第8話 あみじけぇ

 訳の分からねー島に連れてこられて、訳の分からない美少女に疑われ、訳の分からない喋る木彫りの鮭と出会い、訳の分からない怪物に襲われる。

 なんだよこれ。何もかも訳が分からねーよ。

 しかもその美少女は怪物と戦い――敗北してしまった。

 清奈と呼ばれるその美少女は怪物に腹部を刺されて今は瀕死の状態。

 最弱雑魚である俺は、彼女の体を抱きかかえながら俯いていた。

 数秒後、俺らは死ぬ。顔を上げればそこに広がるのは大自然の驚異だ。

 災獣と呼ばれる怪物は大量の砂を巻き上げ、殺意をこちらへと向ける。


「ラルゥウウウウ、人間どもは殺す! ラルゥは力を手に入れるぅううう!」


「短い人生だったな……まぁ、もともと俺には生きる目的も、目標も、意味もない訳だしな。ここで死んでも悲しんでくれる人間なんて誰もいない」


「……寂しいことを……言うな」


 俯く俺の頬に冷たい指先が触れる。その指は清奈のモノだつた。


「私は悲しいぞ……島の外の人間だろうと、知り合いが死ねば私が悲しむ」


「清奈、さん! いや……ちゃん? まぁ、いいよ。生きていたのか!!」


「……生きているかどうかハッキリと断言することはできない……」


「ラルゥウウウウウウウウウウウウ!」


「あぁ、うるさい。敵は待ってくれないのか。話はあとだ……」


 彼女は立ちあがろうとした。そして、おぼつかない足で立ち上がる。

 しかし、すぐに倒れてしまう。あんな状態では戦えない。

 刻一刻と死は近づいていた。このまま彼女を見殺しにしていいのか?

 何もせずに、自然に抗いもせずに、観ているだけでいいのか?


 どうせ俺も死ぬんだぞ。


 死。


 死?


 死ってなんだよ。


 ふざけんなよ。


 なんで俺が大っ嫌いな海の生き物に殺されなきゃいけねーんだよ。

 相手が魚だと思った瞬間、俺の中にあった怒りが爆発する。

 スイッチが入った。自分が自分じゃないような感覚だ。

 俺は無意識に立ちあがり、ゆっくりと歩く。

 どこへ行くのだろうか? 砂浜? やがて清奈を横切る。


「……」


「螺衣? お前は何をしている」


「少し、静かにしていてくれ」


「下がってろ……お前じゃアイツには勝てない」


「魚類は、嫌いだ」


「ラルゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」


 迫りくる砂の波。その中心には魚のようなキモイ怪物。

 見れば見るほどキモイ。キモイキモイキモイキモイ!

 動きもキモイ! 臭いもキモイ! 声もキモイ!!

 ギリギリまでひきつける。近づけば近づくほど気持ちが悪い。


「ギョ……ギョギョギョ――」


 死が直前に迫ったとき、あまりの吐き気に失神しそうになる。

 この思いを……吐き出す。嘔吐のように吐き出すんだ。


「ギョギョォオオオオ! ギョェエエエエエエエエエエエエエ!!」


 俺は叫んだ。絶叫の思いを、全身の感情を、すべてを吐き出した。


「ラルゥウウウウウウウ!?」


 全身から拒絶の波動が放たれた。それは砂や怪物を吹き飛ばす。

 今度こそ倒したのだろうか。たぶんこれで終わりだ。

 それより、なんだ今の?

 波動の後、スイッチが戻る。俺は自我を取り戻していた。

 砂浜に立つ俺。吹き飛ばされた怪物。俺は何をしたんだ?

 気持ちが悪いことは覚えている。それ以外の記憶は曖昧だ。

 そうだ。それよりも清奈の方が心配だ。

 振り返ると、彼女は今にも倒れそうな状態で立っていた。

 俺は駆け寄り、彼女の体を両手で支える。


「清奈、さん。大丈夫か!?」


「大丈夫……ではないな」


 彼女は辛そうに言葉を振り絞る。口元からは血が流れていた。


「あの海産物クソ野郎に心臓を刺された……」


「嘘だろ!? 即死じゃないのか!? よく立っていられるな」


「人間と同じにするな。私は半分が神だ。刺される直前、大量出血で死なないように神力で心臓を守った……痛いのには変わりないがな……死ぬほど痛い……」


「そうか、大丈夫なのか……」


「大丈夫だ」


「よかった」


「ラルゥ……ラルゥは……力を手に入れる……」


「「!?」」


 倒したかと思われた怪物の声が耳に届く。警戒態勢で周囲を見回す。

 だが、怪物の姿はどこにもいなかった。あれ……いない?


