第4話 ユー スカイダイビングしちゃいなよ!
耳には耳栓、目には目隠し。聴覚を奪われ、視覚も奪われている。
全身はロープで強く縛られているので動くことはできない。
頼れる感覚は嗅覚と味覚だ。と言ってもこんな状態では意味がない。
体の動きを制限されている時点で他の感覚は役に立たない。
そもそも俺はどんな状態なのか?
答えは『拉致されている状態』だ。
俺は始業式に突然現れた親父に捕まり、車の中へとぶち込まれた。
そこで待っていたのはバニーガール姿の親父の再婚愛でだったのだ。
親父が車に乗り込むと、運転席に座っていたバニーガールさんは車を急発進させた。その速度は究極的だ。スピード違反上等。早すぎて俺は怯え始める。
やがて警察たちが、この車を追いかけ「とまりなさい!」と忠告してきた。
それでもバニーガールさんは車を止めない。親父も満面の笑みだ。
うん。この二人は似た者同士だな。いくつかの共通点がある。
一つは釣りが好き、二つは魚が好き。そして三つ目は――頭が狂ってやがる!
その後、俺は目隠しと耳栓をされ、五感の二つを奪われる。
こうなる前、俺は親父に『俺はどこに連れていかれるんだ?』と尋ねた。
彼は『調布』と答えた。調布と言えば東京都の多摩地域東部にある市だ。
『調布かー』と安堵する一方で『え? 調布?』と疑う自分もいた。
俺の親父は頭がおかしい。だが、俺に嘘を吐いたことは一度もない。
ならば、本当に目的地は調布なのだろうか……?
これからは東雲高校の生徒ではなく、調布高校の生徒になるのか。
昔から親父に振り回されていたので俺は転校慣れてしている。
元々友達はあまり作らないタイプだし、失う物は何もない。
唯一の友達であった
あの子はクラスの人気者だ。皆に愛されている。俺がいなくても困ることは何もない。悲しいことだがそれが現実。
視覚を奪われているせいか、脳裏によぎるのは過去の光景だけだ。
今思えば俺の人生、いろんなことがあったな。
幼き頃、まだ一人で暮らすことができなかった頃、俺は親父の仕事の都合でいろんな国を回った。アイスランド、カナダ、アメリカ、オーストラリアなどなど。
俺も親父についてはよく知らないが、彼はいわゆる漁師だ。
世界を回って、えっと……あれだ。漁業をしている――のだと思う。
って、漁師なんだから漁業をするのは当然か。俺も彼のことはよく知らない。
そんなことを考えている間も車は目的地へと向かっている。
親父の目的が俺を調布の高校に入れることなら、こんな手荒な真似なんてしなくてもいいと思う。普通に『螺衣、転校するぞ』と言えばいいのにな。
始業式をぶち壊し、多くの生徒に迷惑をかけ、車を爆走させ、多くの人を危険にさらし、スピード違反で警察に追われ、彼らから拳銃を奪い取るなんて……。
歩く迷惑製造機と言っても過言ではない。呆れを通り越して哀れだ。
残念な親父をもってしまったことを悲しんでいると、睡魔に襲われる。
思えば昨日は深夜テレビを見ていてあんまり寝れていなかったからな。
俺は動きを封じられ、寝ている状態と大差ない。それなら寝てもいいよな。
どうせ目的地は分かってんだ。着いたら誰かが起こしてくれるだろう。
こうして俺は――眠りについた。春の季節だ。なんだか車内が暖かい。
× × ×
急ブレーキで目が覚める。もしかして目的地である調布に着いたのだろうか。
「親父。着いたのか?」
返事はなかった。そういえば、俺は耳栓もされてんだったか。声は一方通行だ。
そして俺は親父に抱きかかえられ、車内から外へと出された――ような感覚。
まだ目隠しは外されない。なぜだろうか。そもそもなんで目隠し??
父の考えることはやっぱり分からない。
その後、俺の目隠しが外されることはなかった。
バンから降ろされた俺は、再び乗り物みたいな何かに乗せられる。座席のような柔らかい感触がする。つまり、先ほどと同じように車に乗せられたのだろうか?
車から降りて車に乗る。実に謎である。親父は何がしたいんだよ。
あ、もしかして警察に追いつかれ、車を止められているのか?
んー。音もなく、視界も真っ暗なので何も分からない。
今はいったいどんな状態なんだ? ……ん? なんだ。なんだこれ?
