれしか思いつかない。
次第に目が慣れていく。残酷な光景が飛び込んでくる。
「ここは……イカ釣り漁船、なのか?」
揺れていた床は、地震ではなく船の上にいたからなのか。
現実を目の当たりにしてもなお、俺は自分を否定した。
俺は201号室にいたんだ。これは夢だ。夢なんだ。
「夢にしてはリアルだな。アハハハ」
「何を言っとんじゃ? これは夢じゃないって言うとるやる」
「……」
またクレナイさんの子が耳に届く。しかし、クレナイさんの姿が見えない。
「こっちじゃ、ほれ、ツンッツンッ」
何者かが俺の頬を指先で突く。それは人間の手だ。清奈……か?
クレナイさんの声が後方から聞こえてきたので振り向いてみた。
「え、誰!?」
そこにいたのは清奈ではなく、まったく見覚えのない謎の女性だった。
下半身は裸、上半身も裸、つまり全裸である。
しかし、彼女の長くて赤い髪の毛がうまい具合に大事な部分を隠していた。
髪、ナガ!? え、裸!? しかもナイスバディー!? え、誰!?
俺の名前を知る謎の女性。清奈でも大家さんでもボニートさんでもない。
正直困惑していた。甲板にいると思ったら謎の女性が目の間に現れる。
「誰とはひどいなー。ワシのことを忘れたのかえ?」
「……」
『忘れた』と言う事は、彼女は俺のことを覚えていると言う事なのか。
つまり初対面ではない。俺も彼女のことを覚えていないとおかしい。
だがしかし、こんな女性は本当に知らない。マジで分からない。
俺は知らないが、彼女は俺を知っている。もしかして――
「俺の、お母さんですか?」
その可能性が大だな。なぜなら俺の母は俺が幼い頃に親父と離婚し、どこかへ行ってしまったからだ。十何年ぶりの感動の再会と言う事なのだろうか。
「そんな訳あるか、ボケェー」
いや、違ったようだ。母でないとすると、本当に誰なんだ?
「ワシじゃよワシ」
「鷲? 空を飛ぶ動物ですか?」
「主、ぶっ飛ばすぞ」
「すいません。でも本当に分からないんです。と言うか、なんで全裸?」
「なぜ全裸じゃよ? とてもバカな質問じゃな。逆に訊くけど、どうしてワシが服なんぞ着なきゃならんのじゃ?」
「え、あ、んー……」
どうしてと言われたら、説得力のある説明が見つからない。なんでだろうか。
そもそも服を着る着ないの選択はその人の自由なのではないだろうか。この痴女が公然猥褻罪で捕まろうと、正直俺には全く関係ない。
「それにワシは普段から全裸じゃぞ」
「そんな姿でよく今まで捕まらずに生きてこれましたね」
「捕まる訳がないじゃろ、普段はこの姿じゃないからな」
「……ハァ?」
「いつもは木彫りの鮭の姿じゃからな、全裸でも捕まらんのじゃ」
今、彼女はなんと言った? 普段は木彫りの鮭の姿??
