phase:2『最初の感染者は武器を手にした』

「もう一回言っとくね。俺の名前は仁。苗字は斎藤。何処にでもいる平凡な社会人だよ」


 語弊が生まれそうな自己紹介。平凡な社会人はまず裏社会の銃の流通など知らないだろ。と、そんな話になるのだろうから。今は自然吸収され、蓄積していたその情報が役に立っているのだから、何とも言えないけど。

 それでも、平凡と言う部分を強調して言ったのは自分がまだマトモだと証明したかったからなのかもしれない。そんなの見ず知らずの人にして何になるって感じだが……


「君の名前は? 一応お互いに知っておかないと何かと不便だろうし。教えて貰っても構わないかな?」


 俺は自然な風に尋ねた。その耳は確かに彼女の方に向いてはいるが、意識と視線は誰がどう見ても俺の手中にあるハンドガンに絞られているように映るだろう。

 どれを持っていこうか長考しようともしていた。ちょっとかじった程度の知識で語ると、

 俺が持っているこの銃。SIG Sauer(シグザウエル)P226と、そんな名前。自動式拳銃、英語でオートマチックピストルやオートと呼ばれる銃の中では非常に耐久性が高い。このオートマチックピストルは動作不良を起こしやすい。その中でも例えばジャム。つまり弾詰まりを起こしたら使い物にならない。

 だが、俺の持ってるSIG Sauer(シグザウエル)P226は凄いのだ。どれ程かと言うと長時間、水や泥の中に浸けても確実に作動するほど耐久性が高い。大体のオートマチックピストルは直ぐに動作不良を起こすことで有名だからな。

 そして装弾数が16発。オートマチックピストルだから連射出来る。さらに、マガジンの交換も楽と来た。素人が扱うには中々良いほうだろう。

 値段は高いが、潤沢な資金があるアメリカの軍などでは多く採用されているらしい。信頼を置いても良い自動式拳銃だと言えるだろう。



 ──この状況に酷似している世界観の映画。バイオハザードって作品の確か五作目でも登場するくらいには有名な拳銃だ。って程度の認識で良いだろう。二丁拳銃って男の浪漫だよね……?




 ここまでが俺が人やら、ネットで仕入れた情報。



高橋たかはし美咲みさきです」


 自分の手に持つ銃の知識を再確認していると遅れて女子高生が名乗った。なるほど、みさきか。


「高橋美咲ね。因みに漢字は? あ、名前だけで大丈夫だよ」

「美しいに花が咲くとかの、咲くって字です」

「ふーん。それで美咲ね。……うん、良い名前だね。名前を付けてくれた親に感謝しないとな」


 まぁ、その親が今生きてるかどうかも分からないけどね。なんて、含みのある台詞。優しい言葉の裏に隠された辛辣で最低な意味など美咲に伝わるはずもなく、少し戻った元気を使って返事していた。


 俺は予備のマガジンを店内に置いてあったウエストポーチに仕舞う。そして、腰にそれを装着した。ついでにスーツの上着を脱ぐ。単純に動く時に邪魔だからだ。他に装備できそうなものでもないか。物色する。

 なにやら、防弾チョッキとかもあるみたいだし、着といた方が良いのかな、なんて発想が視線を巡らせていた俺の頭に一瞬過ったが、軽装備の機動力重視が性分に合ってると、それは止めといた。


 ホルスターを装備する。腰に巻くタイプではなく脇の下辺りに来るタイプのやつ。銃を持ち歩くのに必須だからな。両脇に一丁ずつ常備する。腰のホルスターにはリボルバーを入れておく。さっき言ったウエストポーチってのはつまり今リボルバーを入れたホルスターなんだが、予備のマガジンや、その他様々な物を一緒に持ち運べる優れものなんだ。


 腰に装備したのはS&W M686と呼ばれるリボルバー。端的に説明すると威力が高いが、弾切れが起こると次の弾を装填するのは人力で、しかもかなりの時間を有するのが、リボルバーと呼称される武器の特徴。俺はこれをメインの武器として使おうと思った。やはり、一発の威力がデカいのは魅力的だ。狙いを外す事も心配ない。何故かそちらには自信がある。

 あくまで懐に忍ばせた拳銃は保身である。使う事のないようにしたいものだ。



 準備を着実に済ませながら考える、俺を敵がゾンビだけだなんて甘い見積もりをする人間だなんて思う奴、今更いないだろうな。俺の人間性を把握してる人物じゃないと分かりようのない箇所だけど……だったら、関係ないか。


 ──でも、俺なんて、例外中に例外だし。最大の驚異であるところのゾンビが全く無害なのだから。今はまだそう言えるだけで、後々どうなるかは不明だけどな。どんな事にも用心しとかないと、緊急の時に判断が遅れる。

 その時間が命取りだ。圧倒的なほど致命的で、そして致命傷になり得る。


「美咲ちゃんは何かスポーツとかやってた?」


 脈絡などありはしない質問。


「バスケを小学校からしてますけど……」


 役には立たなそうだな。体力があるってだけマシか。本当にそこら辺で屯していてるだけの輩だったら餌にでもしようと思ってたが。見た目からも、学校と呼ばれる機関に本来の目的で通っているようだ。