「螺衣……あそこだ。ヒラセギンエビスと同じサイズのヤツがいる」


「うわっ、ちっさ!?」


 最初の時に比べると、怪物は物凄く小さくなっていた。


「災獣は核を壊さなければ死なない。ここで海に逃げられれば回復され、再び島に災いをもたらす脅威となる……」


「核ってどこにあるんだよ。心臓のあたりか?」


「貴様では分からないだろうな……。ここから先は守人もりとの役目だ。だから貴様は一人で逃げろ。私は死なないから、安心しろ」


「あぁ、分かった。相手も相当弱っているからな」


 そうだよな。コイツは怪物と戦う存在。島を守る特別な存在だ。

 とどめは彼女にさしてもらおう。

 彼女の言葉を信じる。その子の体を地面に置き、俺は立ち上がった。


「清奈さん、ありがと――」


「嘘や!!」


「え?」


「螺衣はん! 清奈はんの言っていることは嘘や! その子は半分が神やけど、人間の体をベースとした半神や!! 大丈夫な訳があらへん! とどめをさす? バカを言うでない。動くこともできない餓鬼が、何をいっちょ前に言っておる!」


「クレナイさん?」


 先ほど怪物に吹き飛ばされた木彫りの鮭が再び起き上がった。


「クレナイ。貴様は黙れ。私は一人でも戦える……」


 清奈は俺の体を両手で押して自分から遠ざけた。俺は砂浜に倒れ込んだ。

 彼女は走る。走り出した。瀕死の状態で怪物の方へと近づいていく。

 俺は遠ざかっていく彼女の後ろ姿をただただ見ていた。

 これでいいのか? このまま彼女を行かせていいのか?

 敵は小さい。だが、侮ってはいけない。殺傷能力は大きいときのままだ。


「螺衣はん! 清奈はんを止めれ!」


 とっさに手が前に出る。俺は無意識に清奈の腕を掴んでいた。

 彼女を振り向く。驚いた表情を浮かべていた。


「何をする!」


「行くな。今言ってもたぶん命を落とすだけだ」


「だが、ここで怪物を逃がせば再び島が脅威にさらされる」


「ここでお前が死ねば、島を守る人間はいなくなる」


「――!?」


 彼女は抵抗をやめた。辛そうな表情をして顔を俯かせる。

 分かってくれたのなら嬉しい限りだ。

 俺は怪物へと視線を送る。威嚇するような怪訝な眼差しで。

 怪物は「ラルゥ……」と悔しそうな声をあげ、海へと戻る。

 これで良かったんだ。これで……よかったんだと思う。

 脅威が立ち去った後、清奈は気絶してしまった。

 やっぱりコイツ、限界直前だったんじゃねーか。


「螺衣はん。本当に申し訳ない。彼女を木陰に運んではくれんかの?」


「分かりました」


 彼女の体を抱きかかえ、俺は森の方へと足を進める。そこなら影がある。


 ◆   ◆   ◆


 横になる清奈を俺は見つめる。心臓を刺されたそうだが大丈夫なのか?

