phase:8『最初の感染者はゾンビに襲われる?』


 本当に無駄足でただただ時間を浪費しただけだったな。

 俺は少しの苛立ちと、練習用の銃と弾薬を手に入れた満足感の入り混じった、文字どおり混沌とした感情を煙と一緒に口から吐き出していた。

 折角の禁煙、とまではいかなくても抑煙してたのに。水の泡じゃないか。なんて思いの丈を全て出し、当たり散らしていた。主にゾンビに対してだが。歩いている奴を適当に、手当たり次第に蹴飛ばしたりしながら。

 

 ──そう、結局ゾンビを大量に消し何処かに持っていった人物の正体も掴めなかった。大きな面倒事はそれに気付いただけで解決に至ってない。それは問題を先送りしたに過ぎない。また、ふとした時に思い出され、それはもしかしたら俺達に直接関係するのかもしれない。そうなったら少々危険かもしれない。


 俺はゾンビに襲われない特質と、自覚済みの人と外れた感性でどうにかなっている。

 だが、これがもしゾンビに襲われない特性を持たずして、類い稀なる感性と武力だけで為しているのであると仮定するならば、それは俺より圧倒的にぶっ壊れている。俺だけでは対処出来ない可能性が濃厚になる。

 そんな奴が複数いたらもう絶望するしかない。逆境でこそ熱く燃えたぎるような、そんな性格などつよほどもなく、合理性を求める俺は速めにここから逃げ出したい感情を暴発させそうだ。


 なにかあれば凛に囮になってもらう。だけど、絆のような物が築かれ始めている今、そんな短絡的な判断はまずい。それでももし、危機的な状況に直面したら自分だけでも脱兎が如く逃げだす覚悟もしないといけない。

 そこまでして生きたいのかと聞かれると、頭を悩ますが。それでも俺は生きないといけない気がする。それが生物としての生存本能なのか、また違った理性や記憶にない何かに起因するものなのか。それは分からない。


 分からない事を必死に考えたところで時間の無駄だと思い俺は思考を打ち切った。それが多分、最善の判断だったと。俺の脳みそは暗に告げていた。



 ノロノロとゾンビと変わらないようなスピードで歩を進め車を止めていたガソリンスタンドまで辿り着いた。吸い終わった煙草を路上に投げ捨てながら、俺は少し駆け足になりながら、車に近づき大きな音を立てながら扉を閉め乗車した。



 俺は車を使いストレスの発散をしていた。ゾンビに思いの丈全て余す事無くぶつける。撥ね飛ばされるゾンビの姿は見るも無惨で、酷く愉快だった。

 人殺しの影響かアドレナリンが異常に分泌されているらしく変なテンションになっている。これも時間が経てば治まるだろう。


 はぁ、この後はどうしたものか。特に予定もなく行動していたからな。何もやりたくない。そんな無気力な感情に支配される。脅威になりそうな人物がいる。その事実だけで十分、俺の頭は疲弊していた。

 考えたくもない。今すぐマンションに戻ってかんなちゃんと一緒に眠っていたあ。それをすれば俺の信用は地に落ちるだろうけど。だからそれは出来ぬ相談なのだ。でも、一度マンションに戻るのは良い考えかもしれない。

 何かあった時の予備の移動手段は確保しとかないと。車はあと二台は欲しい。凛と美咲ちゃんの練習用も必要になってくるだろうからな。


 元々その為の活動だったはずなのだがすっかり忘れてしまっている。



 そんな訳で帰路に着いた。この判断が間違っていたかどうかなんて今理解出来たらそれは神の所業であり、誰しも過ちは犯すものだと未来の俺は素直に認めないと、いけないな──




 俺はマンション近くの駐車場に車を停め、色々と走るうちに見つけていた車屋に徒歩で向かう事にした。その前に、手に入れた武器はそのままだと問題だろう。盗まれたりしても困る。それはないと思うが。万が一にもそんな事態になったものなら、取り返しがつかない。

 用心しとかないと。こんな時に何が起こるか……万全を期すためには武器は隠しておかないといけない。


 俺はリュックに入れた銃や、その他諸々をマンションの一角に置いてきた。


 連絡手段がないと面倒だな。情報共有が難しい。どの部屋に何があるのかは説明してるし、銃の事は皆が集まったときにすれば良いとしても。これからは通信機器がないと不便だ。これも何処からか調達しよう。今後の課題になるな。