「美咲ちゃん、大丈夫かい? 顔色が悪いよ?」

「だ、だって……目の前で友達が死んでしまったんですよ? しかもそのはずなのに、すぐに動き出して……さっきまで生きてた大切な友達だったのに。一目でこれは違うって分かってしまう。友達の姿をした何かなんだと思ってしまう物になって、私を襲ってきたんですよ? そんな状況で普段通りにしていられる人なんていますか?」


 随分な意見だな。激昂しそうなほどの熱い煮えたぎる感情を隙間から洩らしながら、それでも冷静にいようとしてるのが嫌でも伝わる声音だ。そして、それが間違っているとは言わない。

 彼女が言ったのはあくまで一般論であって、大多数が賛同する類いの意見なのだ。俺は不思議と分からないけどね。少数派に所属する俺みたいなちょいと外れた人間からすれば、死なんて必然で、自分にもいずれ訪れるもので、それを悲しんでも時間の無駄としか思えない。

 この思考回路は人に話すと、可哀想な人だと同情されるような代物だろうと、当の本人である俺も思う。


「そうだな、確かにそうかもしれないな。でも、その現実を受け入れないとこれから先、生き残れないぞ。人の姿をした何かは変わらず街を闊歩しているんだから」


 持論をぶつけても意味はない。彼女の生存本能に呼び掛ける。それで、ちょうど良い駒の完成だ。


「友達の分まで君が生きないと。この変わってしまった、今も変わり続ける街を生き残らないと。死んでしまった友達に顔向け出来ないと俺は思うよ?」


 さらに加えて良心にも呼び掛けとこうか。これで思い通り動くようになってくれれば、万々歳だ。


「……そう、ですかね。まだ、全然現実を呑み込めないですけど。夢の中にいる気までします。だけど、私は死にたくない」


 意思はかろうじて固まったようだ。


「だったら、一緒に行動しようか? ここで単独行動は自殺行為に等しい」

「はい! よろしくお願いします。斎藤さん」

「名前で良いよ。てか、そっちの方が良い」

「じゃあ……仁、さん」


 生への活力を微かに沸き上がらせつつある、彼女。これでもしかしたらの保険完成だ……


 俺は内心でほくそ笑んだ。これで体の良い武器を新しく手にいれた、と。そんな人として最低な思考に彼女が気づくはずがない。


「君にも武器が必要かな。でも、誤解はしないでくれ。積極的に殺せなんて言わない。これは身を守るために必要なんだ」


 俺の武器が必要だと言う発言にたじろいだのを見て、補足する。


「銃は……使えないよね」


 聞かんとする事を予測していたのか、首を横に振る。


「だったらサバイバルナイフかな。爆発物を持たせても危ないだけだし」


 俺は店内に置いてあるサバイバルナイフを彼女に手渡す。ずっしりと重量のある、人の命を奪える凶器。そう意識して見ると無意識に体が震える。俺は恐怖ではなく、武者震いだけど……


「もう一度言っとくけど、これを使って人を殺せって訳じゃない。身の危険を感じたとき、それを使って状況を打破しろ」


 それは一重に人を殺せと、そう言ってるのに等しい。だが、物は言い様なのだろう。ぼかせてるので、言わんとする事が分かっても聞けれない。聞いてしまえば真実が分かるから。

 言わぬが花、知らぬが仏って事だ。


 まぁ、覚悟が決まるまでは俺が守ってやろう。上から物を言っているが、もし、俺の予想が外れていたとき、彼女に背中を任せる場面が来ないとも限らない。その時は対等なパートナーになって貰わないと。

 人が手を組むとき。何が一番大切なのか。それは保険や打算ではない。対等、なのだ。



 静かに頷く彼女を見てから、俺は準備を続ける。備えあれば憂いなし。身を固めるうちにしっかりと固めておこう。

 ゾンビなんかより、結局生きてる人の方が何をしでかすか分かったものじゃないから、単純に怖いのだ。特に極限状態に追い詰められた奴等など……



 危惧するべき事柄を考えながら、俺の準備は完了した。先程まで着ていたスーツの上着はゴミとなった。詳しく知らない人が見ても分かるほど、高級な雰囲気漂うスーツなんて、この現状だと動きにくい服でしかない。オーダーメイドとかこの際関係はないんだ。


 その変わり靴やコートなどが、一式ミリタリー装備に変わった。デザイン性より機能性を重視した装いだ。

 

 美咲ちゃんも着替えている。何故か中々着替えようとしないのを不思議に思い、手伝おうか? と、提案すると、鋭く睨まれてしまった。

 女の子ってのは怖いね。脅威ではないけど。簡単に黙らせれるし。ほら口付けとか、物理的にね。今でもそれをしたら訴えられそうだけど……


「よし、これでもうここには用なんてないね。そろそろ行こうか?」

「あ、あの……」

「ん? なに?」

「やっぱり、一日くらいここに居ても良いんじゃないですか? ゾンビも来ませんし、それに私まだ整理がついてなくて……」


 そんな訳には行かない。俺には自分の事がある。あれを確認出来ない限りは夜も眠れない。なんてほど繊細な神経はしていないが、それでも不安要素を取り除きたい。なるべく早めに。


