phase:6『最初の感染者は疑似家族を作る』
濃密な時の流れに身を任せていた所為で心地のよい体の疲労と共にもう夕方になっていた。
無防備に外で長考とは自殺行為でしかないだろうな。それをやってるのが、もし俺とは別の人間だったら。
──脳の活動のお供に煙草を。そんな感じで自他共に認めるヘビースモーカーである俺は煙草を空気と同等の頻度で吸っていたと言っても強ち間違いではないほど、吸引していたのだが、思考を打ち切り最後に一本だけ吸おうと思ったら、箱の中にはもう一本も残ってはなかった。元々残り少なかった煙草がいつの間にか切れていたのだ。
うっかりしてたな。昼間のコンビニから取ってきとけば良かった。
後悔先に立たず。僥倖な事にこの近くにもコンビニの1つくらいある。周囲の探索も兼ねて探すかな。あと、出来れば移動手段も確保したい。この人数だと必然的に車になるだろうな。
ずっと徒歩ってのも無理がある。ただでさえこれからは小さな子供を連れて歩くのだろうから。
──一先ずはそこらに落ちてるやつを適当に見繕ってしまえば良いかな。
落ちてる訳じゃないと、否定の言葉が来そうだな。なんて、考えながら立ち上がる。
あれ、そう言えば凛の姿が見えないな。何処に行ったのか。
俺は凛を呼ぶ。すると遠くから飛んでやって来た。文字通りの意味で。マンションの屋上から飛び降りたら普通死んでるだろうけど、彼は無傷だった。出会ってからそれほど時間は経っていないが、明らかに最初より人間離れしていっている。
「何してたんだ?」
「ゾンビを殺してました」
どうやら、俺が休憩もといこれからの行動に思考を馳せている間も自分を磨いていたらしい。
「そうか、ならいい。ちょっとコンビニにでも行こうと思うんだが、一緒に来るか?」
俺が聞いてやると凛は頷いた。ついてくるらしい。こんな些細な選択でも自分の意思を持たせてやる。それが大切なのではと思っての問い掛けだ。
俺はまるで親戚の子供と一緒にいるような雰囲気で凛と並んで、コンビニを探して彷徨う。
──少し歩くとコンビニを見つけた。無駄に発展してるおかげで数が阿呆みたいに多いのが功を奏している。駐車場には車も何台か停まってるし、ついでにそれも盗めばいいかな。大型車の方が何かと便利だろう。積み荷も多くなるだろうし。
「凛は物を食べるのは可能なのか?」
「はい、大丈夫です」
それなら、良かった。目下するのはかんなちゃんとの食事だが、これから他の人と一緒に食事をする機会があるかもしれない。その時、凛だけ何も食べなければ怪しく思われるだろう、それを予防する意味でも、彼には普通の人間と同じく食事をきて貰わないと。
俺は命令を出しておいた。これで懸念は払拭できた。
命令を除くと会話も難なくこなせる。ロボットのようにプログラムに従い、一番適切な言葉を選んで回答しているような印象も受けない。多分、自ら考えて発言しているのだろう。そうじゃなきゃ楽しく無いからな。
雑談をしながら、コンビニの付近にいた、数体のゾンビと、中にいたやつを無理矢理外へ出して纏めて片付けた。
昼間のような悲鳴も太陽と同じように消えていこうとしていた。消えるのは悲鳴の方が早かったようだけど。新しい朝を迎えても、今日と同じ規模での声が上がることは二度とない。そう考えられる。今は幾分、静かだ。ゾンビの息遣いが夕焼けに溶け込んでいる。
ゾンビってのは夜型の生活をしているイメージがある。屋外にいるのより屋内にいるゾンビの方が動きに俊敏さがあるような気がしたし、夜の外出は控えた方が良いかな。
人間は夜目が効かないしな。ゾンビの目は退化しているが、そっちの方面には進化していそうだ。不利になるのは想像するまでもなく、分かる。……やはり、それも俺には関係ないけど。
本日の夕食を物色する。好物とか聞いとけば良かったな。店にあるものを一つ残さず持っていければ万事解決なんだけど。それか二人をここに連れてこれたら。まぁ、両方難しい方法だから、実行に移すなんて愚行には走らないけど。
まぁ、灯りが必要になる時も増えてくるだろうし、懐中電灯とかも持っていくか。あと、電池とかな。持ち運びの関係もあるし、リュックとかもかな。あぁ、そう考えると色々必要な物が多いな。
とりあえず、今は飯だな。と、俺は漁る。
「かんなちゃんはお菓子とか食べるだろうかな?」
