第6話 守人としての役目

 なぞの島に降り立った俺は情報を収集するためにあらゆることを考えていた。

 そんな時、前方にある森の中から謎の女性の声が聞こえてきた。

 もしかしたらこの島の情報を教えてくれるかもしれない、と思いながら俺は森の中へと足を踏み入れる。しかし、森の中にいた人物は想像の斜め上を行っていた。

 その人物は、無機物である木彫りの鮭に話かけるようなクレイジーパーソン。

 しかも木彫りの鮭にクレナイと言う人間みたいな名前を付けて呼んでいる。


 恐怖のあまり、俺は木の裏に隠れた。見つかれば大変なことになる。

 アイツは俺と同じボッチだ。だがしかし、一つだけ違う点がある。

 その謎の女は、隠れる俺に対して「殺すぞ」と強い言葉を投げかけてきた。

 とても恐ろしい人物だ。普通は初対面の相手に殺すなんて言葉は使わない。

 だから彼女は普通ではない。明らかに異常者だ。故に殺されるリスクは高い。

 あぁ、俺はこのまま殺されるのかな。森で殺されて死体は埋められて……。


 俺は謎のクレイジーパーソンに殺されることを覚悟――


「するわけねぇええええええええだろ!!」


 俺には野望がある。あのクソ親父を殴るまで俺は死ぬ訳にはいかない。

 木の後ろに隠れたまま即座にリュックの中からナイフを取り出した。

 これはあくまでも護身用だ。相手を脅すのが目的。

 戦うことを覚悟したが、内心、超絶怯えている。


 相手が俺よりも強かったらどうしよう。

 脅しが通用しなかったら?

 会話が成立しなかったら?

 平和的に交渉はできるのか?

 どうなんだ。俺ははやく答えが知りたい。


 息が荒くなる。彼女の足音が近づく。迫り着ていることが分かる。

 相手は足を止めない。相当自分の強さに自信があるんだろうな。

 俺には『逃げる』と言い選択肢はあるのだろうか?

 逃げたとして、相手の足が俺よりも早かったら? 簡単に追いつかれる。

 背後から刺されるのは嫌だな……。まぁ、刺されるかはまだ知らんが。


「お前、私の声が聞こえているのなら答えろ。三秒間程度待ってやる」


「……」


「盗み聞きしていたのなら分かるだろ? 私は待たされるのが嫌いなんだ」


「……」


「そうか。お前もクレナイと同じで黙れば逃げられると思っている雑魚か。それがお前の答えか。なるほどな。よーく理解することができた。なるほどなるほど」


 何言ってんだアイツ。なんで一方的に俺に話かけてきてんだよ。


「では、クイズをしよう」


「……ハァ?」


 なんでこんなタイミングでクイズなんだよ。実に意味が分からない。

 意味が分からないと言えば、今朝、変な夢を見たな。

 あの夢もこんな感じだった気がする。突然クイズを出題された。

 正解ならご褒美、不正解なら殺される。あれ、これってまさか……。

 記憶の引き出しにしまわれていた夢の光景が鮮明によみがえる。


「世界で一番頭が悪い魚を知っているか?」


 頭が悪い魚だと? 魚は全種類頭が悪い生き物なんじゃないのかよ?

 いや、それが答えならばそもそもクイズになっていないか。

 ならば、もしかしてなぞなぞか? 何か引っ掛け的な何かか?

 ここは慎重に考えないといけない。

 一連の流れが夢の通りなら、クイズに間違えれば俺を殺される。

 頭が悪い魚か。頭が悪い。頭が悪いの定義ってなんだろうか。 

 