 人間の常識で考えれば普通は即死だ。だが、彼女は半神なんだよな。

 生きているのか死んでいるのか分からない状態。呼吸は――している。

 クレナイも無言で見守る。心配そうな雰囲気で相棒を見ていた。

 すると、清奈の傷口が、目を疑うほどの脅威的な速さで回復していく。

 実際に見て俺は信じた。これが神力。科学では説明できない力なのか。

 数秒後、パチッパチッと清奈は目を瞬かせた。


「……ここは……どこだ?」


「森のそばにある木陰だ」


「そうか……災獣はどうした?」


「……」


 俺は顔を俯かせる。その反応で彼女は察する。


「逃げられたか……」


 彼女は俺を責めるのだろうか。どうして逃がした、と激怒するのだろうか。

 あの状況では仕方がなかった。可愛い女の子を見殺しにはできない。

 俺はクレナイさんが正しいと思った。だから彼女の言葉に従った。


「そんな顔をするな。誰もお前を責めてはいない。全てはそもそも隙をつかれて刺された私の責任だ」


「いや、元はと言えば、俺が言うことを訊かずに逃げなかったから」


「いやいや、私が悪いのだ」


「いやいやいや、俺が悪いんだよ」


「いやいやいやいや――ガハッ……」


 彼女は血を吐いた。表面上は回復していても、中はまだなのか。


「あぁあ、無理はしないでくれ。眼も前で死なれたら後が悪い」


あじ!? ようやく魚に興味を持ってくれたのか!!」


 彼女は目をキラキラさせ、血を吐きながらも状態を起こす。

 バカじゃないの。空耳にもほどがあるだろと率直に思った。


「後味だよ。言っておくが、俺は魚には興味はない」


「そうかぁ……」


 清奈は再び横になり、空を眺めながら手を自分の額に置いた。


「なぁ、螺衣。私は君のことを螺衣と呼ぶ。だから君も私のことは清奈と呼べ。毎回『さん』か『ちゃん』で迷うのはやめろ。正直鬱陶しい」


「あ、んじゃ、今度から清奈と呼ばせてもらう」


 しばしの沈黙が流れる。清奈はずっと空を眺めているだけだ。

 ドタバタしていて気づかなかったけど、この子って綺麗なんだな。

 最初は痛い子だと思っていたが、黙っていればかなりの美人さんだ。


「なぁ、螺衣」


「はい?」


「貴様、あれはなんだ?」


「あれって?」


「戦闘中、ギュエェーと叫んだあれだ」


「あぁ、あれか。俺にも詳しいことは分からない。なんか無我夢中だったから。魚に殺されるのだろ考えたら体が勝手に動いて」


「詳細は知らないのか。だが、私はあれがなんだか知っている」


「そうなのか?」


「あれはとある漁法ぎょほうに似ている。沖縄に伝わる漁法だ。名前は ”あみじけぇ" と言う」


「あみじけぇ?」


「そうだ。水中で声を発し、魚を思い通りに網へと追い込んでいく漁法。私は生まれてからずっとこの島に住んでいるが、それを使いこなした人間を未だに見たことがない。沖縄にいけば、使いこなす人間がいっぱいいるのかもしれないがな」


「そう、なんだ」


「螺衣は沖縄出身なのか?」


「いや、俺は普通に東京生まれの世界育ち」


「世界育ち? どういう意味だ?」


「そのままだ。俺は父の仕事の関係上、世界を転々としながら育ってきた」


「なるほど。ん? なるほど」


 彼女は何かに気づいたような表情をして、なぜか笑みを浮かべる。

 ゆっくりと上体を起こし、俺の方をジーッと見つめていた。


「て、照れるだろ。何をそんなに見てんだよ」


「貴様の苗字は ”坂凪” と言ったか?」


「そうだけど」


「坂凪の一族なのか。なるほど。苗字が同じだったので、まさかとは思っていた。だが、そういうことなのか。なるほどなるほど。これで全ての説明がつく」


「何がなるほどなんだよ? ちょっと訳が分からねーのだが」


「いや、なんでもない。本当になんでもないんだ。気にしないでくれ」


 そんなに隠されたら逆に気になるだろ。なんだよその思わせぶりな発言。


「教えてくれよ」


「断る」


「俺の一族がなんだってんだ?」


「教えない」


「教えてください」


「敬語でもダメだ」


「ケチ」


「なんとでも言え」


 コイツは頑固なんだよな。こうなってはたぶん俺の主張は通らない。

 教えてくれることはないだろう。まぁ、別に一族なんてどうでもいい。 

 俺は父から逃げ、半分坂凪家を捨てたようなものだからな。


「なぁ、螺衣」


「なに? って、この発言するの何回目だよ」


「助けてくれて、ありがとう」


「え、あ、うん」


 彼女の口からお礼の言葉が出るとは思わなかった。なんだか驚いてしまう。


「なんだその侮辱的な驚いた表情は? 私が礼を言ったらダメなのか?」


「そういう訳じゃない。何ていうか、素直な一面もあるんだなーって」


「お礼に新鮮なスズキやろう。特別だからな」


「ハァ?」


 ピタッ、と彼女が俺の頬にスズキをくっつけてきた。

 感触、臭い……キモイ。吐き気。キモイキモイ……。


「オ……オ、オェエエエエエエエ!」


 俺は口から虹色のアレを吐き出す。魚に触れたのは久しぶりだった。

 精神のオーバーフロー。血が駆け巡り、俺は……気絶した。


「螺衣? おい、螺衣!!」


 清奈の声が聞こえるよ。おじいちゃん、今、川の向こうに行くからね。


 ×   ×   ×


 目が覚めると、なんだか全身が痛いような気が――いや、気じゃねーよ。

 マジで痛いじゃないか。

 上体を起こして自分の周りを確認する。小さなカニが俺の足や腰をハサミで挟んでいた。俺はお前らの敵なのかよ。これはガリバー旅行記な何かですか?


「海の切り裂きジャックども、俺から離れろ」


 カニカニカニとカニどもが蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。

 蟹は魚類ではないので吐気はしない。それに、親父に食べさせられたトラウマもないので普通に今も食べることができる。蟹はおいしいとは思う。

 ただ、やはり海産物なので少しは抵抗があるんだよな……。


「ねぇ、知ってる?」


「何それ豆しば?」


 隣にはクレナイと清奈もいた。ずっと俺のそばにいてくれたのか。

 徐々に思い出してきた。記憶にある一連の出来事は夢ではない。

 清奈が取り出したスズキを頬につけられ、俺は気絶していた。


「で、何が知ってるぅ? なんだよ」


「蟹についての豆知識だ。実はタラバガニはな、蟹じゃないのだよ」


「それは知ってる。俺は別に蟹は嫌いじゃないからな」


「え……?」


 清奈が見たことのないほど不機嫌そうな表情を浮かべる。

 ヤベッ、まずいことを言ってしまったな。

 どうしよう。どうすれば機嫌を直してくれるだろうか。

 えっと……。あ、そうか。思いついたぞ。


「いや、今のは嘘だ。実は知らないんだよ。頼む、教えてくれ!」


「そうかそうか。なら仕方がないな。今回は特別に教えてあげよう」


 ふぅ、よかった。可愛い子の暗い顔を見ると罪悪感を覚える。

 今度から豆知識を言われるときは、知っていても知らないふりをしよう。

 清奈は自分の知識を他人に言うのが好きな子なんだと思う。

 きっと今まで会話をする友達がいなかったんだろうな……可哀そう。

 まぁ、俺も人のことは言えないが、俺には千刃里がいたからな。

 母校にいる友達のことを考えながら、俺は正座をして聞く姿勢になった。


「タラバガニはな、学術上では ”えび目ヤドカリ下目” と言われているのだ。つまり、タラバガニの正体は蟹ではなく、ヤドカリの仲間に分類されると言うことだ」


「へー、そうなんだー。清奈は物知りだねー」


「ふっ、島の守人として当然だ。それに、私は海が好きだから……な……」


 好きなはずなのに、彼女の顔は少しだけ雲っているように見えた。

 断言はしたものの、台詞の最後でトーンが下がる。目を潤ませ、海の方を一心に見つめている。その瞳には何が写っているのか。彼女は瞳を閉じた。

 やがて小さく首を横に振る。まるで何かを否定したときのような反応だ。


「何かあるのか?」


「島の外の君には関係ない。私たちは蟹ではないからな、真っすぐと歩こう。あ、蟹と言えば、回転テーブルにカニを乗せて回すと、奴らは目を回して一時的ではあるが、真っすぐと歩けるようになるのだぞ」


「……」


「どうした螺衣?」


「いや、なんでもない」


 彼女が浮かべた切なそうな表情の意味を尋ねたかったが、多分、島の外から来た俺には関係ないことだと思う。人にはそれぞれ言えない事情ってーのがあるからな。


「ところで螺衣、君は魚が嫌いか?」


「え、あ、えっと……」


 本当は即答で『嫌いです!』と答えたいのだが、この状況だと言いづらい。

 なぜなら目の前にいる人間は、誰よりも魚や海を愛している人物だからな。 

 

「えーっと、魚か。魚はだな」


「言葉を探すな。嫌いなら嫌いと言っていい。私は嘘を吐かれることを嫌う」


「あ、じゃあ、はい。……嫌いです」


「なるほどな。べつに君が魚嫌いだからと言って、君を嫌うことはない。私だって嫌いなものはある。人間は誰にだって嫌いな物はあるからな」


「そう、だよな。アハハ、よかった」


 ホッとした。彼女に嫌われたらどうしようと内心ビクビクしていた。


「そういえば清奈って、苗字はなんていうんだよ?」


「苗字は――ないわ」


「いや、人間だったら普通にあるだろ」


「あるけど、苗字は……言いたくない。私はあまり、苗字が好きではないのよ」


「あぁ、そうなの?」


 なんだろう。俺と同じように家族を嫌いっているのだろうか?

