第四曲 幻想祭/一日目
(1) 幻想祭のはじまり・上
十一月六日、木曜日。
今日は、私立幻想学園で行われる文化祭『幻想祭』の一日目である。
『幻想祭』は、六日と七日の二日間に渡り行われ、外部からの見学者もたくさん来校する。異能力者の通う学校として一目置かれているのもあり、一日目から大盛況だ。
いつもよりも派手に装飾されている校門のアーチの下を、たくさんの人が波のようになだれ込んできては校庭で開催されている屋台から生徒が客に呼びかけを行う。
校舎の中では、クラスが各々の出し物と行っており、中には仮装した生徒が、客の呼びかけのために廊下を行き来していたり、それからメイド服を着たメイドが笑顔で生徒の呼びかけを――
「って、僕は、どうして、呼び込み係なんてやっているんだ! 接客だけだと思ったのに。それも嫌だけど……呼び込みはもっと嫌だ……人多いし、男の僕がなんで……」
「はい、帆足ちゃんは可愛いんだから、もっとキュートな笑顔で呼び込みお願いね。あそこのお兄さんなんかいいんじゃないかな」
二年C組の生徒である天津帆足が悲痛の声を上げるが、隣で同じメイド服を着たクラスの女子に笑顔で促される。
(苦痛だ……どうして、楽しい文化祭で、こんな思いしなきゃいけないんだ)
中性的というより女性的な顔立ちの帆足は、いくらふりっふりのメイド服を着ていたところで、男である。
青いカチューシャについた白いレースをむしり取りたい気分だ。
それから着ているメイド服も、青い生地にふわっとしたスカートにも、白いレースのフリフリがこれでもかとたくさん装飾されていて、それをすべてむしり取って、いますぐ学生服に着替え直したい。
だけど制服は、クラスの女子に途中に逃げ出せないようにと隠されてしまった。
(これって、いじめじゃないか)
クラス委員長なのに複雑な気分だ。どうして自分はこんなことをしているのだろうか。
帆足は引き攣ったスマイルを浮かべながら、女子生徒が先程指を指していた外部客に声をかける。
「に、二年C組、メイド喫茶、やってまぁーす。よ、よかったら、ぜひきてくださぁい」
男は帆足を見ると、明らかにニヤニヤとした顔をした。
「へえ、メイド喫茶かぁ。あとで行くよー」
明らかに女子だと思われている! だけどもし男だとばれたら、それこそ恥ずかしいので引き攣った笑みのまま歩き去って行く男の背中に、「ぜひお待ちしておりますー」と可愛らしい声音で声をかけておく。
(なんだか、とても恥ずかしいぞ)
湧き上がる羞恥心を押さえ、さて次はどの人に声をかけようかと、廊下で行き交う人々に目をやっていると、ピンポンパンポーンと時校内放送が響き渡った。それは学園中の人の歓声を打ち消すほどの大声で注目を集める。
『ぴんぽんぱんぽーん! いまから、幻想祭名物、バトルトーナメントのトーナメント表を発表します! みんな、中庭に集まれい!』
どこかアニメ声っぽい声の持ち主は、放送委員長だったけ。
放送を聞いた瞬間、行き交っていた生徒や外部客が足を止めて天井を仰ぐ。
そして、雪崩が起きたかのように足音が響き、その場から走り去って行った。
帆足は誰も呼び込むことができずに、声をかけるべく差し出していた腕を降ろして項垂れる。
「そうか、もう発表か」
バトルトーナメントは、異能力者の通うこの学校で、能力のお披露目も兼ねた出し物である。
出場者は決まっており、『二年C組』の代表は天津帆足と――
「アンタはいかなくってもいいの?」
「……いま行ったって人が多いでしょ。だからあとから見に行こうかと思って」
「ふーん」
メイド服を着てもなお隠しようのない存在感を放っているクラスメイト――山原水鶏もこのクラスの代表だ。