「んー」


 答えなんて出ない。だって俺、魚なんざに興味なんてないもん。


「時間切れだ。では答えを発表しよう。正解はミズウオだ」


「な、なんでだよ?」


 声なんて出さないつもりだったが、納得のいかない答えに声を荒げる。


「正解が知りたいか。ならば隠れてないで正体を現せ。私は無害な優しい人間だ」


 そういう人間が一番信用できないんだよ。それはクズの常套句じょうとうくだ。


「……」


「姿を見せるのか? 見せないのか? 見せなけば正解は迷宮入りだぞ」


「……」


 姿を現すか。相手の発言にも一理ある。このまま隠れていても意味はない。

 俺にはサバイバルナイフがあるんだ。簡単には殺されない。


「仕方がない」


 覚悟を決めた俺は正体を現すことを決意する。一歩、横へと体をずらす。

 俺は顔をあげ、その女子生徒と視線を合わせた。俺らは向かい合う。


「あら、意外とハンサムなのね」


「そういう、君は予想通り美人だな」


 目の前にいたのは空のように透き通った美しさをもつ女子生徒だった。

 俺と同じ高校二年生か、それとも三年生か。それはまだ分からない。

 とにかくこれが、俺と彼女の初めての出会いだった……。

 武器を構える俺とは対照的に、彼女は武器を持たずに立っていた。

 武術の達人だろうか? 武器などなくても俺に勝てると言うことか。

 クソ、俺も舐められたもんだな。悔しいが、俺は弱い。

 怯える俺のことを、謎の美少女は余裕の表情で見つめていた。


「ようやく返事をしてくれたか。では、正解を発表しよう」


 そういえばそうだった。クイズの答えが本題だったような気がする。


「ミズウオという魚はだな、かなりの悪食なのだ。海中で目に入った物はどんなものでも食べてしまう。バカだとは思わないか?」


「まぁ、確かに」


「なんでも食べてしまうが故に、ミズウオの胃袋からは枯葉やビニールなどが発見される。自分の命を長引かせる行為が、自分の命を落としかけない行為と表裏一体。少しは考えてエサを食べろ! と言いたくなる。私はバカ過ぎて呆れてしまう」


「……」


 ハァー。俺はクイズに正解することができなかった。つまり戦闘は確定だ。

 どこから来やがる。どこから俺を殺しにかかって来やがる。

 俺はナイフを構える。構え……構えたのだが、何も起きない。

 謎の美少女は身構える俺のことを見て首をかしげる。なんだその反応は。


「君は何をしているのだ? なぜ私にフィッシングナイフを向けている?」


「お前が俺を殺すと言ったからな。殺されないためにも俺は戦う」


「さっきからなんなの? 殺すとか殺さないとか、私は誰も殺さないわ」


「……嘘、だよな?」


「嘘な訳ないでしょ。常識的に考えて殺人はいけないことよ? 何アタナ、そんな一般的な常識すらも分からないの? 本当に人間? ミズウオ以下のバカね」


「ムカッ」

 

 なんだこの女。黙って聞いていれば好き勝手言いやがって調子に乗るなよ。

 俺が本気になれば……本気になれば変人なんて簡単に倒せる。

 ただ、今は本調子ではないだけだ。戦うならベストの状態で戦いたい。


「俺を殺すことが目的ではないのなら、お前の目的はなんなんだよ?」


「目的は一つ、問いたいの、どうしてアナタは結界の中に入れたの?」


「結界? 何言ってんだお前?」


「私は半神の力を使い、この森に人払いの結界を入っていた。普通の人間は入ることができない。なのにアナタは普通に入ってきた。どうやって?」


「そんな難しいことは分からないが、単純にお前の声が聞こえたからだ」


「理解に苦しむ。声を元にメスに近づくオスの魚など聞いたことがない。お前はどういう種類の魚だ? 水中で音波を飛ばす種類。んー、ナゾだ」


「謎なのはお前の思考だよ。どこをどう見れば俺が魚に見えるんだよ」


「何!? ……本当だ。お前は人間じゃないか」


「当たり前だ。見れば分かるだろ」


 彼女は大きく目を見開き、かなり驚いたような表情をしていた。

 なんだコイツ。何度このセリフを心の中で思ったか分からない。

 とにかく彼女は変わり者だ。関わらないほうがいいと思われる。


「お前が人間なら普通に会話ができるな」


「そうだな」


「会話と言えば、君に伝えたいことがある」


「なん、だよ……?」


 相手に殺意がないと知った途端、安心感が全身を駆け巡る。

 俺はフィッシングナイフを下げ、体をリラックスさせた。


「因みに求愛目的ではないが、鳴き声をあげる魚は何種類かいる。その中で最も有名なのが河豚ふぐだ。フグは釣り上げられたとき、ブーブーと威嚇をする。豚のような声をあげるから河の豚と言われている。これ、大事な知識だ」