最も近い言葉で餌付けと呼ばれるであろう行為に手を染めようとしている。それもナチュラルに。愛でるだけであって、他に深い意味はないのだけどね。
棚に置いてあるお菓子を全種類持っていく事にした。車に詰め込む。
「こっからここまで。ってやつだな」
俺が金持ちが服屋とかでやるような仕草を実際に指差して遊んでみると、凛が店員役になってくれたのか、全部集めて車の荷台に入れた。
「お前、案外ノリいいのな……」
驚愕の真実に呆れ半分にそう言うのが、俺には精一杯だった。
目ぼしい物は大体回収した。
「おっと、危ない。メインを忘れる所だった」
俺は煙草をカートンで持っていく。個別になってるのはライターと一緒にポケットへ仕舞った。ライターは自前のがあるけど、それが無くなると火種がないからな。予備で1つくらいは持っておいても良いだろう。
煙草を取るためにカウンターの中に入ったら、あるものが目についた。それはレジだ。
なんとなく、金も持っておいたら使えるかもな。今では何の役にもたたない紙と金属だけど。全くの無価値だと言っても過言ではないが……どんな時に、どんなものが役に立つかは分からない。
ついでに店の備品も拝借しておこう。
と、盗れる物は貪欲に盗り、俺達は店を後にした。
運転手は勿論俺だ。凛や美咲ちゃんにも練習してもらって操作を覚えて貰おうとは思っているが、それはまた後々の話になるだろうな。
エンジン音に引き寄せられて何処からともなくゾンビが湧いてくるのを鬱陶しく感じながら、マンションへと戻っていた。
「はぁ」
ため息を軽く漏らしながら、煙草の灰を窓の外へ落とす。
周囲はすっかり闇の中。流石にかんなちゃんも美咲ちゃんも起きてるだろう時間。速く帰らないと腹を空かせてるかもしれない。
腕時計を確認しながら俺は煙草を吸う。煙と寒さで白い息を吐き出しながら夜中のドライブを楽しんでいた。
──皮肉の部分が大きいドライブを終え、マンションの前に車を停める。
今日の夕食分を車から出して袋に詰め、しっかり鍵を閉めてから、マンションへと向かう。
一階を通り抜け、二階へ階段を使って登る。
「あ、そう言えば貸してた銃を返して貰って無かったよな」
俺はそう言って凛から銃を受け取り、脇のホルスターに戻した。
「203号室だったよな」
俺は軽くノックしてから、
「俺だ。仁だ。鍵を開けてくれないか?」
名前を言ってから気付く。俺って名乗ってたっけ? これじゃあただの間抜けじゃないか。俺以外が来ても絶対に開けるなと指示しときながら、名前を名乗ってないとは……判断のしようがないだろ。今回は美咲ちゃんがいるからどうにかなるだろうけど。
ガチャ、っと音がする。鍵が開いたようだ。
「じんおにいちゃん! おかえり~」
「おっと……危ないなぁ」
俺を呼びながらかんなちゃんが抱きついてくる。その後ろでは美咲ちゃんが微笑ましそうにしている。
「ただいま」
どうやら、かなり早く起きていた二人は話をして親睦を深めていたようだ。その時に美咲ちゃんが俺の名前を教えたらしい。いきなり呼ばれてビックリした。あと、こんなに懐かれるとは。美咲ちゃんはどんな話をしたのか。明らかに脚色された事を話したのだろうと予測できる。
「ご飯買ってきたから、食べるか?」
「わぁーい」
俺の言葉に両手を上に挙げて喜ぶ。いくら安全になっているからと言っても、いつまでも玄関先で話すのもおかしいかと俺は部屋に上がった。凛もそれに続く。
「靴は脱げよ」
小声で一応言っておく。ゾンビになって、どこまで常識が欠如してるのか把握できてないからな。俺の動作を見ていたおかげで注意するまでもなく、靴を脱いだが。俺が脱いでなかったら、恐らく凛も脱いでないだろう。
人を見て学習しているようだ。本当に頭が良いな。
感心しながら、リビングに行く。
「おにいちゃん、だれ?」
かんなちゃんが凛に話しかける。美咲ちゃん、俺の事は話していたようだが、凛についての説明を怠ったな。さて、これに凛はどう返すか。
「僕は凛、だ」
お、普通だな。違和感を感じない。はずなんだけど。
「ふーん。りんおにいちゃんね! なんかへんなかんじがしたからきになったんだ。でも、なんでもなかったみたい」
嫌に鋭い彼女はそれを自分の思い違いだと、片付けたらしい。外がどうなってるか知らないから誤魔化せたのだろうが、もし知っていたら一発でバレていたかもしれない。
子供とは到底思えない洞察力と観察眼だな。あと、直感もある。なんか親近感を覚えてしまう。