 かんなちゃんに言付けておこう。美咲ちゃんには伝わり、かんなちゃんには理解できない、そんな体を装った言葉で。



 時間は直ぐに過ぎてしまうもので。気付いた時にはもう昼だった。昼食を食べて、終わっていてもいいような時間帯。

 道を覚えるのに結構手間取った印象があるな。そんな一瞬で覚えれたら苦労はしないからな。大きな道が分かっただけで、車の通れない裏道はまだ把握しきれていない。

 そちらも見ておかないと。緊急時の離脱などではそっちの方が用途としては適当だろう。


 左に曲がり、右に曲がり、うねうねと濁流のように方向転換を繰り返し、たまに引き返し、道を頭にインプットしながら目的地に向かってひたすらに歩き続ける。


 腹の虫はまだ自己主張をしない。耐えれるのだろう。だったら我慢してもらう方向で意思を固める。


 かなりの時間を有して、車屋に到着した。良く、迷わずに来れたものだと自らの感覚を褒めてみる。一時期挙動不審になり、周りを激しく見渡したが、それは迷子には含まれないと信じていよう。


 今度は車の品定めを真剣にする。どれが良くて、どれが悪いのか。判断に難しい。用途にもよるからな。それが移動手段の一択であるにしても、どんな道を走るのかもある。

 荷物運搬用に大きめの車を使っているが、小回りの効く小型車も良いかもしれない。だけど、バイクも捨てがたいとも思う。だけどその場合は問題が発生する。それは、乗車可能な人数の制限。

 俺達は今四人いるからな。バイクだとどうしても、二人が限度だ。そうなるともう一人誰か運転できる奴が必要になる。

 俺が教えるか? それもいいが、するのは時間のある時だ。


 と、なると、ゾンビに襲われても大丈夫なくらいの大型車にすべきなのか。悩みだすと選択肢はきりがなくなってくる。

 誰か話し合える人物が必要だな。そうなると消去法で美咲ちゃんになるけど。


 まぁ、頭が悪い訳じゃないし。今は練習用の車だけ調達すれば、万事解決かな。


 ここは無難にオートマの車にしよう。マニュアルだとギアの変更などを自分でしないといけないからな。一言で済ませると、玄人向けだ。素人にはオートマが安全だろう。オートマにはアクセルを踏まなくても自動的に発車する、クリープ現象があるけどな。

 あれは、慣れてない人だと怖いかもしれない。マニュアルに慣れると、自然とオートマも乗れるのだが、慣らしている時間もない。


 そんな判断基準から俺は車を探した。そして、ちょうど良い物を見つけたのが、もう夕方だった。


「流石に時間を使いすぎたかな」


 俺は煙草を吸いながら、一息ついていた。


「無為に心配させても、なんだしな。帰るか。今日の収穫はしょっぱいな」


 なんて悪態をつきながら、選んだ車に乗り帰路に着いた。


 そこまでは良かった──



 マンションが大分近付いていた頃。一発の銃声が響いた。方角は明らかに俺が向かっている所から。


「なんで、銃声が……?!」


 驚きで口にくわえていた煙草が落下する。火事になる前に拾い上げ、外へ捨てた。


 そして、それと同時に車を急がせた。なにか、嫌な予感がする。




 ──マンションに着いた時。既にゾンビ共に囲まれていた。道を彷徨いてる奴等を轢き殺しながら、俺は車を停めた。

 それは襲われないと思っていたから。標的にはならないと踏んでいたから。


 それが油断だった。ゾンビは少しずつこちらを向き、敵意を剥き出しに襲いかかってきた。


「なっ!?」


 俺は片手にナイフ、もう片方に銃を持ち応戦する体勢を取る。そして、続けざまに叫んだ。


「凛、こっちに来い!」


 俺の呼び掛けに応え、凛がマンションのベランダから飛び降りてきた。


 車があるのは確認済みだった。これで来なければ美咲ちゃんと凛の死を覚悟した。凛は銃を持っていないので発砲は恐らく美咲ちゃんがしたのだろう。これで安否は分かった。


「だが、これは不味いな」


じりじりと距離を確実に詰めてくる。


「凛。気を付けろよ。もしかしたらお前も標的になるかもしれない」


 俺は掴み掛かってきた個体の手を切り落とした。それでも、引かないゾンビの足に凛の鋭い蹴りが入る。バキッと音を立てて足が折れる。それが、分かる。体勢を崩したゾンビの顔の位置が下にさがる。それを狙ったのか、二撃目が今度は頭部にヒット。顔が逆に向いた。