「だったら、君だけここに残ればいいよ。俺は絶対にここには戻って来ないけどね。運が良ければ、生き残れるんじゃない? もう一度言うけど、君は死んでしまった友達の分まで生き残らないといけない。それには休んでる暇なんてないんだ」


 俺はそう言い残して店内を後にした。少しして、後ろから人が駆け寄ってくる足音が聞こえた。美咲ちゃんは付いてくる方を選択したようだ。それが正しい判断なのかは、まだ分からないが……


 

 自販機付近にいた。俺達が武器を調達した店は焼き払って置いた。誰かが同じように武器を調達しても厄介なだけだからな。ガソリンをまいて火を放った。後方から、爆発の轟音と衝撃が届いた。その時の美咲ちゃんの顔は中々傑作ではあった。それは、まぁどうでもいい。今気にすべきは、自分たちの事。


 俺がゾンビ共に狙われる事は依然としてない。只の人間である美咲ちゃんは、例外ではないのでどうしてもゾンビを集めてしまう。別の者に夢中なノロマを討ち取るなんて、作業にしかならない。近寄ってくるゾンビの頭を丁寧に切り落としていく。

 少しばかりあった人間としての部分が溢れて消える感覚。常人から離れる感覚が確かにする。元々異端な存在だったから、大して変化は生まれてないけど。その自覚も元よりあったのだし。


 また、重々しい音でバスケットボールくらいある頭が地面に落ちた。骨粗鬆症かと思うほど簡単に骨を断ち切れる。断面図を凝視するなんて精神衛生上、かなり悪そうな行動はなるべくしたくなかったが、好奇心に負け骨の部分を見るが、スカスカにはなっておらず明らかに詰まっていた。個体差あれど、基本的にどれも骨密度MAXみたいなものだった。

 ならば、何故こんなに簡単に首を落とせるのか。俺が使ってるのは少し刃渡り長めってだけの、なんの変哲もないナイフだって言うのに。特別切れ味が鋭いわけでもない。

 美咲ちゃんの視線の方が切れ味あるんじゃないかな? なんて、浅慮をする。


 でも、刃が触れた時の感触に違いがある者もいる気がする。そうすると、この差は一体何なんだろうか。謎がまた1つ増えた。


 楽に駆除出来るのであれば、そっちの方が良い。無駄にしぶとい害虫とか勘弁だからな。ほら、ゴキブリとかそのジャンルに入るから。全人類の殆どがゾンビとか言う害なすものに変わるのであれば、それはゴキブリと大差ないのかもしれないな。


 なんて、思考していると自動販売機に着いた。そうだ、記憶に間違いはなく俺はここで飲み物を買おうとしていた。そして、女性に声を掛けられ、その人との会話の途中で意識を失った。

 フラッシュバックしたかの如く、ぼやけていた記憶が鮮明なものになる。全容はまだ分かってはいない。


 遠目に見るだけじゃなく、もう少し近付こうと思い、それに従い体を動かした。


 この自販機の周りにはゾンビはいなかった。何処にいっても徘徊しているのに。そんなのはどうでもいいか。


「ここ、嫌な空気ですね……」


 何かを感じ取った風な美咲ちゃんが、身震いをさせる。俺はなにも思わないけど。


 パーキングエリアに気を配りながら、念のため美咲ちゃんに近寄っておくよう指示する。建物は扉があるし、出てくる時に物音がするだろうが、自販機のすぐ近くの地下にあるタイプのパーキングエリアから不意に出てこられると、もしかしたら気付けないかもしれない。

 これと言って気配は感じられないが、特別人の気配に敏感じゃないからな。


 誰かに見られている気がする。なんて事は思えない場合もある。良くも悪くも平凡だから、な。


「あの人はいなそうだな……」


 俺に話しかけてきた女性の死体でもあれば、好都合だったのに。でも、無いものをねだっても仕方ない。


 なんとなくだが、喉も乾いた気がする。ここで飲み物でも買っておこうかな。


「飲み物買うけど、美咲ちゃんはなにかいる?」

「私は結構です」


 あ、そう。と、俺は懐から取り出した財布を片手に持ち、中から小銭を出す。


 ミネラルウォーターかな。コーヒーって気分でもない。


 俺は表記されている値段ピッタリ金を入れる。ボタンを押すと、ガタンと音をさせながら、ミネラルウォーターが出てきた。


 はぁ、これからどうしようかな。目的を失ったし、手掛かりもない。


 頭を悩ませながら、俺は出てきたミネラルウォーターを取ろうと身を屈めた。その時だった。


 自動販売機の背後から何か大きな物体が俺に向かって飛び出してきた──

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