(7) 夜はやってくる
本鈴が鳴る前に風羽は教室に入ってきた。
いつもだったらまだ騒がしい時間だが、朝から騒ぎの在った現在、風羽が扉を開ける音が嫌に響き、視線が風羽に集中する。風羽は不思議そうな顔をしたが、気にすることなく席に着く。
ヒカリは、風羽の後姿から視線を逸らすと、携帯画面に目をやった。そこには先程届いたメールの本文が映っている。
『バトルトーナメントに参加するから、金曜日迎えに来てね』
水練からだ。
そういえばここ数日、水練から買いだしのお願いなどの連絡がなかった。一人で廃墟マンションに籠っている彼女は、良くヒカリに買い物を頼んでくる。どうしてヒカリに頼んでくるのかは、それは恐らくヒカリが水練の秘密を知っている数少ない友人だからだろう。だけどその秘密も数日前に明かされてしまい、それからというもの水練と連絡を取り合うことはなかった。
(そうか。学校にくるのか)
ふと、ヒカリは水練と出会った時のことを思い出す。
あの時に比べると笑みが増えたものの、それでもやっぱり彼女はいつも寂しそうにしている。
自分にできることはやっているつもりだが、それだけじゃ駄目なのかもしれない。
本鈴が鳴り、担任の山崎壱郎が教室に入ってくる。
ホームルームが始まった。
◇◆◇
優真は帰ってくるなり、事務机で書類の整理をしていた英に近づくと、机にバンと手をついた。
「優真おにいちゃん?」
ソファーで絵本を読んでいた楓花が驚いた声を上げる。
優真はどうにか平静を保ち、英に向かい合う。
「お前だろ」
「……なんのこと?」
よくわからないといった表情だ。
「なんのことじゃねぇよ。お前が、よそのクラスの女子を操って、俺らのクラスめちゃくちゃにしたんだろ?」
「……え?」
不思議そうな顔の英。
優真はギリッと歯を打ち鳴らすが、背後でこちらを見守っている楓花に心配をかけないように、小声で英を糾弾する。
「犯人の女が言ってたんだよ。意識を失くす直前に赤いものがみえたって。それって、お前の能力だろ?」
「確かに僕の異能は、薔薇の花弁を生み出して、一定時間相手を操ることができる能力だけど、違うよ?」
「嘘だ」
「……優真は、どうしてそう僕を嘘つきだって言うんだろうね。父親として、とても寂しいよ」
「お前は父親じゃねぇ」
「僕は家族だって思ってるんだけど」
「嘘だ」
「ほら、最初から信じるつもりなんてないんだろ? だったら訊く必要ないんじゃない?」
寂しそうに微笑む英に、優真は出かかった言葉を飲み込む。
服の裾を引っ張られた。視線を下げると、楓花の丸い目と合う。彼女はどこか泣きそうな顔をしていた。
優真は楓花の頭に手を置くと、
「楓花は俺の妹だ」
そういいながら、口をむっつりと引き結んだ。
◇◆◇
(まさか僕が学校に来る前にあんなことがあったなんてね)
風羽が教室に入ったときにはもう、教室は昨日と変わらず元通りだった。だから最初、あまりにも静かな教室に不思議に思ったものの、風羽はいつもと変わらずに席についた。
休み時間にヒカリから話を聞くまで、風羽は今朝あったことを知らなかった。
(まあ、大事はないから大丈夫だよね)
それよりも気になったのは、生徒会長自らクラスに来たことだ。同じバトルトーナメントに出場する者同士、気にならないといえば嘘になる。
だが、そんなことよりも。
風羽がいまやらなきゃいけないことは、学校とは無関係だった。
『叫びの渦巻き』のことだ。
父の書斎に飾られていたその周りはもちろんのこと、書斎全体に厳重な警備が施されている。
母が「どうして家でやるのかしら」と言っていたのが頭を過ぎる。
風羽に理由は分からないが、絵画を動かせない理由でもあるのかもしれない。
数日前のことを思い出す。
唄は、『叫びの渦巻き』を盗みだすことを決断してくれた。
だからあれからいろいろ策を練っている。主に探偵相手に。
探偵の能力、仲間の情報など、睡蓮と連絡が取り合えない状態なものだから、風羽は兄にお願いしていた。千里から貰った情報はまだ少ないものの、それでも一つだけ気になることがあった。
灰色優真。
『花鳥風月探偵事務所』に出入りしている写真を兄から渡された。
彼は、探偵の一員なのだろうか。
学校に行くたび、風羽は優真を警戒されない程度に観察していた。
静かな室内に、家電の音が鳴り響く。
深夜零時。
風羽は、深呼吸すると受話器を耳にあてた。
「相原乃絵。風羽、元気?」
懐かしい声がする。
だけどこれは別人だ。相原乃絵は……風羽の幼馴染は、病院で眠ったまま目を覚まさない。
風羽は静かな声で彼女に問いかけた。
「君は誰だい?」
「相原乃絵」
「乃絵は、病院で眠っている」
「……相原乃絵、だよ?」
どこか困惑したような声。
風羽は訝しみながらも、違うと断言する。
「君は、相原乃絵じゃない」
すると、受話器から高笑いが聞こえてきた。
それはひとしきり響き渡ると、ぷっつりと切れる。そして、低い声が囁く。
「まあ、いいや。十一月六日金曜日。幻想祭初日だけど、楽しみにしているよ。私は傍観者だから手は出さないけど、精々、この私を楽しませてくれ」
知らない声だ。
相原乃絵に似た、別人の声。
電話が切れる。
風羽はやっと息を吐いた。
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