「あ、そう」


 彼女が自慢げに知識を披露している隙に、俺は一歩後ろへと下がる。

 二歩、三歩、四歩。行ける。相手は豆知識に夢中になっていやがる。


「そもそもなぜ海に生息する河豚の漢字に『河』が使われているのか? 名前の由来は中国にある。中国では黄河で生息する河豚が親しまれていたからだ。黄河と言う感じから分かるように、黄色い『河』に居る魚の『豚』だから河豚なのだ」


「へぇー」


 十歩、十一歩、十二歩。かなり離れたな。彼女の声も少ししか聞こえない。


「あと、全種類のフグにトゲがあると思われているらしいが、トゲがあるのはハリセンボンだけ」


「ふーん」


「あれ、男はどこへ行った……?」


 美少女が俺を探す。彼女から俺までは十メートル以上も距離がある。

 ここは森だ。木々が生い茂る。死角も沢山。簡単に見つかるはずは――


「見つけた」


 なんでそんなに早く俺を見つけやがるんだよ!! もう少し探せよ。


「人がお前のために教えてあげているのに逃げるなんて……。愚民のようだな」


「残念だが、お前と話すことは何もない。俺は魚に興味がないからな」


「なっ!?」


 その発言に驚き、次第に不安な空気が漂う。謎の美少女は眉間に皺を寄せる。


「なんだよその顔は? 何か文句でもあるのかよ。何か言ってみるよ」


「……」


 俺と彼女の間には距離がある。全力で走り出せば追いつかれることはない。

 逃げ場はどこだ?

 まずは考えろ。

 砂浜に出たら次の作戦の結構だ。

 全力疾走して島の中心を目指す。たどり着いた先で助けを求める。

 この島に住人がいることは確定している。優し人だといいなぁ。


「何? もしかして私から逃げられるとでも思っているの?」


「あ? あぁ、思っている。俺は自慢じゃないが、人生から逃げ続けてきた人間だ。足の速さにだけは自信があるんだよ」


「よくもまぁ、そんな悲しいことが自慢気に言えるわね」


「まぁな」


「そう。足が速いんだ? それは、胸びれを使って海底を移動するカエルアンコウよりも早いのか?」


「いや、それは知らんが……なに、カエル? アンコウ? 両生類なのか魚類なのかハッキリしろよ」


「なん……ですって? あんな可愛い魚を知らないと言うの? ……君は本当に寂しいヤツだな」


 森の中で木彫りの鮭に話しかけている人間にだけは言われたくはない。


「私はな、一度そうと決めたらその目標を達成するまで諦めないタイプの人間だ。だからさっさと答えろ。どうして結界の中に入ってこられた?」


 答える義理はない。結界とか、半神とか、きっと彼女の茶番だろうしな。

 ボッチ期間が長すぎて空想の世界に入り込んでしまったのだろう。

 これ以上この妄想少女のファンタジーに付き合うことは時間の無駄だ。


「君が答えたくないと言うのであれば、強引に聞き出すのみ」


「俺を捕まえられなければ、尋問なんて不可能だぞ?」


「そうだな。あと、君は何か違いをしていないか? 私と君の間にどれだけの距離があろうと、君は私から逃げることはできない。私を誰だと思っている。こう見えても海の藻屑組に所属する生徒だ」


「海の藻屑組?」


「漁師学校の生徒だと言うことだ。知恵を使い、周囲のモノを利用する。あらゆる物体を漁業へと結びつける発想力。君は大事なモノを置いていった」


 彼女は歩き出す。謎の美少女は、俺が放置したパラシュートへと手を伸ばす。

 

「まさか」


「そのまさかよ。このパラシュートはね、ネットになるわ。だから行くわよ」


 パラシュートを片手で持ち上げると、彼女をそれぐるぐると回し始めた。

 驚異的な怪力だ。普通の女の子が片手で持てるような重さではない。

 華奢な体、細い腕。筋肉的に考えて、そんな力があるなんてありえない。


「驚いているようね。言ったでしょ、私は半分神なの。人間には想像もできないような奇跡を起こすことができる。だからさっさと捕まりなさい。必殺――【魚を捕らえる網キャプチャー・ザ・フィッシュ】!」