 間違いなく絶命しただろう。まぁ、もとより死んでいるんだけど。格闘センスが非常に高い凛だから出来る芸当だ。


 そんな事をしている間に大群がこちらへ向かっている。

 それでも、かなりの数はまだマンションの方を攻めている。ベランダから美咲ちゃんが俺の持ってきた銃で戦っている。


 彼方は心配なさそうだな。彼女が何かへまをやらかさない限りは。


 今は自分の心配をしよう。俺は素早く近付き、正面に真っ直ぐ蹴りを放つ。

 蹴りと言うのは隙が大きく出来る行動だ。だが、それは相手に知能があり、尚且つ俊敏であった場合の話で、こんなノロノロと歩く雑魚では蹴りの短所は消え失せる。


 前にいた奴が蹴られたので、後ろの奴も影響を受けて薙ぎ倒される。


 そこを急かさず、急所を突き息の根を止めていく凛。優秀だな。


「凛、一旦距離を取れ!」


 ゾンビ共は凛を敵と見なしたのか襲いかかろうとした。少し知能があるような行動に俺は頭を働かせる。

 なんで、いきなり俺は襲われた。仲間である筈の凛を襲った理由も分からない。何よりなんでマンションが攻められている。そこが一番不可解だ。


 前に出した手に顔が触れるのでは? そんな距離まで近付いていたゾンビの額を持っていた銃で撃ち抜く。


 少し激しめに後方へ倒れる。


「考えるよりも、この状況を打開するのが先かな」


 俺の横に立っている凛に命令を出し、ゾンビ狩りを本格的に開始した。


 とりあえず、数が多すぎるだろ。やはり、何度も言ってきた数の暴力は存在するな。でも、この程度はまだなんとかなる部類の物だな。と、考える。この思考は間違えてはいないだろう。

 実際に、殆ど凛の成果で状況は好転している。もう少しすれば形勢は逆転するだろう。元から狩る側はこちらで狩られる側はあっちだったのだ。何も変わっていない。

 俺は弾薬を大切に節約しながら使い、ナイフで肉と血管を切り裂きながら亡骸の山を徐々に築き上げていた。


 倒したゾンビを数えるのも面倒になってきた。俺は一服でもするかな。と、悠長に考え、本当に一服し始めた。


 美咲ちゃんが何か言ってるようだが気にはならない。彼女もまだ余裕があるのだな。なんて感想が出てくるくらいだ。


「そろそろ終局かな」


 俺は歩み寄ってくる個体を地面に倒し、両の腕を踏みつけ折る。これで動かしたくとも動かせない。


 吸い終わってない火のついた煙草を頭に落とし、火事になってはいけないので、足で踏んで火を消す。丁度根性焼きのような形となった。酷い事を思い付く奴も居たものだ。なんて、自分を棚に上げてグリグリと力を込めて踏み続ける。少しすると動かなくなった。


「よし、終わったか?」


 俺は玩具が壊れた子供のように、つまらないと表情に貼り付け顔を上げた。


「はい、終わりました」


 目の前には凛が立っていた。気配はしていたので驚きはしない。


「そうか……」


 確かにさっきまでそこにいたゾンビの群れは綺麗さっぱり掃除されていた。


「じゃあ、ゴミはゴミ箱に、ね?」


 俺がそう言うと転がっている無数のゴミを大きな、ゴミ箱に仕舞う作業に移行する凛。仕事熱心なのは感心するな。


 俺はその様子を横目に見ながら、マンションへ足を運ぶ。どうやら扉は破られていないらしい。無駄に頑丈だな。なんて、思いながら鍵を開け、中に入った。


「無事で何よりだよ」


 二階の203号室。その扉の前で座っている美咲ちゃんにそう話しかける。


「それはこっちの台詞ですよ」


 かなり疲労が溜まっているようだ。命懸けだったのだからそれもそうか。今回は俺も同じ状況。いや、それ以上に危険な所に身を置いていたのだが……

 不思議と疲れてはいない。これはどうしたものか。


「皆、無事なようで良かったよ。それにしても銃の場所よく分かったね」


「かんなちゃんが教えてくれましたよ。仁さん、小さな女の子に銃の事を話すのはどうかと思いますよ」


「もしかして、かんなちゃんはハッキリと銃って言ったの?」


「はい。舌っ足らずに、真剣に教えてくれましたよ?」


 俺は銃とは伝えてない。やはり、理解していたか。だとすると現状も理解している可能性も高い。ほぼ確実に分かっているだろう。予想通り彼女は天才と呼ばれる部類の人間だ。俺はそう確信した。


「そうか。これからは気を付けるよ」


 俺はなんとなく美咲ちゃんに謝り、部屋に入るように言った。人間関係は円滑に運んだ方が良いに決まってるからな。無駄な労力を使う悶着を生み出す事はない。


 ちょっと待つと仕事を終えた凛も帰って来た。全員そろったのを見計らって、俺はこれからについて話を始めた──

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