ツインテールされたピンク色の髪に紫色の瞳、それからクールな表情が実はメイド喫茶でも異彩を放っており、まだ幻想祭始まって間もないにもかかわらず彼女には熱狂的なファンがいるみたいだ。因みに帆足は客から「うぶでかわいいなぁ」と思われているが、それは本人の知らないことである。
「一日目は昼からだっけ? 早めに準備したいからアタシは行くよ」
「じゃあ、僕も行こうかな」
「ふーん。いいんじゃない」
そしてすたすたと、水鶏が歩いて行く。
その背中を、帆足は自分の恰好も忘れて追いかけていた。
校庭に出ると、そこは思った通りの人でごった返していた。
人混みをかき分けながらまるでそこだけ道があるかのように水鶏が歩いて行く、帆足は一度深呼吸すると、果敢にも人混みの中に挑んだ。
人という人に揉みくちゃにされながら帆足がたどり着いた先、生徒会の五人のメンバーが掲示板に近づきすぎないようにと、掲示板の前に立っていた。人混みの中にそこだけ空けた空間になっている。帆足はそこまで行くと顔を上げる。
掲示板にはもうすでにトーナメント表が張ってあった。
帆足が自分の名前を探していると、隣から声がする。
「一回戦はないか……」
聞き覚えのある声だ。
そちらに顔を向けると、そこには帆足がライバル視している二年A組の生徒、喜多野風羽がいた。彼もバトルトーナメント出場者である。
帆足は再びトーナメント表に目をやる。
(一回戦は……あれ、ないみたいだ。二回戦からか……)
「あ」
帆足は思わず声を上げる。
一回戦はどうやら帆足の試合は行われず、二回戦からの出番になる。
そして、その境遇はどうやら隣の喜多野風羽も同じらしい。
うまくいけば、彼とは三回戦――明日の午前中に戦える。
バトルトーナメントは、AブロックとBブロックに別れており、帆足と風羽はAブロックだ。それぞれのブロックの一回戦と二回戦が今日の午後に行われ、明日の午前中に、三階戦と準決勝があり、それぞれのブロックの勝者が決まる。そして明日の午後に行われる決勝戦により、優勝者が決まることになる。
(明日だ。明日の午前中、ぜったい喜多野風羽に勝つ!)
出場者の数が少し少なくなっているみたいだが、よく見てみると隅の方に不参加者の名前もあった。
『不参加者
一年D組……日加里蜂
一年E組……渡辺賢太郎
二年B組……涼宮志麻
三年A組……淀野六
三年D組……佐久間花楓
中等部代表……白銀ハク』
不参加者は六名いるらしい。
その中に知っている名前があり、帆足は首を傾げる。
(副会長は参加しないんだ)
「……ハクが不参加か」
ふと、隣から声が聞こえてきた。
ハクと聞こえたが、中等部から参加するはずだった白銀ハクのことだろうか。どうして風羽が気にしているのか分からないが、そんなこと関係なく帆足は喜多野風羽に目を向けると、胸を張り指をピンと伸ばし――
「喜多野風羽君! 明日は楽しみだね!」
宣言するのだった。
こちらを向いた風羽が唖然とした顔をする。
「君は……天津、帆足……?」
帆足は首を傾げる。それから自分の服装を再認識すると、ババッと顔を真っ赤にした。
帆足は、現在メイド服を着ている。
(かっこわるい!)
口をわななかせながら帆足は捨ておきの言葉を吐き捨てて、その場を走り去っていくのだった。
「明日は絶対に勝つからね!」
「……その前に、二階戦を勝ち上がらないとね」
後ろから風羽の声が聞こえてきたが気にしない。
帆足は一先ずクラスに帰ると、メイド服から解放されるべく、女子に頼んで制服を返してもらうことにした。
昼まできっちり働かされたのは、もうこの際どうでもいい――。
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