考えてみれば、この声は間違いなくあの守り神の声だ。
先ほどからアレの姿が見えないと思っていたが……。
「ずっと近くにいたのか。アンタ、クレナイさんか?」
「お、ようやっと答えを出したか。せいか~い!」
「……」
クレナイと言えば、清奈と一緒に居る木彫りの鮭だ。
へぇーあの木彫り鮭がこんな綺麗な姿に変身したのか。
「……って……ええええええええええええええ!? いやいやいや、なんだよその姿!? なんで木彫りの鮭が人間の姿に変わるんだよ!?」
「逆じゃ」
「逆?」
「人間の形をした姿が、本当のワシなんじゃ。ただ、とある事件が切っ掛けで神の力を半分失い、日中は人間の形を保てなくなったのじゃ」
「つまり、夜の間だけ元の姿に戻れるのですね?」
「物分かりがええの。その通りじゃ」
清奈が自らのことを【半神】と呼ぶのと何か関係があるのだろう。
とある事件がなんのことは気になるところではあるが、クレナイさんに尋ねたら普通に答えてくれるだろうな。それともはぐらかされるだろうか。
「クレナイさん」「螺衣はん」
同時に声が出る。俺は「どうぞどうぞ」と彼女に発言権を譲る。
「それじゃ、ワシから言わせてもらうぞ。なぁ、螺衣はん。あんさん、清奈の仲間にならんかえ?」
「その話ですか」
スパルタ教育の廃止を掲げて戦い続ける清奈と愉快な仲間たちの話だ。
「その話なら今日、断ったはずですよ。俺は東京に帰ります」
「少しだけでも手伝ってくれへん?」
「ダメです」
彼女は両手を合わせ、下を出す。お願いのポーズでウインクする。
「先っちょだけでも?」
「ダメです」
「なんでよぉおおお! 土地神がこうして直々に頼んでいるのよ! 少しくらいは考えなさいよ!」
「常識的に考えて、三宅島の問題なんて俺には関係ない!」
「むー! そんなんだから都会の人は冷たいって言われるんじゃよ!」
「と、都会の人は関係ないだろ! 東京でもいい人はいっぱいいる!」
俺を侮辱するのは構わないが、東京の人を言うのは許せない。
一歩も引かず、怪訝な眼差しで土地神とやらを睨みつける。
すると、彼女はため息をつき「負けた」と言って敗北を認める。
拍子抜けだ。もっとガツガツ言い返してくるかと思った。
「ワシは頑張ったのじゃぞ。どうにか主を助けようと」
「……」
「ああ、哀れな螺衣はん。かわいそうじゃ。涙が出る」
「待て待て、なんだその聞き捨てならない発言の数々は」
「ワシはすべて知っとんじゃぞ。主は魚嫌いじゃと」
彼女は甲板に取り付けられたドアを開け、水槽の中に手を突っ込んだ。
漁船に付属された水槽の中には間違いなく魚が入っている。
彼女が手を突っ込んだと言う事は……取り出すモノは……。
「嘘だよな。冗談だよな」
「冗談やない。螺衣はんが悪いんじゃぞ」
「きょ、恐喝だ! 脅して仲間に引き込もうとするなんてズルいぞ!」
「なんとでもいいーしゃい」
彼女はペロッと自分の唇を舐め、小悪魔的な表情で何かを取り出す。
な、なんだ。魚か!? な、なんの魚を取り出したんだ!?
「じゃじゃーん!」
「……ハァ?」
クレナイさんが取り出したものはピチピチのイカだった。
海の幸ではあるが、魚ではないので俺は別に平気だ。
そんなもので何をするつもりだ? 意味が分からない。
もちかして、海産物なら全てがダメだと思われてんのか?
「それで何をするつもりですか?」
「ふふっ。まぁ、見ておれ。長年生きて生きた土地神のテクニックでシコシコしたる。シコシコシコシコ……」
彼女はイカの体を指先で優しくなぞる。あくまでも本物のイカの話です。
尖端の部分をツンツンっと触り、面妖な視線を俺の方へと向けてくる。
彼女は舌を出し、ペロッとイカを舐めた。なんだろう……すごくエロい。
直接俺に触れている訳ではないのだが、体がピクッと反応してしまう。
クソ、なんだよあの全裸ビッチは!? エロスの極じゃねーか!!
「ほれっ、ほれっ、螺衣はん。あそこがパンパンで苦しいじゃろ?」
「う……うぅ……」
「清奈はんの仲間になれば、すぐ~に楽になるのじゃぞ?」
「ク、クソォ……」
彼女はイカを強く握り、その手を上下に運動させる。シコシコ、シコシコ。
それを見ていた俺は自然と体育座りになる。……身動きが取れない。
「ほらほらっ、気持ちええやろ? ワシの冷たい指先はどうじゃ? ほ~ら螺衣はん、なーんにも恥じんで言うてみー? ここがええのんか? ほーだっ」
「ウッ……」
ヤ、ヤメロ。そんなにイカを強く握っても、俺は決して屈することはない。
耐える。耐えて耐えて。耐え抜く。俺は耐えていた。
そしてイカの体の色が変わり、墨が吐き出されそうになったとき――
「ダーメッ」
彼女はシコシコする手を止めた。まさに寸止め。なんて鬼なんだ。
「そんな切なそうな表情をしてもダメじゃぞ? 今日だけは性格の悪いワシじゃからな。螺衣はんが仲間になるーって言うたらすぐにイかせるのにな~」
彼女は再びイカシコシコを再開した。悲しい。イカが可哀そうだ。
そんなにじらすなよ……。一思いにそのイカをイかせてやれよ……。
「ええんやで、ワシは永遠に寸止め大会を続けても」
「……」
「ほれっ! ほれっ! どうじゃ、どうなんじゃ!!」
彼女のイカをシゴク手が次第に激しさをまず。上下、上下、上下!!