リビングでそれぞれ椅子に座り、食卓を囲む。ちょうど人数分あったから誰か省かれるなんて事にならなかった。
どうやら、この家は四人家族のようだな。その誰もがもう帰って来ないかもしれない。なんてのをかんなちゃんに伝える必要はないだろう。知らなくて良い真実もある。
持ってきたコンビニの弁当などを広げる。挨拶をしてそれぞれご飯を食べ始める。暖房がついてる室内は心地よい空間で、他愛もない会話が繰り広げられ、かんなちゃんの笑顔に雰囲気は明るくなる。まるで本当の家族になったようだ。
美咲ちゃんも、凛も、俺も釣られて笑顔になる。喧騒や血、非日常で固まっていた心が
溶かされていく。ゾンビであるはずの凛の笑顔に俺と美咲ちゃんは驚かされたけど。その様子に理解が追い付かないかんなちゃんは不思議そうな顔をしていたが。
食事を終え、皆が後片付けをしている間、俺はこれからどうしようかな。と、またこれまで幾度もした思考に部屋の外で食後の一服をしながら、悩まされていた。
「じんおにいちゃん、どうしたの?」
かんなちゃんが顔を出す。
「さっき連絡が来たんだけど、君のお母さんしばらく帰れないらしんだ。だから、帰ってくるまで娘を預かってほしいって。かんなちゃんはそれでも、大丈夫?」
「……うん、いいよ! じんおにいちゃんもみさきおねえちゃんも、それにりんおにいちゃんもいいひとだから!!」
全てを見透かしたような目で彼女は、もう分かってるのかもしれない。今、どんな状況になってるのか。お母さんが帰って来ないことも。
子供にしては鋭く、頭も良い。彼女は実は天才と呼ばれるような人種なのかもしれない。
理解した上で俺達の優しさに甘えようとしている。そんないじらしさのような物を感じてならない。
俺はつい、頭を撫でてしまう。
「ありがとうな」
かんなちゃんの目の端に、微かにだが涙が溜まったのを俺は見逃さなかった。でも、口には出さない。見逃したのだ。
俺はかんなちゃんの体調を気遣い中に入るように言う。それに素直に従い、戻っていった。
彼女の病気が治るまでここにいよう。美咲ちゃんには悪いが、学校に行くのはその後だ。
これは、本人にも話しておこう。
悩みが突然なくなった俺は半分以上残っていた煙草の火を消し捨てておく。
そして、三人で遊んでいた美咲ちゃんを呼ぶ。
「なんですか?」
俺は事情を説明した。すると、彼女は、
「大丈夫ですよ。て言うか仁さんがそっちを優先してくれて良かったくらいです」
学校に大切な人がいるかもしれない。だから、今すぐにでも会いに行きたい。そんな表情をここに来るまではしていた彼女だが、どうやらその相手を信頼しているのだろう。本心からその言葉を言ったのが分かる。
かんなちゃんを想っての発言ってのも勿論分かる。俺の周りにいる人物はなんだかんだ言っても有能な奴しかいない。
こんな狂った世界なんだ。そうでなければアイツ等の仲間入りするだけか。
俺はそのアイツ等がいる場所に赴こうと美咲ちゃんに行き先を伝え、外出した。
──相手に有利なフィールドでの戦闘。いつもフェアな勝負が出来るとは限らない。闇に慣れておかないと。
「あれ、俺暗視ゴーグルでも搭載してたっけ?」
場馴れする為の外出だったのに、何故か夜目が効いてしまう。人間は出来ないとか言ってたのに、一気に説得力に欠けた。
「俺の体……やっぱりおかしくなってるな」
何者かに改造されたのではと疑うほどの人間離れした能力。
メリットしかないから良いけど。そのうち致命的な欠陥が発覚しそうで困る。
夜間や闇に紛れての戦闘はゾンビとはフェアに、対人では逆に有利に立ち回れる事が分かった。これは大きな成果だと言えよう。
じゃあ戦う必要もないか。俺は昼より動きが少しばかり俊敏なゾンビを何体か屠ってからマンションに戻った。
203号室に戻ると無用心にも鍵が開いていた。仕方ないので俺が戸締まりをしてから、中に入る。ちょうど美咲ちゃんとかんなちゃんが一緒に入浴しているようなので、俺はリビングで凛と遊んでおく。やってるのはオセロだけど……
しばらくすると、二人が出てきたので、交代するように俺と凛が一緒に風呂に入る。
その後は就寝への準備を整える……
本当に家族のようだな。なんて、俺は感慨深く思っていた──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます