phase:5『最初の感染者は少女と出会う』


 美咲ちゃんから聞いた学校の名前が以外にも名門校で驚く。私立、光風こうふ学園と言えば県内の人間であれば誰もが知る進学校だろう。県外からも毎年、沢山の人が受験に来ると、ニュースにも取り上げられるほどだ。テレビはあまり見ないので詳しくは知らないが……

 言われてみれば彼女が着ていた制服はそうだったかもしれないと今更ながら思った。服を着替え、動きやすい服装になっているので面影はないけど。

 世間に対して興味がなく、疎い俺でも知ってるレベルなのだから相当だろう。


「美咲ちゃんって頭よかったんだね。……なんか意外だな」


「あ、いや、私はスポーツ推薦だったので……」


 スポーツにも力を入れてる学校だったのか。それは初耳だな。文武両道でも教育指針にしてるのかな。そこらの知識はまるでない。だけど、スポーツ推薦と言っても最低限の学は必要だろうし、頭が良い学校の最低限は普通の学校の頭が良い、に相当すると考えても、まず問題ないだろう。

 光風学園のスポーツ推薦の学内では程度の低い位置にいる者と他の学校のトップが同じ知力とは。皮肉な話だよな。


「って事は美咲ちゃんバスケしてるって言ったのは……」


 聞くと、全国大会に出場するくらいには上手いらしい。しかもキャプテンを務めてるとの事だ。運動の面では、ずば抜けているようだった。これまた凄い経歴が飛び出したものだな。それでも、この環境では無意味に等しいものなのだが……


 そう、この状況では誰もが平等に被食者であり、敗者だけが捕食者に昇華する不条理に成り果てた、油断すると頭のネジが自然と抜け落ちそうな世界。捕食者であっても勝者ではなく、敗者なままである辺り馬鹿らしさに拍車をかけている。被食者も捕食者も等しく、負け犬なのだ。

 その両者。どちらも敗者なこの空間で唯一両者になりえて、その反対にも勿論なれる人間が俺なのである。

 だが、唯一と言ったが、自分だけが特別だとも思えないのが正直な所だ。ただそれだけで、他には無いものであったとしても、無二ではない。そう、唯一無二と重ねて強調するには至らない。

 この特性を持っている人物は他にも存在するのでは? そんな確信めいた直感はいつからか俺の頭に居座っていた。脳が警戒の鐘を大音量で鳴らしている。


 ──まぁ、光風学園に行くこと事態には問題ないだろう。ここからそれほど離れてもいない。学生の生存者よりも、教師のような大人の生存者がいるのを願いながら俺は粗方準備を済ませ、コンビニを後にした。





 ──腹が一杯になったら眠くなるよな。これはまた仕方の無いことだろう。人の生理現象だからな。うつらうつらと徐々に船を漕ごうとする美咲ちゃんを、その度に起こしていたが、それにも限界が来たようだ。目的地に向け歩いていたのだが、もう駄目だろうと俺達はまた休憩を取っていた。


 緊張の糸を張り続けるのは難しいのだろう。俺や凛は緊張する必要が無いからな。美咲ちゃんは違う。彼女は命懸けだからな。俺もそれは同じだが度合いが全く違う。

 そんな中で、自らの命が危うい最中で睡眠の欲求が勝ったのは、食事の影響もあるだろうが、それ以外にも俺や凛に信頼を置いてくれたのだと考えても良いはずだ。

 嬉しさなどは特にないが、その方がやり易い。


「場所を移動するか……」


 このまま屋外で休んでいては危険だと、感覚がやはり何処か人とずれている俺は遅ればせながら気付いた。

 そこらのマンションにでも姿を隠せばいいか。使える土地が無くなり、上に伸びた建物。住むものが居ないのに意味はあるのか。……ないな。


 俺は適当なマンションへ美咲ちゃんを起こさないように抱き抱えて入った。不法侵入なんて概念は既に失われている──肝心の法が機能していないのだから。法を守る人間も居ないし……


 馬鹿と煙は高いところが好きだが、残念ながら俺は違う。それでも、襲撃などの対策で一階は選択しない。飛び降りても大丈夫な範囲。怪我をしないのを考慮すると、二階が妥当だと思考する。



 二階に来たけど、ゾンビが多い。一階にも勿論いた。それは静かに消しといた。音に反応して外から集まってきたら困るからな。管理人室みたいな場所があったので、そこから鍵などを拝借し、予めマンションの入り口は封鎖しておいた。

 それなのに既に中がゾンビで溢れかえってるとは、迷惑な話である。恐らく退路を絶たれた上層にいた人達が殺られたのだと、推測する。

 平日なので、人は少ないはずなのだが、侵入した者達のせいだろう。不自然なほど溢れている。


「凛、あのめんどくさそうなの全部頼んだ」


 俺が指をさしながら命令すると、凛はそれを直ぐ実行へ移す。掃討されていくゾンビを尻目に俺は部屋を探した。


 階段に近い部屋を選んだ。移動が簡単なのと逃げるときに楽だからだ。壁から登ってくるとか普通にしてきそうだからな。ベランダから侵入されるとか、空き巣被害に似た何かにはなりたくない。なったら、それまでだけど。



 俺は部屋の扉を開けようとした。だが、それは叶わなかった。


「ん? 鍵が掛かってる?」


 中に生存者がいる可能性があるな。


「おーい、誰かいるのか?」


 呼び掛けるとガチャリと鍵が開く音が聞こえる。扉を開けると、鍵は開いたようだが、その代わりチェーンロックが掛かっていた。中を覗き込むと、奥の方で顔だけを覗かせている人がいた。それは小学生くらいの女の子。それも凛よりも小さな子だった。


「これ、開けて貰っても良いかな? 怪しい者じゃないからさ。お兄さんはね、君のお母さんのお友達なんだ」


「……ほんとう?」


 小さな声での問い。舌ったらずで可愛らしい疑い。


「本当だよ、だから開けてくれるかな?」


「……うん、わかった!」


 少し悩んだのち、台を持ってきてから、それに乗りチェーンロックを四苦八苦しながらも、なんとか開けてくれる。


「ありがとう」


 俺は礼を言いながら部屋に上がらせて貰った。ついでに女の子の頭を撫でてあげる。子供の扱いなんて分からないから、これで喜ぶのかも定かではないけど。


「うん!」


 嬉しそうにしている。案外簡単なものだと思った。知らない人だと言うのに……


「君、名前はなんていうの?」


「かんな!」


「かんなちゃんか。うん、可愛い名前だね。よく似合ってる」


「えへへ」


 褒められて照れているようだ。かんなちゃんは体調不良で学校を休んでいたようで、親は丁度買い物に出掛けて留守にしていたらしい。なんとも不幸な境遇になってしまったようだな。


 話ながらベッドの場所を教えてもらう。天真爛漫で、人を疑う事を知らない純粋な女の子ってのが、第一印象。それは間違えてないようだった。快活な子供らしい可愛さを持っている。このままいけば数年後には美少女になっているだろう。そんな予想をした。


 俺は美咲ちゃんをベッドに寝かせ、離れ様になんとなく胸を揉んでおく。ほら、労働への報酬って事でこれくらいは許してほしい。


「おにいちゃん! おんなのひとのおむねはさわっちゃいけないんだよ!」


 最初の舌ったらずな感じのまま、一生懸命に俺へ注意する。まさか、こんな小さな女の子に怒られるとは……


「ごめんなさい」


「うん、あやまったらいいの!」


 なんだか、微笑ましい気持ちになった。俺はこんなに子供が好きだったのか……

 自分の中に新たな感情が生まれたのに戸惑う。


「このお姉ちゃん。今とても疲れてるから、一緒にいてあげてね?」


「わかった!」


 元気の良い返事。俺はまた彼女の頭を撫で、部屋を出た。


「あ、忘れてた。俺以外の人が来ても扉を開けたら駄目だからね。約束できる?」


 美咲ちゃんの隣で同じように横になっているかんなちゃんは小さく頷いた。


 うん、良い子だ。俺は今度こそ寝室を出た。


 靴を履き、部屋を出た。203号室だな。部屋番号をしっかりと記憶し、視線をゾンビがいた通路に向ける。あれだけいたはずなのに綺麗さっぱりいなくなっていた。


「凛、戻ってこい!」


 俺が呼ぶと、階段を降りてくる音がする。ん? 上の階に行ってたのか?

 凛は案の定、上の階から戻ってきた。軽快な足取りだ。


「もしかして、上のゾンビも倒してきたのか」


 俺の質問に首を縦に振る凛。とてつもなく有能だな。


「そうか、それはご苦労」


 労ったのちに伝えるべき情報を伝達しておく。


「俺達の仮拠点は203号室になった。部屋の中には美咲ちゃんの他に女の子が一人いる。彼女は殺さないように。それと、これから出会うゾンビ以外の人物はなるべく襲わないように。ただし、こちらに敵意を持っている者は凛の判断次第で殺しても良い。分かったか?」


 俺の指示に凛は、もう一度首を縦に振った。頭の良い彼の事だ、しっかり理解しているだろう。


 部屋の戸締まりはしっかりしているのも確認出来たし、玄関の扉は鍵を使って閉めておいた。離れても問題ないだろう。


「よし、ちょっと遊びにいくか。因みにここにいたゾンビは全て倒したんだよな?」


「はい」


「その倒した残骸は何処に?」


「1つの部屋に詰め込んでおきました」


「よろしい!」


 俺の指示した事以外にも、自ら考え行動している。これは良い傾向だ。これが続けば彼の育成は成功だと言えるのだが、明確な自我が目覚めてしまうと、俺の命令に従わなくなる可能性もある。それは困る。だから、調節の難しいのが、難点だと言える。


 俺と凛は二人でマンションの外へと出た。


 ちらほらとゾンビの姿が見える。俺達に敵意を持って近付いてくるような個体はいないが……


「何かあってからじゃ、取り返しがつかない場合が多い。俺は今回君に銃の扱い方を教えようと思う」


 俺の宣言に凛は意図が掴めないらしい。確かに人を越えた力を持っている凛だが、数の暴力には成す術がない可能性もある。遠距離での攻撃方法があるのは利点だ。

 相手がゾンビだけだとこんな心配をする必要はないのだが、何度も言うが敵はゾンビだけじゃない。人間同士でも争いは起きる。ましてや凛は人類の敵のゾンビそのもの。俺はゾンビに襲われない。

 つまり、敵は人間であってゾンビではないとさえ言えてしまう。


 てな訳で取り扱い方と、咄嗟の射撃の精度くらいは上げてても良いと思ったのだ。


 的はいくらでもある。そこら辺をノロノロと歩く、動く的が。


 凛に大体の使い方を教える。一度覚えた事は忘れないんじゃないのか? と思ってしまうほどの正確さで、俺の言った内容を吸収していく凛。感心しながら、畏怖しながら俺は実践に移行した。


 戦略や立ち回りも一応念のために教えておく。その方が動きに幅が生まれる。知識に無いことをやろうにも、それは無理な相談ってものだ。


 こちらに向かって阿呆面あほうづらを引っ提げてやってくる一体のゾンビに照準を合わせさせ、じっくりと引き付けてから射たせる。銃には有効射撃距離と呼ばれるものがあるからな。


 視力が何故か良い俺と凛は遠くのものを視界にクッキリと捉えられるが、それに弾丸を当てられるかと聞かれれば話は別なのだ。ゾンビなのに目が良い凛と、元々視力は良かったが、それよりさらに良くなっている気がする俺。

 この二人のイレギュラーの理由も速く解明したいな。彼が特別なのと。俺がゾンビに襲われず、視力が良くなっている理由は繋がっている気がする。


 まぁ、今は射撃に集中しよう。弾にも限りがある。注意を反らして外すなんて勿体無い事は避けたいからな。


 俺は凛の横で銃を構える。しっかり狙いを付けて一発、撃った。俺が放った弾丸はゾンビの眉間に吸い込まれる。


 今のところ百発百中だな。


 素早く弾を入れ換える。これも練習だな。結構短い間に出来るようになったので、実戦では十分使えるだろう。

 装填が終わった銃を一度ホルスターに仕舞う。そして狙いを定めず、感覚だけで引き抜き撃つ。西部劇などで見られる速打ちの練習だ。

 突然物陰から敵が出てきた時など、狙いを定める時間が無いとき。このスキルは役に立つ。外す可能性は高まるが、これが命を救うかもしれないのでやっておく。



 ──銃の練習をした後は体術だ。体の運び方を染み込ませる。何度も反復で繰り返した動きは咄嗟の時、それを脳ではなく体が覚えているので、意思とは関係なく自然に出来るのだ。

 それは本来、長い期間をかけて習得するもので、スポーツや特に武道などに置いて言えることなのだが……付け焼き刃ではあるが、やらない理由はない。やっていて損はない。


 俺はサバイバルナイフを使い近くにいたゾンビの殆どを片付けてしまった。勿論凛もいたから出来た芸当なのだが……俺一人だと勿論不可能だ。体力の限界があるからな。


 煙草を一服。休憩を挟む。無限湧きするゾンビは格好の獲物である。再起不能にしたゾンビは凛が大きな建物に仕舞っている。働き者で大変結構。


 体を動かすのを止め、冷静になると行動する人が増えたことを真剣に考え出し始める。


 小さな女の子を一人守るのなんて楽勝だけど。この環境は精神衛生上如何なものなのだろうか……


 美咲ちゃんの時と違い、真っ先に連れていく事を前提におき、思考している時点で自分が少し外れている事に気付きはしない。

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