 なんだか清奈と俺って似た者同士なのではないだろうか。

 友達少ない、家族を嫌う。他人とは思えないくなっていた。


「因みに私にも嫌いな物はある」


「それはさっきも聞いた。人には嫌いな物が一つや二つあるからな」


「私には嫌いな物がある」


「……」


 なんだこれ、訊いてくれと言っているのだろうか。

 面倒だが、少しだけ彼女に付き合うとするか。


「何が嫌いなんだよ?」


「この島の【行き過ぎたスパルタ教育】よ」


「ハァ? 行き過ぎた? スパルタ?」


「私は、この島にある高校が嫌いだ」


 彼女は拳を握る。その眼には強い思いが込められていた。


「校長である鈴木すずき禍策かさくくが行っている教育は何があっても許せない。海への感謝を忘れ、魚を物としてあるかい、恵みを粗末に扱う。私は一人で戦っている。だから螺衣、私のお願いを聞いてくれ。頼む、一緒に戦ってくれないか?」


「……えっと……」


 彼女は手を前に突き出した。俺はその手を見つめながら戸惑っている。


「頼ってくれるのはありがたいんだが、俺はこの島の人間じゃないんだ。スパルタ教育がなんだか知らないけど、体育会系みたいなアレなのか? それに、俺の目的は島を助けることではなく、島を出ることなんだ」


「……」


「正直、清奈と俺は似ている。親近感がわく。助けたいとは思う。でも、俺はやっぱり部外者なんだよ。この島の学生ですらない俺はこの島の学校なんて救えない」


「おかしいな。聞いていた話と違うぞ」


「話?」


「あ、いやいや、こっちの話だ。少し流れが違うので困惑しただけだ。一つ尋ねるが、螺衣は学校を救うためにこの島に来たのではないのか?」


「全然違う。俺はクソ親父に捕まり、強制的に島にぶち込まれたんだ」


「なるほど……なるほど……」


 彼女は腕を組み、小さくため息をつく。


「今年は辛い年だな。私は大切な仲間をどんどん失っていく。残された仲間は与霧よぎり宇仁うに。そして今日で来た友達、螺衣も去るのか」


「そんなこと言うなよ。なんだか俺が悪者みたいじゃないか」


「いいんだ。君は何も悪くはない。元々、君は部外者だからな」


「元々と言うか、今も十分部外者なんだがな」


「そうだな。君なら力になってくれると思ったんだが……」


 清奈は俺に背中を向けた。重い足を引きずり、森の方へと向かう。

 先ほどまで黙っていたクレナイも、何も言わずに後を追う。

 俺は一人で残される。彼女が少しずつ離れていく。

 なんだか寂しい気持ちになる。俺には関係ないはずなのに。

 あんな言い方されたら、心がモヤモヤする。気に入らない。  


「なんであんな表情すんだよ……俺にはマジで関係ない話だろ……」


 彼女は地面の中からカバンを取り出し、パラシュートの破片を回収し始めた。

 一人で、素朴に、静かに、暗く。何も言わずに回収していく。

 俺は何もせずに、ただただ立ち尽くしながら彼女の姿を目に映していた。

 災獣、守人、半神、神力、土地神、大蛇の宝玉。初めて聞く単語の数々。

 訳が分からない。まだ実感がわかない。襲われた光景は夢なのか?

 この島はいったいなんなんだ? 東京から小型飛行機で来れる島。

 いろんなことを考えていると、いつの間にか清奈の姿はなくなっていた。

 彼女がいなくなったあと、俺もようやく森の中を歩き出す。

 清奈の情報が正しければ、このまま歩けば森を抜けて道路に出る。

 そうすれば、島の人と遭遇して多くの情報を聞き出すことができる。


「そうすれば、この島ともおさらばできる……」


 俺は部外者だ。島のことなんて関係ない。俺は自分にそう言い聞かせた。

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