「――!?」


 彼女が投げたパラシュートはまるで漁業に用いる網のよう役割を果たす。

 前方から飛んでくる網に対し、俺は手も足も出ない。逃げること不可。

 放たれた網は人間の反射神経を越えていた。このまま……捕まるのか。

 それでも足掻く。どうにか逃げようとする。走ればワンチャンス。


「クソッ――!」


 逃げようと思ったがそれも無駄な足掻き。網が俺に覆いかぶさった。

 俺はバランスを崩す。両腕が網に拘束されているので手が出せない。

 おかげで俺は顔面から地面へと直撃してしまった。土が口に入る。

 足掻く。暴れる。逃げようとする。それでも俺は抜け出せない。


「私の力を使えばメガマウスと言う深海魚だって簡単に捕獲できる」


「お、俺をどうするつもりだ」


「何度も言わせないで。私は聞きたいのは質問の答え。どうして結界の中に入ることができたの?」


「知らない」


「なんで知らないの?」


「いや、だから。お前こそ俺に何度も同じことを言わせるなよ。お前の声が聞こえたから森に入っただけだ」


「嘘は言っていないようね」


 彼女は顎に手をあて「んー」と難しい顔をしながら考え込んでいた。

 何を考えているのか。それより、さっさと俺を逃がしてくれないか。

 俺には目的があるんだよ。早くここから逃げて人を探さないと。


紅鮭クレナイ、君はどう思う? この人間は何者だ? 人払いの結界に入る込む人間なんて普通ではない」


 彼女は木彫りの鮭に話しかける。相手は無機物だ。返事などある訳がない。

 人の前であっても気にせず独り言ができるなんて尊敬に値する。

 俺だったら恥ずかしくてできない。それに孤独だと思われたくはない。


「クレナイ、また黙り込むのか?」


 ほら見ろ、木彫りの鮭は言語を話さない。いくら声をかけても無駄なん――


「ワシに訊かれても分からん。それよりも清奈、人まで安易に半神であることを言うな。これは決まりじゃぞ。やすやすと公言してよいものではない」


「……ん?」


 おかしいな。俺にも女性の声が聞こえる。……とてもおかしい……。

 クレイジーな人間と関わってしまった影響で、俺までクレイジー?

 

「木彫りの鮭から声が聞こえる……」


 夢かな?

 そう思い、頬を抓ろうとしたが、身動きが取れないことを思い出す。

 なので歯で舌を噛んでみる。あぁ、痛いな。これは夢じゃない。

 ならば現実的に考えてみよ。木彫りの鮭が話すパターン。


「なるほど、スピーカーか。木彫りの鮭にスピーカーがついてんだな!」


「何を言ってんだお前? そんな高性能な技術ある訳がないだろ」


「じゃあ、なんでその木彫りは喋ってんだよ?」


「神の力だからだ」


「……」


 訊いた俺がバカだった。と思う反面、なるほどと思う自分がいた。

 目の前で次々と起こる超常現象。確かに神の力なのかもしれない。


「それより清奈きよな。この人間をどうするんじゃ?」


「殺そう」


「え、いや、清奈はん? それはさすがにダメじゃ」


「殺そう。岩を足に巻き付けて海に放り込もう」


「いやいやいや、だから殺すのはあかんって」


「殺すのはダメなのか……」


「清奈はん、あんさんはもうちょっと守人もりとであると言う自覚を持った方がええんとちゃうか?」


「自覚ならある。だからこその発言だ。考えてみろ、人は海から生まれ、そして海へと帰る。故に私がやろうとしている行為はある意味いいことだ」


「清奈はん。戯言はそれくらいにせーよ。人間を海に放り込まんでくれ。行方不明者の捜索なんて嫌いじゃ。考えてみろ、人一人消えたら島の人はどうする?」


「探すだろうな」


「その通り。人々が夜通し、捜索する。警察まで来て大変な騒ぎじゃ。それが何を意味するか分かるじゃろ? ワシは睡眠を邪魔されると言うことじゃ」


「そうか。睡眠を邪魔されることはいけないことだな」


 木彫りの鮭の言葉に、女子生徒が反省したような表情を浮かべる。

 