耳が痛いぞ。なんだか詰まっているような感覚だ。この感じ……どこかで。
そうだ。思い出したぞ。飛行機と同じなのではないだろうか?
この耳の痛みは、気圧の変化が影響している。中耳の空気が膨張してんだ。
で、なんでそんな症状が起きてんだ? ここは地上だろ?
まさか――
「おい! 親父! 本当に目的地は調布なんだろうな!!」
やはり返事はない。ボニートさんもなんで見て見ぬふりをすんだよ。
誰か俺の耳栓を外してくれよ。音が全く聞こえないから不安なんだ。
本当に目的地は調布なんだろうな? おい親父、何か言えよこの野郎。
俺は叫び続けた。叫ぶことでもしかしたら俺の声が誰かに届くかもしれない。
数分後、時は来た。
何者かが俺の頭に触れ、目隠しを取り外す。その人物は親父だった。
彼の笑顔は眩しく、俺はすぐに瞳を閉じた。今の眩しさは異常だ。
だが、ちょっと待てよ。今の光は彼の顔ではなく後方からだった。
見間違いでなければ、彼の後方にあった光は、太陽なのではないだろうか。
冷静に考えてみれば、人間の笑みがあんなに眩しいわけがない。
……って、待て待て。なんで太陽がこんなところにあるんだ?
車は地上を走る乗り物だ。ビルや障害物があるので、太陽は見上げないと見ることはできない。それなら太陽が見上げなくても見える場所ってどこだ?
まさか。いや、まさかな。俺の脳裏にはある可能性が浮上していた。
その可能性を確認するため、俺はゆっくりと瞳を開いていく。
やはり太陽だ。窓らしき場所の向こうには綺麗な青い空と太陽が見える。
視線をそらして下を向く。徐々に視界が良好になり、俺は周囲を見回した。
「……」
あ、うん。目の前に広がっていた光景を見た瞬間、俺は言葉を失った。
ここは車の中ではなく……小型飛行機の中だった。
座席は全部で四席。新幹線のように二席ずつが向かい合っている。
俺の前に座っていたのは親父だ。ボニートさんの姿は見えない。
彼女はどこへ行ったのだろうか。もしかして警察に捕まった?
親父の再婚相手のことを心配していると、親父が立ち上がった。
彼は俺のそばへと近づき、耳栓を俺の耳から取り出してくれた。
激しいプロペラの音が耳に届き、鼓膜が破れたかと思う。
だが、今はそんなことはどうでもいい。まずはこの状況だ。
会話の一方通行が解除され、ようやく親父と対等に会話ができる。
「おい親父! な、なんで俺はこんなところにいるんだよ!」
「アハハー」
「笑いごとじゃねーよ! おい、説明をしやがれ!!」
「驚け螺衣、ボニートちゃんはな中型免許、大型免許、トラック、戦車、潜水艦、飛行機、豪華客船、そのほかにも沢山の免許を取得している免許マニアなのだ!」
「え、そうなの?」
芋虫のように上体を起こし、コックピットへと視線を向ける。うわ、マジだ。
操縦席にはマイク付きのヘッドホンを付けているボニートさんの後姿。
「――って、そんなことはいいんだよ! それよりもこの状況だ!! 親父、怒らないから特別に教えてくれ。俺が向こう先は調布なんだよな?」
「あぁ、調布? うん、さっき通り過ぎたよ」
「……通り過ぎた……?」
彼の発言の意味が少々理解できなかった。通り過ぎたってどういう意味だ?
え、もしかして、さっきの車を乗り換えたと思われた感覚の正体って。
あれは車から車ではなく、車から飛行機だったのか?
調布はあくまでも目的地の一つ。最終目的地はその先にあるどこか……。
「同じ質問をもう一度訊く、最終目的地はどこ……なんだよ?」
「秘密~!」
「ハァ!?」
簡単には答えてはくれないのか。ならば、一人で考えるのみ。
まず、小型飛行機での移動だ。海外だとは考えにくい。目的地は国内だ。
あえて新幹線でも、車でも、飛行機でもない。移動手段はこれだ。
沖縄でも北海道でもない。そう考えると、最終目的地はどこなんだ?
調布が通過点だと考えると答えは絞られてくる。
考えてみたが……分からない。俺の知識量では答えにはたどり着けない。
親父は嘘は言っていなかった。確かにあの時点での目的地は調布だ。
だがな――
「詐欺じゃねーか!!」
こんなの詐欺だ。こんな強引な拉致が許される訳がない。誰か助けてぇ!
「ワハハハハ、ここは上空7000m、逃げることはむ~り~」
「そんなことは見れば分かる! あぁああああもぉおおおおおおお!」
少しでも親父を信じた俺がバカだった。調布の学校だと錯覚していた。
考えてみれば親父が俺の前に現れるときは毎回決まって想像の斜め上を行く。
オーストラリアに行った時もそうだ。『学校に入学しろ!』と言われて入学した学校は超絶田舎のどこだかすら分からない秘境。生徒数は二人だったな……。
今回もあれか、メダカの学校に入学しなさいとか言われんじゃないだろうな。
「なぁ、螺衣。お前はスカイダイビングって知ってるか?」
「もちろん知ってる。パラシュートをつけて空を飛ぶ競技のことだろ。そんな一般常識、小学生でも知っている。で、それとこの状況と関係あるんだよ?」
「そういうことだ」
「いやいや、どういうことだよ!?」
説明を求めたが、父は笑みを浮かべて俺の質問をスルーする。
笑えば許されると思うないよ。いつか、恨んでやるからな。
彼は機内の付属された受話器を手に取り、操縦士とコンタクトを取る。
「ヘイ、ボニートちゃん、あとどのくらいで目的地に着く~?」
「あと五秒で着くわヨ」
機内のスピーカーから流れた彼女の声。……あと……五秒? ナニソレ。
彼女の発言で親父が大きく頷く。
ボニートさんがスイッチを押す動作をした瞬間、横のドアが開いていく。
ドアが開いたと同時に、外の冷たい風が一気に流れ込んでくる。
季節は春だが、上空7000メートルは非常に寒い。
「じゃあ、螺衣、良いフライトを!」
「おい、親父。てめえ様は俺に何をしやがってんだ?」
彼は俺の襟首を掴む。悪い予感だ。直感的に俺は死を悟った。
まさか、こんな高いところから芋虫状態の俺を投げるんじゃないだろうな。
いやー、さすがのそんなことはしねーだろ。親父にも人間の心が――
「バイバ~イ」
彼は俺を投げようとする。一秒くらい信じたが、信じた俺がバカだった。
「まてぇええええええええええええええい! マジで待てよ!!」
「な、なんだよぉーまだ何か?」
「このまま投げたら死ぬだろ。俺は自由を奪われてんだぞ!
「あぁーなるほど」
彼は珍しく俺の提案を受け入れる。胸ポケットからフィッシングナイフと取り出し、俺の動きを封じ込めていた糸を切ってくれる。俺は自由を――取り戻す。
親父が糸を切ってくれた瞬間、俺は後方へと一歩下がった。
身構える。戦闘態勢だ。彼の動きを見ながら、警戒心を張り巡らせる。
なのだが、飛行機は揺れる。俺はすぐのバランスを崩してしまう。
その隙に親父が俺へと近づく。彼は俺の襟首を掴んで離さない。
「今度こそ投げていいよな。目的地にはついている訳だし」
「目的地って。なんで移動手段がヘリコプターなんだよ!」
「それは行けば分かる~」
彼は俺を外へと放り出そうとする。いやいやいや、だから死ぬって!
俺はヘ機内の柱にしがみつく。死んでも離さないからな。
高いところから強引に落とそうとするこの光景。どこかで見たな……。
あ、ライオンキングだ。まるで崖から自分の子を突き落とすライオン。
だがしかし、誠に残念ながら俺はライオンではなく人間だ。
必死に抵抗したが、親父の怪力は俺をはるかにけている。
柱にしがみついたところで、親父はいともたやすく俺を引きはがす。
じたばたと暴れたが、親父の拳が俺の襟首を離すことはなかった。
「やめろー! おい、親父、おまっ、本当に頭がおかしいんじゃないか!」
「アハハハハ、アハハハハッハ」
「さっさと警察に捕まりやがれ! 誰かぁああ助けて! 誰かぁあああ!」
ここは上空だ。叫んだところで誰も助けにこない。それでも俺は叫んだ。
叫ばなきゃやってられないんだよ。
あがく俺のことを見ていた父が「うるさいなー」と言って拳を俺の腹に食い込ませる。強烈なパンチを腹にぶち込まれた俺は一瞬で黙り込んでしまった。
「グフッ――」
やはりこの男は最低な男だ。実の息子を殴るなんて許されることではない。
こんな屑人間が他にいるだろうか。俺は彼以上の屑を知らない。
それより嫌だ。嫌だ嫌だ! スカイダイビングなんて嫌だ。死にたくない。
スカイダイビングってあれだろ。高等技術を要するモノなんだろ。
俺如き素人が飛んだら、空中で失神してしまうかもしれない。
「早まるな親父! 冷静に考えろ!」
「まだ声を発する気力が残っていたかー」
「黙れ! それよりも素人がスカイダイビングなんてできる訳ないだろ! こういうのは普通インストラクターの人と二人で飛ぶもんだろ!」
「大丈夫だよー、インストラクターの代わりにパラシュートを持たせたから」
コイツはバカなのか? パラシュートの使い方があ分からなければ、インストラクターの代わりにはならないだろ。誰も俺をインストラクトしてねーよ。
って、インストラクターの代わり? なんだか背中が重い。
背中を確認すると、パラシュートの入ったリュックがそこにはあった。
ウソ。いつの間に俺のこんなものを背負わせやがった!?
「そのリュックにはお前のスマホ、ナイフ、鏡の三つが入ってるぞい!」
「サバイバルに必要不可欠な道具……まさか、目的地は無人島なのか?」
移動手段は小型飛行機。移動時間は二時間ちょうい。可能性は大だ。
無人島ってなんだよ。メダカの学校と同レベルでイヤなんだが……。
ようやく手に入れた平和が彼によって奪われていく。
東雲高校は本当に居心地がよかった。何より日本人が多く在籍していた。
俺は外国の学校を転々としていたが英語はまったく話せない。
目的地が無人島なのであれば言語の壁はないが、そもそも言語がない。
つーか、この親父は俺に何を求めている。なんで今更転校なんだよ。
「螺衣、今度こそバイバーイ!」
彼は俺をぶんぶんと振り回し、野球のフォームを取る。俺はボールかよ。
そして彼は俺を――投げた。
絶望だ。絶望しかない。俺の体はヘリコプターから放り投げられた。
「水は! 水はリュックの中にあるのか! 食料は!?」
あらゆる質問を声に出したが何もかもが無意味。声は風の音に掻き消される。
俺は落下していく。父の笑顔とヘ小型飛行機が徐々に小さくなっていく。
最悪な一日だな。親父から逃げたつもりが、俺は彼からは逃げられない。
ハァー。ため息しか出ないよな。もう、全身が冷たいんだが……。
↓
↓
↓
↓
↓
かなり速度で落ちていく。雲の中へと突入する。視界が白一色。
今まで経験したクソ親父のクレイジーな行動の中でこれはダントツ一位だ。
息子を殺す気か? だいたいスカイダイビングってなんだよ。人生で一度もやったことねーよ。それに何が調布へ行くだ。最終目的地を言わなきゃ意味ねーだろ。
あぁもう、怒り爆発だ。考えれば考えるほど怒りがこみ上げてくる。
そういえば調布ってあれじゃん、調布飛行場がある場所じゃないか。
「あぁ、俺は死ぬのかな……」
なんだか頭の中が真っ白になる。走馬燈のように今までの記憶が流れ――
流れ……
流れない。
そもそも俺には家族とのいい思い出も友達との思い出もないんだった。
千刃里と出会ったのも最近だし、会うのは教室でだけだ。
今まで俺から友達を作ることはなかった。そういうライフスタイルだ。
面倒なんだよ。どうせ仲良くなっても俺は転校してしまう。
別れることは辛いことだ。辛い思いをするくらいなら、ない方がまし。
死を前にしても、流れる記憶はなかった。走馬燈もよぎらない。
別に俺が死んだところで困る人間はいない。このまま落下して死亡だ。
死亡。死ぬのか。死ぬ? 正直俺が生きている理由なんてないが――
「これだけは言える。俺はまだ――死にたくな!」
自分の死は自分で決める。あんなゴミ親父の殺される人生なんて嫌だ。
とにかく今は生きることだけを考えよう。
どうして俺は生きたいのか? 答えは物凄くハッキリと言える。
「あのクソ親父を一発殴らねーと未練が残ってしまうからな!」
強い意志を胸に刻む。
人生の目的ができた。
やがて俺は厚い雲を抜ける。
「お、おう……」
そして驚愕する。
雲の下に広がっていた光景は少しだけ俺の想像を超えていた。
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