激しく、荒々しく、手加減なく、猛烈に、動かし続ける。
それを見ていた俺は……俺は――
「ら、らめぇえええええええええええええええ!」
あぁあああああああああああっと叫んだ。もう限界なんだよぉおおおおお!
「――ひゃぁ!? こんなに勢いよくぶっかけられるなんてぇええええ!」
イカの口から粘性の高い黒褐色の液体が吐き出される。それが彼女の全身にぶっかけられた。ハァハァと息を切らし、彼女は脱力した状態で両腕をおろした。
クレナイさんは指先で自分の頬についたイカ墨をふき取る。
その指先を――舐めまわす。大人の色気が彼女をまとう。
ただ、指をためているだけの光景なのに、何か別の物に見えてしまう。
これが彼女が言っていた土地神のテクニックなのか……恐ろしい。
「寸止めするつもりが、ついつい本気になってしまったわい。まぁ、ええか。イカさん、ありがとうな」
感謝の言葉をイカに伝え、彼女はそれを水槽の中へと戻した。
「螺衣はん、賢者となった気分はどうじゃ?」
「な、なってませんよ!!」
「本当かえ~? ほんならパンツを見せてみー」
「断ります!」
俺はズボンの上から股間を抑えた。調べさせるわけにはいかない。
「股間を見せてくれるか、清奈はんの仲間になるか」
「なんだよその二択!? どっちもヤだよ!」
「イヤなの~?
「はい」
「ワシのイカイカエロエロシコシコ誘惑大作戦、略してイカシコ大作戦・第二回戦目でもダメ?」
「ダメです。何回やろうと同じことです」
「ほーん。ダメかぁー……」
彼女は諦めてくれたのか、フンッとヤレヤレと言いたげな表情を浮かべる。
「なぁ、螺衣はん」
「なんだよ?」
「ワシはな、賭け事は好きじゃ。ときどきな清奈はんと賭けをすることがある。今日もな、実は賭けをしとんじゃい。賭けの内容は、どちらが先に螺衣はんを仲間にできるか。ちなみにワシがじゃんけんで勝ったので、ワシが先行じゃったんよ」
その話が本当なら、今度は清奈にエロエロ大作戦をされるのか!?
「賭けはワシの負けや。今回は自信があったんじゃけどなー。まぁ、えっか。負けは負けじゃから、ワシは潔く負けを認める。そんじゃ、次は清奈の番じゃな」
「誰が来ようと俺は仲間にはならないからな!」
今一度自分の思いを叫ぶと、奥の方からカンカンッという足音が聞こえてきた。
一心に視線を向ける。そして闇の中から姿を現したのは人間サイズの――
「え、魚!? まさか、災獣か!?」
「いいや、私だ」
「だから誰だよ!?」
魚の着ぐるみが手であるヒレを動かし、乳首だと思われる部分へと手を移動させる。それが左右の乳首を同時に押すと、プシュゥウウウウと大きな音と共に着ぐるみの中から白い霧が噴き出した。視界が白い霧に包まれ、何も見えなくなっていく。
いったい……何が? いったい……誰が? 中に入ってんだ。
やがて白い霧が海風に吹かれて薄れていく。視界が――良好になる。
「お前は……嘘だろ?」
着ぐるみの下にいた人物の姿を見た俺は言葉を失った。あり得ないと思う反面、あり得るかもしれないと思う自分がいる。俺はどう反応すればいいんだよ……。
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