「半神である私が見落としていた。死体を海に捨てるなど、大事な海を汚す最悪な行為だ。それに村長の許可なしに水葬すれば、大騒ぎになってしまう」


「その通りじゃ。清奈、分かってくれたのならええ」


「では、土に埋めよう!」


「……え?」


「土葬なら問題ないだろ?」


「問題ありありじゃぼけぇえええ! ワシの話を聞けや! 殺すのはあかんって何度も言うとるやろ!!」


 コントでも見ている気分だ。ツッコミが木彫りの鮭でボケが残念美少女。

 清奈と呼ばれる女子生徒は異常だが、鮭の方は正常な思考の持ち主だ。

 木彫りの鮭がいる限り、俺は殺されずに済みそうだな。

 ジトーと二人のことを凝視していると、二人もまた俺の視線に気づく。


「そういえば、コイツをどうするかって話だったな」


「せやなー……。あれ、なぁ、そこの男」


「はい?」


「主にはワシの声が聞こえるのか?」


「はい」


「「……」」


 俺の何の変哲もない返事に、二人の顔が強張った。なんだよその反応。

 清奈が俺の動きを警戒し、後方へと一歩下がる。彼女は身構えた。

 先ほどまで余裕の表情をしていたのに、一瞬にして雰囲気が変わる。


「クレナイはこの島の守り神だ。普通の人間に彼女の声が届くことはない。それがたとえ能力者であろうとな。だが、二つほど例外が存在する」


「なんだよそれ?」


「一つは海に認められた存在。私のような半神のことだな。そしてもう一つは」


 ゴクリッと生唾を飲む。彼女は怯えた表情でゆっくりと口を開く。


災獣さいじゅう


 災獣? 聞いたことがない単語だ。彼女の設定……ではなさそうだな。

 まだ清奈と呼ばれる女子生徒の発言を全て信じた訳ではないが、半神であることや、守り神の件、何もかもが本当のことのように思えてくる。


「君は守人もりとではない。消去法で考えると君の正体は災獣だ」


「ハァ!? まぁ、俺がサイジュウ? か、どうかは別として、俺がそのサイジュウだったらお前は俺をどうするんだよ?」


「殺す」


「……」


 どちらにしろ殺すのかよ。で、俺は災獣? いいや、普通に人間だ。

 俺は正真正銘普通の人間なのに、清奈は怪訝な眼差しを向けてくる。


「答えろ。命を懸けた二択だ。お前は守人か? それとも災獣か?」


 またお得意のクイズかよ。ただ、今回は俺の命がかかっているのか。

 この流れは飽きた。殺すと口で言っても本当は殺さないんだろ?

 面倒なのでさっさと答えるか。なんと言われようと俺は人間だ。  


「人間」だ


「本当か?」


「俺は命がかかってんだろ? 嘘を吐く意味が分からない」


「ふむ。一理ある。クレナイ。コイツの言っていることは本当か?」


「んー。守人は女性しかなれない。そう考えると、この男は守人ではない。だがしかし、災獣かと聞かれれば『そうだ』とは言い切れない。災獣は存在が災害じゃ。存在しているだけで壊滅をもたらす。なのに天候は良好。洪水も、津波も、嵐もない」


「もしかして、これから生まれようとしている災害かもしれない……」


「可能性は大じゃな。ワシも災獣を全種類把握している訳ではない。ただ、噂ではあるが、雪崩をもたらす災害は人型だと耳にしたことがある」


「つまり、人型の獣も、ごく稀ではあるが、この世界に存在すると言うことか」


「そうだった場合、ここで始末しておかねば多くの人が命を落とす」


「そのようだな」


 清奈が俺に殺意を向ける。常識人だと思っていたクレナイも俺を殺すことに同意してしまった。俺に向けられる殺意は冗談ではなく……間違いなく本物だ。

 一人きよなと一つ《くれない》は本気で俺を殺そうと考えている。

 平和的なムードじゃねーな。

 殺伐としたマイナスの感情が漂い始めていた。この空気は好きではない。

 逃げたい気持ちは山々だが、残念ながら俺は動くことができない。

 

「島の守人として宣言する。私は島に上がり込む災獣を排除する」


 清奈と呼ばれる女子生徒は宣言した。俺は絶体絶命だ。

 なのだが、逃げたいとは思わない。先ほどとは状況が違う。

 弱い俺には何もできない。それは俺が一番よく知っている。

 世の中には諦めも肝心と言う言葉がある。いい言葉だと思う。

 無駄な努力なんて時間の無駄だ。人生、見切りが大事。

 だからこそ俺は流れに身を任せる。抗おうとは……思わない。

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